リズがガルドル達と風の様に去ってしまった後、ハルはリズを追い山の上へと走ってしまい、残されたリリュンとガシキが途方に暮れていると足下が動くのを感じた。
「な…なに?」 リリュンが身構える。次の瞬間。
 ズゴゴ…
 低い音を立てて木の根が地表に現れムチのようにしなりながら襲ってきたのだった。
(…なんだ…意志があるのか!?) 飛び退いてガシキは避けた。
「…あっ!」 頭上にリリュンの小さな悲鳴。
 見上げてみれば根に捕われたりリリュンがもがいている。このままでは締め上げられてしまうだろう。
「待ってろ、今行く!」
 とは言ったものの、あまりに巨大な木、人間の跳躍力ではリリュンの所まで届くはずもない。
(ハル君がいれば…くそっ) その時だ。
「シャァァァッ」
 鳴き声と共にリリュンになついていた地竜が駈けてきた。
 地竜に向かい叫ぶ。
「彼女の所まで乗せてくれ! 彼女を助けにきたんだろう!?」
 地竜は襲い来る根を避けながらガシキの前で止まりうなずいた。
 そして視線で自分の背中を指し(さっさと乗りな)
 ガシキは地竜にまたがり、フォールション(短剣)のグリップ(柄)を握る。短剣であの根に太刀打ちできるかはかなり怪しいものだが、今はこれしかない。地竜はリリュンを捕らえている根を、こともなげに駆け上がっていく。リリュンは、根と体の間に腕を挟み、締め上げられるのを防いでいるようだが、細い腕だ、長くは保つまい。
 リリュンまで辿りつき地竜から降りる。下を見れば地面は遠い。
「あと少し、持ちこたえていてくれ、何とかする」
「…やれるだけ…やってみます…っ」
 根に思い切り短剣を突き刺す。
「…クッ!」(やはり短剣では無理か…)
 根から短剣を引き抜き、もう一度刺そうとしたガシキの目に。
「…黒い…血か…?」
 木の根は傷口から血を吹いた。
「地竜君! ガシキさん! 後ろっ!!」
 リリュンの声にハッとして振り向く。新たに木の根が襲ってきた。
(おいでなすったか…危険だが賭けさせてもらうぞ…) 地竜に、「落ちたら後を頼むっ!」そう叫び、新たに襲い来る根に向かい構える。
(来るがいい。相打ちしてもらうぞ)
「ガシキさん危ないです! 私はいいから早く避けて下さい!」
 ガシキの背後でリリュンが叫ぶ。
(まだだ…もう少し引き付けろ…)
 根が体に触れるか触れないかの所でガシキは後ろへ飛んだ。
 勢い余った根はそのまま、今ガシキが立っていた根に激突し、互いに血を吹いた。その衝撃でリリュンは根から解放され、同時に落下を始める。地竜はすでに落下地点に待機していて、見事にリリュンを受け止めた。
 リリュンの腕にはくっきちと根の痕が内出血を伴い残っている。


