「そりゃお前、俺がここにいるってことは―――嬢ちゃんが目的に決まってんだろ」
女連中に「あの危険な雰囲気がたまらないのよねえ」と評判の笑みを浮かべ、切先は俺に向けたまま僅かもぶれることなく、檜佐木修兵はそう言った。
「可愛い猫を1匹。捕獲依頼があったもんでね」
「あんたが十二番隊の手先になってるとは思いましませんでしたよ」
「手先?そんなもんになった覚えはねえよ。ビジネスだビジネス」
「なんですか、また金がなくなったんですか。あんた計画性なさすぎですよ」
「どっかの誰かみてえに、相手の返事もらわねえうちから結婚資金溜めるんだとか先走ることはねえからな俺は」
ぐ、と詰まった俺を見るルキアの視線が痛い。
秘密だったのに、畜生め。
「とにかく!そこを退いていただきましょうか。俺はあんたとやりあう気なんざないんですからね」
「お前になくても俺にはあるんだよな」
「あんた、ルキアを十二番隊に売るつもりなのかよ?」
「いや、どうしようかなー。最初はそのつもりだったけどよ、うーんちょっと猫で遊びたい気もしてきたな」
「ぐぐぐ」
「猫の尻尾はどこにどんな風に生えてんのかなー」
「ぐぐぐ」
「猫の耳に息を吹きかけたらどんな顔するかなー」
「ぐぐぐ」
「喉を撫でたら気持ちよがるかなー」
「ぐぐぐ」
「猫の舌はざらざらだからな、舐めてもらったら気持ちいいだろうなー」
「ぐぐぐ……っ」
「アイスキャンディをやろう、朽木!存分に舐めろ!」
「手前いい加減に……」
「そしたらお礼に猫なお前の大好きなミルクをたっぷりと」
「聞くなルキア!耳を塞げ!」
「やっぱ猫には後背……」
「このセクハラ野郎!!」
どご、と蹴りを入れたが、両手の塞がった俺に出来る攻撃はそれだと予測していたのか、セクハラ魔人はひらりと飛び上がって後ろへ間合いを取った。
「何すんだよ恋次」
「うるせえ黙れルキアの耳が穢れる!」
「んだよ散々お前が穢してるくせに」
「俺たちの行為は愛の営みだ!あんたが不特定多数の女としてる不純異性交遊と一緒にすんな!」
「俺はその度に真剣だぞ?純異性交遊だ」
「うるせえなあもう」
口でこの人に勝てない。
それはもう、何年も前から―――学院にいたときから知っていることだったが。
口で勝てないから、話す気なしと煩げに視線を逸らした俺の態度が気に入らなかったのか、先輩は「へーお前そんな態度取る訳、俺に?」と嫌な笑い方をした。
「お前、俺にヤり方聞きに来たくせに何を―――」
「うわあ黙れ!」
「『ルキアといよいよなんですが、俺やり方わからなくてどうしたらルキアを悦ばすことが出来るんでしょう、教えてください先輩』」
「ぎゃああああああああああああああああ!!!!!!!」
絶叫する俺の胸の中で、ルキアは呆れたように俺を見ている。
ああ―――俺のルキアの中のイメージが……っ!
