目を開けると既に日は大分傾いていた。
昼の太陽の光を直接室内に入れないように遮光になっていた硝子を手元のボタンで解除すると、頭上に見える空は茜色の名残を空の端に僅かに残すだけになっている。
キングサイズのベッドに独り横になり眠り込んでいたいたルキアは、寝返りをうち頭上の空を見上げ続ける。
ぼんやりと、徐々に暗く変わっていく空を見上げ、ルキアは茫洋と時を過ごす。
ただ時間が過ぎることを待つだけの日々。
この硝子の筐の中、閉ざされた空間だけが現在のルキアの世界だ。
あの日、恋次に身体を奪われたあの日―――阿散井恋次の生命を狙い奪おうとし、結局奪うことが出来なかったあの日から、日は何度昇り何度沈んだのか、ルキアはもう数えることをやめていた。
時間という概念に意味は無い。
この部屋の中だけが全てのルキアには、もう時間というものは必要が無い。
ルキアの世界はすべてこの部屋の主―――否、それはルキアの主と言っていいかもしれない―――阿散井恋次を中心に動いている。
阿散井恋次の望む通りに、阿散井恋次が命じるままに、心と身体を縛られたまま……ルキアはあの日からずっと此処に囚われている。
今まで過ごしていた朽木ルキアとしての時間、生活―――それを思い出すことは今では殆どなくなった。
自分は唯の「ルキア」でしかなく、なんの力もない無力な小娘にしか過ぎない。
しばらくベッドの上で空を見上げ続けていたルキアは、空が完全に夜の闇に覆われてからようやくゆっくりと身体を起こした。
その黒いワンピースの肩紐がしどけなく解けているその姿は、ルキアを酷く妖しい雰囲気に―――無理矢理手折られた白い花のような、嗜虐的なものを見る者に与える。少女の身体と女の心。清廉さと妖艶さ。無垢と蟲惑、その相反する二つが混ざり合い、ルキアは自分が意識しないまま、類稀な存在となっている。
気怠げに髪をかき上げるその右手に、銀の鎖がしゃらりと音を立てた。
ルキアが恋次に縛られている証。
そしてもうひとつ―――否、数え切れないほどの証。
それはルキアの身体中に残る、紅い印。うなじに、鎖骨に、首筋に―――花弁のように紅い、所有の証。毎夜刻印されるその痕跡。
毎晩必ず行われるその行為―――意識を失うまで続けられるその行為は、もう何度も繰り返されたこと。
昨夜も―――泣いて許しを請うまで解放されなかった。何度も恋次の望む言葉を口にし、理性がなくなるまで許されることなく、夜が明けるまで続けられるその狂宴。
その夜が今日も始まる。
ベッドを降りて洗面所へと向かう。顔を洗い髪を梳かし、乱れた衣服を整える。滑らかな肌触りの黒いワンピースは、皺になることなく淡く光を発していた。
灯りはつけずにルキアは部屋の中を滑るように移動する。
頭上の月で部屋の中は仄かに明るい。
リビングのソファに身体を預け、ルキアは何をするでもなくぼんやりと空を見上げ続ける。
その音の無い世界のルキアの耳に微かに―――モーター音が届いた。
誰も知らないこの部屋に徐々に近づくその音は、この部屋の主の帰宅に他ならない。
やがて、暗い部屋の向こう、部屋の扉が開かれる―――この世界と外の世界を繋げる唯一の扉。
その扉の向こうに立つ長身の姿。
この部屋の、この世界の、そしてルキアの唯独りの―――主。
ルキアは立ち上がる。
「お帰り、恋次」
幸せそうな笑みを浮かべ―――仔猫の様に、ルキアは恋次に抱きついた。
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