身体を突き抜ける激痛に、それでもルキアは声を上げることはなかった。
 ただ頭上の紅い瞳を見つめ、唇を噛んでその痛みに耐える。
 比喩ではなく、身体を引き裂かれているその痛みを逃すために、呼吸は自然速く浅くなる。激しい痛みに気が遠くなり、痛みの激しさに意識を手放すことも出来ず、生きながら標本箱に串刺しにされた蝶のように、ルキアは弱々しく身動ぎした。
 内部を圧迫する、熱い楔。
「―――っ!」
 螺旋を描くように埋めこまれるその楔に、ルキアは身を強張らせた。それが更に激痛を生み、無意識にシーツを握り締めルキアは身を反り返らせる。
 血を流し―――狂気を、叩きつけるように。
 何度も何度も、恋次はルキアの身体を突き上げる。
 その狂気に巻き込まれ、ルキアは突き上げられるたび、ようやく悲鳴を上げ―――抉られるたび、突き入れられるたび、苦痛の喘ぎが広い部屋に零れては消える。
 男の猛りを全て受け入れるにはあまりにも華奢なルキアの身体は、その楔が付けた傷から深紅の血が溢れ出す。
 その激しさに呑まれ、翻弄されながら、ルキアは痛みを耐えるために硬く閉じていた瞳を開け、自分を犯す男の、自分を支配する男の顔を見上げ―――息を呑んだ。
「な、ぜ」
 小さな声は、男の耳には届かず―――男の紅の瞳も、瞼に隠れてルキアには見えない。
 その顔は、その表情は―――苦しんでいた。
 絶望、哀しみ、切望―――傷付けているはずの男の方が、まるで―――誰よりも傷付いているような、そんな―――表情で。
「何故―――そんな顔をするんだ」
 痛みに気が遠くなりながら、ルキアは手を差し伸べた。
 胸が痛む。
 慟哭するような、その表情がつらかった。
「如何して―――泣いてるんだ」
 涙は見えない。けれど、確かに阿散井恋次は―――慟哭していた。あまりにも激しく、あまりにも強く、あまりにも深く―――絶望し。
「―――恋次」
 びく、と恋次の身体が震えた。
 ルキアを貫き傷付けていた動きが止まる。
 紅い瞳が姿を現す―――見下ろす紅の瞳と、見上げる紫の瞳が交差する。
「何故お前が泣くんだ―――そんな、血を吐くように、叫ぶように」
 未だ身体を突き抜ける痛みに朦朧としながら、ルキアは自分が何を言っているのか意識しないまま、白く細い手を差し伸べ恋次の頬に触れた。
「大丈夫だ、私は此処にいる―――此処にいるから」
 頬に触れた手を滑らせる―――大丈夫だ、と言い聞かせるように。
「だから―――泣くな、恋次」
 譫言のように呟いたルキアの内部を侵していた恋次のそれが、ルキアの身体から引き抜かれた。傷口に触れるその動きに、ルキアの意識が覚醒する。
 儚い泡沫のような、たった今自分の発した言葉は記憶から消え失せ、痛みに仰け反った肩を掴まれ、ルキアの身体は反射的に硬直した。
 恋次の、ルキアの肩を掴んだ手が、自分をうつ伏せにしようとしている―――それに気付き、ルキアは痛む身体を忘れ抵抗した。
 背中を、見られたくなかった。
 無数に残る傷、醜い身体。背中の至る所を走る消えない傷痕。
 それを、見られたくなかった。
「嫌だ、それは―――」
「傷を―――見たい」
 思いがけない言葉に息を呑んだルキアの、抵抗が止んだ。何故、誰も知らない背中の傷を、慎重に隠し続けてきたこの背中の傷を―――この男は知っているのか。
 動きの止まったルキアの身体を、大きな手で恋次は反転させる。
 背中の傷―――その傷を見下ろしているのが、気配でわかった。
 自分ですら目を背けるほどの、無数に在る引き攣れた醜い背中の傷痕。
 その背中を、傷を指でなぞり―――確かめるように触れ、愛おしむように撫で―――恋次は、呟いた。
「―――ルキア」
 その一言に籠められた―――狂おしいほどの、情熱。
 背中に這う舌の熱さに、ルキアは小さく声を上げた。恋次は傷の一つ一つに舌を這わせ愛撫する。先程の官能が再びルキアを襲い始める―――理性よりも勝る、快楽を求める本能が。
「朽木ルキア」という意識を失い、過去も現在も混沌とした、儚い泡沫。
 ルキア、と熱く囁く恋次の顔は見えない。身体を熱くするその声と舌の動きに、ルキアは声を上げベッドのシーツを握り締める。真白なシーツが、ルキアの手の中で皺になった。
 軽々と身体を抱きかかえられ、ルキアは再び仰向けにベッドに横たえられる。身体は熱くて何かを求めている。思考は停止―――熱に浮かされ、何も考えられない。
「恋次、恋次……」
 か細く名前を呼ぶルキアの唇に唇を重ね、恋次は身体を沈めた―――ルキアの中、へ。
「ぃ……た……っ!」
 痛みに縋りつくルキアの身体を強く抱きしめたまま、恋次はゆっくりとルキアの中へと入る―――痛みが最小限になるように、静かにゆっくりと時間をかけ―――痛みが薄れるように、しっかりとその身体を抱きしめ、髪を梳き、耳元でルキアの名前を呼ぶ。切なく、甘く。恋次、と名前を呼ぶ擦れた声に応え、唇を重ね、優しく舌でその唇に割け入って―――ひとつに。
 ひとつに、繋がる。
「ルキア―――ルキア」
 自分の名前を呼ぶ低い声に、ルキアは目を閉じる―――身を委ね、全てを受け入れる。ゆっくりと動き出す恋次の動きに任せ、ルキアは小さく声を上げた。
 痛みはある。それは先程と変わらない。身を引き裂かれる痛み、身体を突き刺す痛みは、恋次が動く度にルキアの身体を駆け抜ける。
 けれど―――心が。
 満たされる。
 恋次の手が、声が、全てが、ルキアを求め、欲して、ルキアを包み込んでいく。
 埋め込まれた熱を離さぬように、ルキアの内部はきつく恋次を締め付ける。
 その触れる場所からルキアの身体は燃えるように熱くなる―――熱く、熱く、熱く。
 燃え尽きるほどに―――熱く。
 一人ではもういられない―――独りでは生きられない。
 出逢ってしまったから。
「恋次―――!」
 細い悲鳴に応えるように、―――同時に。
 恋次はルキアの身体を引き寄せ強く抱きしめ―――深く己を沈め、その内部にひとつになった証を放ち―――初めての絶頂感に意識を手放しぐったりとしたルキアの身体を抱きとめ。
 意識を失った所為で幼く見えるルキアのその唇に、優しく激しく、恋次は唇を―――重ねた。
 
