自分の身体の感覚がない。手も足も、指先さえ動かせない。身体は重い鉛のようで、僅かすら動かすことは出来ずにただ横たわっている。
こんな風に意識を持てたのもついさっきのような気がする。数瞬前まで、自分は意識すら持たずにただ呼吸をしているだけだったはず。
死にに行くのに意識があるのもなあ、とあたしは呟いた。かえって意識のないほうが辛くない。こんな風に身体が全く動かないのはとても怖い。それにものすごく寒い。凍っているんじゃないかと思うくらい冷たい。真冬の雪山に裸で放り出されている感じ。
いかにも「死んでいく」って様子。
でもまあ、最後に一護の顔が見えたような気がしたから……まあいいか。
一護。
あたしの幼馴染。
あたしの喧嘩友達。
4歳からの腐れ縁。
―――織姫の、想い人。
「ごめんな」
性懲りもなく、あたしの頭は一護の声を再生してる。
泣きそうな声。
そんな一護の声を聞いたのは久しぶり。
子供の頃はよく泣かせたもんだけど、いつの間にかあたしの身長を超えて、いつの間にか「たつきちゃん」から「たつき」になって。
あんたに初めて負けたときは、すごく悔しくて一人で部屋で泣いたって、あんた知ってた?
「結局巻き込んじまった―――一番、巻き込みたくなかったのに」
あたしは、あんたのそういうところが大嫌いだ。
何も言わずにいるよりは、ちゃんと全部言ってくれて、それで一緒に乗り越える方がよっぽどいい。
あたしはただ護られるだけの女になりたくない。
「ごめん、たつき―――ごめん。でも、俺は―――お前に死んでほしくない。生きててくれ。お前がいなけりゃ―――この世界を護る意味がない」
世界を護る?
何途方もないこと言ってんの?
ちょっとあんた大丈夫?頭打ったの?あんたの親父に診てもらってくれば?
「俺の名前―――俺が護るただ一つのもの」
うっすらと目を開けることが出来た。
目の前にぼんやりと霞む一護の顔。
もうすぐ死ぬあたしの、最後の悪足掻き。
「お前を護る。―――この先、ずっと。だから、―――ごめん」
情けない男は嫌い。
すぐに謝る男も嫌い。
誤るようなことなら最初からするなっつーの。
「生きて―――いつまでもお前のままで」
そう言いながら、一護は大きな刀をあたしに向けた。
生きろといいながら刀で串刺しにする気らしい。
じゃああんたは、あたしを天国だか地獄だかに連れて行く死神ってことなのかしらね。
さすが夢、まったく脈絡もない。
それとももしかしてあたし、相当あんたに嫌われてるの?
でもさ、でもね。
今誰も聞いてないから。
あたししかここにいないから。あたししか聞いていないから。
一度だけ、言ってもいいよね。
ごめんね、織姫。一度だけ、言わせて。
もう二度と言う機会はないし、もう二度と言う気もないから。
だから―――神さま、どうか一度だけ。
あたしがあたしである最後の瞬間、本当の想いを言ってもいいですか。
誰に気兼ねすることもなく、想いを隠すことなく、あたしの本当の気持ちを言ってもいいですか。
「一、護」
掠れた声。
ああ、あたし、本当に死んじゃうんだ。
「今まで自分でも知らなかったけど、あたし、どうやら―――」
一護の手が上がる。
あんな刀で刺されたら痛いだろうなあ。
急いで言わなくちゃ、もう二度と口に出来ない言葉だから。
「あたし―――あんたを相当、好きみたい」
死神一護の馬鹿でかい刀があたしの身体を貫いた。
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