「というわけで、これ以上嬢ちゃんにお前の秘密をばらされたくなかったら、お前の腕の中の仔猫ちゃんを置いていけ。可愛がってやるから大丈夫だぞ、朽木。俺は猫を悦ばすのは得意だ」
来い来い、と手招きする先輩を見ても、ルキアは先程の十二番隊の連中のように特に恐怖も感じていないようだ。
数々のセクハラ暴言についても特に嫌な顔を見せることなく(いや多分わかってないのだろう)俺の腕の中で先輩の顔を見つめている。
十二番隊の連中が持っていたのは、ただルキアの頭を撫でたいというささやかな望みでしかなかったが、この人はそんなレベルではない。流石あの数字を堂々と顔に入れるだけの人ではある。
「そんな破廉恥な数字を彫る性欲魔人の下にルキアをやれるか!」
「何言ってんだお前?俺の数字は『無垢』って読むんだぞ?」
「んな訳あるか!」
「じゃあそれ以外にどんな意味があるか言ってみろよ?」
「うぐぐぐ」
「ほらほらほらほら言ってみろ恋次」
「―――無垢ですすみません」
くそう、ルキアの前で言えるか!ルキアはいつまでも純真なままでいるんだ、っていうか妙な知識を事前につけられると俺がする時拒否されるじゃねえか。何も知らなきゃ「こうするのが普通なんだから」で押し通せるしな。うん。
「さ、仔猫ちゃんを渡せ。仔猫をレベルアップして返してやろう。経験値今までの軽く5倍は行くからな。必殺技も身に着けて戻ってくるからお前もお得だぞ」
「ってあんたルキアに何教えるつもりですか!」
「そりゃ〇ェ〇とかア〇〇〇〇〇スとかバ〇〇使ったりとか媚〇使ったり顔〇は勿論あとそうだな猫だしやっぱりオ〇〇〇〇〇〇スだな基本は。あと緊〇プレイもしたいしな、死覇装着たままも燃えるしそれこそ『無垢』も試さねえとなあ、ほらヤるこたたくさんあるんだから早く渡せよ」
ルキアはきょとんとしている。
俺はナルホドと脳内メモに記録した。
ってそんな場合じゃねえ。
「させるか!!」
それは後日俺がきちんとルキアにヤってやる。脳内メモは完璧。
「ルキア、直ぐに戻ってくるからな、ここで待ってろ」
腕の中のルキアをそっと地面に下ろすと、ルキアは頷いて、最後まで放さなかった腕を俺の首から解きながら「怪我をさせちゃだめだにゃ、怪我をしてもだめにゃ」と釘を刺す。
「大丈夫だって」
唇に軽く唇で触れると、ルキアは「にゃ!」と叫んで、真赤になって慌てて俺から離れた。大きな木の幹に姿を隠して「恋次のばか!」と怒る声だけ聞こえる。
「おーおーやってくれるじゃねーか」
「あんたも誰か一人に決めたらどうですか」
「お前なあ、男なら瞳の奥に獲物を映して淋しく愛の在りかを問いかけるもんだぞ」
「なんすかそれ」
「男には自分の世界があるんだ、例えるならばそう、空を翔けるひとすじの流れ星、ってところだな」
「そんなこと言ってると孤独な笑みを夕日に曝して背中で泣くことになりますよ」
「男の美学じゃねえか!」
「はいはい」
「まあお前がそんなに一人に決めろっつーなら、じゃー朽木にする。早く渡せっての」
「お断りだっつってんの」
俺たちは斬魄刀を互いに向けながら、じりじりと間合いを詰める。余裕の表情なのが気にくわねえ。
「あの童貞君が随分出世したもんだな、おい」
「誰のこと言ってんだかわかりませんね」
「ふん、大した経験もないくせにいきがってんじゃねーぞ」
「ルキアとの経験は充分ですからね、俺はそれだけで充分なんです」
間合いはお互いぎりぎりまで近づいた。緊張感―――そして一抹の懐かしさ。
学生時代、何度も剣を交えた。この人が卒業するまでの一年間、短く充実したその時間。
「あんたには本当に世話になりました。―――だから」
「なんだよ?」
にやにやと笑う先輩に、俺も笑いかける。
「勿体無いけど、あんたに差し上げますよ―――猫」
「―――あ?」
呆気に取られる先輩に向かって、俺は「だから差し上げますよ、俺の大事な猫を」と繰り返す。
「あ?お前、そりゃ朽木を俺に―――」
先輩の言葉が終わる前に蛇尾丸を放り投げ、今の俺の一言と俺のこの行動に驚く先輩に向かって、一気に俺はその懐に飛び込んだ。虚を突かれ、丸腰の俺に向かって切先を突きつけることに躊躇い「どういうつもりだ恋次―――」と声を上げたその口に向かって。
さっきから隠し持っていたソレを放り込んだ。
