『やったじゃねえか!!』
そんな事は爪の先程も思っていなかった。
その後は何を言ったか自分でもわからない。
頭の中で呟いていた言葉だけが、残っている記憶の全てだ。
邪魔をするな。
ルキアの邪魔をするな。
『ありがとう……』
そう言ったルキアの瞳が浮かべてた色の理由を、俺は随分先まで気がつかなかった。
そうして時は過ぎる―――――
mind forest ――精神の森
冷たい目。
例えるならばそれは、溶ける事のない永遠の氷のような。
冷たく冴えわたる両の目に、恋次は自分が拒まれている事を悟った。
「―――久しぶりだな、阿散井恋次」
口元に薄く笑みを浮かべて、けれども目には冷たい月を抱いたままルキアは恋次を見上げて言った。
「私が真央霊術院を出てからだから―――そうだな、二年振りか?お前がここにいると言う事は、一回で入隊試験を通ったようだな。おめでとう」
何の感情も込めずに告げて、ルキアは右手を恋次に差し出す。その手とルキアに視線を行き来させ、恋次はそこでようやく口を開いた。
「どうしたんだ―――お前?」
「どうしたとは?」
差し出した右手をあっさりと引っ込めると、ルキアは形のいい眉を右の方だけ少し上げて、嘲笑とも取れる笑みを浮かべて逆に聞き返した。
「何を言っているのかわからない―――私は何処か変か?」
「ルキア―――」
「ああ―――変だとお前が思うのならば、それは私が変わったと言う事だ。あれから2年経つしな。変わらぬ方がおかしいと言うもの―――しかし、お前は変わらぬな」
今度は明らかに侮蔑の笑みを浮かべるのを隠そうとせず、ルキアは「私は忙しい。もう会うことはないと思うが、元気でやってくれ」と一方的に告げると、踵を返して自らの所属する十三番隊の詰所へと姿を消した。
立ち竦む恋次には一顧だにすることなく。
朽木家の養子としてルキアが学院を去り、心に空いた穴を埋めるために恋次はひたすら訓練に明け暮れた。
学院にいる限り、ルキアに会える望みはない。いい成績で卒業して、入隊試験に合格して、護廷十三隊に入らなければルキアに会えない。
ルキアのいない日々の中で、恋次はいつもルキアの事を考える。
幸せだろうか。新しい家で上手くやっているだろうか。
不器用なあいつの事だ、打ち解けるまで時間がかかるかもしれないが―――それでもきっと大丈夫だろう。あいつの良さは、時間が経てば万人にわかる。
早く会いに行こう、会って以前と同じように、一緒の時を過ごそう。
ルキアは少しは体重が増えただろうか―――良い物を食べて、あの細すぎる身体がもっと健康そうに太っていればいいが。
幸せに、不自由なく、苦労なく―――そうであると恋次は信じていた。
そう信じたかったのかもしれない。
入隊試験に合格し、5番隊に配属され、恋次が真先にした事は「朽木ルキア」の所属する隊を調べる事だった。これはすぐに知れた―――朽木家、と言うのはそれだけで人目を集める物で、「朽木ルキア」は十三番隊に所属している事は周知の事実だった。
逸る心を抑え、十三番隊の執務室へと急ぐ恋次の前に現れたルキアは、別れた二年前と変わっていなかった。
―――唯一つ、その心を除いて。
冷たい月の双眸。
凍てついた氷の視線に晒されて、恋次は自分の甘さを知った。
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