一気に刺し貫かれた其処は、何の準備もなく―――ルキアは当然の事ながら、白哉にも苦痛を与えたはずだった。
しかし白哉は、悲鳴を上げるルキアの身体を押さえつけ、更に奥へと己を進める。
ルキアの秘所は、無理矢理挿入された所為で傷付き紅い血を白哉に絡みつかせる。
その血の色にも動じず、白哉はルキアを犯していく。
深く。
深く。
熱く、
静かに激しく、
奥へ、奥へと。
何年もの想いを吐き出すように、白哉はルキアの身体を犯し、ルキアの内部を侵し、ルキアの心を冒す。
「あ―――あ」
自分を見下ろす黒い瞳を愕然と見上げ、ルキアは白哉の突き上げるままに揺れていた。目を見開き、浅く速い呼吸を繰り返し、ルキアは信じ難いものを見るように白哉の秀麗な顔を見上げている。
記憶を塗り替えられたルキアにとって、白哉は紛れもなく自分の血の繋がった兄だった。
その兄が―――自分を犯す。
愛する人の目の前で―――兄に犯される。
抱え上げられた足、エナメルの靴の先は、兄の動きに合わせて揺れている。深く挿入され跳ね上がり、引き抜かれて落ちる。朽木家の従者の制服を着たルキアは、まさに兄の従者でしかなかった。力尽くで捻じ伏せられ、強制的に従わせられる。
その従者の服を着たまま、ルキアは兄に貫かれていた。黒いスカートからルキアの白い足が剥き出しになっている。その足には白いハイソックス、その先には黒いエナメルの靴。首の詰まった制服は今は白哉の手によって胸元まで押し開かれ、力で奪った証のまま、引き千切れた釦が生地に纏わり付いている。
乱れた制服―――全裸よりも淫らに悲愴に、ルキアの美しさ、哀しさ、無残さを際立たせる。
白哉はルキアの頭上で、何かを呟いていた―――その言葉も耳には入らず、ルキアは無意識に恋次の名前を呼び続けていた。
自分の身に起こっている事はきっと夢に違いない。
一度目を閉じ、それから目を開ければ―――きっとそこはあの硝子の筐のようなあの懐かしい部屋で。
きっと横には恋次がいて―――
「―――如何した?」
優しく抱きしめられる感触に、ルキアは覚醒した。
目の前に、恋次の顔がある。
精悍な顔を心配そうに曇らせ、自分を覗き込む恋次の紅い瞳に、ルキアの恐怖に強張った身体から力が抜けた。
「うなされてたぞ、大丈夫か?」
耳慣れた声―――この世で一番大好きな、愛しい声。
何度も愛を囁いてくれた、恋次の声。
ああ、と―――ルキアは息を零した。
夢―――夢。夢だった―――。
「何でもない。……夢を、怖い夢を見ただけ」
「何でもなくねえだろーが」
怖い夢、という言葉に恋次は反応した。夢でさえ、ルキアが怯えるのは許せない、そんな表情で。
ただでさえルキアを此処に閉じ込めている、という意識が恋次にはある。
その夢がルキアの精神の異変、ルキアの心が自分を排除しようとしているのではないかという不安を、恋次は常に持っていた。
そしてその不安をルキアは知っている。
そしてその度にルキアは少し哀しくなる。
自分の愛を、恋次が信じていないようで。
「大丈夫―――だって、夢だったから。お前は此処に居るし―――私は此処にいる」
目の前の恋次の胸に顔を埋める。
暖かい。
とくんとくんと、生命の流れる音がする。
ほっとする―――自分の居場所、自分の愛するものの確かな存在にルキアは安堵する。
「愛してる」
今見た夢―――現実に返ってさえ、あまりにもリアルだったと思うあの夢。
あれが夢で本当に良かったと―――ルキアは心底ほっとした。
そして改めて思う。
恋次と離れては生きていけないと。
夢の中、僅かな時間でさえ、離れているだけであんなに苦しかった。
自分がどれだけ恋次を愛しているのかを思い知った。
「愛してる。愛してる。愛してる」
何度繰り返しても足りない。何度繰り返しても伝えられない。
「ずっとそばにいて―――お願い。ずっとそばにいるから」
恋次の首に両手を回し、ルキアは子供のように何度も繰り返す。
ずっと私のそばにいて。
ずっとお前のそばにいるから。
「ずっとそばにいる」
返る言葉は、同じ。
何度も繰り返される誓い。
ふたりの、ふたりだけの神聖な誓い。
見つめ合う紅い瞳と紫の瞳。
やがて紫の瞳は閉じられ、それに応えるように恋次の唇がルキアの唇を優しく奪う。
腰に回された手の熱さ、唇と恋次が与える刺激に熱くなる自分の身体。
頭上に月。
静かな夜。
二人だけの世界。
恋次の声がルキアの名前を呼ぶ。恋次の心がルキアへの想いを紡ぐ。
それに応え、ルキアも恋次の名前を呼び、熱くなる心と身体を幸せに思い、恋次の熱を迎い入れる至福の時―――
身体に分け入る熱い昂ぶり。
自分に重なる愛しい人の髪が、ふわりと上から落ちてくる。
長い髪、紅玉を溶かしたような、美しい鮮やかな真紅。
自分の頬に触れるその深紅の長い髪。
身体に受け入れた恋次の熱さに、身体中を駆け抜ける歓喜の痺れに、ルキアは耐え切れずに甘い声を洩らし、頭上の恋次を仰ぎ見る。
頬に触れる、深紅の、真紅の長い髪。
その紅の、―――いろ、が。
黒い。
闇のように。
絶望の深淵のような、闇のくろ。
「れん―――」
見上げた頭上、自分を見下ろす、その、く、ろ、い―――ひと、み。
「―――ぁ」
何もかもを飲み込むような、狂気に彩られた、静かに激しく狂った―――黒い、瞳。
「あ、あ、―――あ」
自分の中に在る熱い猛り。
何度も打ち込まれる激しい熱さ。
愛する男ではない、その楔。
自分の兄が穿つこの身体―――!
