そこに、思った通りの長身の男の影を見つけてルキアは足を止めた。
胸の鼓動が速くなったのは、会いたかった故。
同時にずきりと痛んだ胸は、会いたくなかった故。
相反する二つの感情に困惑し、その想いのままにルキアは視線を落とす。
「……よお」
「……授業中だぞ、莫迦者」
「少しくらいさぼったって影響なんざねーよ。なんせ俺は一組の、しかも先頭集団なんだからな!」
「その慢心に足をすくわれねば良いがな」
交わす言葉はいつもと同じ。けれどもすぐに沈黙が落ちる。
お互い伝えたい事はたくさんあるのに、それを口に出す事が出来ず、ただ見つめ合う。
「……迎え、来てんのか」
「ああ、だからもう……」
行かなくては、という言葉を口にしたくはなくて、ルキアは中途半端に言葉を切る。
「……あと2年だ。俺は一発で試験に受かる。入隊してすぐに会いに行くからな」
「恋次……」
「いいか、向こうに行ったらいい物食って少しは太れよ?お前は食が細いからな、ちゃんと出された物は食え。これからは寒くなるから風邪にも気をつけろ。お前はいつも喉から風邪を引くから―――」
堪らず笑い出したルキアを、「なんだよ」と恋次は憮然と睨みつける。
「まるで父親だな」
「父親……って、お前なあ」
その比喩は、恋次にとってかなり不本意だったようだ。口元を歪める恋次を見て、ルキアは更に笑う。
よかった、と―――ルキアは笑いながら思った。恋次の眼に最後に映る自分が笑顔ならば、その方が良い。次に逢えるのはいつかわからないのだから。
いや、もしかしたらもう二度と―――逢えないかもしれない。
護廷十三隊に入隊する以上、生命の危険は常にあるのだから。
僅かに笑みを薄くしたルキアを、恋次は自分の腕の中に包み込んだ。ふわりと、まるで羽根の様に軽く。
「父親がこんなことするかよ」
「……するだろう」
「お前、わかってて言ってんな?」
再びの不機嫌な声に、ルキアももう一度笑う。
この腕の中にいれば安心できた。
出逢った時には大差なかった背や力が、月日が過ぎる毎に、自分よりも大きく強いものに変わっていった恋次に、一時は置いて行かれるような気がして淋しく思った時もあった。少年の細い身体から、見る間に逞しく大人の身体に変化する姿に、自分とは違うのだと―――恋次は男で、自分は女なのだと、そんな当たり前の事に気付いて意識し始めたのは何時からだったか。
この―――もうずっと何年も一緒にいたこの気配から離れる。
―――最後かもしれない。
不意にそんな予感がして、思わずルキアは恋次を抱きしめた。
恋次もルキアを抱きしめる。
このまま時が止まればいいと―――互いが、心からそう思った。
行くな、と。
行きたくない、と。
口に出せればどんなに楽だっただろう。
けれど、互いが互いを想う故に、二人は何も言わない。
「2年だからな」
「ああ」
「……待ってろよ」
「待っている……」
恋次の右手が顎にかかり、そっと上向きにされてルキアは眼を閉じた。
ルキアの唇に重ねられた恋次のそれは軽く柔らかく、限りなく優しく……そっと触れるだけの、そんな口づけだった。
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