流佳は傍らの恋次を満足気に、それと覚られずに見やってひっそりと微笑んだ。
 恋次はすっかり信じている。流佳の創り出した話を。
 それを信じさせるために小道具まで用意したのだ。それに恋次は、自分がルキアと恋次の過去を知っているとは気付いていない。つまり私がこんな益もない嘘を吐く必要性は無いと考える―――だからこれは真実だと。
 ―――それにしても、この恋次の衝撃の大きさは―――。
 二人は過去、関係があったのだろうか―――。
 調査書にはそうとは書いていなかった。ただ、戌吊で共に暮らしていた事。それだって他に仲間がいた筈で、しかもまだ子供時代の話だ。
 真央霊術院では男子寮と女子寮は離れているし、大体あの二人は級が違う。そうそう一緒には居られなかった筈だ。一組の課題の多さは他の級の比ではない。遊び歩く暇など無い筈だ。
 無い筈―――だけど。
 この恋次の、この衝撃の強さ。それから察するに、唯の幼馴染という関係だけとは思えない。
 ―――あの女と、寝た……?
 そして、今でも恋次は少なからずあの女を気にしている……?
 そう考えただけで流佳の身体は嫉妬に震えた。
 あの女。貧相な身体の、傲慢なあの女―――あの女の影が、ほんの僅かでも恋次の心に居るなんて、絶対に許せない。
 恋次は私の物なのだから。
 誰にも渡さない。
 恋次の心に、他の誰が居る事も許さない。
 だから、あの女には思い知らせなければならない。
 恋次は私の物であるという事、恋次の心も身体も私一人だけの物だという事を。





「恋次、怖いの……お願い、家まで送って……」
 ふるふると身体を震わせて、流佳は恋次にしがみついた。
 自分の考えに深く沈んでいた恋次は、それで流佳がいたという事を思い出す。
 今は少し一人で考えたい。それには流佳は邪魔だった。
「送る」
「ありがと……」
 流佳の面には、いつもの気の強そうな表情は影を潜めて、怯えた様子が窺える。そんな流佳を見て、恋次は「大丈夫だ」と流佳の立ち上がるのを助けるために手を出した。
「お前がそれを見たって事は誰も知らねーんだろ。お前が誰にも言いさえしなけりゃこれが漏れる事なんざねーよ」
 恋次は掌の中の蟲型偵察機を握りつぶすと宙にばら撒いた。それは無数の破片となって、足首ほどの高さのある草の中にぱらぱらと落ちて見えなくなる。
「そう……そうよね……」
 やっと少し安心したように流佳は微笑んだ。恋次の腕に自分の腕を絡めて歩き出す。
「こっち……」
 家を知らない恋次を先導するように、流佳は歩く。しばらくどちらも無言だった。ただ流佳は恋次の逞しい身体に寄り添いながら、頭の中ではタイミングを図っている。
 流佳が持ち駒である情報庁に勤める男に調べさせた朽木ルキアの報告書には、かなり細かい事まで調べ上げられていた。
 朽木ルキアは、朝家を出るのも、夕方家へと向かうのも、殆ど同じ時間、きっちりと測ったように同じ時間にそれぞれの場所を発つ。通る道も必ず同じ道で、それは恐らく朽木白哉の行動と同じものなのだろう。毎日決まった事を変化させずに行う、それが貴族の常識なのかもしれない。それとも神経質そうな白哉のみに当てはまる物なのか、それは解らないが勿論流佳にはどうでもいいことだった。
 重要なのは、朽木ルキアは「毎日同じ時間」に「同じ道」を通るという事。
 つまり、待ち伏せする事は容易、という事だ。
 ―――そろそろ、よね。
 流佳は哂う。
 ―――見てらっしゃい、似非お嬢様。あんたの入り込む隙間なんて何処にもないのよ……
「恋次……」
 流佳は腕に力を込めて恋次の注意を向けさせると、恋次の頭に手を回して引き寄せた。唇を重ねる。
「―――何だよ」
「好きよ、恋次。こうしていると安心できるの。いいでしょ、誰に見られても構わないもの……」
 もう一度引き寄せて口づける。
 すべてを奪い取るように、流佳は激しく舌を絡める。恋次は流佳のしたい様にさせていたが、不意に流佳の肩を掴んだ。
「恋次……?」
 そのまま壁に押し付けられて流佳は思わず声を上げた。
「どうしたの……?」
「いいから上向け。ほら、舌出せよ」
「れん……んっ」
 名前を呼び切るよりはやく、恋次の舌が流佳の口内を犯す。先程の流佳の口づけなど比ではないように、恋次は荒々しく流佳の唇を貪る。壁に押し付けられたまま、流佳は恋次の与える刺激に恍惚となった。その隙を突いて、恋次は流佳の着物の胸元をはだける。
「ちょっ…何するの……」
 狼狽する流佳の手を押さえつけて、もう一方の恋次の手が流佳の胸元を割って入り、その頂に触れる。
「やっ……ちょっと、恋次……!」
「誰に見られてもいいんだろ?」
「でも、ここまで……んんっ」
 非難の声は恋次の唇に塞がれる。その間も絶え間なく流佳の胸を責めながら、恋次は腰を引き寄せた。
「挿れるぞ。脱げ」
「こ、ここで!?」
「んだよ、お前からしてきたんだろ」
「でも……」
「照れるって玉かよ、お前が。ほら、さっさとしろよ」
「ここじゃ厭よ、いくら私だって……」
 ち、と舌打ちすると恋次は流佳の袴の隙間から手を差し込んだ。そのまま何の前触れも無く流佳の中に指を突き入れる。
「ひっ」
 自分の中で激しく動く指に、流佳は思わず声を上げた。恋次は流佳の首筋に顔を埋め、舌で鎖骨を辿る。左手で流佳の胸を弄び、右手は流佳の中を犯す。
「やっ……れんじ、立ってられない……っ!」
 がくがくと膝が震える。一人では立っていられずに流佳は恋次の肩にしがみついた。恋次の指が与える激しい快感に、もう何も考えられない。恋次の指の動きに反応するだけで、意識せずに唇から喘ぎ声が漏れる。恋次が流佳の左足を高く持ち上げ、更に奥深くへと指を沈められても、もう何も抵抗しなかった。
「あ、あ……っ、……!?」
 突然、何の前触れも無く恋次の身体が離れた。あともう少しで達する所だった流佳は、縋るように恋次を見上げる。
「恋次……?」
「これで仕舞いだ。あとは手前で勝手にしろ」
「なに……ど、如何して?」
「挿れさせなかったお前への罰だよ。あとは一人で帰って一人でしてろ」
「そんな……っ!おかしくなっちゃう、最後までして……っ」
「じゃあな」
 恋次はあっさりと流佳から離れると、背中を向けた。身体に力の入らない流佳は、そのままずるずると壁伝いに崩れ落ちる。
「恋次!待って、恋次……っ!!」
 突然の事に呆然としたまま地面に座り込み、流佳はただ恋次の背中を見送るしか出来なかった。
 





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