「え、でも」
戸惑うルキアの声を遮るように、「ルキア」ともう一度重ねて隊長は言った。
「屋敷に戻るぞ。そこで時が経つのを待てば良い」
俺に抱き上げられているのが気に食わないのか(気に食わねえんだろうなあ)隊長は何時にも増して不機嫌そうに俺を睨みつける。その視線に気付いて、ルキアは慌てて俺の腕の中から飛び降りた。ちっ。
「瞬歩で帰るぞ」
無表情を保ってはいるが、俺にはわかる。喜んでるぞ隊長。
「―――でも、あの」
「何だ」
「恋次―――」
「ご苦労だったな恋次」
ルキアに決して最後まで言わせず、言葉を重ねていく隊長の魂胆は見え見えだ。ルキアは隊長に対して我儘や強い主張をしないから、こうして強引に進めていけば、結局ルキアは隊長の意図通りに最後には従ってしまう。今まで何度そんな状況を見てきたか。折角二人で一緒にとった休みも、「その日はお前の着物を仕立てに行く」というこの人の横槍の所為で会う約束が取り消しになったし、一緒に夜祭りに行こうという約束も隊長の「夕飯は家族共に食すのが貴族の」云々に丸め込まれ立ち消えになった。他にも数え上げたらきりが無いが、数え上げると切なくなるのであえて数え上げねえ。くそう。
「ご心配なく隊長。俺が責任もってルキアを他人の目から隠しますから」
「他人の目が無い場所は自室だということすら、お前の小さな脳みそでは判らぬのか」
「隊長、いい加減妹離れしたら如何ですか。ルキアは俺がきちんと護ります」
「一番危ないのがお前だ」
凄い目で睨まれた。
「あ、あの」
そんな俺たちの間でルキアはおろおろと隊長と俺の顔を見比べている。でかい俺たちに挟まれたルキアは本当に小さくて、小さく震える仔猫そのまんまだ。
「兄様、その、朽木の家に戻ると、藤井さんや他の方にも見られてしまいますにゃ……出来たら、誰にも見られたくにゃいですにゃ……」
おお!ルキアが抵抗している!!
「そうですよ隊長。ルキアは他の誰にもこの姿を見られたくないんです。俺以外は」
隊長の視線に殺気が込められた。
「俺が責任もって、猫耳が消えるまでルキアを他人の目から護ります。隊長は安心して仕事に戻ってください」
ここぞと俺は真面目な顔で言った。ここで引いたら終わりだ。絶対にルキアは渡さねえぞ。なんたって猫耳。
「ご心配おかけして申し訳ございませんにゃ。あと2時間しましたら家に戻りますので、ご安心くださいにゃん」
「わかった」
「わかっていただけましたか隊長!」
「私が2時間、人気の無い場所でルキアといよう。お前は帰れ」
「わかってねーじゃん!」
突っ込んでしまった。しかも裏手突っ込み。
「貴様がこのルキアと一緒にいて理性が保てるとはとても思えぬ。私は緋真にルキアを託されている」
「いやそれはもう時効でしょう。緋真さんはルキアの傍に俺がいるって知らなかったからそんなこと言ったんだし。俺がいるのを知っていれば、緋真さんは俺にその言葉を言ったと思いますよ?」
「このままでは埒が明かん。いつ他の者が現れるかもわからぬ。―――ルキア。誰にもその姿、見られたくはないのだろう」
「は、はい」
「私もお前のその姿を誰にも見られたくはない。至急人目の無い場所へと行かねばならぬ」
隊長の言葉に、ルキアは俯いた。どうやら隊長が猫耳なルキアに憤ってると勘違いしてるのだろう。朽木家の者がそんな得体の知れない身体になってと責められていると思ってるらしい。それは全く逆で、隊長はかなりこのルキアが気に入っていると思われるが(なんたって隊長、視線が猫耳に釘付けになってるからな)敢えて俺は誤解を正すことはしない。ささやかな復讐だ。
「故に仕方ない―――実力行使だ」
次の瞬間、
「黒棺」
「うわっ」
破道の九十、しかも詠唱破棄かよ!
襲い来る黒い霊圧を辛くも避けた俺に隊長は小さく舌打ちした。本気で殺すつもりかこの人は!
「に、兄様!?」
「行くぞルキア」
「こらこらこらこら!そっちがその気ならこっちもその気で行くぞ!!」
「だ、だめにゃ恋次!そんにゃこと許さにゃいぞ!」
「ほう、それは幸いというものだ」
無表情で隊長は斬魄刀を抜いた。いや、やはりその目は嬉々としている。
「止めてくださいにゃ兄様!」
「今日こそルキアとの交際を認めていただきますよ隊長」
「恋次も蛇尾丸を抜くにゃあ!」
「今日こそルキアとの交際を諦めさせてやろう恋次」
「兄様も桜を散らせにゃいでください!」
おろおろと俺たちを見るルキアに向かい、俺と隊長は同時に、
「下がってろ、ルキア」
「下がれ、ルキア」
そう告げ、一気に刀を交えた!
