熱を持った身体に触れる空気は冷たくて気持ちが良かった。
互いの身体の水滴を拭きあって、そのまま抱き合って……唇を重ね、再び恋次に抱き上げられ、寝室へと向かう。
いつもならば、行為の最中は暗闇を求めるルキアが、今日は小さな灯を望んだ。
「どうした?」
「……今日は暗すぎて、お前の姿が見えないから……」
淡く儚く揺れる橙色の光の中、ルキアは小さく微笑む。
布団の上に静かに置かれて、ルキアに触れようとする恋次を、ルキアは静止した。
「今日は私がする」
「あ?」
「お前は仕事で疲れているだろう、今日は私に任せろ」
おい、と慌てる恋次を悪戯っぽく見下ろして、ルキアは恋次の身体の動きを封じ込めるように、恋次の上に腰掛けた。
小柄なルキアの体重が恋次に全てかかっても、恋次に全く影響はないが、下から見上げるルキアの白い身体は、橙色の光に扇情的に揺れている。
ルキアは恋次がいつも自分にするように、唇を重ね、丁寧に恋次の体を愛撫する。
舌を使い、指を使い、優しく熱く恋次の全てに触れてゆく。
髪に触れ。
頬を撫で。
唇を重ね。
喉を伝い。
胸に沿い。
舌で辿る。
恋次の熱を、ルキアは唇で包み込む。
恋次の手が引き止めるようにルキアの髪に差し込まれた。ルキアは首を振ってその静止を振り切ると、優しく恋次の熱を愛撫する。
く、と耐えるような恋次の声がする。
ルキアの唇から漏れ聞こえる唾液の音に、恋次の理性は破裂しそうになる。
「―――まだ駄目だぞ」
くす、と小さく笑ってルキアの唇が恋次から離れた。
つい、と唾液が銀の糸になってルキアと恋次を結ぶ。
そのルキアの妖しさに、恋次は思わず息を呑んだ。
「如何しちまったんだ、お前は」
「厭か?」
「厭じゃねえけどよ……」
ルキアの突然の変化に、恋次は微かに不安を覚えたのか、不意に起き上がってルキアを抱きしめた。「何かあったのか」と尋ねる声は、ルキアを案じる優しさに満ちている。
「何もないよ。―――いや、ただ……」
「ん?」
「今日は、お前の妻に……そんな気分だったから……お前は疲れてるし、だから今日は私がお前を愛そうと……」
変かな、と恋次の腕の中で見上げるルキアに、恋次はようやく安心して、「変じゃねえ」と抱きしめる腕に力を込めた。
「苦しい、莫迦恋次!」
「あ、悪ぃ」
慌てて開放したルキアの身体は、恋次の上に圧し掛かって、恋次は布団の上に仰向けに倒れこんだ。
上からルキアは悪戯っぽく見下ろして、くすくすと笑う。
「うわ、俺、お前に犯される?」
「そうだぞ、今日は私がお前を襲うんだ」
恋次の両肩を両手で押さえつけて、ふふん、とルキアは得意そうににやりと笑った。
「今日はお前は何もしちゃ駄目だ」
「はいはい」
「いいか、絶対だぞ」
「ではお手並み拝見」
人の悪い笑みを浮かべた恋次の上に、ルキアがゆっくりと腰を下ろす。
ん、と小さな吐息と共に、ルキアは自分の中に恋次を包み込んだ。
下から見上げる恋次の視線を受け止め、ルキアは視線を合わせたまま、腰を落とし、再び上げる。
それを繰り返すたびに、結合部から水の音がする。
その余りにも淫らなルキアの動きに、官能的なルキアの表情に、恋次はただ見惚れていた。
暗闇の中に橙色の密やかな灯、その微かな光にルキアの白い肌が艶かしく光っている。
吐息がこぼれる。
ふと見下ろした恋次が、自分の嬌態に目を奪われているのに気付き、ルキアは頬を染めた。けれど動きを止める事無く、ルキアはその恋次の様子を見ながら、ゆっくりと腰を動かし、恋次を煽り、同時に自分を煽ってゆく。
「…………っ」
熱い吐息が、恋次とルキアの唇から同時に漏れる。
恋次の大きな手が、ルキアの動きを助けるように腰に触れ、ルキアの腰の動きに合わせて下からルキアを突き上げる。
「お前は……何もしちゃ駄目だって……言っただろう……っ!」
言葉が切れ切れなのは、ルキアの余裕がない所為か。
「これも駄目?」
「駄目」
大人しくなった恋次の上で、乱れた吐息を落ち着かせながら、再びルキアは動き出す。
それは滑らかな動きではない。やはり気恥ずかしいのだろう、その動きはぎこちない。羞恥に肌を紅色に染め上げて、閉じた瞳を縁取る睫毛は震えている。
