「あー!!丁度よかったあ!!」
朗らかなその声が、真逆自分に向けられたものだと思わずに恋次は隊舎目指して歩いていた。
ようやく強制的な休暇は終わり、今日からまた仕事に戻れる。しばらく怠惰な生活を続けていたので身体が鈍っているのは間違いない事だった故、恋次は一角に手合わせを願うつもりで隊舎に向かっていたのだが。
「こらあ!副隊長を無視する気か!」
あ?と振り返れば、そこには十一番隊副隊長の、つまりは恋次の上司である―――とてもそうは見えないが―――草鹿やちるの、小さい身体があった。
「あ、すみません、副隊長」
やちるは胸を張ると、「許す!」と全開で笑った。そして、
「れんれんにお願いがあるの」
恋次は右を見た。
左を見る。
後ろを振り返る。
誰もいない。
つまり、
「『れんれん』ってもしや……」
「あたしの前にはれんれんしかいないじゃん」
「はあ……」
脱力する恋次に、やちるは「ちょっとつきあってくれる?」と手を引いた。
「剣ちゃん、今隊長会議でいないの。つまりあたしは剣ちゃん待ってる間、暇だって事。だかられんれんに一緒にいて欲しいんだ」
「はあ」
「れんれんはうちに入ったばかりだから、あたしまだ良く知らないし。副隊長としては、隊員のこと良く知っていないとね!」
「はあ」
「親交を深めるために、まず!あそこに行く!」
びしいっ!と指差した先にあるのは―――『甘味屋』と翻るのぼり。
「いいっスけど」
「じゃあ行くよ!」
やちるは恋次を引き連れて、跳ねるように甘味屋に向かって行った。
この小さい身体のどこに入るのか、というくらい大量の甘いものを目の前にして、やちるは嬉しそうに片っ端から口にしていく。
恋次はそれを感心して眺めながら、自分用のぜんざいを食べていた。
「れんれんはこういう所よく来るの?」
すでに3品目を攻略しながら、やちるは恋次に問いかける。
「ここに来て動じない男の人はれんれんが初めてだよ。剣ちゃんなんて絶対ここ入ってくれないし」
「……隊長は無理でしょうねえ」
周りを見れば女性ばかり。明らかに恋次は浮いている。学生時代にこういった店によく連れて来られていた恋次には、特に気にする様子もなかったが。
「隊長と副隊長は、一緒にここ……精霊廷に来たんですか」
「ん?そうだよ。あたしが小さい時、剣ちゃんがあたしを助けてくれたの。あたしの名前も剣ちゃんが付けてくれたんだよ。だからあたしは自分の名前が大好きなんだ」
「名前、そんなに大事なもんですか」
「そりゃあ、大好きな人が付けてくれた名前だもん。大事だよ」
「副隊長は隊長が好きなんスか」
「うん!大好き!」
けろりと公言するやちるに、恋次は苦笑する。
「あたしはずっと剣ちゃんと一緒にいるんだ。今までも、これからも」
「……いいですね」
自分と良く似た立場の二人。けれど自分達とはあまりにも違う。
「れんれんにはいないの?一緒にいたい人」
「今はいませんねえ」
「昔はいたんだ」
「……まあ」
「んー、じゃあれんれんの出身はどこ?」
「俺は戌吊です」
「ふうん、れんれんは一人で精霊廷まできたの?」
「いや……もう一人」
「じゃあ、一緒にいたかった人って戌吊にいる人?」
「……そうです、ね」
戌吊の頃のルキア。今はもういない。
「だめだよー、離れちゃ。離れたら不安になっちゃうでしょ?一緒にいないとね」
「……そうですね」
「早く呼んだ方がいいよ?ここに。れんれんもう死神なんだから、二人で充分生活できるでしょ?」
「いや……無理ですよ。あいつはもう、俺と一緒にいる気はないらしい」
何を俺はぺらぺらと喋っているんだろう、と恋次は内心苦笑した。こうも好奇心剥き出しで聞かれると、しかも相手が子供のような少女だと、つい正直に話してしまう。
