真先に動いたのは修兵だった。
 白哉とその男の直線上に自身の身体を移動させ、同時にその手には魔法のように黒い凶器―――無骨な黒い拳銃が現れる。
「何者だ、貴様」
 誰何の声を気にした様子もなく、紅い男は修兵の身体を通り越し、真直ぐに白哉を見つめている。白哉も、真直ぐに紅い男を見つめていた。
 その男の背後から小柄な影が現れ、男の背後に付き従う。
「―――セキュリティは全て無効化しました、我が主」
 背後へ視線を向けることなく、男は無言で頷いた。それへ小柄な影は小さく笑う。くす、とその場にそぐわない可愛らしい声が聞こえた。
「大した手間ではありませんでした。世界に名だたる朽木家のセキュリティにしてはあまりにも……」
 そこで言葉を切って、影は顔を上げた。
 男、というよりもまだ少年と言っていいだろう。恐らく、ルキアと同じ年頃の―――16歳位の、小柄な少年。花太郎とどこか似通った雰囲気の、それは少年、だった。
「―――あまりにも粗末で拍子抜けいたしました」
 その少年の言葉に、修兵は唇を噛む。
 粗末、など在り得ない―――このセキュリティは万全の筈だった。最高の頭脳を集めた集団が開発した完璧なセキュリティ。幾重にも何重にも施されたセキュリティ。
 それを―――この、子供のような少年が、たった一人で……無効化したというのか。
 悔しさと、不審者を易々と侵入させてしまった己の手落ちに熱くなりながら―――それでも、銃を握る手は僅かも震えず、ぴたりと紅い髪の男に狙いをつけていた。
 男はまだ一言も、何も言葉を発していない。
 ただ、真直ぐに白哉を見つめている。
 銃口を向けられても平然としているこの男に苛立ち、修兵は「おい」と声をかけた。
「貴様―――」
「退け、檜佐木」
 突然、白哉が鋭い声を発する。
「退け、檜佐木」
「白哉さま、しかし……」
「大丈夫だ、危険は無い」
「ですが」
「檜佐木」
 静かな白哉の一言、たったそれだけで修兵は無言でその場から一歩横へとずれた。主と来訪者の邪魔をせぬよう、けれど銃口はそのまま男へと向ける。
 何の、誰の邪魔を受けず、男と白哉の視線が交差する。
 どちらの男も感情を面に出すことはなかった。無表情ともいえる顔で、他に意識を逸らせることなく、互いの顔を見つめている。
 無言で見詰め合う男たちに、周囲は息を呑み空気が凍りつく―――ルキアも、目の前のその光景に凍りつき動けない。
 突然現れた―――唐突に目の前に現れた、追い続けた男が。
 如何して―――兄と睨み合っているのか。
 足が震えて、立っていられず―――ルキアは手すりに縋りついた。それでも視線は二人の上から動かせない。
 その凍りついた空気を動かしたのは―――修兵の、息を呑む音だった。
「まさか―――貴様」
 は、とルキアは修兵を見つめる。男に銃を向けている修兵の顔は斜めではっきりとは見えない―――が、その顔が、珍しく、否、ルキアが初めて目にする修兵のその顔は―――激しく動揺していた。
「貴様―――あの時の」
 その修兵の声に、男はようやく白哉から視線を外し、真正面から修兵を凝視した。動揺する修兵の顔とは逆に、男の顔は酷く落ち着いている―――銃口を向けられ、周りを囲まれ、それでも尚、男は平然と―――笑って、いた。
「初めまして」
 男は嗤う。
 目を奪われるほどの、危険な美しさで。
「初めまして、だな。檜佐木修兵。そして―――」
 しなやかな肉食獣を思わせる美しさで―――男は哂う。
「お初にお目にかかる―――朽木、白哉」
 視線を逸らさず、笑みを浮かべ、男は―――笑う。
「俺の名は」
 誇るように、宣言するように―――世界にその名を、知らしめるように。
 男は言う。


「阿散井、恋次だ」


 それは―――絶望の言葉。 
 ルキアの顔から血の気が引く―――震える手で、ルキアは手すりにしがみ付いた。











 阿散井―――その名。
 呪いと呪詛に塗れたその―――名。
 背中の傷の元凶。
 失くした記憶の元凶。
 全ての元凶―――その名、阿散井。
 ルキアの両親と白哉の母、そしてただその場に居たというだけの理由で奪われた28の生命。 
 あの日、あの爆発―――それを起こしたのが、阿散井だった。
 狙いは当主を弑した後の、朽木家の弱体。
 だがそれは達せられることはなかった―――白哉の、類稀な力によって。
 朽木は弱体するどころか、以前よりも強固に強靭にその場に―――この世界の頂点に居続けた。
 そしてその後に、幾度も執拗に仕掛けられる、朽木の、白哉への攻撃―――その全てが。
 阿散井―――その名の下における攻撃。
 白哉の生命を狙うその呪い名。
 その名を持つ―――男。
 自分が心惹かれ、縛られたこの男の―――名。



