なぁ ハル
モノってのはなんだか解るかい?モノ・・色々な意味があるけどなぁ。人、魔族・・コップでもイスでも良いし、今日は晴れてるからこの空でも良いな。まぁ、皆がモノだ。けどな、お前はこの空が解るかい?はは、怪訝な顔をすんじゃないよ。何?青い?おいおい、それは空が青いということが解れば空が解るということかい?ウチだってお前のことなんだから、科学的見解なんて望んでないさ。つーか、ウチも知らん。なんだかなぁ、埃が関係してたような気がするんだけどな・・。まぁ、しかしだ、解るという事を他人に示す場合は“証明”をするんだ。ハルのやっているのは説明だよ。もっと簡単にいうべきか・・。そうだな、“理解”をしているかってことかな?
 ・・・・・・・。
 まぁ、・・・説明だけで証明はできるだろうな。できんことは無いだろう。空は様子が変わるからな、中々難しいがこの様子を何らかの方法で残せばどうにかはなりそうだな。・・どれくらいかかるかは・・判らないがね。しかし、説明で本当に全てが証明出来るなんて思ってはいかんよ。いや、むしろ出来ないと思ったほうがさっぱりするんじゃなないかな。フフ、世の中には説明好きというのがいるがね。説明に理解なんてものはないのさ。不思議に思うかもしれんがね、ハル。“解き明かす”ということは真実から遠ざけるということなのだよ。真実はいつも現実に存在している。だからむしろはっきりとしたものだ。例えば今ならこの目の前の空だ。それを、この空は青く、雲が無い・・えーと、あとは太陽が良い感じに出ているな。あ、今言ったこの“良い感じ”というのにも説明がいるようになったか。まぁ、こんな感じに細かく細かくしていくが為に実際のところ更に実態が見えなくなってしまうというパラドックスが生じるのさ。ああ、ごめん。逆説って意味だよ。
 ・・・・・・・。
しかし、そんな面倒な事をしなくても解ることなんざ沢山あるだろう?はぁ・・解らなければ見れば良い。この空気を嗅げば良い。解るとは、どこまでいっても感じることさ。共有するとは共に、分かつ時間をもつこと。判るかい?ハル。
 
 あー・・・それにしても・・・・
 
 ホントに
 いい天気だなぁ

 
「―――――ハクア?」

ハクア?


