開け放した扉から目に飛び込んできたのは、何かに群がる男達の姿だった。
 突然の大きな音に、男達は皆一様に驚きの表情を浮かべて振り返る。
 その男達の足元に僅かに覗く、白い、雪のように白い投げ出された腕と―――
「ルキアっ!!」
 瞳を閉じたその顔しか見えなかった。周りは全て消えた。恋次の目はただルキアだけを映して、ルキアだけを求めて駆け寄った。
 ぐったりと横たわったルキアの身体を抱き上げる。乱れた死覇装、露わにされた胸元、剥き出しになった白い足。
「ルキア!!」
「ん……っ」
 恋次の手の中でルキアはびくんと仰け反った。はあ、と吐息がこぼれる。酷く苦しそうな切なそうなその声に、恋次が訝しんだ次の瞬間、後頭部に激しい衝撃を感じて恋次はルキアを抱えたまま床に突っ伏した。
「……っ」
 暖かい感触。ぬるりとした液体が、恋次の額を通り、頬へ、顎へと伝い落ちる。
「おいおい、誰だよお前ぇ」
 たった今恋次をその手の中の角材で殴りつけた男が、顔を歪めてそう言った。程無くもう一人が、恋次の手を後ろ手に縛り上げ、その背に自らの片足を乗せて恋次の身体を組み伏せる。
「驚いたな、こいつも死神だぜ?死覇装着てるし」
「もしかして、あんた『れんじ』君?」
 恋次は目の前の男達をギロリと睨みつけるだけで何も答えない。変わって答えたのは、映写機を回していたもう一人の死覇装を着た男だった。
「そうだ―――『阿散井恋次』だ」
 男の声は震えている。何故此処に『阿散井恋次』がいるのか。誰も知らないはずのこの場所に、如何してこの男は現れたのか―――元々気の弱いこの男は、予定外の出来事に怯え始めていた。
「ん?何怯えてんだよアンタ」
 不思議そうな顔の男に、流佳の駒である男は首を振る。
 とりあえず、恋次は男達に動きを封じられている。この後の事はこの後の事だ。なんだったら朽木ルキアのこの映像を盾に脅してもいい。とにかくまず流佳に相談しないと―――そう考えて男は映写機を構え直した。
 朽木ルキアは、周りの事などもう意識にないのか、ただ糸の切れた操り人形のように床に倒れたまま動かない。
「おい、大丈夫かよ……死神だぜ、こいつ」
 不安そうな一人の男の声に、「大丈夫だよ」と別の男が笑いながら応えた。
「死神なんて斬魄刀が無けりゃおれたちと変わんねーよ。それに俺達ゃ四人、こいつは一人。何も出来やしねーよ」
 そう嘯いて、男は床にうつ伏せに組み敷かれた恋次の顔に自分の顔を近づけた。その髪の色と同じ、自らの血で彩られた顔を昂然と上げ、睨みつける恋次の顔に嘲笑を向ける。
「うわ、すげえなあ、ホントに来ちゃったよ、れんじ君」
 途端に男達の間に笑いが起こる。
「いや凄いねえ、お嬢さんが呼んだら本当に来ちゃったよ」
「でもさあ、今は俺達がれんじ君なんだよねえ」
「お嬢さん、どうやられんじ君としたいみたいでさあ、ずっと『れんじ、れんじ』って呼ぶもんだから」
「そう、だから優しい俺達がれんじ君になって今からお嬢さんを頂こうとしてるトコ」
「アンタもする?まあ、俺達が散々ヤった後なら、最後に一回だけさせてあげてもいーかなー」
「どのくらい後かな、とりあえず4人で前と後ろで味わって―――」
「最低2回はヤるから―――」
「あ、俺5回はいけるかも」
「猿かよおめーは」
「だってよ、こんな上玉ともう二度と出来ねーし。貴族の初物だぜ?絶対この先こんな機会在り得ねー」
「という訳だかられんじ君」
「アンタはそこで指咥えて見ててくれよなー」
「特別にタダで見せてやるよ、特等席だぜー……あ?何だ?」 
