肌を刺す痛み。
 繰り返し繰り返し、一定の間隔で身体に刻み込まれる痛みは、『激痛』と言うのだろう、普通ならば。
 けれども恋次にはそれこそが望んでいる物だった。
 肌に突き刺さる針。
 激しい痛みと苦痛。
 それが求めるモノ。
「―――出来たよ」
 彫師の声に、恋次は身体を起こした。目の前の彫師の女は、何処か不機嫌そうな顔をしている。
「んだよ、そのツラ」
「煩い」
 不機嫌そうというのは間違いで、どうやら彫り師の女は立派に不機嫌だったようだ。恋次の刺青を彫るのに使った道具を片付けながら、女は怒りのオーラを立ち上らせている。
「客にその態度はねーだろ、しかも俺は得意客だぜ?」
「あんたは彫りを入れたいんじゃないだろ、この被虐趣味の変態」
「ああ?」
「自傷行為だって言ってんのよ、腹が立つ!私の芸術、私の技術!それをそんな目的の為に使われて腹がたたないっつー方がおかしい!」
「何言ってんだよ、俺はあんたの腕に惚れ込んでんだぜ?学生時代から通ってんじゃねーか。晴れて死神になって、給料もたんまり出たから、真先にあんたのとこに来たってのに」
「煩い煩い煩い煩い煩い!!!」
 女はぶんぶんと頭を振った。振りすぎてよろけている。
「こんなに腹が立ってるのに、稀に見るほど上出来だっつーのも腹が立つ!!あー、もう!」
 今度は頭をかきむしると、女は「で?」と恋次を睨みつけた。
「どうよ?その彫り物」
「おう、期待以上だぜ。ありがとよ」
 上半身に絡みつくように彫られた刺青。
 左右対称の、黒一色の。
 確かに女の腕は良く、これは芸術と呼べるだろう。そのデザインも配置も、綿密に計算されていた。一番恋次に似合う彫り物の模様。
「今日一日は熱を持ってるよ。彫り物ってのは身体を傷付けてる訳だからね。しかも一日で一気に仕上げたんだ、ったく無茶するんじゃないよ。あー、もう!」
「ちまちまやんのは性に合わねーんだよ」
「ふん、どうだかね。ただ痛みが欲しかっただけだろ。それが一番の、あんたの目的さ」
 さっさと帰れ、と拗ねたように他を見詰める女の手元に、恋次は料金よりも大分多くの金を置くと「……悪かったな」と呟いた。




 通りを歩く。
 何の目的も無い。
 活気溢れる喧騒の中で、恋次は一人、空虚な存在だった。




「―――恋次!」
 かけられた声にも、特に何の興味も持たない。
 惰性で上げた視線の先に、長い髪の女が駆け寄るのが見えた。
 十三番隊の―――ルキアと同じ、十三番隊の女。名前は確か―――
「流佳」
「どこ行ってたの?家まで行ったのにいないんだもの」
 仕事抜けてきたのよ、と流佳は意味ありげに笑う。
「退院してから、ずっとしてないじゃない?私、もう我慢できないんだけど―――」
 流佳は恋次の耳元に唇をよせて、そう囁いた。
「行きましょう?」
 腕をとられるままに恋次は歩き出した。
 別にどうでもいい。
 そんな投げやりな気分で。

 


 
「すごいわ……」
 恋次の身体に纏い付く黒い模様に、流佳はそっと指で触れた。
 汗で光る肌に、刺青はとても刺激的だ。思わず流佳は唇を舌で舐めた。
 ぞくり、と快感が背中を走る。
 身体が疼く。
 それだけでとろりと潤う自分が判る。
「でも、ちょっと不愉快だわ……これ彫ったの、女でしょう?私以外の女が、貴方の肌に触れたと思うと」
 流佳は左の胸、心臓の真上に唇を落とす。
 ゆっくりと肌を吸って、赤い色を残した。
「私の彫り物……。これが消える前に、次に印を残すわ。そうして、ずっと刻み付けるの。私の印を」
「………」
「さあ、来て。もう準備は出来ているのよ……」
 恋次の頭を抱え込む。覆いかぶさるように、ゆっくりと舌を入れた。
 久しぶりに触れる、恋次の唇。
 味わうように、焦らすように舌を動かす。
 恋次も流佳を求めていると、微塵も疑うことなく、流佳は快感に溺れていく。






 恋次にとって、女を抱くという行為には特に何の意味も無い。
 ただ挿れて動いて、イク。
 イクのは身体だけで、心は無感動だ。
 ただの排泄行為。   
 それだけでしかない。





 途切れ途切れに上がる声。
 切なげな、自分を呼ぶ女の声。
 心では何も感じないのに、身体は反応している。
 奥まで挿れて、突き上げて。
 目の前に揺れる女の白い肌と、その横で揺れ動く黒い髪。
 荒くなる息と、冷めた心。
 




 女を抱くと、いつも心に浮かぶものがある。
 泣いている。
 広い部屋で、独りで。
 俯いて、決してこちらを見ない後姿。
 肩が震えているのがわかる。声が聞こえる。
 自分を呼んでいる声が。
 ―――すべて、錯覚だ。
「くそっ……」
 頭の中に浮かぶルキアの姿を掻き消すように恋次は首を振ると、更に激しく動き出した。
「やっ……そんなに動かないでっ……いや、待って……!」
「煩え!」
 部屋に響く、粘着質な水の音。結合部から絶えず聞こえるその音に、恋次は哂う。
 俺だって、昔の俺じゃねえ。
 お前が昔のお前じゃないように。
 何とも思ってない女だって抱く。理由もなく。ただ抱く、それだけの行為。
 

 身体と心が欲しがるのは。
 抱きたいと思う女は。
 ずっと変わらないことに気付いてはいた。


「恋次、恋次……っ!!」
「煩えよ」
 だから恋次は流佳の口を手で塞ぐ。
 聞きたいのはこの声じゃない。
 そう、思い出そうとすれば直ぐに耳に響く。ずっと聞いてきたあの声。
 唇を何度重ねても、いつも赤くなっていた。
 首筋に舌を這わせれば、僅かに漏れる甘い声。
 吐息と、震えた身体と。
 未知の行為への恐怖と、僅かな期待とが入り混じったあの声を、明確に思い出すことが出来る。 

『……恋次……っ!』

 今この腕の中にある身体が、この声が。
 お前のものだったら。



「――――戯言だ」



 吐き捨てながら、恋次は流佳の中に己を注ぎ込んだ。





 

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