……あ…。
「…リズ?リリュン?」
 それから――――2日が過ぎ。
「良い天気ですね。ミカヤさん、体の調子はどうですか?」
「いや、お蔭様で・・、寧ろ外が恋しいですよ」
「そんな事云っても、復興作業には参加出来ませんよ?」
「ハハ…いや、そんな訳では…」
 ミカヤはふと顔に照れ笑いを浮かべてちらりと窓越しに外を見遣った。あの事件後にミカヤが安静状態でいるために入院した個人室204号室には今日、リリュンとリズ、ガシキがそろって見舞いに来た。本当はこの村の重要な組織である晃月団の一員である者への見舞いなどは基本的に許された事ではないのだが、ガルドルの許可により特別に入れてもらえたのだ。しかし、薄いカーテンウォールで囲まれミカヤの姿は影でしか認識出来ないようになっている。晃月団になった以上、他人に――特にリズ達などの旅人には顔を明かしてはいけないらしい。
―――仕事上の決まりなもので…。
 とミカヤは極まりの悪そうな様子で、すみません、と付け足した。
仕事上の決まり、とは…。
 一概に晃月団が村の秩序を護るため存在している訳ではなさそうだが、詳しくは訊かなかった。
「でも、この天気はちょっと辛いですね・・。ムラジ様も酷ですよ」
 入院―――といったところで実際にはミカヤの意思ではない。
黔晃がこの島から消え、兎にも角にも村に戻ろうと地竜を走らした後、森の影に潜んでいた他の晃月団に、島は救われたと報告を出した。そして、皆が歓喜や感激に声を上げた。
――――村が救われた。島が、救われた。
 ミカヤはその様子を見て、何故か己が誇らしく思えた。この己の力で握り締めた勝利を、素晴らしく思った。この瞬間にいて、よかったと思った。が、しかし、その声が止むか止まないかのうちにミカヤは晃月団の比較的大多数に捕らえられ、半強制的に病院送りとなった。
―――事件解決後はミカヤを捕らえろ。
 そこまでが任務のうちだったらしい。
当然、晃月団の副長、ムラジの命である。
「あの時は行き成り運び込まれちゃうんで驚いちゃいましたよ」
「まるで自分が容疑者のようじゃありませんか」
「でも、なんていうか・・」
 リリュンは軽く首をかしげた。
容疑者というより、あの光景は――――。
「・・神輿か」
「そう、そうですよッガシキさん!それです!!」
・・・・て、・・・
あちゃぁ
「・・・あの、スミマセン・・」
「い、いや気にしないで下さい」
 と、リリュンにそう言葉をかけるが影にはミカヤの背がだんだん前に倒れ込んでいくのが写っていた。
 「ちょっとリリュンさん」
「はい?」
 病室のドアがガチャリと音をたて、そこから若い女性が顔を出した。
「ごめんなさいね、お話中に。でもなんかお友達が――」
「あ」
ハルだ。
「来てるんですか?」
「いいえ、村のあちらこちら走り回ってるわ。フフフ、やっぱり貴方達を探してたのね。
 もしかしてって思ったんだけど・・。キョロキョロしながら必死になってるわよ?」
「あー・・・そうですか」
「そういえばハル様の姿が見えませんが、どうかしたんですか?」
 リリュンはふと苦笑してミカヤの方へ向き直った。
「いや、実は私達が出ようとしてた時にハル君、まだ寝てたから置いてきちゃったんです」
「はぁ・・・」
 ミカヤは時計の針を確認した。現在、2時と15分辺りである。
「陽にあたって気持ちよさそうだったし、起こしちゃ可愛そうかなと思って」
 リリュンは静かにクスリと笑った。きっとハルの寝顔でも思い出したのだろう。
「私、迎えにいってきます。あ、でも・・きっと戻らないと思いますんで・・」
「あ、はい。では―――」
「またお見舞いに来ます」
 リリュンはそう云うと席を立ち、礼を一度して出て行った。その後には今までべとりとくっつく様にして傍にいたリズも続く。ペコリと、微かに頭を下げたようだがカーテン越しでは曖昧で確かではなかった。完全にドアが閉められ、病室にはガシキだけが静かに居座っていた。
「・・・・リズ様はずっとあの通りなのですか?」
 答えはなかったが、ガシキの沈黙が
そうだ、と云っていた。
 ―――何が・・・。
 快活だったリズは何処にいったのか。
饒舌でもある彼女の捲くし立てるような口調もやはり一度も聞かず終わってしまった。
なにか拍子抜ける事を通りこして気の毒な思いすら湧く。
 そうだ。ハルは、どうしただろう。
「何か、気の毒に―――感じられます。」
「ユキシロは、解っているようであった」
「はい?」
「―――大丈夫だと。」
「・・・そうですか」
ユキシロ様がいうのだったら、それは頼りにしても良いかもしれない。
ああ、そうだ。ユキシロ様のあの場も今は修復中なのだろうか。
―――あ。
「あ、ガシキ殿。少々、頼みたいことがあるのですが宜しいですか?これをムラジ様に返して頂きたいのです。」
ミカヤはカーテンの間に手を通してガシキの前に1つの宝石を出した。
「・・・勾玉、か?」
「はい、それは私達の間では特別な、結晶なのです」
―――と、ムラジ様は云っていた。
確かに、これのお陰であれほど体を痛めておきながら森を抜けられた。
“黒い主”に対峙することが出来た――――特別な、力をくれた。
「本当は自分で返すべきなのですけれど・・・」
「ああ、俺もそう思う」
 ガシキはそれを握り締めながらポツリといった。
「この島は、いずれにも大きな力を失った。“黒い主”は負の者だが血の恩恵は恩恵だ。それがなくなった以上――――これから、何が起こるかは」
 すと、またもカーテンの間に手を入れた。その手には緑の宝石。
「ミカヤ殿は我等の、案内役かもしれん。しかし、この村にとっては晃月団の一人だ」
――――返したくば。
 「この力を受けてでも早く、立ち上がることだ。」
―――そして
 己で 返されよ。

