「戌吊?」
そこに予想もしなかった文字を見つけて、流佳は思わず声を上げた。
作成者の性格がそのまま表れている、神経質なまでに細かく綿密に書かれた「朽木ルキア」に対する調査書に、流佳は素早く目を走らせる。
調査書は「朽木ルキア」の出生地から書き出されていた。それが意外な事に「戌吊」だったと知って流佳は哂う。
―――あんなに「貴族」って取り澄ました顔をしているくせに、戌吊出身だなんてねぇ……
つい数日前、病院の前で会ったルキアが流佳の頭に浮かんだ。人を見下すような尊大な態度、高飛車な言葉。特権意識の塊のようなあの女が、自分よりも低い出自だったとは。
更に頁を読み進める。戌吊で数年、子供たちだけで生活していたという事。5人の、いわば家族といえる子供たちが順に命を落としていき、最後に残った「朽木ルキア」ともう一人、この二人が霊力を所持していたため、6年前に真央霊術院に入ったという事。
真央霊術院での級は2組。成績は中の上程度。しかしこれは総合で判断した結果で、鬼道だけで見るならばその成績は学院内でも10本の指に入っただろう事。
入学して4年目、今から2年前に朽木家の養子となる。それと同時に学院を去り、護廷十三隊に入隊。六番隊所属となる。現在席官ではないが、六番隊副隊長の補佐というような位置にいる。
不意に流佳の手がぴたりと止まった。予想もしていなかった事実は先程も同じ、けれども衝撃は先程の比ではない。
見知った名前。それが、「朽木ルキア」の調査書に書かれている。
『―――友人類はあまりなく、人間関係は希薄。学院内でも限られた数人の人間としか会話を交わさない。出身が戌吊という事から、貴族階級の多い真央霊術院では浮いていた存在だったと思われる。中で一番交流があったのは、戌吊から共に真央霊術院に入学した“阿散井恋次”で、この男は彼女が朽木家の養子に出るまでかなり近しい存在だったと思われる』
阿散井、恋次。
戌吊から共に―――
5人の子供たちだけの生活、その残った最後の二人。
流佳はギリ、と唇を噛み締めた。
あの女―――。
恋次との繋がりはこういう事だったのか。
でも、と流佳は落ち着きを取り戻す。
恋次はあの女に対しては何の関心も持っていない。私が閨であの女のことを口にした時、何も言わなかったのがその証拠だ。
恋次の中では、あの女はもう価値のない存在なのは間違いない。
恋次の心を占めているのは私だ。
恋次。
私が初めて愛しいと思った男。
激しく熱く燃え盛る焔のような男。
私を抱いたその行為は荒々しくも、私への執着が、恋情が、想いが慾望がはっきりと伝わった。
私は愛されている。
けれど―――あの女。邪魔な―――病院にまで現れた。
あの女は今でも恋次を想っている。だから病院に現れたのだ。
なんて、傲慢。
恋次はあの女にはもう何の関心もないというのに。
「目障り、だわ―――」
一通り、調査書すべてを読み終えて流佳は呟いた。
あの女を何とかしなければならない。
けれども、養子とはいえ相手は貴族。あの女自身に手を伸ばす事は流石に現時点では不味い。
ならば、働きかけるのは恋次へ、という事になる。
流佳は足元を見た。流佳が調査書に目を通している間中、流佳の足元で流佳の足に触れていた男を。
男はうっとりと流佳の足を撫で擦っていた。足を組んで座っている流佳の前に、床にひざまづいて、ただ流佳の足に触れる。それだけで、恍惚とした表情で。
「貴方の調査書、役に立ったわ」
流佳は艶然と微笑みかける。
「もう一つ、お願いがあるの。貴方なら手に入るわよね?―――蟲型偵察機」
男はひざまづいたまま、「それは―――無理です」と答えた。
「あれは管理が厳しい―――一台一台、すべて登録されています。登録外で持つ事は―――四大貴族でもない限り、無理です」
「そう。―――じゃあ、壊れた物でもいいんだけど。それなら、どう?」
「廃棄処分のものなら―――何とか。けれど何に使うのですか?壊れた蟲型偵察機など、何の役にも―――」
「貴方に説明する気はないわ。余計な事は言わないで頂戴」
怒りを含んだ吐き捨てるような流佳の声に、はっと男は息を呑む。
そうと気付くと、流佳はうって変わって優しく、
「……とにかく、誰にも気付かれずに手に入れてきて。そうすれば貴方のしたい通りに―――いえ、貴方は『されたい』のでしょう?私に色んな事をして欲しいのでしょう?私に『奉仕』したい。そうね?」
嘲笑の色を滲ませて、流佳は優しく微笑む。男は崇拝する目で流佳を見つめ、ただ頷いた。
「素敵よ、貴方の望む通りにしてあげるわ。私にかしづきなさいな?さあ、私に服従を。私の言う事を聞くわね?」
はい、と男は夢中で答えた。そのまま流佳の足を取り、自らに口に流佳の足指を含む。その表情は恍惚としていた。
指を舌で愛撫されながら、流佳は哂った。
何て楽だこと。
身体を与えなくても満足してくれる男は楽でいい―――。
生暖かい感覚が、足の指から次第に身体の中心へと這い上がってくる。
打ち寄せる快感に、流佳は恋次の事を考えて自らを高ぶらせていた。