「何でお前が―――って顔してるわね?」
くすくすと声を上げながら流佳は哂った。
「答えは簡単、あんたに此処へ来るようあの坊やに伝言したのは私だから」
きい、と扉が軋んだ。
「そして何故この家を私が知っているかというと、あんたの過去と現在、総てを調べた、から」
じゃり、と流佳が一歩踏み出した床から音がした。
流佳の姿を見た途端、全ての表情を消しただ流佳を見据えていたルキアの表情が、そこで初めて動いた。
「―――入るな」
一瞬、流佳でさえ足を止めてしまった程の、強い怒りの声だった。
「此処は私達の家だ。お前のような下衆に、入る事を許可した覚えはない」
「許可!」
ルキアの迫力に、一瞬でも押されてしまった自分への怒りが更に拍車を掛けて、流佳の怒りを加速させる。
「さすが朽木家のお嬢様でいらっしゃる!そうね、此処はお嬢様に相応しい家ですこと。あんたみたいな似非にはね」
口を利くことも厭わしい、視界に入る事さえ許し難い、そう口にするようにルキアはふい、と視線を逸らした。
流佳の頬が怒りで紅く染まる。
「……最初っからあんたが気に食わなかったわ。その取り澄ました顔も、傲慢な態度も、生意気な口の利き方も、何もかも。貧相な小娘の癖に、大した力も無い癖に、朽木家の養女ってだけでうちの隊に入って、隊長に取り入って、副隊長に媚を売って!目障りなのよ、あんた!」
「初めて意見が一致したな。私もお前が最初から気に入らなかった。目障り、そう、確かに私もお前をそう思っている」
「あんたが私を目障りと思うのは、私が恋次に愛されているからよね?」
唇の端を吊り上げて、流佳は哂った。ルキアの表情は変わらない。その無表情なルキアの姿に、逆に流佳の余裕が崩れ落ちた。
「いつまでも未練たらしく恋次に纏わり付いてるんじゃないわよ!恋次は私の物なの、私の全てが恋次の物な様にね!」
僅かに揺らいだルキアの表情に、流佳はルキアの傷を敏感に見出し、更に言葉を畳み掛ける。
「そう、私の全ては恋次の物よ。私の身体で恋次が触れてないところなんて無いわ……何度も身体を重ねたんだもの、何度も抱かれたんだもの!」
「………やめ、ろ」
「恋次が私をどう愛撫するか教えてあげましょうか?どうやって私を愛するか?どうやって舌を使うか?どうやって私をイかせるか?どんな息遣いか、どんな……」
「やめろ!!」
悲鳴のような声を上げてルキアは耳を塞いだ。思わず閉じた目の裏に、昨日目にした恋次と流佳の姿が浮かぶ。
流佳の胸に顔を埋めた姿。高く掲げた足、流佳の喘ぎ声。首筋を這う舌、蠢く指先。
「やめろ、聞きたくない……っ」
拒絶するルキアの首を掴み、流佳は壁へとルキアの身体を叩きつけた。そのままぎりぎりと締め上げる。長身な流佳の腕の下で、ルキアの身体は半ば宙に吊り上げられる。
「この私に誓いなさい、二度と恋次に近付かないと。恋次を想うことを止めると」
首を絞められ、苦しい息の下、それでも流佳を睨みつけてルキアは答えた。
「……お断り、だ」
不意に首に絡み付いていた腕が解かれ、ルキアの身体は床に落ちた。そのままごほごほと咳き込みながら肺に空気を送るルキアに背を向け、流佳は入り口の扉へと向かう。
睨み付けるルキアの視線の先で、流佳はゆっくりと振り返った。
「……仕方ないわね。あなたがそんなに恋次が好きだというのなら……」
流佳は微笑んだ。
ルキアでさえ一瞬目を奪われる。
美しい、けれど―――邪悪な、笑顔。
「―――力づくで、あなたを排除するしかないようね」
きい、と軋んだ扉の向こうに、幾人もの影を見つけて、ルキアの顔から血の気が引いた。
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