――――――。

「・・・そうですね」

艶良く輝く宝石に、ミカヤの顔が
微かに映っては、煌いた。



                                 *



「ねぇ、川苔を取ってきてくれない?切れちゃって」
「あ、いいわよ。おばさんにも頼まれてるから」
 そういってキャルエルはザルを抱えた。川苔は川の石に付着している苔でおみお付けの具にするには最適な食材だった。キャルエルは村の大門を潜り、近場に流れている川までいつも通りの道をつかつかと歩いていった。
「―――あ。」
 タオルを忘れた。
「ちぇ」
 おばさんに見つかったならすぐに怒鳴られるだろう口調を少し控えめに使って足場に転がっていた小石を蹴った。
取りに戻ろうか、戻るまいか。
悩むところだが、そう考えている間にも足は川へと向かっている。
―――やっぱり、面倒だし。
 ミカヤさんは病院だし。
川苔を取るときは袖や、たまにスカートの端まで濡れてしまう時がある。仕様がないと云えば、仕様がない事だし、おばさんも別にその位、決して恥ずかしい事ではないのよと、何時もキャルエルに言うのだが
そういったって――――。
 おばさんが恥ずかしいと思うのと、乙女が思うのとじゃぁ価値観が違うって。
心の何処かではやはり些細な葛藤が生じる。
「そりゃぁ、おばさんはおじさんに見られても副長に見られてもさ、ミカヤさんに見られても恥ずかしくないかも知れないよ?」
白い、シャツが透けてペタリと肌に張り付いたりして―――。
しかも袖だけなんてなんか、脇に汗を掻いてるみたい。スカートだって端が濡れちゃえば折角、フアフアさせてる形が台無しになっちゃうし。そんな可愛くないとこ、ミカヤさんに見られたら・・・。
「あー、私やっぱり死ぬ」
 川の流れに身を任せて海の藻屑と化す。あ、やっぱり駄目。キレイじゃないな、それは。でも、ミカヤさんとか絶対、うわっなんだあれ、とか思うんだろうなぁ。野暮ったいもん。今時、店の手伝いしているってだけでもなんかなーって感じなのに・・。まぁ、そのお陰で夕ご飯、食べにくるミカヤさんに逢えるんだけど。そういえばコロッケ定食頼んで、あの人、コロッケ食べる前に割って置いてたなぁ・・・。絶対、猫舌なんだよ。あれ。やっぱり、何かな?何かな?あつッとかいうのかな?でも恥ずかしいから、それでも一生懸命食べちゃったりして・・。
「フッフッフフフ・・。」
 意地っ張りそー・・・。あー、病院で何食べてんのかな?病院食って不味いって言うけど・・、ちゃんと食べれてんのかな?なんだっけ?ミカヤさんの嫌いなの・・。
――――確か・・ちくわ?
 ちくわのサラダとか出たらどうしよう・・・。あ、そうだ。あとで川苔で作ったおみお付け持って行ってあげよう!絶対喜ぶよね。しかもしかもしかもッちゃんと少しだけ冷まして呑みやすくするの。なんか、“馴れてます”って感じじゃん?そんでもって、あ・・おいしい・・・なんて云っちゃって―――――――ッ!!云うかな?云うかな?云うかな?!ていうかもうこれってッ
「お嫁さんじゃ―――んッ!!」




パコッ

――――あ。
 靴。
「・・・飛んじゃった」
 またも小石を蹴り上げようと振り上げた足から、赤い靴がするりと抜けて草陰の中に消えた。
「ん〜もぅ」
 そして地面に落ちたのか軽く革靴の当たる音が聞こえた。肩を微かに落として項垂れながらもキャルエルはスカートの裾を少しだけ手で上げて、靴下が出来るだけ汚れないよう、片足を上げながらジャンプをして、靴を探そうと草場に近付いた。が、
「きゃぁッ!?」
 出だしの一歩で早速も、こけた。
「いったー・・・。ちっくしょうッ」
 腰を抑えながらも腹がたってきたのか思いっきり地面を殴る。
――――あうぅ。
 私が何したっていうのよう
「この―――――。」
 ばかやろう。
そう、叫んでやろうと思ったときだった。

ん?