キイン、と金属音の鳴り響き、交えた剣先越しに俺と隊長は睨み合う。拮抗した力は全く刀身を動かすことは出来ずに、ぎりぎりと僅かに刀が震えるばかりだ。
「何でそんなにルキアを縛りつけるんすか!!」
「縛り付けてなどいない」
「縛り付けてるじゃねーか、何かと俺たちの邪魔しやがって!」
「お前たちの邪魔をしているのではない。お前の邪魔をしている」
「なお悪いわ!」
一旦刀を引き後ろに飛んで間合いを取る。刀を構え睨み合い、俺は日頃から思っている疑問を口にした。
「一体あんたはどんな男がルキアに相応しいと思ってるんですか」
俺だからこの人は反対するのか。他の奴なら、例えば貴族の子息や金のある者、死神以外の職の者なら納得するのか。ルキアの将来の安定のために貴族の名家に嫁がせる気なのか、一生困らないだけの金のある家に嫁がせたいのか、いつ生命を落とすかわからない危険な職である死神には嫁がせる気はないのか。
「あんたの考えを教えてください」
今の俺を変える気はない。貴族の血筋にはなれないし、無理して金を集める気もない。死神を辞めるつもりもない―――俺はこの仕事に誇りを持っている。
そしてルキアはこのままの俺を好きだと言ってくれる。戌吊出の、金も(朽木家に比べたら)ない、刀を振り回すしか脳のない俺を。
だから隊長の考えを知りたい。それに対し、俺はひとつずつ隊長に示さなくてはルキアを完全に手に入れることが出来ない。貴族の血筋でないと駄目だと言うのならば、そんなものがなくても俺は誰よりもルキアを幸せにする自信があるし、金はないと言っても、それは朽木家と比べたらの話で、決してルキアを困窮させる程貧乏なわけでは無いし、俺は金のかかるような趣味も悪癖も持っていない。死神という仕事、生命の危険と隣り合わせのこの職業だが、俺は絶対にルキアを置いて死なない。いつまでもルキアを護る。そのための強さだ。
何より俺は。
何よりもルキアを愛している。
「私が思う、ルキアに相応しい相手―――」
隊長は静かに、先程までの殺気を消し、穏やかに―――言った。
「そんな者はおらぬ」
い―――言い切りやがった!
「つまり何だ、あんた最初っからルキアを嫁に出す気はねえんじゃねーか!!」
「その通りだが?」
「何を『知らなかったのか?』みたいな吃驚顔で言ってやがるこのシスコン!!」
「死守婚?」
「ぎゃあやめろその命懸けで結婚阻止みたいな言い方は!!」
隊長の顔は真顔だ。本気で心底正真正銘そう思っている。ルキアに相応しい男など何処にもいないと。
「俺は諦めねえ!絶対ルキアを嫁にもらう!!」
「まあ夢を見るのは自由だ。人は夢を見なければ生きてはいけぬ」
「その実現不可能みたいな言い方はやめろ畜生おおお」
絶叫しながら俺は隊長に斬りかかった。真上から振り下ろした刀身は、眼前で真一文字に構えた隊長の斬魄刀に受け止められる。澄んだ金属音が辺りに木霊した。
「あんたは緋真さんとの結婚を周囲に反対された筈だ、それは俺とルキアの今の立場と同じ!あんただって成し遂げたことだ、俺だって絶対に成し遂げる!」
「まあ無理だと思うがな」
「んだと!あんたが出来たことなら―――」
「私の相手は主に両親、親族。私の道を遮るものは私ではなかったからな」
「ぐ……っ」
「しかしお前の相手は私。かなりの障壁だと思うぞ」
「自分で言うなよ……」
思いっきり立ちはだかる気でいやがる。そしてそれは振り返ると見事に実行していると太鼓判を押さざるをえない。
「こうなったら実力で認めさせてやる」
「こうなれば私との格の違いを見せつけるしかない……か」
隊長の霊圧が上がった!
俺も負けじと霊圧を解放する―――もしここに霊圧を数値化するスカウターがあったならば、それは一瞬で破壊されたことだろう。
「本気で行きますよ、隊長」
「お前の本気など私の片腕で受け止めてやろう」
「その言葉、10秒後に言ってみろ―――!」
「兄様も恋次もいい加減にするにゃああああ!!!」
きいいんと突き刺さる怒声に、俺は呆気にとられて斬りかかる為に走り出していた足を止めた。視界の隅に、呆けたような隊長が映っている。
俺たちの視線の先に、真赤になって怒っている仔猫の姿があった。いや、仔猫なんて可愛く言ってはいけない、可愛いのだがその迫力たるや、猫どころか百獣の王だ。キングオブキングス。その名は朽木ルキア。尸魂界の栄光。
ルキアが怒鳴った。
いや、俺の前ではルキアはよく怒鳴る。怒鳴られ慣れしてると言ってもいい、だが。
隊長に怒鳴りつけるルキア―――こんなのは前代未聞だ。有り得ねえ。今までのルキアには考えられねえ。
俺たちの驚愕の視線の中、肩で息をしながら、ルキアはもう一度「いい加減にするにゃっ!!」と俺たちを睨みつけた。
「勝手にしろ、もう私は知らにゅ!私は一人でいる故、勝手にじゃれあっていろ、もう私は知らにゅッ」
背中を向けさっさと歩き出す猫耳に、俺と隊長ははっと我に返った。
ルキアを怒らせた!
しかも何故か過去に例を見ないほどの怒り様だ。見れば隊長も無表情でものすごく焦っている。「ル、ルキア?」と問いかける声が微かに裏返っている。珍しい。
「二人とも勝手にゃことばかり!私のにゃまえを出しても私の事にゃどちっとも、にゃにも考えておらにゅではにゃいか!こ、こんにゃ変にゃ身体ににゃって、私がどんにゃに怖いか、私の気持ちにゃんてにゃんにも考えてくれにゃいで、わ、私は、こんにゃ変にゃ、こんにゃ身体、怖いのに、私……やめてって言ったのに、兄様にも恋次にもやめてって言ったのに!ざ、斬魄刀で、にゃんで兄様と恋次が闘うのかわからにゃい!二人とも好きにゃのに、兄様も恋次も嫌いにