むかしむかし、創世神さまがこの世界を創造なさった。
 カミは最初は一人だけ。世界を創造なさると、木々や草花、獣たちと我々人々をおつくりになった。それと同時に二人の創物神をお創りになったのだ。
 一人は太陽を司りし猛々しき男神、燃えるがごとき陽光色の髪に突き抜けた空色の瞳、小麦色の肌のアデューク。
 一人は月を司りし慈悲深き女神、凍てつかせるがごとき月光色の髪に沈むほどの夜空の藍色の瞳、雪色の肌のリザイア。
 そして創世神は仕上げに、二人に全てを任せて御身は世界の核となり、世界そのものと相成ったのであります。
 創物神である二神はその後に、それぞれの大陸をお作りになられた。
 アデューク神の作られたるは、陽光溢れ輝く暖かな土地。そこには多くの人間が住まわった。
 リザイア神の作られたるは、薄暗く月光照らす森の土地。そこには僅かな人間と、多くの魔族が居を構えた。
 かくして今はつくられたのだ。
 神々に感謝せよ。
 心からの祈りを捧げよ。

 
 嗚呼、神々の喜びよ我らと共にあれ。



         *



 薄暗い森の中、意気揚々と歩く一人の子供。
 その姿、この場所では実に異様であった。
 人々の恐れる魔物が住まう薄暗い森。リザイア大陸のほぼ全土を覆うその森は『マイア』と呼ばれている。
 昼でも薄暗く、子供は勿論、むしろ人そのもが滅多に入らないような森。そんな所を、まだ年端もいかないような子供が鼻歌まじりで歩いているのだ。おかしくないはずがない。
 年の頃十三、四歳ほど。短く切られた髪は瞳と同色で明るい茶色をしている。勝気そうな瞳は大きく、どこか猫を思わせる。肌の色はある種病的なまでに白かったが、息を弾ませ頬を微かに朱に染めている。両耳につけられた複数のピアスが微かに届く陽光にキラリと光る。
 普通にしていれば、愛嬌のある顔立ち、雰囲気であろう。声の美しさも申し分ない。
 だがその子供はやはり異様。このマイアの森を歩いているだけでもおかしいが、その格好も子供としてはおかしいものなのである。
 厚手の茶色のコートを着込み、足元はこれまた丈夫そうな革のブーツ。肩から大きな鞄を一つさげ、華奢な体には不似合い極まりない巨大なリュックサックを背負っている。
 旅人、それも商人のような姿。
 このような者を見て不審に思うのは人だけではないようで、木々の間からちらほらと低級魔族が顔を覗かしている。
 彼らは自分たちを害する意思のないものを襲ったりすることはそうそうない。ただその人からかけ離れた見た目と能力が、人々を遠ざける。
 異質なものは排除する。自然の成り行きである。
 だがこの大陸では違っている。少なくとも人間と魔族、互いが互いの領域を侵さないことを条件にして、平和に暮らしている。
「潮の香りがいたすこと、港近しき証拠なり、嬉しきかな〜ってね」
 くく、と喉で笑いながらも子供の足は止まることなく道なき道を突き進む。
 実のところ向う先は決まっていて、正規の道ではないが着々と目的地には近づいていた。
 目指すはリザイア唯一とも言える港街。
 魔族の視線もまるで気にせずとにかく進む。
 その動きを阻むものはいない。
 いない、ハズだった。

 ごつっ

「うわぁっ!?」
 何かに躓きバランスを崩す。
 視界反転、地面と顔面挨拶をする直前であったが、なんとか近くにあった木にしがみつく事が出来た。
 一体何につまずいたんだ、と思って振り返る。
 だがそこには特別なにもない。
 しいてあるとすれば。
「……リザイアの恵みはいらんかね?」
 リザイア大陸の商人がよく言う台詞―――そして自分の商売文句―――を目の前にいるピンクの物体へ投げかけてみた。
 返事は、ない。