 















 


 目を開けると、頭上には星空が広がっていた。
 都会でもこんなに星が見えるのか、とルキアは暫くその美しい夜空に目を奪われる。
 時がどれだけ過ぎたのかはわからない。夜空が広がっていたこの部屋の頭上には相変わらず月と星があるばかりだ。
 物音は―――何も無い。
 ただひとつ、隣に眠る男の深い寝息以外には。
 白いシーツの上に、まるで血のように紅い髪が広がっている。
 その光景―――それは何度も頭の中に描いた光景に良く似ていた。
 ―――血溜まりの中に倒れ伏す男の姿。
 無防備に眠る男の顔にルキアは視線を落とす。
 身体は酷く疲れていた。身動きするのも億劫なほど―――一体何があったのか、と考えて苦笑する。
 考えるまでもない―――自分はあの男の思う儘に、自ら男を迎え入れたのだろう。あの男の思う通りに―――堕落し、「朽木ルキア」にあるまじき行為をしたのだろう。
 この身体中に残る紅い刻印がその証。
 ゆっくりとルキアは身体を起こす―――途端、身体を突き抜ける痛みに苦痛の声を洩らす。
 自分の身体を包み込むように回されていた手を退かし、音を立てずにルキアは床に降り立った。
 一糸纏わぬ裸身のまま、ルキアはリビングのテーブルの前まで来ると、その上に乗せられたままの自分の小さな鞄を取り上げる。
 中から取り出す―――それ。
 星明りの中浮かび上がる、それ。
 ルキアの顔に静かな笑みが浮かぶ。
 黒い狂気の、それは具現―――狂気に堕ちた自分の黒い凶器。
 小さな銃を手にしたまま、ルキアは再び寝室へと足を向ける。
 空に、月。
 満天の星空。
 ルキアはゆっくりと銃のスライドを引く。
「容易く罠に堕ちるものだな、阿散井恋次」
 お前の支配、それを断ち切る。
 お前に惹かれるこの心をこの場で断ち切る。
 何故なら―――私は、『朽木ルキア』なのだから。
 眠る男の眉間に銃を突きつけ、ルキアは笑う。
 天使のように―――無垢な笑顔で。



「では―――死んでもらう」




 く、と引き金に掛けられたルキアの指に力が籠められた。
 
 
 



next







第V章、「硝子の筐」スタートいたしました!(パチンコ店アナウンス調)
V章はまたの名を「裏シーンの章」(笑)ようやく裏にSTAYを置いた意味が出てくるというものです。

裏シーンはね、実は私、書くのに時間がすごくかかるんですよ…いやホントマジで!嘘じゃないから!(笑)
裏シーンに入るまでは本当にさくさく書けるんですけど、裏になった途端ペースが落ちます…いや、ものすごく早く書ける裏シーンもありますが…時々(笑)
…今まで裏シーンを書きすぎてレパートリーがなくなってきた所為もあるかもしれない。
ちょっと裏ページの話の多さに今更気付いて眩暈がします…。

第V章の展開は…言ってしまうとネタバレになるので言えませんが、一番展開が激しくなると思います。
起伏が激しいといいましょうかなんと言うか。

多分、この続きの話を書く前か書いた後に、この辺の恋次視点を書くと思います。
今回は恋次怒られませんか。大丈夫でしょうか(笑)
最初は1話だけをアップしようと思ったのですが、やっぱりまた恋次が怒られちゃうのでまとめてアップにさせていただきました。
でもまだ微妙に怒られるかもしれない…。


それでは、また近い内に(多分)お会いいたしましょうー。


2007.5.27  司城さくら