何処からか鼻歌が聞こえた。

たらったったった たらったったった
――――しかも 近い。
 けれど何故かその方角がつかめない。
キャルエルの体はその地面に座ったまま、少しだけ、強張った。
誰?こんな場所で、一体――――。


すたこら
 さっさっさのさー




「・・・・・・。」
―――森の、くまさん?
「・・・誰?」
 キャルエルは姿の現さない声に少し厭きれたように尋ねた。
――――どうせ
 「何よ、ハバネロ?脅かそうと思って・・。変な真似しないでよ!」


「ある日、森の中」


 違う。

一瞬にしてぞわりとキャルエルの首筋が凍る。

知らない。
 知らない人。

「・・・・誰なの?」
辺りを見渡すが目に映るものは木と草と空と―――何処も変わりのないものばかり。声も木霊する様に耳に響いて一体何処から聞こえるかも定かではない。
酷く、気味が悪い。

「くまさんにー、でぇー逢ぁたぁー」

おじょおさん
おじょおさん
落し物
落し物
空から
ふぅーてーきーたー

―――え?

可愛い
あーかーいーくーつッ!!

「・・・何・・なの?」

 ちくり。
そんな視線。
そして、はとした時は遅かった。前方の草場からキャルエルに覆いかぶさるが如く1つの背の高い影が這い出てくるのが 見えた。


ザァッ





「じゃぁ――――んッ!!!」
 「キャァアアァアアアッ!!」
「わぁ―――――――ッ」
 「キャァアアァ――――ッ!」
「どわ―――――――ッ」
 「へんた――――いッ!!」
「な、失敬なッ!!我輩は変態などではないぞッ」 
 キャルエルは咄嗟に頭を抱え、伏せっていた。まるで祈るかのように。 
「こんなか弱い乙女に何するつもりよーッ!?」
「だから、変態ではないと云ってるだろうッ」
 と、云うなりその大きな影はキャルエルの手にそっと触れた。
しかし、かと思うと一瞬にして体が浮くかのように勢い良く引っ張られ
「地に伏せるのも良いが、汚れないかな。おじょうさん?」
 と、いつの間にか自分の足は地を踏んでいた。
そして―――。
「・・・・な。」
 トン、と音を立てて影の胸に飛び込んでいた。
影の、胸。
そう、それは広い胸板。
自分の肩をおもむろに抱く手、指。
地を踏んでいる足。
細身で長身な身体である。
どれをとっても人間のそれ。
「赤い靴、落し物ですよ?」
――――おじょうさん。
線の細い、それでも良く響く声だった。
「あの―――・・・」
視線を上げる。
白い、首筋が見えた。
うなじには切り揃えた髪の、淡い―――金。
心臓が、自然に高まるのを感じずにはいられなかった。
一体、あなたは・・・。
「―――――ッ!!」