「きゃああああああああああ!!!」
夢、夢、夢夢夢、これは夢―――悪夢、はやく覚めなくちゃ、早く早く早く早くはやくはやくはやくはやくはやく!
夢から覚める呪文のように、ルキアは何度も恋次の名前を呟いた。呟きは徐々に大きく、悲鳴のように大きくなる。恋次、恋次、恋次、と助けを求めるように大きく悲痛な声でルキアは泣き叫ぶ。
その狂乱したルキアの耳に、甲高い金属音が鳴り響いた。
恐らくずっとなり続けていただろうその音を、ルキアは此処で初めて気が付いた―――その音の源を、組み伏せられた石の床の上で探し―――息を呑む。
恋次の身体は、血まみれだった。
言葉を発することが出来ないように封じられた唇からも血が滲んでいる。
外せるはずの無い鉄の鎖を、渾身の力で、傷付いた身体の全ての力を振り絞って、恋次は引き千切ろうとしているのだろう―――ずっと、今までずっと。
ルキアが見上げる今その瞬間も、恋次は鎖を引き千切ろうとしている。
そしてその度に、身体中の傷口から紅い血が滴り落ちていく―――右肩の傷口からも、かなりの量の血が溢れていた。
恋次の身体を伝い、紅い血が石の床を紅く染める。
痛みは想像を絶するものだろう―――それでも、恋次は鎖を引き千切ることをやめようとはしない。
鉄の縛めが手首に食い込み、新たな血が飛び散った。
「恋次―――恋次」
涙が―――こぼれた。
自分の所為で、恋次が傷付く。
その繰り返しだ。
何度も何度も―――恋次は自分の所為で傷付いていく。
「もう、止めて―――恋次、お願い。―――それ以上、動かないで」
兄に犯されながら、ルキアは恋次を見上げそう言った。
「お願い―――目を瞑っていて。何も見ないで―――そうすれば、傷付かない。私は平気。だからお願い―――目を瞑っていて」
そしてルキアは目を閉じる。
兄の手が自分の身体に触れる。
兄の舌が自分の身体に触れる。
兄が自分の身体に侵入する。
何年分もの想いを一気に解放するように、白哉は静かに激しく狂ってゆく。
その狂気の想いを受け止めながら、ルキアはもう何も言葉を発しなかった。
恋次の名前を呼ぶことも、苦痛の声をたてることも、絶望の悲鳴を上げることも一切なかった。
―――目を瞑っていて、恋次。
自分が出来る最良のこと。
何も聞かせない。
悲鳴を聞かせない。
名前を呼ぶ声を聞かせない。
息を潜め、苦痛に耐え、絶望に耐え、ルキアは無抵抗に白哉に抱かれる。
そのルキアに、―――白哉は優しく話しかける。
「愛している―――愛している。お前だけを、あの日からずっと―――死さえ二人を別てない。永遠にそばにいる―――おまえのそばに。愛している、愛している―――お前を、お前だけを永遠に―――」
熱く激しく狂おしく―――ルキアの身体を抱きしめ、唇を重ね、ルキアの中へと己を突き刺し、幾星霜の想いを籠めて―――白哉は囁く。
「愛している―――緋真」
狂気と絶望に満ちた夜は、まだ終わらない。
第V章 「硝子の筐」 終
V章 あとがき・おまけ