『……待っている……』
 そう約束したのは、私だったのに。
 確かに、あの時感じた予感―――最後かもしれない、というあの予感は本物だった。
 もうあの時の二人には戻れない。
 自らの唇に指先で触れてみても、もう恋次の温もりを感じる事はできない。


 離れていても、壊れる事のない絆を信じていた筈なのに。
 それを信じていなかったのは―――私だ。
 たった2年。それすら待てずに、勝手な思い込みで自ら絆を断ち切った。
 そうして恋次の心を傷付け……心ばかりか、恋次の身体を傷付ける事にもなった。
 自らの生命を省みない闘い方。
 増えていく、恋次の心と身体の傷。
 すべては……私が原因なのだ。




 けれど、もう遅い……そう、時は戻らないのだから。
 この家から、兄様から離れる事は出来ない。
 





 冷たい人だと思った。
 何故、私を引き取ったのかと。
 交わす言葉も少なく、視線を合わせる事もなく。
 時々背中に向けられる氷のような視線に、憎まれているのかとも思った。

 けれど、
 引き取られてからずっと、誰も気がつかなかった事―――それに気がついたのは、兄様だけだった。
 



 彼女はもう何年も朽木家に仕えていたらしい。そう、彼女自身だけでなく、彼女の母も、その母も、その母も。綿々と続く朽木家への絶対の奉仕、盲愛。
 だから彼女の怒りも当然だと思う。彼女が尽くすべき主家に、突然戌吊で育った者が加われば。
 同じ様に尽くせと言われて、不満を覚えぬわけがない。
 解っていたから。
 目に見えない場所での嫌がらせ―――嫌がらせというには度の過ぎたそれらの行為を、それでも誰にも告げずにいた。
 誰も気がつかなかった。
 誰にも言えなかった。
 けれど―――兄様だけが、気が付いた。


 ある日突然、彼女の姿が見えなくなった。
 彼女はどうしたのですか、とようやく尋ねる事が出来たのは、彼女が姿を消して10日ほどたった頃だ。
 尋ねた、彼女と同じ年頃の少女は、白哉さまの指示で解雇されました、と告げた。
 何かあったのですか、と尋ねた私に、少女は何もありませんでした、と答えた。
 私共は、何故あの娘が白哉さまのお怒りに触れたのか解らないのです。
 そう首を傾げる少女に、そうですか、と私は答えた。
 


 
 交わす言葉は少ないけれど。
 合わせる視線もないけれど。
 気にしていてはくれたのだ、と―――ほんの少し、救われた気がした。





 それ以来、私は兄様の望む「朽木ルキア」になりたいと思った。
 恋次はもう、自分を必要としていないと思ったから。
 自分に残ったものは何もないから。
 在るのは心の絶望だけで―――孤独、ただそれだけで。
 

 だから、ただ兄様に認められたかった。
 自分の居場所はもうこの朽木家にしかなかったから。
 朽木家に、兄様の妹に相応しくなりたいと思った。
 それだけが私の望みだった。



 それなのに。



 静かだった心の水面は、今ではもうずっとさざめいている。
 心は唯一人を求めている。
 もう一度、と。
 溺れるように。
 ただ恋次だけを求めている。



 兄様を裏切れる筈等ないのに。



 


 逢いたい。
 ―――逢えない……。





「恋次……」



 せめて、と。
 想いを込めて、呟いた……。




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