ヒィ。

キャルエルはそう、息だけを漏らすとふと気絶した。                         
    

                           *


「いや、それが面白いんだって。お前も見とけって」
 ―――?            
時は3時少し前。
ガシキはその後、ミカヤの病室から退散し、今はリリュン、リズ、そしてハルを探していた。1回、宿に入ってみたが居らず、自分でも探してみようかと腰を上げたのだ。もし、この瞬間にリリュン達が合流出来て自分と上手いことすれ違いになっても―――それは、
それで良いか。そんな事を思って。
しかし、探し始めて村をうろついてからまもなく、村の者達から口々、そんな話が聞こえ始めていた。
 「アデュークから来たらしいんだけど」
 「え?ムーナじゃなかったか?」
 「それが凄いんだよ。何がって――」
 「私、さっき見てきたんだけど、とても長身なのよッ」
 「とにかくめちゃくちゃだよ。大陸では普通なのかな?」
 「武士とかいってなかった?」
 「あれは絶対、保安官だぜ。俺、映画で見たことある」
 「キレイな髪の色ね。私、見惚れちゃったわ」
 「おい、あいつの顔見たか?」
 「この島にはボートで着たらしいぜ」
 「なんかセルと戦った際に覚えた瞬間移動とかで――」
――――??
 風聞巷説といえども、村の中に渦巻く噂はあまりにも支離滅裂な話ばかりだった。しかも良く聞いてみれば中には聞いたことのある話まで織り込まれている。
―――なんだ、セルって。
 「今、キャルエルの店にいるらしいぜ」
―――キャルエル?
 何か聞いたことのある名だった。


「あ・・・」
 しかし、それはすぐにわかった。
ミカヤがオススメと云って、夜に食事をしにいった店だ。
 ああ、そうだ。
キャルエルとは、そこの看板娘だ。・・・確か。
「おい、見えるか?」
「ちょ、押すな!」
「きゃぁッこっち向くわよ」
 わぁッと喚声に似たようなものが起こる。店は比較的大きく取られた入り口をもいっぱいにしてその先が―――店の中が見えなくなっていた。ひとりふたりは何故か青い顔をして群れを掻き分けるようにして離れてしまったが、ざわめきは止むことなく、人の数も目立つほどには消えてくれない。ガシキはその人だかりを見ながら一時呆然とした。
「あ、ガシキさんッ」
 肩をたたくのとほぼ同時に後ろから声をかけられた。この声は―――振り向かなくてもわかる。
「ガシキさんも、これ見に来たんですか?なんかユキシロ様の兄様が来てるって聞きましたけど」
「・・・リリュン・・・ハルは見つかったのか?」
「・・・あ」
 いえ
リリュンはそう云うと気まずそうに俯いた。丁度、隣でリリュンの裾を持ちながら虚ろに地を見詰めているリズのように。何か、二人で俯いて並んでいる姿が妙だった。
 

ザワッ

そしてまた、喚声が起きる。何故かそれは“黄色い声”というものではなく、何処か叫びじみた声のように感じられるのだが、それは気のせいというやつだろうか・・。ガシキはまたもやその山を見て、眉間に皺を寄せた。
「あ―――――――――ッ!!」

と。
「?」
「てめぇらッ!!こんな処にいやがったッ」
「あッ」
「・・ハル」
 背後には汗だくになりながらこちらを指差しているハルがいた。辛いのか、疲れたのか・・。しかし力なくもその顔は確実に怒りそのものを浮かべていた。
「あ、ハル・・じゃねぇ!俺様がどれだけ走りまわったッつー話だ!この馬鹿ッ」
 ハルは肩で息をしながらも跳躍してガシキの胸倉を思いっきりつかんだ。思いのほか、ガシキは腰を曲げて前のめる形になる。
「あ、あ、ごめんね。ハル君・・眠ってたから」
「リリュンは黙ってろよッ!!」
 ・・・俺だけか。悪いのは。
「きゃーッ何あれ、何あれ!」
「・・は?・・んだ?この人だかりは」
やっと気付きました、と、いわんばかりにハルはガシキから群集へと視線を移し眼をぱちくりとさせた。
「ハル君、知らないの?」
「なんだよ、その知らないの?って」
ハルの体力で疲れるくらい、村を駆け回っていたというのに―――。
人の話し声1つ、聞こえなかったと云う事なのだろうか?

“キョロキョロしながら必死になってるわよ?”

