この手から放たれた蝶は、ひらりひらりと舞い上がる。
 あの空へ、あの高みへ―――引き戻そうと伸ばした手が届かない程、高く、高く。
 黒い蝶はひらりひらりと―――空を舞う。
 地を這う自分にはもう届かない……ただ、空に舞う蝶を見上げるしか出来ず。





「―――何、見てんの?」
 不意に、自分に気配を感じさせずに背後から掛けられた声に、恋次はびくりと身を震わせ、勢い良く振り返った。その恋次の視線の先に、いつものように掴み所の無い笑顔の三番隊隊長、市丸ギンがいる。
「あ―――」
「ふーん、あれ朽木んとこのお嬢様やなあ……綺麗やね」
 豪奢な着物を纏い、幾人もの近習を従え、ルキアが輿に乗って静かに進む。
 いつもの見慣れた黒く素気ない死覇装とは違う、贅を凝らした艶やかな衣に身を包み、おもてを上げ前を見据えるルキアは―――例えようも無く、美しかった。
 その美しさに、その玲瓏さに……思い知らされる。

 身分の違いを。
 決してこの手は届かないと。

「君―――あのお嬢さんと幼馴染なんやて?」
 どこか人を苛立たせるその笑顔。
 恋次はなんと答えてよいのか解らずに黙り込む。
 市丸から感じる、どこか楽しんでいるその気配が苦痛だった。しかし隊長を相手に、この場から黙って立ち去る無礼を働く事も出来ず、恋次はせめてと視線を逸らす。
「もう、気安ぅ近づけん様になったんやね。あの娘は大貴族……唯の平民には口も利けん身分のお方や」
 くくく、と哂う声が疎ましい。
「でも―――欲しいやろ、あの娘」
「何を―――仰るんですか。俺は―――」
「綺麗やもんなあ。解るわ。でも、届かへんのやろ?遠すぎて―――高すぎて」
 恋次の言葉を無視して、市丸は続ける。
 謳うように。
 詠うように。

「でもな、高すぎて届かへんなら、」

 絡み付く。

「向こうに堕ちてもらえばええねん」

 纏わり付く。

「綺麗なちょうちょの羽を―――」

 どろどろと、沈み込む暗黒の淵。

「―――引き千切れば、もう二度と」

 黒い想いに導かれ、行き着く先は、もう……




「―――あの空へは、戻れない」





 呟いた恋次の言葉に、市丸はアルカイックな笑みの形に唇を模った。








「何故だ、恋次―――」
 か細い悲鳴に、ぼんやりと考える。
 傷付けたかった訳じゃない。
 ただ、
 お前の場所まで―――届かなかったから。
 どんなに叫んでも、
 どんなに想っても、
 どんなに見つめても、
 どんなに手を伸ばしても、あの空が―――高すぎたから。





 蝶の羽のような、黒と青の着物を引き千切り、逃れようともがく身体を押さえつけ、露わになった白い背中に唇を触れる。
 引き裂いた羽の跡。
 舌で辿って、瑕を舐める。
 か弱く震える白い身体が、腕の中で悲鳴を上げる。
 血を流し、涙を流し、土に汚れ、身を穢し―――。
 その身体を引き裂いた。
 小さな唇から、細い悲鳴が漏れた―――その声は、誰に届く事も無く。
 無残に、
 残酷に、
 その美しい蝶の身体は、尖った杭で刺し貫かれ―――二度と空を舞う事の無い様、箱の中に固定された。
 その狭い空間で、標本とされた、囚われた蝶を確かめる。
 その存在を。
 焦がれて求めた存在を。
 狂い始めているその思考の中で、
 ただその想いだけが確かなモノ。

 「 愛 シ テ ル 」―――それ故に破錠した想い。

 胸に顔を埋めて、
 秘所に指を沈めて、
 喘ぐ声を耳にして、
 ―――恋次は微笑む。
 捕らえて、傷つけた。
 捉えて、その羽を引き裂いた。
 美しい蝶はもう二度と空を飛ぶ事は出来ない。
 永遠に。
 共に、この地で。
 引き摺り落とした、この暗黒で。
 
  
 



 この手で引き裂いた蝶は、ひらりひらりと舞い堕ちる。
 この地へ、この暗闇へ―――堕ちるまいと空へ伸ばした手は届かない程、深く、深く。
 黒い蝶はひらりひらりと―――空を舞う。
 地に堕ちた蝶にはもう届かない……空をただ、見上げるしか出来ずに。





 
 抱きしめて、くちづけて。
 モウ 二度 ト 放 サ ナ イ。










亞兎さんの描かれた「レテノールモルフォ」に触発されて急遽書いたものです。
亞兎さんの世界に私はめろめろー。

元ネタはhideさんの「ピンクスパイダー」。

書くために歌詞を読み返して話を作ったのですが。

ケバケバしい 君の模様が寂しそうで 極楽鳥が 珍しく話しかけた
  刺青?                    ギン       (笑)

…珍しく話しかけた!!(笑)

ギンの関西弁が良くわかりません。神凪さんにチェックしてもらいたかったけど、忙しそうだし…。
どなたかチェックしてください。よろしくお願いいたします。

極楽鳥…じゃないや、ギン、何者ですか。催眠術師ですか。
あ、それなら藍染にすればよかった…!(今更)


この話は亞兎さんに捧げます。いや押し付けると言う。
だから「レテノールモルフォ」のルキアください!
(←うわ


2005.5.27  司城 さくら


関西弁監修、ririさまv
ありがとうございました!


そして亞兎さまにルキアイラストを頂きましたv
亞兎さまのサイトはこちら


そして更に!!
ルキアサイドの創作も頂きました!!

こちら

ありがとうございますー!!