あの時から2ヶ月。シスターは感慨深げにルキアと窓の外の恋次を見詰めた。
 最初は、今まで過ごしていた世界とあまりにも違う平和な生活に、恋次自身も戸惑っていた様子だったが、ルキアがいつも傍らにいてそれだけで充分だったのだろう、すぐに教会での生活にも慣れたようだった。
 この教会には、ルキアの他に3人の少年たちが居た。ルキアと同じ様に彼らにも身寄りがなく、ずっと以前からこの教会で共に過ごしている。
 この少年たちと恋次が上手くやっていけるのかと、シスターは多少心配していた―――今まで暮らしていた少年たちよりも、ルキアは明らかに恋次に懐いていたので、3人の少年たちが妬くのではないかと思ったのだ。ルキアは少年たちに可愛がられていたので―――が、それも杞憂に終わった。
 恋次は人を惹き付ける力があるらしく、少年たちはすぐに恋次を慕い懐いた。自分たちとは違う落ち着いた態度、冷静な考え方、時には厳しく、けれど面倒見のいい恋次に、少年たちは憧れを抱いたようだ。恋次を「れんちゃん」と呼んで、本当の兄弟のように仲が良い。
 その少年たちに纏わりつかれながら部屋に入ってきた恋次は、椅子に座って温めた牛乳を飲んでいるルキアを見て「こら」と笑いを含んだ声で呼びかけた。
「ちゃんと先生の手伝いしたのか?随分早い休憩じゃねーか」
「ちゃんとしたもん。恋次たちが遅いんだよ」
 ルキアの不機嫌な理由が、自分に長いこと放っておかれた所為だとすぐに気付いて恋次は苦笑した。自分の椅子に腰を下ろしてルキアを手招きすると、ルキアは途端に機嫌を直して恋次の膝の上に、慣れた様子で飛び乗った。
「恋次、冷たい」
「そりゃ外に居たからな」
「ミルク、飲む?」
「うー、いらねえ」
「牛乳飲まなきゃ大きくなれないよ?」
「そりゃお前だろーが」
 恋次の膝の上のルキアの身体はとても軽い。痩せ過ぎ、という訳ではないが、細いことは間違いない。
「もっとたくさん食わねーとな」
「うん、がんばる」
 こて、と恋次の胸に寄りかかったルキアは、恋次の一つに結わえた髪が乱れている事に気がついて「恋次、解けそうだよ」と軽くその髪を引張った。
「ん?ああ、さっき動き回ったからな……」
「ルキアが直す!」
 ぴょんと身軽に飛び降りて、ルキアはブラシを手にすると恋次の背後に立って髪を梳かし始めた。小柄なルキアが届くよう、恋次は背もたれに身体を寄りかからせて斜めに座る。
「恋次、お行儀わるーい」
「こうしねーとお前が届かないじゃねーか」
「あ、そうか。ありがと、恋次」
 丁寧に髪を梳かして纏めながら、ルキアは感心したように「綺麗な赤だよね」と呟いて恋次の顔を覗き込んだ。
 普段も恋次の髪を結わいているルキアは馴れた手つきで髪を一つに纏めゴムで縛った。その出来栄えに満足して、ルキアは再び、
「綺麗な赤」
 もう一度繰り返すルキアに、恋次は曖昧な表情を浮かべた。それにすぐに気付いたルキアは、「どうしたの?」と袖口を引張る。
「ああ……別に」
「ルキアにかくし事しちゃダメだよ」
「隠し事じゃねえよ、ただ……赤は好きじゃねーんだ、俺」
 え?と驚くルキアを、再び膝の上に座らせながら、恋次は苦笑しながら話し始める。
「赤にいいイメージがねえんだ。綺麗だと思ったこともねえし、はっきり言って嫌いな色だ。……でも俺の髪も目も赤いんだよな、皮肉なこった」
「だって赤って綺麗だよ?イチゴだってすいかだってリンゴだって赤いよ?」
「食い物ばっかだな」
 話を逸らすために笑いながら頭を撫でると、「ルキア食いしん坊じゃないよ」とルキアは膨れた。
 そのルキアに「タコみてー」と笑った恋次は、至近距離からばちんと顔をはたかれて呻き声を上げた。