今まで、恋次が煽って、その結果として自ら動くことはあったルキアだったが、こうして最初から自分の意思で動くことは初めてだ。何度身体を重ねても、慣れずにいつも恥ずかしがっていたルキアが、今日こうして積極的に動いているのは、全て仕事で疲れている自分のことを気遣ってのことだと考えると、恋次はルキアが今まで以上に愛しくてたまらない。
愛しいと思う気持ちは際限なく、日々一刻増え続けていく……限度を知らず、全てを手に入れても、尚。
「んっ……」
ルキアの身体が恋次の上で仰け反った。きゅ、とその手が縋るように恋次の肌の上で握り締められる。
恋次はルキアの腰を支えながら、横になっていた身体を起こした。結ばれたままの身体は、その動きで刺激を感じたのだろう、ルキアは小さく声を上げて恋次の身体にしがみつく。
目の前のルキアの赤い唇に、恋次は深く己の唇を重ねる。
ぴくん、とルキアの白い身体が仰け反った。恋次を包み込んだルキアの内部が収縮する。
唇と、その部分と、同時に淫らな水音を響かせる。
身体を支えるために恋次の肩に置かれたルキアの手が、快感を耐えかねるように恋次の肩に爪を立てていた。
恋次はルキアの背中に手を回すと、そのまま、今度は恋次がルキアを布団の上に押し倒す。
「あ……!」
ルキアの小さな抗議の声に、恋次は「やっぱ最後は男の仕事だろ」と薔薇色に染まる耳朶に口づけた。
「駄目だって言った……!今日は私が……」
「もう充分愛してもらいました。だから今度は俺が愛す」
「だって、お前、疲れて……」
「あんなお前を見せられたら、疲れなんて吹っ飛ぶって」
小振りの胸を舌で愛撫して、身をくねらすルキアの白い肌に、何度も唇を落とし愛を刻む。
愛してる。
そんな気恥ずかしい言葉も、この神々しい裸身の前では真摯に言える。
染みひとつないほの白く淡く光る肌、漆黒の髪、夜明け前の紫色の瞳、エデンに生る罪の果実と同じ色の紅い唇。
掌に収まる形のいい胸、そこからすんなりとした細い足へと到るなだらかな曲線。
指先も、仰け反る喉も、唇から漏れるやや低い艶のある声も、恋次だけを迎い入れる最奥の泉も。
そして何より、その胸の奥の「ルキア」という魂。
全てが愛しい。
自分はこの存在に逢う為に此処へ来たのだと、この存在を護るために此処に居るのだと―――知っている。確信している。
幸せにしたい、誰よりも、何よりも。
「駄目、恋次……」
それ以上ルキアが何かを言う前に、恋次は一度己を引き出してから、一気にルキアの奥に突き立てる。あ、とルキアの唇から声がこぼれた。
甘い悲鳴は、恋次の動きに連動して、徐々に早く強くなっていく。
「や……ん、ぁ、……ぁっ、はぁ……っ!」
途切れ途切れの声は言葉にならずに、感じる刺激、受ける悦楽、その快感の大きさをただ恋次に伝えている。
ルキアの理性は既に消え、ただ、恋次の与える快感に我を忘れ溺れていく。
それでも、ルキアは目を閉じなかった。
目の前の恋次を見上げ、その赤い髪に包まれた愛しい男の表情を、目に焼き付けるかのようにひたすら見上げ、想いが溢れるままにその名前を呼ぶ。
「恋次、恋次……」
甘く擦れた声は、泣いているようにも聞こえる程、切なく、恋次への想いが溢れていた。
「ずっと、このまま……」
時が止まればいい。
朝が来なければいい、月は沈まず、雪はやまず……この世界を時の流れから切り離して。
二人繋がれたまま、この身体に感じる恋次の熱と、この身体が与える恋次への熱を、永遠に。
「あ……っ!」
飛びそうな意識の中、恋次の手を求めて差し出したルキアの手は、しっかりと恋次の手の中に包み込まれ、それを感じたルキアは安心したように微笑んで―――身を震わせ、高みへとその身を委ねた。
既に何度も体験した甘い痺れと強烈な感覚に、ルキアは堕ちていく。
最後にその瞳に映ったのは、自分の名前を呼ぶ愛しい存在。
―――私は、倖せだ……
この幸福感を、私はずっと忘れない。
ルキアは絶頂にのみ込まれ意識を失っても、恋次の手を握り締めたまま、決して放そうとはしなかった。
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