第一遊  異界 後編







 二つの大国、蒼国(そうこく)と緋国(ひこく)。随分と昔の時代からいがみ合ってきた国。蒼国の象徴は龍と水、緋国の象徴は虎と火。気性的にも逆である両国は常に小さないざこざが絶えない。
 本当に昔は仲の良い国であった。いつからか王族同士がいがみあい、いつしかそれは国同士となってしまった。
 最近はすでにお互いなぜいがみ合っているのかさえ解らないという事もあり休戦条約がなされている。
 そしてここは緋国の首都・赤都(せきと)。




「―――で、ワシが緋国の王・緋王の焔 籐だ」
 二人の名前を聞いた後、簡単な説明をした緋王・籐は満足そうな声をあげてそう話を締めくくった。
 そうなるほどね、などと納得してしまったはいいが、だからこれからどうしろと言うのだ―――というのが晶の感想だ。しかもなぜ自分たちがここに居るのかと言う問の答えには何一つなっていない。
「なんで私たちがあそこにいるって判ったんですか?」
 雀の至極最もな疑問。
 それにも籐は笑いながら答える。
 城の占い婆がそこに不可思議な格好の者が二人現れると言ったからだ、と。
 だからと言ってそれを拾いに来る王様も如何なものか。
(…珍しいもの好きか)
 冷静に、ただ冷静に晶はそう判断した。冷静でいないとやってられなかった。
 こんな非常識な状態。
 最大の疑問はなぜここに自分たちがいるのか、と言うことだ。
 少し躊躇ったが、晶はそうれを尋ねる事にした。
「…なぜ、この世界に自分達がきたんでしょうか」
 王、と言うのだから偉いに決まっている。だから敬語。
 しかし彼の回答を聞いた晶はそれを考える余裕はなくなった。
「あー、多分、だがの。古来より伝わる秘術と言うのがあっての。それは危急の際高位の者が使用するものだ。その危険な場所から離脱するために異界へと行く。しかしその秘術はこちらの世界に帰還する時に異界の者を無作為に一人か二人連れてきてしまうのだ。大方誰かが“向こう”に行っていて、それで帰還したのだろう」
 お主達はたまたまそれに巻き込まれたのではないか。
 あっけらかんと告げられ、晶は混乱した。
 籐の話によるとこの事件の引き金は他人と言う事になる。しかし晶はその引き金を引いたのは自分だと言う事が徐々に疑惑から確信になってきていた。なにせあの巻物を開いた瞬間“こちら”に来ていたのだ。異界とはまさしく今まで住んできた土地。そうなるとつまり、晶自身はこちら側の人間だったという事になる。
 否定できないのは、捨て子だったがために素性がはっきりとしないからだ。
「あ、それじゃぁその術使えば私たち戻れるって事?」
 雀の思いついた、と言うような明るい声。
 だが籐は苦笑いしてそれは出来ない、と言う。
「あの秘術はこちらで生まれたものにしか掛けられぬのだ。しかも異界に行った者が二十年以内に帰ってこなければ術者もろとも死ぬ」
 その回答に雀は意気消沈。
 当たり前だ。
 帰る希望が絶たれたのだから。
 自分の考えている事を聞いて答えを知るのが怖い。
 もし雀を家族から引き離してしまったのが自分であったらと考えると、申し訳ないどころではない。
 馬鹿みたいな想像かもしれないがこうなると可能性を否定できないから怖い。
 もし。
 もし。



 自分が――――――――……。



「晶、お主は男か?」
「は?」
 ぐるぐると混乱していた晶に突然かけられた言葉。つい変な声をあげてしまった。
 しかも失礼だ。
「…女です」
 不機嫌です、という雰囲気を隠しもせずに答えた。
 小さい頃から男の子に間違えられてそれが嫌で髪を伸ばしたのだ。
 それなのに今になって、しかもこんなところで間違われるとは思わなかった。女と言えば歳より少し幼い程度の童顔ですむが、男だとしたらそれこそ十四,五歳の少年になってしまう。
 籐は晶のその怒った様子に少し慌てて弁解する。
「いや、なに、異界でどうかは知らぬがこちらでは女子(おなご)はお主の歳になればとうに皆結婚しておるし、男も女も髪は長いのだ」
 ほれワシもだ、と言って籐は自分の被っていた帝冕―――本人はこれを王冕と言っていたが―――を外してみせる。確かに高く髪が結われている。
 その様子に嫌々ながらも納得する。仕方がないと諦めがつくのも、昔の間違われ続けた事と世界が違うからと言う理由あってこそだ。
 隣で雀が笑っているが気にしてはならないとそっぽを向く。
 籐はその光景に苦笑しつつも一つ咳払いをして雰囲気を改めた。
「お主達にはワシの城で住まうように手配する。雀はどこぞの貴族の娘、晶はその従者の楽師とすれば問題なかろう」
 男の従者、だがな。




 筋書きはこうだった。



 どこか遠い異国の国を追われた貴族の子女で、旅をしている途中に盗賊に襲われた。逃げ出せたのはその娘と宦官の楽師たった一人。それをたまたま通りすがった籐が保護。


「…………男…」
 しかも宦官。
 沈んだ様子の晶。
 当たり前だ。女なのに男だなんて、まがりなきにも一応はしがない十八歳。こちらの世界では行き遅れでも現代ではまだまだこれからだ。恋の一つもしたことがないのに、男としているのは悲しいにもほどがある。
「仕方がないのだ。この世界で女子は男に比べて立場が弱いのは事実」
 貴族の姫二人にするのは少し無理がある。どうやら男主軸の社会らしいここでは女より男の方が自由がきくのだろう。見知らぬ世界では自由が利くほうがまだ楽だろうと言う籐の配慮だった。
「本当は二人とも男としておいた方が都合がいいのだが、雀の方は流石に無理だしの」
 晶は宦官とすれば平気であると言うのである。だが雀は随分と小柄だし、その見た目からも少年にするのは無理だった。それに晶は四弦を持っている。これならまさに“楽師”として採用したとすれば問題がない。
 だがよりにもよって宦官。つまり、性器を切除した男性。それならば多少女性らしくても大丈夫だから、と。













 前途は多難。どうなるかは未定。
 ただ巻物と布のことは秘密にしておこうと晶は思った。





















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