全身を包む倦怠感に満足しながら、女は横になったままの男の胸に自分の身体を寄り添わせた。
最初は特にどうと思っていた訳ではない。ただ人々の話題になっている男に手を出しただけの事だった。女は何人の男達と寝ようと、自身に対して特に規制はなかったし、勿論自分の価値を下げるような男と寝る事はしなかった。自分に利益があると判れば相手がどんな男であろうと寝る事に躊躇いはなかった。そうして一度寝てしまえば、男達は自分に夢中になる事を女は知っている。そしてそれは事実だった。
実際、女の容姿は美しく、身体つきは見事に均整が取れていた。女のその高慢さ、性格の激しさに眉を潜める者も、その点だけは認めざるを得なかっただろう。原色の大輪の華―――その蜜で男達を誘う、妖しい華。
人々の口に上る五番隊の新人、その強さ故に入隊してすぐに最強の十一番隊に引き抜かれた異例の男。女は興味を引かれて男を見に出掛けた。
一目見て女は驚いた。その無謀な闘い方の話を聞いて想像していたのは、獣のように野卑な男だったからだ。ところが実際のその男は、確かに身体つきは大きくがっしりとしていたが、それは野卑ではなく野性的であった。そして、なにもかもがどうでもいいと言っているかの様な、虚無を湛えた瞳。女は強く興味を惹かれ、その場で男に声をかけた。
女の思った通り、男は断らなかった―――当然だ、と女は内心嘲笑う。自分を見て興味を持たない男の数は少ない。男は仕事中にも関わらず、至極あっさりと連れ込み宿へと足を向けた。
男との行為は女を満足させた。変に技巧を凝らさず直線的なのが男に似合っていた。そして一度目の行為の後、服を着た女を引き寄せ、乱暴とも言える荒々しさで後ろから貫かれた時、女はそれだけ自分の身体に男が執着しているのだと認識した。
抱かれながら女は、男の想いの激しさを感じる。狂気の様な想い、全てを……自分の心も身体も、存在の全てを欲しがる強い欲望。燃え盛る火の様な激しい想いをぶつけられ、女は何度も声を上げ、幾度も達した。それでも男は女を離さなかった。まだ足りないとでも言うように、女の身体を突き上げる。やがて女に限界が訪れ、男の背中に爪を立てながら失神した―――「恋次」と愛しい男の名を呼びながら―――既に遊びではなく本気で愛し始めたと自覚しながら。恋次が女を抱きながら、決して女を見る事はなく、心の中で別の女を抱いていたと知る由もなく。
そうして女は、全身を包む倦怠感に満足しながら、恋次の胸にしなだれかかる。恋次は黙って天井を見ていた。先程までの激しさとは一転した暗い静けさに、女はぞくりとして微笑んだ。
「―――好きよ、恋次」
厚い胸に頬を寄せて、うっとりと女は呟いた。恋次は何の返事もしなかったが、女は特に気にしない。言葉が何だと言うのだろう?先程の行為、自分を求める恋次の激しい感情が、言葉よりも何よりも、恋次の自分への想いを伝えているではないか?
こんな気持ちは産まれて初めてだと、女は自分に驚いていた。自分を高める為の打算、自分の役に立ちそうな男達。その数々の男達と寝てきたが、それらにこんな感情を持った事はなかった。
私はまだこの男の何も知らないと言うのに、と気づいてくすりと女は笑った。
「……いい加減仕事に戻らないと、本当に呼び出されそうだわ」
足元に投げ出された服を引き寄せたが、今度は恋次も引き止めようとはしなかった。ちらりと女を見てまたすぐに天井へと視線を戻す。
「恋次は―――大丈夫なの?更木隊長は厳しいのではなくて?」
数刻前とは違う、何処か媚を含んだその声に、恋次は興味無さそうに「俺は午後は非番だ」と返した。
「午後の非番?―――じゃあもしかして明日、現世に行くの?」
「ああ」
「何処へ?」
「現世定点1561番、北西1282地点」
「そこって……虚の巣じゃない!群生虚の巣よ、今までずっと危険だからって手付かずだったのよ!」
「へぇ」
「へぇ、じゃないわよ、危険だわ!止めて、止めてよ」
「煩ぇな、お前に関係ねぇだろーが」
「一人で行くんじゃないわよね?何人かで行くのでしょう?」
女の必死の問いかけに恋次が面倒くさそうに頷くと、やっと少し女は安心したように息をついた。
「……私も十一番隊に移動しようかしら」
「あ?」
「そしたら恋次と一緒に仕事出来るし、簡単に会えるじゃない」
「止めろよ、面倒くせえ。冗談じゃねぇよ」
「……まあ、十一番隊に移動する方法は無いのだけれど。隊長も副隊長も朴念人だからね」
「その言い方じゃ、身体でも使ってみたのかよ」
「ええ、まあね……今より上に行きたいもの。その為なら別に誰とでも寝るわ……今までもそうして来たし。ただ、浮竹隊長も志波副隊長も、ムカつく事に私の誘いを断ったのよ。二人揃って趣味が悪いわ……あんな貧相な小娘が好みなんてね」
何事にも無関心だった恋次の瞳に、暗い感情の火が灯ったのに女は気付かずに言葉を続ける。
「ホント、あんな小娘の何処が良いのかしら……貴族だから?あの気位の高そうな所がそそるのかしらね?……まあ、あの女も何かしらの手は使ってる筈よ、金か身体か……じゃないと、力も無いのにあんなに可愛がられてる理由がないもの」
「可愛がられてる?」
「凄いわよ、あの二人の朽木ルキアの可愛がり様と言ったら……さっきだって見たでしょう、志波副隊長と朽木ルキアを。いつもあんな感じよ、馬鹿みたい」
ここに来る途中で見かけたルキアを思い出す。信頼しきった瞳、上気した頬。男の手がルキアの頭に乗せられ、愛し気に撫でていた。
「……ま、いいわ。腹は立つけど私には関係ないし。それより……」
女は寝たままの恋次に、身を屈めてくちづける。ゆっくりと舌を挿し込んで、恋次の舌を求めた。
「……無事に帰って来てね。帰ってきたらすぐに連絡を頂戴……その場でしてあげるわ」
「お前……」
何かを言いかけた恋次の口を女は指をあてて黙らせた。
「いい加減、名前で呼んで頂戴」
不機嫌そうな恋次に念を押すように、女は
「りゅ、う、か。流佳よ」
そう囁いて、もう一度愛し気にくちづけた。