マイアの森に来てかれこれ七日になる。
そろそろ食糧も乾物ばかりになってきたし、テントの寝袋じゃなくまともなベットが恋しくなっているし、
風呂にもいい加減入りたい。六日間、森の中を歩き回って予想以上の収穫も得た。これだけリザイアの薬草があれば
良質の薬と薬酒がかなり作れるハズだ。一度港町まで戻って宿をとり薬草を煎じてあまった分を売って
薬酒を仕込みに取りかかろうか・・・。
 風呂に入れないので濡らした布で体を拭きながら彼はぼんやりと今後の予定をそう考えていた。
 一通り体の汚れを拭き落とし身仕度を整えてテントから、のそりと出る。日は高い筈なのに今日もこの森は何と暗い事か。
彼の故郷があるアデューク大陸とは光量が違う。ただ、そんな光の少ない環境の方が薬草には居心地がいいらしい。
テントを畳み、小さくまとめ上げ荷物に詰める。そしてもう一度薄暗いリザイアの木々を見上げる。
 この森を御造りなさった女神は暗闇を必要とする者のためにこうして木々を生い茂らせ、
日の光から守っていらっしゃるのかもしれない・・。いや、単に闇が好きだったのかも・・。
 荷物を背負い、港へ向かいゆっくり歩き出す。結局考えても神の御意思は人間の遠く及ばないものなのだ。
自分がいくら考えを巡らせたところで分かる訳がない。それどころか普段接する人間や魔族の考えている事だって
分からない部分が自分には多いではないか。もう何十年と人間をやっているのに・・・。
 そこまで考えたところで彼は歩みを少し落とした。
 ああ・・いつもの頭痛が・・・。
 肩から掛けたベルト兼小荷物袋に手を伸ばす。中から出てきたのは琥珀色の酒瓶。
彼は瓶を手に持った時の手ごたえに悪い予感を覚えた。
・・・まさか・・・いや、もしかして・・。瓶の口を開け、取敢えず中身を喉に流し込もうと試みる。が、
どこまで傾けてみても流れ込んでくるのは森の風だけだった。
・・・おいおい、勘弁してくれよ・・。この忌まわしい頭痛を取り除いてくれる薬酒は底をついてしまっていた。
空瓶は、彼が港まで半日近くかかるこの道を頭痛と戦いながら歩けと言っていた。
 景色を楽しみながら行くつもりだったのに・・。はぁ・・兎に角、港町まで急ごう。
そう思い、足を早めると意地悪い事に頭痛は激しく彼を蝕むのだった。
休憩もとらずにひらすら歩き続ける事、約4時間。
彼は風に潮の匂いが微かに混ざっている事にも気付かずに黙々を歩いている。
・・・あぁ、これが普通の頭痛なら今持っている薬草で何とか出来るし、これ程苦しまなくともいいだろうに・・・。
こんな所に旅商人なんかがいる訳がないしな・・。何とも情け無い事だな・・。
 「・・・。」(激痛らしい。)
 そんな彼の耳に、風ではない音が聞こえた。
 ・・・子供・・?まさかな・・。声はこの暗い森の中で明るく歌っている。
・・頭痛のせいでとうとう幻聴まで・・・港に着くまで自分はもつだろうか・・・。
 次の瞬間、今度は「うぁおぉおおッ!??」とか「ってえぇぇぇッ!!」とかいった明らかに幻聴ではない叫び声が聞こえた。
ただ人間では無い様だ。・・・この森であんな奇声をたて続けに上げるなど・・魔族か・・・?いや、それにしたって・・。 
 最初歌っていた方の子供の声と奇声の主は何か話しているらしい気配がする。
 そして港の方へ、つまり彼の方へ何やら動き出した様だ。
・・・・一人は人間の子供の様だ。もう一人は・・子供の声をしているが・・・何者だろう?
いや、そんな事より何故子供がこの森に?・・・歩みのペースから察するに迷子という訳でもなさそうだ。
 そこまで考えると頭痛は更に暴れ出した。
 「・・・ぐぅ・・・っ」両手で頭を抱え耐え切れずに屈み込んでしまった。
 考えるな。今、酒は無いのだから・・・。さぁ早く立ち上がって、町へ行こう。
彼のずっと後ろの方からさっきの二人の子供の声がする。屈み込んだまま彼は思う。あの二人のうちどちらかでもいい、
商人であるのなら、酒を買いたい。あぁ、でも子供だしな・・そう都合良く、商人にこの森で巡り会えるはずないよなぁ・・。
 頭痛に冷汗を流しながらも何とか立ち上がり歩き出す。しかしその歩みは遅い。一歩一歩を踏み出す度に頭部への
振動がきつい。のろのろと歩いているうちに、背後にいた二人の子供が追い付いたらしい。そして一人がこう声を掛けてきた。
 「おぉい、そこ行くお兄さん、リザイアの恵みはいらんかね。」・・・願ってもいない言葉だった。
 えぇ、もちろんいりますとも!彼は振り返って二人の子供の姿を見た。
声を掛けてきた方は少女とも少年ともとれる。細い体に大きなリュック、いっぱしの商人だ。
もう一人は真っ白な髪。黒い肌とよく合っている。髪で表情は見えない。
取り敢えず彼は商人に「・・それなら・・酒はあるかい?出来れば度のきつい物が欲しい。」
そう言うと、待ってましたと言わんばかりに目を光らせておもむろにその細い肩からリュックを降ろして、
何やらごそごそ取り出して
 「それなら、これなんかどう?」