なんて無茶を…。元々アルコールを受け付けない体質だったのだろう。ハルはまだ気持ち悪そうに夜風の当たる部屋の外でへたばっている。それを介抱するリリュンとリズ。酔い潰れ、幸せそう、なのに苦しそうな寝息をたてるミカヤ。
 数分前。ハルは案の定吐いた。その後盛大にブッ倒れ、テーブルの上につっぷし、プルプル震えながらも一言ガシキへつぶやく。
「…ま…負け…ね…ぇ。うっふ…」
 そしてまだ酒が入っているコップへ手を伸ばしたハルの後頭部を、先に潰れたミカヤの鉄拳(寝返り)が襲いその場に沈黙が残された。
「…えっ…と、大丈夫…じゃない…よね?」
 リリュンは困っている。
「ガイドさんも坊も潰れちゃったし…今日はもう休もうか」
 リズはハルをつついて意識の有無を確かめて言った。
「坊はボクが持っていくからいいとして、ガイドさんは…」
 リズはミカヤをみつめた視線をそのままガシキへもっていき、(なので、おにぃさん、こっちはお任せするよ)
 ガシキの方はミカヤをちょっと揺すり、反応が無いのを確認して、やはり視線で(…そうするしか…なさそうだね…) 肩をクィと上げ承諾し、(でも、これだけ飲ませて…)と片手を挙げて意思表示。コップに残った酒をグッと飲み干して、酔いどれなミカヤを背負う。ハルはリズに首根っこを掴まれ、引き摺られて。リリュンは所在無さ気に。妙な五人は宿へ向かいそして現在に至る。
 部屋にはミカヤの寝息だけが微かに響いている。付き添うガシキがそこから察するに二日酔いの可能性がある。(クズの花でも煎じておこうか…。胃も弱そうだったからな…センブリも煎じようか…それにしても野郎に看病されても嬉しくないだろうな…)
「だから止めとけってボクが言ったでしょうに」 外からリズの声がする。
「やっぱりまだ、早かったのかもね」 諭す様な優しいリリュンの声。
「…子供じゃねぇっ! 畜っ生…次は負け…うぅ…」 ハルの悲壮な声。
 ハルの方は…二日どころではなく三日酔いかも知れない。
 夜風に当たりながらハルは思う。今日という一日に一年分の不運と不幸が自分を襲ったのではないか? ツイてないからって理由もありヤケ酒をすれば、
「〜〜〜…っっ!!」 …こんな具合だ。そこへ追い討ちの一言。
「リズ君、私がハル君見てるからもう休んでいいよ」
 え?
「そう? じゃあお言葉に甘えて…」
 …ちょっと待て! ハルは慌てる。リリュンとまた二人きりになってしまうっ! 今日リズに出会って初めて“ここに居てくれっ”と思ったが、リズは部屋へひっこんでしまった。リリュンはハルの背中を擦りながら、もし私に弟がいたらこんな感じなのかなぁ…そう思って微笑む。ハルは酒のせいだけではなく赤い顔をしている。
「………オマエも休めば?」 耐えられなくなったハルはぶっきらぼうにつぶやいて、リリュンから大股一歩離れてみた。
 非常に悪い。体も状況も。干された布団の様な体勢で手摺りにひっかかりながら、ハルは浮いた足をブラつかせて気拙いのを紛らわす。
 リリュンはハルの顔をそっと覗き込んで、「…まだ赤いね」。顔を背けて「…酒のせいだ…構うなよ…っ」
 顔が赤い2割くらいの理由は心配してくれているリリュンなのだ。そんな事は露知らず介抱を続けるリリュン。
 ハルにとって長い夜になる。(そもそも今日はやけに長かったが)

 部屋ではミカヤにベッドを占領されたガシキが黙々と何かを煮込み、その合間にクズの花とセンブリを煎じている。リズは何を煮込んでいるか、それを何に使うつもりなのか予想がついていたので明日のミカヤとハルを想像し、クスっと笑った。


 真夜中。
 それぞれが寝息をたてる中、ガシキは眠れないでいた。今日、船上でリズから出た去勢の言葉が、疑問を投げ掛け眠らせてくれない。
“自分の血を引く子を欲しいと思った事は?”
 起き上がってリズを見やる。子供の寝顔。
 …自分は何を考えているんだ…まだ、子供じゃないか…。
 ただ、この疑問はリズだけでな自分に対するものでもあった。たまらなくリズに聞きたくなる。いや、全員に聞きたい。
 …やめよう…。今の生き方で満足だ。未だに家族が欲しいなんて…ジジィが思う事じゃない。青臭い…。


 翌朝。
「…アリガトウゴザイマス…」 ひきつるミカヤの顔。
「いえいえ、でも砂糖や調味料を加えると効きめが無くなるので、少し苦いですが我慢して一気に飲んで下さい」
“少しじゃない…凄く…苦い…”。
 朝、目覚めたミカヤがガシキから貰った液体は、二日酔いの薬。
「…あの、コレ何の液なんですか…?」 ミカヤは思わず聞いた。
「アズキの茹で汁でしょ?」 ガシキの代わりにリズが答えた。
「よく分かったね。あとは5種類ほどの生薬です」
「…ではこっちの粉末は…?」

「センブリとヒキオコシを煎じた物です。胃に効きます」
「…はぁ…。詳しいですね。薬師の方ですか?」
「…そう…です」
 ハルの頭の中でガシキは“放浪のアル中”から“放浪のアル中で薬師”にレベルアップ(?)した。ガシキは部屋の壁に寄り掛かるハルへ向き直り、
「…ハル君にはこれだ…」
「…いらね」 アル中の薬など信用出来ん。そっぽを向く。
「ハル君、まだ具合悪いでしょう、それにおいしそうだよ、コレ」
 …おいしそう…? リリュンの言葉がひっかかるハル。
「…よければ君も食べるかい?」
 食べる? ハルは髪の毛の隙間からソレを見てみた。
「あ・おいしい。コレ何の花なんですか?」
「クズの花だ…二日酔いのほかに解熱作用もある」
 それは蜂蜜(?)漬けの花だった。道理で甘い匂いがすると思った。
 匂いのせいか、吐き気が襲ってきた。頭も痛い。朝日が目にしみる。
「…甘いのが嫌いなら粉末もある…」 視線でハルに語るガシキ。
 ハルは正直言って、粉末も二日酔いも厭だったが、ここで受け取ると、言いなりになるみたいでもっと嫌だった。見かねたリズが、
「坊、あれ見て!」 ベランダを指差す。
「あぁ?」 反射的に答えて開けた口に、
「はいっ良く出来ました〜」 リズが事もあろうか、
「…!!! にっ…苦っ…!」 粉末を流し込んだ。
 その後、ミカヤとハルは甘い方の薬で口直しをしたのだった。


「では皆さん、今日は砦へ御案内致します」 ミカヤは心なしかふらつきながらも宿の外へ出て四人を案内する。
 朝に見る村はやけに新鮮な感じがする。例の如く笛を吹くと地竜がどこからかたってきた。そのうちの一頭がリリュンにすりよってきた。昨日リリュンを乗せていた竜だ。“この子なついてるのかな?”
「あ、珍しいですね、そいつは気難しいんですよ」 とミカヤ。
「俺様の脚の方がケダモノより速い」 との理由でハルは乗らない。
 四人が砦に向かっている頃、遠い大陸からニフを見つめる者がいた。ただ、あまりにも遠く、ハッキリとしない。今は。