しかし、――――ハルが?
リリュンは微かに首を傾げた。
「おい、なんなんだよ」
「あ、え?ああ、えーっとね。な、なんか…ユキシロ様のね、兄様が来てるとか」
「はぁ〜?なんだそれ。」
ハルは人だかりを見据えて、考えているのか、それともガシキのように呆然としたのか。よくわからないがハルの動きは止まり、ハル自身も静かになった。そういえば、まだハルはガシキの胸倉を掴んでいる。そろそろ離してあげなければ、ガシキの腰がやられそうな気がした。実際、顔が辛そうにも・・・見えなくない。と、いうか見える。が。
リリュンがその事を指摘しようとした瞬間にハルは自らガシキの胸倉を離した。
 そして、
――――気にくわねぇ。
 と一言。
「俺様以外に話題になろうとするヤツは誰だ!!」
「あ、ハル君!?」
ハルはそう云い切ると押したり引いたりの人の中に飛び込んだ。
うおおおお、と雄たけびが聞こえる。中で、人を掻き分けているのだろうか。
――人込みは、嫌いなんじゃ・・・。
大丈夫だろうか?


「あ――――――――ッ!!!」

 しかし、聞こえたのはハルの驚くような声。
人だかりの盛んな動きもピタリと止まった。
「え?な―――」
 
「ハルハル―――――――――ッ!!!」

・・・・ハルハル・・・?
「・・・ハルハル?」
 ふいにガシキがそう、一言漏らした。それはリリュンの心の内を読むかのように。
とにかく――――。
「ちょっと、すみません!!」
 リリュンは手を思いっきり上に上げながら構築された人の壁に寄った。隙間に当てはまるように上手く割り込んでいく。
「すみません。すみません」
 何回かこの言葉を繰り返しながら、やっとの事で人込みから顔を出す事とハルと、それに親しげに抱きついている―――、一人の人間?しかし、島の者ではない。それだけは分かる。
白の着物に黒の羽織りの出で立ちで、頭には如何にも旅人を物語るかのように笠をかぶっている。その服装全てから局外の者と見当がついた。と、いうよりそれ以前に空気がまるで違う。ハルを抱いていて、また笠を被っている為、顔の全貌をよくは知れないが髪は淡く、金であり。露出した腕や首がかなり白かった。
 ――――ユキシロ様の兄様。
リリュンの頭に一瞬、その言葉が浮かんだが・・・何か違うような気がした。
「て、いうかボス。その格好は―――」
「ああ、旅人っぽいだろう?」
 そのハルによってボスと呼ばれた人物はハルから離れ、自分の袖を引っ張ってニヤリと笑った。良く見ると腰に刀を一本差している。
「た、旅人?」
「そうッやはり旅人といえば孤高の剣士!!」
「・・・・。剣、使えたんですか?」
 と、そのボスは行き成り手を天に広げ、
「やって出来んことはなしッ!為せば成るのだよッ・・ヒーッヒッヒッヒ!!」
不気味な声で笑う。かなり甲高い。と
「パフォーマンスだぁッ我輩の剣術をお見せしよう!」
「―――え?」
今、なんと?
リリュンは耳を疑い、一瞬にして凍り付く。
この場で剣を抜く気なのか?まさか―――。
しかし手は惑いもなく柄にかけられ、ヒヒッとまた一声。ガシキがちっと舌打ちするのが聞こえた。自分もそのまま足に力が入り、受身の態勢へと持ち込もうと働き始める。そして彼は、そのハイテンションなまま皆の視線が集まる前で本当に――――
剣を、抜いた。



ガッ!!

「―――ボ、ボス!!」



…カチン
鯉口が微かに閉まる音がした。リリュンは、はと目を見開く。
それが聞こえるのが先か、それとも――――。
「・・・な?何だね君達。」
 辺りを見渡せば何処から集まったのか5・6人ほどの晃月団がその一人の旅人を取り囲み、全員が全員、剣を彼に突きつけていた。
―――晃月団が剣を突きつけたのが先だったか。
どちらも一瞬の出来事だった。リリュンには皆目付かない。
しかし、知らぬ間にはらはらと、黒い紙切れのようなものが徒に舞っている。彼の手にはいつの間にか一枚、同じ形のコウモリが仲良く手を繋いで連なる切り絵が握られていたが、その意味さえもただ、理解が出来ないでいるのだった。