「…大丈夫…有り難う地竜君」
 リリュンは地竜を撫でてやる。腕の激痛をこらえながら。
 ズドッ。
 リリュンの後に続きガシキも落ちてきたが、地竜は受け止めてくれなかった。
(…気難しい…だったか…)
 脚に振動が響く。イタイ。
 リズには止められていたが、ここは山野上を目指すしかない。砦へと行く道は森で、また根に襲われる危険があったし、ハルを追わなければ。
 リリュンとガシキは地竜を駆った。(地竜はガシキを嫌がったが、リリュンが宥めてやるとどうにか乗せてくれた。)
「ハル君とリズ君の所までお願いね、地竜君!」
「シャアァッ!」 地竜は『リリュンに』答えて駆け出した。
 リリュンは地竜の首へ腕をしっかり回しながら、ふと思う。
(…なんでこんなに一生懸命なんだろう…)
 知り合って間もない二人の少年。自分が行ってどうなる訳でもない。
 この島にしたって…
(…違う。ここは私が目覚めて。私が始まった所…)
 それだけだが、見届けねばいけない気がする。
(今はそれだけで充分だよね…) 自分に確認。
 腕に力が入る。さっき締め上げられた所が痛む。
 根は四方八方から、うねりなかなか先へ進めない。
(速く森の外へ抜けな…)
「!!」
 突然リリュンの視界は反転した。地竜ごと根に捕まったらしい事が脚を締め上げられる感覚から一瞬に理解された。
 逆さになりながらも前方を見やるリリュンの目に森の出口が映った。
(あと少しなのに…!) 横を向けば、脚と尾を根に取られた地竜と、首と腕を締上げられ苦悶の表情のガシキ。
(…ここまで…? これで終わり?)
 諦めかけた次の瞬間。
「円斬!」 聞き覚えのある声とともに閃光が走った。
 そして一瞬の間をおいてから、リリュン達を捕らえていた根は、ズズゥゥゥン…。バラバラになった。
 また地面へ戻ったリリュンとガシキが、土煙と黒い血の中に見たのは、
「ハ…ハハ…出来た…。はっ! それより! リリュン殿! ガシキ殿! 御無事ですかぁ〜!?」 こちらに向かって走る、
「ミカヤさん!」「ミカヤ殿!」
「あ、お二人共御無事で何よりです。お怪我はありませんか?」
「今、無事なのはミカヤ殿のおかげです。若いが、いい太刀筋だった」
「…え? あ…今の技ですか? これは先代の…」
「ミカヤさんっ血が出てる! どうして…どうして助けに…?」
 ミカヤの説明を遮ってリリュンがミカヤの血が滴る腕へ手を伸ばす。
「…どうして…。それは、僕があなた方の案内役だからです!」
 今は胸を張って言える。そして。
「さぁ、リズ殿とハル殿を…そしてガルドル様とユキシロ様を追いかけましょう」

         *

 白い奴。早く来るがいい。判る、感じる。お前が弱っているのを…。
 今のお前など一飲みにも出来よう。横についている人間と精々最後の足掻きをすればいい…。だが、なんだ“ソイツ”は? 懐かしくも恐ろしいような…。“アナタ”は誰だったか…。

         *

 ハルの視界にユキシロとリズ、ガルドルが映るまでなかなか時間がかかった。流石、頭の地竜だけあって速い。それでもハルの視界は彼等を捕らえたのだった。
「坊っ! 待ってろって言ったでしょっ!」
 ハルに気付いたリズが声を張り上げる。
「坊って、呼ぶなぁぁっ! お前ずっと分からねぇんだよっ!」
「知らなくたっていい事もあるって言ったでしょ〜!」
 地竜から身を乗り出してリズは答えた。
「はっ! 聞こえねぇよっ!」
「分からず屋〜っダダこねていい状況じゃないっての〜っ!」
「リズ様…」 ユキシロは少々面食らっているようだ。
 姿とは人格も変えてしまうものなのか。
「ぉ追いついたぜぇ?」(←嬉しそう。)
「もうっ知らないからね! どうなっても」
「最初からお前の知ったこっちゃねぇってんだ。オレ様の事は!」
 リズは瞬間悲しそうな、困ったような顔をして、
「…坊、自分の身は自分で守ってね。出来る限り」
「言ってろクソ餓鬼! 世界で一番知られている超人気ボーイッハル様は、誰かに守ってもらう程ヤワじゃねぇ!」
 リズがそれを聞いて心なしか微笑んだようにユキシロには感じられた。
「ユキシロ…。この戦いが終わったら…」
「…なんでしょう、ガルドル?」
 今まで黙っていたガルドルが、リズとハルの言い合いに乗じてか、口を開いた。ユキシロは次の言葉を待っている。
「…いや、なんでもない。今は戦いに専念せねばな…」
 出かかった言葉を飲み込んだ。
「一度言いかけたなら言っとけよ。気持ち悪ぃ」
 ハルの軽口にリズの鉄拳が素早く正確にヒットした。
 ああ、そうだな。言わなければ。ユキシロに聞かなければ。ただ、どうしても口に出すのは恐かった。
“この戦いが終わった時、貴女は一人去ってしまうのか?
 聖域が迫る。もうすぐ対決の時が来る。
 黒い主は静かに、そして強く待ち望んでいる。
 白い主と、この島を飲み込む瞬間を。
 その瞬間を思うと抑えられずに首を高くあげ、羽を広げる。
 あぁ、なんと空の自由な事よ。封印されし永き歳月、我羽根を存分に広げた記憶等無かったぞ。
“シャアアアァァァァッ!!!”
 黒い主の咆哮は島と島の全てを震わせるのだった。