「女はねえ、そう簡単に気持ちは変わらないものだよ?れんれん、何かしたんじゃないの?嫌われるような事」
「記憶にないっスけど」
「じゃあ、女の人に理由があるんだよ。家族に反対されてるとか。れんれん柄悪そーだし」
あははは、と悪びれずに笑って、やちるは匙を置いた。目の前に並んでいた大量の注文品はすべて綺麗に空になっている。
「よし!じゃあ、ちょっと稽古場まで行こう」
「は?」
「あたしがれんれんを強くしてあげる。はやく彼女をここに呼べるように。虚狩りで怪我するなんてまだまだな証拠だよ!」
「隊長はどうするんですか?」
「剣ちゃん?だいじょーぶ。少しくらい離れても、剣ちゃんとあたしは愛し合ってるもーん」
いやそういう事じゃなくて、隊長会議終わるの待ってたんじゃ……と言いかけたが、「さあ、行こう!」と有無を言わせず連行されて恋次は諦める。
「強いだけじゃ欲しい物は手に入らないけど、強さがないとやっぱり欲しい物は手に入らないよ!」
「あ―――――……」
稽古場外の芝生に仰向けになって、恋次は大きく息を吐き出した。
風が気持ちいい。それ以上に、動かした身体が気持ちいい。
あれからやちるにびっしりと稽古を付けられた。やちるの外見からは想像も出来なかったが、最強と謳われる十一番隊の副隊長であることは間違いなく、圧倒的な強さで恋次との格の違いを見せ付けた。
「やっぱまだまだだよなあ」
何となくすっきりした気分で恋次は笑った。視界には青一色の空。戌吊でもよくこうして空を見上げていた。……ルキアと一緒に。
『女の人に理由があるんだよ。家族に反対されてるとか』
やちるの言葉が耳によみがえる。
―――もしかして、朽木の人間に反対されてるのか。身分の低い俺と会う事を。
そういえばやたらと、今は『朽木』ルキアである、という事を強調していた気がする。ただの『ルキア』ではなくなった、貴族の一員となった『朽木』ルキアとしては、もう過去を知る俺と会う事は許されていない、と―――
「……何本気で考えてるんだ、俺は」
苦笑しつつ、呟いた。
ただ、救護室で―――何故か、ルキアが傍にいた気がしたのだ。意識が無かった時に。ルキアの気配を感じたような気がしていたのだ。
だが、動けるようになってから、見舞者は必ず名前を記入する帳面を見たが、ルキアの名前はなかった。
当然だ、あいつが俺に会いにくるわけがない、と思う反面、あの気配は間違いなくルキアのものだと確信している自分も僅かにいる。
「あー、もう、なんだかなあ……」
離れなければ。
あの時、引き止めていれば、こんな事にはならなかったのか。
「恋次!」
思考を中断されて、恋次は声のした方に視線を向けた。流佳が走ってやってくる。夢想は消え、現実が恋次の目の前に在る。
「あのね、相談に乗ってほしい事があるのよ……」
はあはあと息を切らしている流佳は、今まで見たこともないような、明らかに困惑している様子が見て取れた。焦っているようにも見える。僅かに興味を引かれて、「何だよ」と返した。
「私、偶然なんだけど、これ拾っちゃって……知ってる?これ」
流佳が差し出したのは、親指の爪ほどの大きさの、黒い―――蝿のような、けれどもっと無骨な、
「蟲型偵察機?」
「そう、映像庁が管理してる……偵察機。虚を追跡したり、私達死神の中に犯罪を犯しているものがいないか秘密裏に調べる物よ」
「これが落ちてたのか?」
流佳の手の中のそれを良く見ると、確かに一部形が崩れている。どうやら破損しているようだ。
「ええ、それで私、ちょっと……興味があって、自宅で映像見てみたの。そしたら……」