                                                                      
  

「それで、シキ殿はハル殿を探し、此処まで御出でになったと?」
 ガルドルはそのハルのいうボスに酒を勧めながらもそう訝しげに尋ねた。
「中々、遠い処ですなぁ。ここは」
 が、シキはそんな様子に気付いてか気付かずか、にやにやと口元を歪めて淡々と当たり障り無く答える。そんな会話がもう30分ほど続いている。

 彼の名は、シキ。
 アデューク大陸から来た。
 そしてハルの知人。

その内、分ったのはこれだけである。
もっとも最後の知人というのは、そうではなかろうか、という憶測であるが。リリュンはガルドルをちらりと見遣った。言葉を捜している様が見て取れた。
――――それも、そうか。
 このシキは、あまりに不思議すぎる。何が不思議かと云えば、ぶっちゃけ色々だがまず一体、どうやってこの島に入ったのだろうか?
もう、それこそ白弦期なるものはこの島に存在しなくなったが、それも2日前の事である。もともとあと1週間ほどは続く予定であったため当然、船などはまだこの島に停留することもなし。
また、復興作業の期間も必要もあったため島の方では予定通り船を寄越さない状態を続けようと話がまとまって連絡もとっていないのだ。船で来たという可能性は無い。もし、個人で所有する船で来たとかもしくはハル達のように事故で流れ着いたとしても―――。
船が着けば気付かない奴はこの島にいないし、船が沈めばそんな情報は入ってくる。ネタは必ずどこかで割れるのだ。
 しかし、不思議だ不思議だ、と云ったってこの疑問をうちださなかった訳ではない。
当然、ガルドルはもうすでに聞いた事なのだ、が―――――。
「手漕ぎボートです」
 ――――信じるべきだろうか。
 こんな不思議な訪問者をガルドルは早速、砦に呼んだ。当然、シキだけではない。あからさまに関係しているハルも、そしてその関係者のリリュン達も、である。
 “客人はもてなすべし”
そんな慣わしをもってでも久しくその空間に緊張感が漂う。酒がいつものように賑やかには進んでいなかった。炎の灯りがちらりちらりと揺れる。

――――恐い。
 
 そして、これはリリュンが改めてこの人物に抱いた感想である。その上でもって今まで村の中で聞いた話がほのかに流れる風評であったことも確認した。実際、その肌は本当に白かった。ユキシロ様の兄様と云われるのも判らない気はしなかった。しかし、それは“白い”という事だけでユキシロの様な神聖なイメージはなく、どちらかといえば血の気の引いたような白だ。けれど―――、ただ単に青白い様子ではない。むしろ青白いという言葉さえ合わない。リリュンは今、隣で自分の袖を握って離さないリズを思う。
 
 やはり 違う。

痩せてこけ落ちた頬。
落ち窪んだ眼。
隈が甚だしく、その中にただ―――

――緋の瞳が浮かんでいる。
 燃えるようでもなく、血と例えるほど禍々しくは無い。
ただ紅く、赤く。黒に一滴の赤を落としたかのように。この白。緋。なんと言えばよいだろう――――。
「この島からは―――」
 シキが言葉を切り出した。リリュンは、はとして意識を現実の世界に戻した。
「早々と退散するつもりだ。」
「早々と・・・。いや、気を悪くしたのであれば謝らせていただこう。そなたを疑っているわけではないのだ。シキ殿は紛いも無く、我等の客人だ。いつまでも居てもらっても構わん。丁重に迎えようと―――」
「有り難い、が・・時間がないのだ」
「ほう」
 ハルが微かにピクリとその言葉に反応した。
「何か、急ぎの用でも?いや、失礼であるが―――」
「ハル君を、連れて帰らなければいけないのでね」
  
 今日中にでも、出たい。

「・・それは、残念であるな」
 酒の無くなった杯が地に置かれ、軽い音を立てた。