目を開くと、そこは見慣れた自分の部屋だった。
けれど、見慣れない男が自分を見下ろしている事に気付き、ルキアは戸惑った。慌てて起きようとするルキアを、男は身振りで押し留めて脈を取る。
「―――白哉さまに、ルキア様がお目覚めになったとご連絡を」
白哉の名前を耳にして、ルキアの身体は一瞬だけ、僅かに震えた。同時に今日、自分に起きたことが蘇る。
「あ―――」
自分は―――あれから、どうなったのだろう。
薬を飲まされ、意識が混濁し―――何もわからなくなって、それから―――?
私の身体は―――真逆……
ルキアの顔から血の気が引く。身体を這い回った男の感触が甦って、吐き気が込み上げた。
哂い声。
自分という人格も何もかもを無視して踏みにじった、あの男達の声。
「―――うっ」
思わず身体を二つに折って口元に手を当てる。驚いたように隣いにいた男が近づいて、ルキアの背中をさすった。
「どうしましたか?気分が?」
「私―――私は、どう―――」
「ああ、大丈夫ですよ……薬を飲まされはしましたが、ただそれだけです。それ以外は何もされておりません、心配するような事は何もないですよ」
安堵と、思い出した恐怖で、ルキアの瞳に涙が滲む。
そこへ、ルキアの部屋の扉が静かに開かれた。反射的に音の方へと顔を向ける。
「―――兄様……」
ルキアの、涙の滲む顔を真正面にして、白哉は僅かに表情を変える。
けれどそれは一瞬の事―――その感情の揺らめきに気付いた者はいなかった。
「良い、寝ていろ」
白哉は男に頷くと、男は横の鞄を持って立ち上がる。ようやくそれが医師だと気付いて、ルキアは頭を下げた。
「ありがとうございました……」
「いえ。後遺症など、心配する事はありませんよ。二、三日ゆっくりと休めば、それで大丈夫です」
医師がルキアへ穏やかにそう告げ、白哉に深々と頭を下げてから部屋を出て行き―――その場には白哉とルキア、ただ二人きりになる。
しばらく白哉は何も言わなかった。ルキアも、居たたまれないように顔を伏せ、白哉の言葉をただ待つ。
勝手に行動をして、挙句騒動を起こし―――朽木の家に迷惑を掛けた。
叱責を覚悟し項垂れるルキアに、白哉は、
「―――軽率だったな」
と、そう一言だけ言葉を投げかけ、
……それ以上何も言わなかった。
「申し訳ございません……」
「以後、気をつけろ」
「は……」
頭を下げるルキアに、白哉は……安堵の色をその瞳に浮かべた。けれどそれは、頭を下げているルキアからは見えない。
面を上げたルキアの目に映ったのは、いつもと変わらぬ深く静かな湖面のような白哉の顔だった。
「暫く休め。浮竹には私から伝えておく」
「身体は―――もう大丈夫です。志波副隊長殿にも、明日は来るよう言われましたし……」
「それと」
ルキアの言葉は聞かず、白哉は立ち上がった。布団に上体を起こすルキアを見下ろしながら、静かに告げる。
「お前を助けた男が、お前と話がしたいと言っている」
「私を、助けた―――?」
「赤い髪の、十一番隊の新人だ」
ルキアは思わず息を呑む。
朧気だった記憶が、白く霞んでいた景色が、ゆっくりと形を取り始める。
赤い色。
抱き上げられた腕の、力の強さ。
懐かしい、声……。
「真逆……」
けれど記憶はそこで途切れて、あの時何が起きたのか、何も思い出すことが出来なかった。
ただ、夢の中で幸せだった。
そんなことだけ覚えている。
「身体が治ったのなら会いに行け。―――それが、礼をすると言った私に奴が望んだ事だ」
恋次が、私に会いたいと。
そしてそれを―――兄様は、許してくれた……。
「―――ありがとうございます」
再び頭を下げたルキアの耳に、部屋から出て行く白哉の足音だけが、ただ、聞こえていた。
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