もうかれこれどれほどの間、探し回った事だろう。
 やっと見つけた“約束の品”、それを持って彼は今度こそ、本当に逝ってしまった。
 二度と会う事は無い。契約の名の下に残されたもの、今までは共有していたそれが、自分だけのものになった。
 これからどうなるだろうか。
 このままではいられないのは知っているけれど、どうすることもできない。
 もうじき、あいつが目覚める。裁かれ、封じられたあの男。だが封じ込めるにも、限度がある。目覚めはそう遠くない未来に起こることだ。
 早ければ今日や明日、遅ければ数年後。その程度の時間しかない。
 まだ怖くて怖くて仕方が無いのに、どうすればいいのかわからない。







 見るからに具合の悪そうな人がいたので、いつもと同じように声をかけてみた。
“リザイアの恵みはいらんかね?”
 港まであと一時間ほど歩けばつくような、けれど暗く湿った森の中でのことだった。
 先日仕入れたばかりの酒を真っ当なお値段で売る。さすがに困っている人から金を巻き上げるような真似はしない主義だ。
「さぁー、おにぃさん、港まであともう一時間くらいだよ。大丈夫かい?」
 にか、と笑って見せる。
 おにぃさんは寡黙な人なのか、静かに頷いた。
 ちょっと普通とは違う雰囲気のおにぃさんだけれど、他人のプライベートなことはおいそれと足を踏み入れていい領域ではない。だから知らないフリ、気付かないフリ。
 隣にいる魔族の坊やは鈍そうだからきっと気付いていないだろう。
 最近の事は昔みたいに把握していないものだから、何かと心配。けれど感覚が鈍っているわけではないのだ。
 坊やは闇のニオイがする。けれどこのおにぃさんは光のニオイがする。察するにアデューク大陸の人間さん。そしたらここにいるのは少し居心地悪いのかもしれない。あの光に溢れた大陸に比べて、ここは随分と暗くて湿った場所だから。太陽の代わりにあるのは、月だから。



「…君は、どうして森の中から出てきたんだい?」
 容態も落ち着いた頃、青年―――名を尋ねたところ、ガシキと言うそうだ―――は至極当然な問を尋ねた。
 魔族であろうハルはマイアの森から出てくるのはまぁ頷ける。見たところ魔力の有無は謎ではあるが人型であるので、中級以上の魔族であろう。魔法系統の魔族と物理系統のそれで考えれば、きっと後者であることが想像できる。
 しかしリズはと言えば見た目はただの人間の子供。髪と目の色も一般的すぎるほどに一般的。けれどそんな普通の子供が魔族溢れる森を歩ける訳が無い。だとすれば魔族という選択肢が残る。
「坊はどうだか知らないけど、ボクは“砦の森”まで薬草摘みに行ってたのさ〜」
「坊って呼ぶなぁッ!!!」
 リズに掴まれているため逃げようにも逃げられないハルが抗議の声をあげるも、災いの元凶ともいえる子供は「ははははー」と笑うだけ。まるで気にもかけていない。
 砦の森、とはアデューク大陸に最も近い場所にある森を指す呼称だ。リザイア大陸の中ほどよりやや北にあるサドンから南は、人間のいない全くの魔族達の居住区だ。南にいけば行くほど人は入らなくなり、未知の場所となる。貿易をするならばアデュークに最も近い場所に港があればいいにも関わらず、そこに港がないのはそのためだ。その“最も近い場所”はそこから人間が入るのを拒むように―――実際に拒んでいるわけだが―――、特に暗く、そして危険。だからそこはアデューク大陸からの侵攻を阻止する“砦”なのである。
「この森は、ボクの森。だから平気。生まれ育った森は、ボクを傷つけない」
 にか、と無邪気な笑みでリズはつけたした。
 リザイア神は害意のない者には優しいんです、とも。
 ばたばたと暴れるハルもなんのその。リズは終始笑顔。
 魔族の少年と子供商人の、はっきり言ってしまえば妙な光景であった。
 

「さぁて、旅は道連れ世は情け。港までご一緒いたしましょう」
 妙に畏まった口調。
 潮のにおいがきつくかおる、海の近い森でのことだった。







 ピシリ、とどこかで不可聴の音がした。
 何かにひびが入ったような、そんな音。
 幸か不幸か、それに気付いたものはいない。