肺に空気が入る度に胸が痛い。
 いつもより自由の利かない身体で、それでもネムは出来る限りのスピードで走っていた。
 一歩踏み出す毎に、風を切る度に、先日受けた傷の癒えぬ身体が悲鳴を上げているのが判る。
 けれど、身体の痛みより、胸に空いた穴の方が苦しかった。
 欠落した記憶。
 失くしてしまった大事なもの。
 それが一体何なのか、という事は解らなかった。けれどそれはとても大事なものだったはず。
 目覚めた時から絶えず自分を襲う、焦燥と哀しみ。
 その大きさは、ネムを、ネムにとって許されない行為へと突き動かした。
 許されない行為―――それは、マユリの元から逃げ出すという事。
 マユリの人形であるネムには、創造主を裏切るという、絶対に許されない行為。

 ―――マユリ様は、私を決して許さないだろう。
 ―――私はマユリ様に破壊される。恐らくこの数時間の間に。

 それでも。
 この失くした何かを取り戻すためならば。
 失った故に、こんなにも切なく苦しい、その源に出逢うためならば。
 すべてを失くしてもいい、と―――

「!」
 張り出した木の根に足を取られてバランスを崩したネムは、そのまま地面へと倒れこむ。
 常ならば在り得ないその事実は、明らかにネムの身体能力の低下を意味していた。

 ―――時間が、ない。

 この身体が持ちこたえる事の出来る時間、マユリに見つかるまでの時間。どちらも残るものは少ない。

 ―――急がなければ。

 もう一度、見つけるために。
 もう一度、取り戻すために。
 そして、もう二度と―――……



I demand you and, in rain to pour intensely, walk