流佳は僅かに息を呑んだ。
「……最初に映ってたのは、何処かの部屋だったの。すごく広くて、書類とか置いてある机が見えたわ。しばらく何処か良くわからなかったけど、浮竹隊長のいる部屋に良く似てるな、って思ったわ。そしたら、声が入ってて……」
流佳は恋次の横に座って、周りを見渡した。他に誰もいないことを確かめると、更に声を小さくして、囁くように恋次に話を続ける。
「……六番隊隊長の声、だったの。朽木白哉。あと、他にも……」
流佳はここでもう一度言葉を切った。
「……朽木ルキア。あの女の声も」
流佳は恋次を、気づかれないよう注意しながらじっと見詰めた。僅かに、数日前の流佳だったら気がつかないほど僅かに、恋次の肩が揺れたのが解かった。
「場所は六番隊隊長の部屋だったみたい。そこに、あの二人だけがいて……。朽木白夜が言ったの、『ルキア』って。映像が動いて、机の画像から二人が映っている画像に変わったわ。そしたらあの女が『はい、兄様』って答えて……着物を、脱いだの」
今度は間違いようがなく、恋次の身体が動いたのが解かった。流佳はそれに気付かない振りで先を続ける。
「『ここに来い』って朽木白夜が言ったわ。隊長室にある大きな机、そこを示して、あの女は机の上に座った。自分から足を開いて、『ください、兄様』って。『家に帰るまでなんて待ちきれません、お願いです』、あの女がそう言って……後は、ずっと二人が絡み合ってる映像。……見終わって、どうしようって。これ、凄い醜聞よね?執務中、隊長室で、それも兄妹で……こんな事がばれたら、四大貴族の一の朽木家だって、相当な打撃を受けるわよね?私、怖くて……こんな事知ってるのが朽木家にばれたら、私なんてあっさり消されちゃいそうで……偵察機は壊れちゃって、もう全然映像を映し出さないけど、でも、私、怖くて……どうしよう、私どうしたらいいの、恋次」
衝撃を受けている恋次に、流佳は「驚くわよね、でも事実なのよ」と囁く。
「朽木ルキア、あの女から誘ったんだわ、きっとそう……。だって、すごかったもの、あの声、よがり方。何度もイッてたみたいよ。最後には気絶して終わったわ。『白哉兄様……っ!』って名前を呼びながら。初めてじゃない、もう何度も身体を合わせてるみたいだった。朽木白哉だって、あの女の感じる所、全部解かってたみたいだし。その度にあの女は声を上げて、痙攣したみたいに身体が震えてた」
流佳は恋次の心に傷を刻み込む。
何度も、何度も。
決して消えない傷を彫り込んで行く。
「どうしたらいいの、私……怖い、助けて恋次」
流佳は恋次の胸に倒れこむ。
その逞しい胸にしがみつきながら、流佳は恋次に見えない位置でその唇を笑みの形に模っていた。
NEXT---逃がさない、逃げられない
お待たせいたしました、って言うか待っていてくれた人がいるかは謎ですが(笑)奥様劇場本編です。
前回書いた「今まで書いたことのない」シーン、と言うのはS女とM男のシーンなのですが、思ったより書けませんでした(苦笑)っつーか、全然(笑)
オリキャラ同士のエッチなシーンなんて書いても別に、ねえ(笑)代わりに恋次がM男っぽくなってますが…ははは。
昼ドラはすれ違いや誤解や恋敵の邪魔が王道です。と言うわけで王道突っ走ってます。
恋次とルキアはまだえっちはしていません。恋次はその気大有りだったので機会があれば狙っていたのですが、いつも寸前にルキアが恋次を張り飛ばして(違)いたので、未遂のままです。
感想いただけたら嬉しいです、是非!ぜひぜひぜひ。(咳き込んでいるわけではありません事よ)
2004.12.21 司城さくら