「恋次、恋次、起きて」
 いつものように同じ布団の中の自分の腕の中で、ルキアがぺちぺちと自分の頬を叩いている事に、「うー」と目を開いた恋次は、時計の針を見て驚いた。
「まだ5時じゃねーか」
「見せたいものがあるの、起きて!」
「こんな時間にか?」
「そうなの」
 真冬のこんな時間に外へ行きたいと言い出すルキアの意図は解らなかったが、恋次はルキアの願い事は大抵叶える事にしているので、他の子供たちを起こさないようにそっと起き上がると、風邪を引かないようにルキアを暖かい服に着替えさせた。そして恋次も着替えると、ルキアは待ちかねたように恋次の手を引張って外へと出る。
 冬の夜明け前の外気は冷たく、辺りは暗い。吐く息は白く凍り、肺に入る空気の冷たさに胸が痛くなるほどだ。
 その真暗な道を、ルキアは迷うことなく恋次の手を引いて真直ぐ歩く。教会の裏の丘に向かっているらしい。しばらく坂を上って辿り着いたそこは、普段皆で遊びに来る場所だった。眼下に街を一望できる、見晴らしのいい丘の上。今は夜の闇に包まれて、何も見えなかったが。
「どうしたんだよ、こんな所に連れて来て」
「うーん、もうちょっとだよ」
 ぺたん、と地面に座り込むルキアを、恋次は背後から自分のコートで包み込む。
「あったかい」
 嬉しそうに笑いながら、ルキアは恋次に寄りかかった。
 しばらくそうして、ただお互いの体温を感じていた。
「―――ほら、恋次、見て!」
 突然興奮したように声を上げ、指をさすルキアの視線の先に、太陽が昇り始めていた。
 その光は黒一色だった空を徐々に明るく塗り替えていく。
 その過程で、雲が街が空が、―――赤く赤く染まっていった。
 それは、見事な、美しい朝焼けの景色。
 二人は立ち上がって、丘の上から街を見下ろす。
 ルキアは恋次の手を握り締めて言った。
「―――ね?キレイでしょ?」
「……ああ」
 その赤は今まで恋次が見たこともない程、恋次が今まで見てきた赤と同じとは思えない程、それは美しい赤色だった。
 血のイメージだった赤色が、恋次の中で消えていく。―――そして新たな赤が映りこむ。
 この光のように、清浄で、静謐な赤に。
「キレイな赤もあるでしょ?まだたくさんあるよ、キレイな赤」
 その朝の光に包まれて、ルキアは傍らの恋次を見上げて笑った。
 昇り続ける太陽は、既に最初の赤い光ではなく、輝く透明な光を放ち、辺りを金に染めていく。
 その金色の光に包まれたルキアは―――まさしく、光の聖女だった。
「ルキアね、恋次の髪の赤色、好きだよ」
 微笑みながらルキアは言う。
「恋次の瞳の赤い色が好き」
 恋次の瞳を見上げて、ルキアは言う。
「恋次が好きだよ」
 人を好きになるのに年齢は関係なく、唯一の相手と巡り逢うその時期は、それがいつだって関係ない。
 自分の唯一の相手が目の前の少年であることに微塵も疑わず、ルキアは自分の心を真直ぐに恋次へと向け差し伸べる。
「恋次が、好き」
 それでも、何も言わない恋次に不安になったのか、僅かに泣きそうになったルキアを、恋次は強く抱きしめた。
 運命があるのか、神がいるのか、それは今でも解らない。
 解るのは、この奇蹟のような少女の存在と、少女を愛しいと想う自分の気持ち。
「お前が好きだ……ルキア」
 お前より大事なものはこの世に無い。
 自分の生命さえ、お前の為ならば躊躇いなく差し出せる。
 俺の祈り―――俺の光。
「ダメだよ、恋次」
 恋次の呟きに、ルキアはぎゅっと背中に回した手に力を入れた。腕の中で恋次を見上げる。その目は真剣だった。
「自分の命―――ダメだよ、そんなこと言っちゃダメ。恋次がそんなことしたって、ルキア嬉しくない。ルキアひとりで生きていたってしょうがないでしょ?恋次がいなくちゃ、ルキアが生きていく意味なんてないもの」
 自分の言葉に、一瞬でもそんな未来を想像してしまったのか、ルキアは身体を震わせた。その恐怖を振り払うように、ルキアは恋次にしがみつく。
「ずっと一緒にいて。ルキアのそばにいて。いつだっていつまでだってルキアのそばに、いて」
「……俺にとって何より神聖なお前に誓う。ずっと傍に居る。お前と一緒に」
「ホント?」
「ああ」
 嬉しい、とルキアは輝くような笑顔を見せた。そして恋次の腕の中で背伸びをすると、
 恋次の唇に、ルキアは自分の唇を重ねる。
 触れるだけの、軽い。
「…………!?」
 ぱっ、と頬に朱を散らす恋次と対照的に、ルキアは幸せそうに笑っている。胸の動悸がようやく収まりかけた頃、恋次は「お、お前今のは……」とうろたえながらそう言うと、
「誓いのキスだよ?ずっと一緒にいるって約束する時にするんだよ、恋次知らないの?よくね、教会でお兄さんとお姉さんがしてるんだ、ルキア知ってるもん」
 得意そうに胸を張るルキアを呆然と見詰め、……恋次は笑い出した。
「何で笑うの?」
 む、と頬を膨らませるルキアを見ても、恋次は笑い続ける。
 幸せで。
 ルキアが愛しくて。
「何で笑うの、恋次の莫迦!」
「悪ぃ、ごめんって。嬉しくて笑ってんだぜ?」
「ホント?恋次も嬉しいの?」
「ああ、だからもう一回、ちゃんと誓おうぜ」
「うん!」



「病める時も、健やかなる時も、共に歩き共に在ることを誓います。―――死が二人を別つまで」


 いつもそばにいて。
 いつもそばにいる。


 それが願い。
 それが誓いの言葉。


 
 ふたりは両の手の指を絡ませ、視線を絡ませ、
 金の光に包まれながら、吐息を絡ませ、唇を重ねた。

 




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第T章 「恋次」3、4話をお送り致しました!前回からあまりお待たせしなかったと思うのですが如何でしょう?

今回は甘さ際立つ子恋次子ルキアです(笑)とにかく甘く、を自分への合言葉に書き上げました。
ルキア、甘えまくり!恋次甘やかしまくり!書いてて楽しかったです…(笑)ルキア、1、2話では自分の事「私」って言ってたのに、今回は「ルキア」です。甘えまくりです。
恋次は恋次で、これでもかと甘やかしてます。膝抱っこ。この二人、事ある事にくっついてます。
…なんだか快感です。とても楽しいです。



序盤も今回で終わり、次回から物語が動き出します(多分)。
第T章は全8話予定です。

では、ご感想いただけたら嬉しいですv

2005.8.28  司城さくら


そうそう、追記です。
作中の「ルキア」の意味は捏造じゃなくて本当ですよ。あと聖ルキアも。
それと、私が今回一番突っ込んで欲しかった部分、誰も突っ込んでくれないのであえて書きますけど(笑)
子恋次子ルキア、毎晩同じベッドで一緒に寝てます!(笑)
あーすっきりした(笑)


2005.9.1  司城さくら