 恋次が何かを呟いてるのに気が付いて、男は恋次の口元に耳を寄せた。
「……ぶん殴ってくれて助かったぜ、おかげで少し目が覚めた」
「あぁ?何言ってんだお前」
「あのままじゃお前等を殺す所だったって言ってんだよ!!」
 自分より下にあった恋次の顔が、次の瞬間遥か頭上に動いていて、男は何が起きたか解らずにただ呆然と固まっていた。
 ドンという鈍い音と悲鳴が上がり、そこでようやく男達は、恋次が押さえつけていた男を吹き飛ばしたのだという事実に気付く。
 唖然とする男達を見下ろし、恋次は舌でゆっくりと伝い落ちてきた口元の血を掬い取る。
「殺しはしねえが―――死んだ方がマシと思える気持ちにしてやるよ」
 凄惨に笑って、驚きに動けないでいる目の前の男の顎を恋次は掴むと、
 容赦なく壁へと叩きつけた。




 がくがくと震えながら、男は目の前で行われている凄まじい暴力の映像を目に焼き付けていた。
 死覇装に包まれた手から映写機が滑り落ちた事にも気付かずに、男は震える身体を抱えるように目の前の嵐を見つめている。
 それは一方的なものだった。数の優勢など、恋次の怒りの前には何の問題にもならなかった。
 無造作に腕を叩き折る。
 無表情に足を叩き折る。
 振り下ろされる刃物も意に介さず、あっさりと交わして手首を捻り上げ、そのまま壁へと叩きつける。
 ぐしゃり、と。
 ばきり、と。
 耳を覆いたくなるような音が響く。
 男達の声はもう、悲鳴と苦痛の声ばかりだ。
 助けを請う、許しを請う声ばかりだ。
 それに欠片も耳を貸さず、赤い髪の死神は裁きの鉄槌を男達に下していく。
 時間にすれば僅かの事だったのだろう、けれど男には果てしない時が経過したと感じる。
 不意に、目の前が暗く翳った。
 慌てて見上げると、赤い色が―――自分を見下ろしている。
「ひぃっ!」
 麻痺した心が一気に覚醒する。悲鳴を上げながら必死にあとずさった。腰が抜けて立てないから、床についた両手を動かして、目の前の災厄から逃れようとする。
 這いつくばった目線の先で、ぐしゃりという音と共に映写機が踏み潰された。
 破片が男の顔に当たる。
 涙で顔を濡らしながら、男は出口を求めて必死に這い進んだ。
 景色が、下から上へと流れる。
 掴まれて、力任せに上体を起こされる。
 目の前に、血で彩られた―――死神の、顔。
「ルキアに何をした」
 罪を問い質す、声。
 虚言を許さない、圧倒的な霊圧。
「お、俺は何も……っ。あの男達だってまだ何もしてない、本当だ!!朽木ルキアは何もされてない、それは間違いない、だから許してくれ俺は何もしていないっ!!」
 がくがくと震えながら、男は必死に恋次に許しを請う。
「流佳が催淫剤を飲ませただけだ!それだって時間が経てば効果は消える、なんだったら今あんたが朽木ルキアを抱けばいいっ!朽木ルキアだってそれを望んでいたんだから、ずっとお前の名前を呼んでいたんだから―――」
「―――汚ねえ口でルキアの名前を呼ぶんじゃねえよ」
 激しい痛みが右の指から脳天へと駆け抜け、気絶しそうになった次の瞬間、今度は左の指がぱきぱきと音をたて―――痛みに気が狂いそうになりながら男は絶叫し、そしてその長い叫び声が消える頃、今度は間違いなく意識を失った。
 それは僅かの間、痛みを感じないという点では―――男にとって至福だった事だろう。





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