―――苦しい。
何がといえばこの状況に他ならない訳で、
何故こんな事になったのかってそんな事は・・
はっきり云って訊くなって感じで、きっぱり云って自分でも判らない。
もし、一番適当な答えがあるとするなら・・・。

 「坊、もうちょっと早く歩きなよ」
 「坊じゃねぇ」
不運をしか言いようがない。
 リズにずっと服を掴まれながらハルはただただ項垂れるだけだった。
突然、悪徳な餓鬼に義理のない借金をつかまれ散々な所に
何故か行き倒れ直前の人間まで拾う事となり
 しかも――船まで遅れてしまった。
実のところ、ハルはあれで船に乗る為に急いでいたのだ。
20分後の出発を告げる汽笛。大抵は常人が歩いて一時間は掛かる道のりだけれども
 ハル自身常人ではない。
実際ギリギリだが上手く乗れそうなペースだったのだ。
 あそこで――コケなければ。
そして、“コイツ”にさえ逢わなければ。
ハルは一寸前を行くリズの後ろ頭をじと、と睨んだ。
当の本人は軽快な足取りでさっきから鼻歌を口ずさんでは時に歌ったり話しかけたり・・・。
――畜生。
 「てめぇ、何様だ!!」
 「・・リズ様?」
 「・・・・ッ」
 むしろ何者だと問いたい。
掴まれながらと云っても元からそんな大人しく捕まっているハルではないのだ。
全速力で逃げもしたし、全力で足掻いたりもした。
しかしそれが徒労だと判るまで時間は掛からなかった、それだけだ。
それだけでも・・ハルはまだ常人に比べもがいた方かも知れないけれども。
何処にもハルの力に勝るほどの力を秘めているとは思えないその細腕は
未だハルを逃がそうとしない。これがもし魔族であったならそれはまた話は別だ。
しかし―――ハルの感じるに目の前にいるコイツ、リズは明らかに人間だった。
だから結論としては、“コイツ、オカシイ”。それがこの短時間でハルが得た学習であった。
こんなめちゃくちゃな人間、ハルの知っている限りでは思い付かない。
いや、一人を除いて・・・か。
また怒りが徒労に変わっていく。
 「君達、仲が良いんだね」
はぁッ?!
 「え?そぉう?」
 「請合うんじゃねぇよッつーか何処見てんだ、お前・・」
この一方的に束縛された状態が世の中一般で考えて“仲が良い”になるのか?
悪趣味にも程がある。ハルはげんなりとガシキを横目で見合う。
ニコリと笑みを返されるがハルは反応を見せずまたそっぽを向いた。
その全身から微妙に香る薬草と体内に染み付いたような薄いアルコール臭。
さっき呑んでいたものの残り香であるからガシキそのものが本当に匂っている訳ではないのだろうが、
それでもそれがこの時間帯から“匂う”というだけであまり良い気分がしなかった。
―――かたやアル中。
 こんな森に普通の人間がのこのこ入ってくると云うだけで無謀というのに
そんな馬鹿な病を抱えてくる奴が悪いというものだ。

ボ――――――――・・・。

 ハルははと上空を見上げた。木々の間に見える青。鳥が飛ぶ。
―――出発の、サイン。
 「っちぃ・・」
とっくに諦めていたはずが思わず舌打ちをした。
 「ん?何?坊、あれに乗ろうと思ってたの?」
 「ハル様だッ!」
 「しつこいね、キミも」
 「しつこいのはてめぇだッ」
 「しかし、どちらにしてもあそこからじゃ間に合わないだろう」
 「んな事ねぇよ」
間に合ったはずだ。いや、間に合わせなくてはならなかった。
 「そういえば依頼、とかいってたっけ?仕事?」
したたかに俯いてみせるハルにリズが覗き込んだ。目が一瞬合う。
 「それは大変だな。今の船は確か・・」
 「アデューク大陸行き」
リズから逃げるように視線をガシキにやった。
リズの茶色い目がなんだか、嫌だ。
 「それなら良いじゃないか。あそこへなら出る数も多い」
 「ん、まぁ・・つーか予定・・が・・」
ハルは破け気味のズボンのポケットに手を入れると掌ほどの蓋付きの懐中時計を取り出した。
ガシキはそれを見やって少し目を見開く。表は見れなかったが蓋の裏は純度の高そうな銀に燻しがかかり、
盤には独特にデザインされた針、歪んだようにレイアウトされた文字が刻まれていた。
悪いとは思うが、ハルが持つにはとてもではないが――――趣味が良すぎる。
そして別に目利きではないガシキ自身さえ良い品と判るものである。
値が張るのは一目瞭然だった。
 「あ、これって・・」
 「あッ!てめ、何しやがるッ」
当然それに目を置いたのはガシキだけではない。
 「ローラウクランス・・、よくこんなブランド持ってるね」
 「返せ!!」
さすが商売柄だ。リズはハルから時計を奪うと蓋を閉めたり回したりしてみる。
慌ててハルが奪い返すが、今度は手を顎にやり、ううんと一唸り。
余程大事にしているのかハルは時計を両手でがっちりと掴んで未だリズを警戒するようだった。
 「んー、しかもかなり古い形だ。今のものじゃないね」
まるで自分がお宝を掴んだように目を細める。
 「そんなに有名なのか?」
 「いや、ロベッカやジャルズラより名は出てきてないけどね。
でも普通に買ったって250万ガロはくだらない代物だよ」
 「250万ッ!!」
何故かそこで持っていた当の本人がその金額に声を上げた。
同時に信じられんと顔の色を今更のように変え始めるが・・・しかしその造作や様子から見るに、
それぐらいの検討はガシキにもついていた、が――――。
―――250万ガロといったら・・・――――。
 「・・・・・・。」
 何か良い例えが思い付けばと思ったが、何も思い付かない所が寂しい。
やはり、いざ云われるとやはり衝撃で、それだけある。ガシキは時計を抱えるハルを横目に、
否、やはりついその手の中の時計を見遣る。何故だか一瞬前の出来事なのに
そのもの自体の見方が変わった感じで高級感を通り越して寧ろ禍々しい。
 「んー・・なんて云うか・・」
リズは時計をみてかハルをみてか腕を軽く組んで目を伏せる。
口取りが、どこか淡々としない。
 「人間として、いや生きとし生けるものとして忠告ぐらいはしておく」
 「はぁ?」
 
「・・盗みはダメじゃん?」
 「盗んでね――ッ!!」
・・・・。
 「リズ君それは・・・はっきり云いすぎだと思うな」
 「てめぇもかよッ」
 「ていうか、だってキミがそれはちょっと・・」
 「悪かったな、俺が持ってて」
 「いや、悪いというわけではない。ただハル君だと不審・・」
 「よけい腹立つわッ!つーか案の定、俺のじゃねぇよ。これで満足か?
云うけど盗んでもないからなッ預かりもんだ」
 「預かり物?」
そんな高価なものを?
やはり不審だが――――。

 「あ」


 どれくらい歩いたか代わり映えなく続いていた道が大きく開けた。
耳に人の声が響く。リザイアの中心街、サドンの町がすぐそこに広がっていた。