胸を圧迫する息苦しさに私は目を開けた。
目を開けても、目の前に広がるのは漆黒の闇で―――まだ真夜中ではないはずなのに、と思った疑問も、急激にせり上がった苦しみに霧散する。
既に何度と数え切れなくなるほどの発作―――その、何度とわからなくなるほどの数を受けても、決して慣れることのない苦しみ。全身を引き裂かれるような痛み、まるで口を塞がれたように、肺へ酸素が供給されずに遠くなる意識、けれど苦しさで意識を失うことも出来ずに、私は込み上げたものを吐き出すために咳き込んだ。―――口元に当てた手に広がる鮮血。
日が経つにつれ、時が経つにつれ―――発作の頻度は増し、血の量は増す。
自分に残された時はもう幾許もないと、そう確信できる。
―――私は、死ぬの……ね。
目を開いても漆黒の闇の中、私はぼんやりと考えた。死は怖くない。死ねばこの苦しみもなくなる。死ねば楽になる、だから私は、死ぬことは怖くない。
けれど―――死ぬことは怖くない、けれど。
「―――緋真?」
は、と目を開けた私の前に在るその顔に―――私の胸は、病が理由ではなく痛みだす。
その美しい顔に浮かんでいる自責の念、苦しみ、哀しみ……愛しいこの方にそんな表情をさせているのは―――私。
「うなされていた―――苦しいのか?」
「いえ―――」
私の唇から零れた声は、酷く擦れたものだった。その声に、 さまの顔に一瞬苦悩の色が浮かぶ。
私の存在が、 さまを苦しめる。
私を愛してくれるが故に、 さまは苦しんでいる。
「薬を?それとも何か飲むか―――何か欲しいものはあるか?」
欲しいもの。
私が欲しいものはたった一つ。
私も―――愛しております、 さま。
私以外の誰かに心を移さないで。
私が死んでも。
私がいなくなっても。
私を愛してください、だからどうか。
私と一緒に―――
死んでくださいませんか、 さま。
独りで死ぬのは淋しいのです。
貴方を失うのが怖いのです。
だからどうか、私と共に。
死んでくださいませんか――― さま。
それを実現させる、魔法の言葉。
私はそれを知っている。
たった一言。
『独りで死ぬのは淋しい』
それを言えば さまは―――必ず、私と共に。
「―――独りで、」
「ずっと共にいよう―――何処までも。決してお前を独りにはさせぬ」
息を呑むしか―――出来なかった。
私を見つめる さま。
当然のことのように、そう、まるで以前から―――決めていたように。
その表情は―――優しくて。
穏やかで。
私を、愛していて、くれて……。
「―――何を仰います」
「緋真?」
「そんなことを考えてはいけません―――どうか、そんなことを考えないで」
「―――緋真」
「それだけはなさらないで。お願いします、 さま。私は―――大丈夫です」
そう、私は―――大丈夫。
一度、私は過ちを犯した。
私は妹を―――棄ててしまった。
心の弱かった私。
けれど、もう二度と―――間違いは犯さない。
「私は大丈夫です、 さま」
微笑んで―――強く。 さまを心配させないように。 さまに、そんなことをさせないように。
「けれど―――お願いがございます。最後に、ひとつ」
さまの顔が良く見えない―――でも、決して忘れない。
例えこの身が滅びても。
私は貴方を忘れません。
「どうか―――私の妹をお護りください」
この言葉は枷―――貴方が私と共に来ぬように。
私の後を追い、自ら生命を絶たないように。
さまが頷く姿を確認して、私は安堵の吐息をつく。
あと僅か。あと少しだけ、時間をください。
「 さま―――お顔を」
さまの暖かい手が私の手を包む。
愛してます。
この世界の誰よりも。
全ての世界の何よりも。
そして貴方は、私を愛してくださった。―――この世界の誰よりも、全ての世界の何よりも。
ああ、私は何て―――
「私は倖せでございました」
私は最後の呼吸を吐き出し―――
……時が、止まった。