ニフ。いつかは行ってみようかと、好奇心から思っていた島。
 しかしこんな突然、もしかしたら溺れ死んでいたかもしれない様な方法で来る事になるとは思ってなかった。今、リズが‘ここはニフだ’と、言うのを聞いてもイマイチ実感が湧かないのだった。
「…っくしゅんっ!」 ハルがくしゃみをした。
 夕陽が白い砂浜と海、そして濡れ鼠の三人を燃える橙に染めている。
「あ、坊風邪ひいちゃうね、服を乾かそうか?」 リズが保護者のようにハルに問う。ハルの方は、瞬間ぽかんとしてから、
「大人気ボーイの俺様に気を使いたいのは判るけどさぁ…」そう言いながら夕陽に染まったリズの全身を下から上に眺めて、
「お前の方は、さっきの、どうしたんだよ。」
「…? さっきの…って?」 リズは首をクリっと傾げた。
「だぁからぁ、船が沈む直前のぉ!」
 リズは傾げた首をちょいと戻してから、
「坊、ボクの心配してるね。」ククッと愉快そうに笑ってから「でも、ボクの心配はいらないよ。」と言ってくるりと半回転し、ハルとガシキに背を向けて、
「兎に角、乾かそうか、夜は冷えるし。このままだと本当に風邪になるし、白弦期だからここにも潮が来るし。」
 ハルはフンと鼻の先で言ってから歩き出したリズの後を追う。




 野宿に丁度よさそうな…とは少々言い難いが、まぁ手頃な砂地に、今日の寝床を定めた。島の奥へ踏み入るのは、「失礼にあたるよ」…とのリズの言葉と、あまりにも巨大な木々の森から発せられている異様な空気によって憚られたのだった。もっとも魔族のハルは平気なのかもしれないが…。
 すぐ側にやたらち急な流れだが沢をみつけて、
「流れが少し急だが、海水を落とそう。このまま服を乾かすと塩まみれでしょっぱい服になってしまう…。」ハルとリズに提案し、いくらか流れが穏やかな場所で、妙な三人の洗濯会が始まった。
「…冷てぇぇ!」ハルがジャケットを流れに晒しながら言う。
「気持ちイイね〜♪ ついでに頭も洗おうカナ〜? ね、坊。」リズは鼻歌交じり。ロングコートを晒す。
「…ほんっとお前、オカシイ!! この水を頭から浴びようって気が知れねぇっ。このハル様は絶対浴びる気はなぁい!」高らかに宣言。
「…ふぅん、知らないよぉ、今塩を落とさないで、髪が乾いた坊の頭に塩の角が生えても♪」リズは言うが早く薄着になっているハルを引っ掴み浅瀬へ軽やかにダイブした。小気味良い飛沫が上がった後、褐色のハルと、恐ろしく白いリズが顔を出した。
(…オセロみたいだ…。)
 岸辺で二人を見て、ガシキの頭にオセロ盤が浮かんだ。ハルは自分の不運を噛み締めながら岸辺に棒立ちのガシキへ怒鳴る。
「おいっガシキ! 塩を落とそうって、言いだしっぺのくせに何つっ立ってんだよ! ズルイっ!」…自分と同じく、冷たい目に遭うがいい。
「あ…そうだな…。」そう答えながらも、ガシキはいっこうに脱ぐ気配を見せない、脱いで見られたら困る事でもあるのだろうか?
 ハルの頭にまたもやガシキ実は女説…。そうならばゴツイ女だ…。
「…坊、また失礼な事考えてる。おにぃさん、坊の疑いも晴れないし取り合えず塩、落とした方がいいよ。落とすとサッパリするし」
 リズがハルの耳を摘みながら呼び掛ける。…参ったな…。確かに提案したのは自分だが…他人に…否、身内だったとしても‘こんなもの’を見せるべきじゃない…。提案した後気付いて、ガシキは途方にくれていた。ただ、浅瀬の二人の視線は逃げ出す事を許してくれそうにない。…仕方ない…よし。なんとなくの覚悟を決めて、沢へ入る。
 が、マント、ドミノ、ブーツだけを脱いで、後は身につけたままだ。はたから見れば入水自殺。ハルは(コイツ正気か?)リズは(なんで?)の目で見ている。…身体と服についた塩を同時に落とせる方法です。…とでも言えばいいのか。リズとハルの浮いている浅瀬へ水を掻き分けてどんどん進む。ハルが「おい、そこは…っ」
 忠告遅く、
「ふぬぉっ?!」    苔に足を滑らせ、深みへとハマった。
 ドボシャ…っと飛沫が上がる。冷静に見つめる二人。(でも助けない)
「ごっ…がはっ」半ば土左衛門なガシキ。ハルの感想は‘ダセェ’の一言と一体何がしたかったんだ…?に尽きる。
 数分後、土左衛門は乾いた砂地でむせていた。リズが
「あのまま流されてたらまた海へ逆戻りしてたね。」笑いを堪えて背中をさすってくれている。ハルといえば、我関せずに洗った服を絞っている。…マズイ…とんだヘマを踏んでしまった。不覚。(心なしか頬が赤くなったのをリズは知らないフリをしている。)
 咳込みながらも肩に掛けている親指ほどの緋い円錐型をした小石を取り外して、
「バァル・ロジィ…今日も畏みに申す。…ボォル!」
 咳を我慢しつぶやくと、小石は燃えた。と、いうよりも火を吹いて、さらに、浮いている。丁度焚き火くらいの穏やかな炎だ。
 リズとハルに目配せで火を勧め、洗ったブーツやら服などを火に当てそれを囲んで三人が座った。まだ夕陽が頑張っている空に星が顔を出し始めている。風も優しい。本当に難破したのかあやしくなるほどだ。
「さっきの呪文、ヴォルは火炎系のだけど、その前に唱えてたのは呪文じゃないよね、話しかけてるみたいだった。あ、あとコレ、魔族の角でしょ? よく人間のおにぃさんが持ってるね」リズが炎を吹き続ける小石を見つめながら聞いた。ハルが少し反応を示した。
 リズの問に、
「…友人の角でね、生え替わった物をくれた。『これがあれば人間のお前にも多少の魔法が使えるだろう。旅の餞別だ。』そう言って。呪文の前フリは友人への感謝の言葉みたいなものだ…。」
 ハルは思う。こんな人間と友人関係にある魔族は…多分変わり者だ。
 コートもブーツも良い感じに乾いていく。

      さらに数十分後。

 向こうの方に明かりが見える。
「あれ、なんですか?」
「…? 何かありましたか?」ミカヤは目を凝らしてから、
「……。これはまた、白弦期なのにお客人が多い事だ。」
「私の他にもお客さん、来てるんですか?」
「…みたいですね。…リリュン殿を置いて行くわけにはいかないし…あそこまで御同行願えますか?」
 ミカヤと共に明かりの方へと方向転換。歩きながらミカヤは、
「こんなにぎやかな白弦期は初めてだ…」とか言っている。

「へっくしょいっ!」ハル・リズ・ガシキの三人がくしゃみをぶっこいた。
 リズは鼻を押さえながら「誰か噂してるのかな?」
 ハルは何故か自信たっぷりに「俺様の自慢だな。」
「………。ごほっ…。」(…まだむせているらしい。)