 阿散井、恋次。










 崩れ落ちる身体を、背後から伸びた手が支えて、ルキアは手放しかけた意識を取り戻した。
 ぼんやりと振り返る視線の先に、花太郎の蒼褪めた顔がある。
「花―――」
「大丈夫ですか、ルキアさま」
「大丈―――?何故―――?」
「花太郎、ルキアを上へ」
 白哉の指示に、花太郎は「はい」と頷いた。「ルキアさま、さあ」と手すりに縋るルキアの身体を引き寄せる。
「―――厭」
「ルキアさま?」
「いやだ、私は此処にいる。此処に―――だって、そんな」
 阿散井だなんて。
 そんな筈ない―――その名を持つものに、私が心を惹かれるはずは無い。
 その名を持つものに、私が縛られるはずは無い。
 だからきっとこれは何かの誤解―――。
「―――その阿散井が私に何の用か」
 白哉の静かな声がホールに木霊する。決して大きな声ではなかったが、静まり返ったホールに、それは隅々まで響いていた。
「そうだな―――宣戦布告ってやつだよ」
 ほんのご挨拶だ―――そう男は―――阿散井恋次は、笑う。
「アンタを殺す。完膚なきまでに殺す。アンタを完封し完全に完璧に殺す。それで俺の復讐は―――完遂し完結し完了する」
「復讐?何のことだかわからぬな」
 白哉は薄く微笑んで、真向から阿散井恋次の言葉を受け止める。揶揄するように笑みを浮かべ、「一体誰の復讐だというのだ?」と問いかけた。
 初めて阿散井恋次の顔に怒りが浮かぶ―――その身を包む目に見えぬオーラが、具現化したように……燃え上がる憤怒の焔。
「お前に殺された―――俺の、光だ」
「覚えがあり過ぎて誰の事だかわからぬな」
「―――は」
 舞い上がった焔が、消える―――酷薄そうに笑って、阿散井恋次は踵を返した。
「―――今後は身辺に気をつけるんだな。俺はアンタしか狙わねぇから、まあ他の奴らは安心してろよ」
 己を狙う銃口をものともせず、阿散井恋次はあっさりと背中を見せ、悠々と扉を通っていく。その後に従い、少年も背後に意を介さず落ち着き払って出て行った。
 狙いを定め、修兵が引き金を引こうとした瞬間、
「止めろ、檜佐木」
 何事もなかったかのような、静かな声が修兵を止めた。
「白哉さま―――」
「問題ない。放っておけ」
「―――はい」
 ゆっくりと銃をしまう修兵から視線を外し、白哉は階段の途中で立ち尽くすルキアへ「大丈夫か」と声をかけた。
 その言葉が聞こえていないのか―――ルキアは、茫然と、既に姿の見えない暗闇を凝視している。
「ルキア?」
 白哉の声は―――ルキアの耳に届かない。
 ルキアはただ、愕然と―――その事実を、見つめていた。
 ただの一度も―――ただの一瞬も、たった刹那すら。
 阿散井恋次が、ルキアを見ることはなかった。
 気付いていなかった筈は無い。あの男の真正面に、ルキアはいたのだから。
 それでも。
 あの男は、決してルキアを見なかった。
 一顧だにせず、意識を向けることなく、その場に居ないものとして―――ルキアを扱った。
 その事実に打ちのめされ―――ルキアは、いつまでも立ち尽くしていた。
 





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なんだ今月は如何した司城!!更新しすぎじゃないのか司城!?
と自分で驚くほどです。がんばったね私!誰も誉めてくれないと思うから自分で誉めるよ!(淋しい)

花太郎さんがかっこよすぎです。
どうにも原作の花太郎さんとイメージかぶりません。
理吉はぎりぎりセーフかなー。
理吉は電脳世界の脅威です。

ようやくロミオとジュリエットを認識しましたルキアさんです。
探し続けた相手がなんと自分を傷つけた(本当は違うけど)一族の後継者!
さて今後のルキアさんの行動は。
乞うご期待!

ええと、どうかな、次の更新で裏かな、その次かな…
まあ近いうちに、です。ふふふ。


2007.4.30  司城さくら