「―――!」
反射的に噛み砕いてしまったのだろう、何だ、と焦る先輩に向かって俺は笑う。
「大事な猫ですからね、充分堪能してくださいよ」
「ま、まさかお前―――!!」
「5つしかない内のひとつですからね。まあお世話になった先輩ですから、けちくさいこと言わないで差し上げますよ―――楽しんでください」
「まさかお前、俺にあのカプセルを飲ませた訳じゃにゃいだろうにゃ!!」
「ホントに速いな。発症まで1分か」
「うぎゃああああああああああ!!!!」
先輩は自らの頭に手をやり、この世の終わりのような叫び声を上げた。くくく。しっかり生えてやがる、猫耳。
「手前コラ恋次!よりによってにゃんてことしやがる!」
「先輩猫耳似合うっすねー、いやあもうたまらないっすよマジで。可愛いなー先輩は」
「畜生殺すにゃ!手前マジで殺すにゃ!!」
「猫語も堂に入ってますねー、二度目ですもんねー」
襲い掛かる斬魄刀を避けながら俺は笑った。何か猫耳と無垢な刺青がやけに似合ってるのが笑える。
「あ、追手だ」
俺の言葉に、先輩はピタリと動きを止めた。勿論それは嘘だったが、ここにこうしていればまず間違いなく追手は追いついてくるだろう。即ちそれは、
「先輩、その猫耳みんなに披露した方がいいですよ、大人気っすよ」
にやにやと笑う俺に、先輩は「―――覚えてろにゃ、恋次」と凄い形相で睨むと、次の瞬間その姿は見えなくなっていた。
これで三時間、先輩は薬の効果が切れるまで、人目の無い場所に隠れて出て来ないだろう。
あの時、眼鏡娘に皿の中身のカプセルをぶちまけた時に、片手に掴んだカプセルが功を奏した。本当は一個も無駄にしたくなかったんだけどな、仕方ねえ。
まああと4つはあるから、今週中は楽しめるだろう。それ以降はきちんと十二番隊から買えばいいことだしな。
ルキアが隠れている木の幹まで回って「待たせたな」と声をかけると、「あんまり酷い事するんじゃにゃいぞ」と呆れた声でルキアは言った。どうやら一部始終、ちゃんと見ていたらしい。
「いいんだよ、お前にあんなこと言ったんだからな、あの人は」
「ん、にゃにを言ってるのかよくわかんにゃかったけど、でも」
「でも?」
「檜佐木殿は多分、本当にあんにゃことを考えている訳ではにゃいと思うぞ。私が思うに、檜佐木殿はお前と―――にゃんて言ったらいいのか、んー、じゃれあいたいんじゃにゃいか?」
「はあ?」
「檜佐木殿と偶然会った時もあったが、檜佐木殿はあんにゃこと私に言ったことにゃいぞ?いつも『恋次とうまく行ってるか?』って言ってくれるしにゃ。あんにゃ風に〇ェ〇とかアニャ〇〇〇〇スとか言われたことにゃいし」
意味を知らずに普通の顔で〇ェ〇やらアナ〇〇〇〇スなど言われて俺は気が遠くなった。俺のルキアが……!
「その言葉、忘れなさい」
「にゃ?」
「いいからそんな言葉忘れなさいって。隊長が聞いたら死ぬぞ。いや隊長だけじゃねえ、お前を知る全ての者が死ぬ。今ここで綺麗さっぱり忘れろ」
「そ、そんにゃ危険にゃ言葉にゃのか……!」
「天空の城が崩壊するぐらいの危険さだ」
「こ、怖いにゃ」
わかった忘れるにゃ、とルキアは大真面目に頷いた。……はあ。
まあ〇ェ〇の方はいつかやってもらいてえなあ。なんつーか男の夢でしょう。それは。うん。
「どうしたのにゃ、恋次?」
「あ?」
「顔がにやけてるにゃ」
「いやいやいや、何でもねえよ。さて、邪魔が来ねえうちにどっかに隠れるとすっか」
手を差し出すと、ルキアは少し頬を染めて俺の首に両手を回した。抱き上げると小さく「にゃ」と声がする。
「重くにゃいか?」
「全然。軽い」
ホントに仔猫みてえだ。あーもうホント可愛い。赤い首輪とか似合いそうだよなあ。金色の鈴も似合うよな。
「行くぞ」
「どこに行くにゃ?」
「あー、二時間くらい誰も来ない場所に心当たりがあるからよ、そこに―――」
「却下だ」
冷たい声が遮った。
一番恐れていたその声に―――俺は一瞬で凍りつく。
凍りつきぎこちない動きで背後を振り向くと、 そ こ に は ―――(弟切草風)
「兄様!」
「ルキア、帰るぞ」
最大にして最強にして最悪の敵―――
朽木白哉。
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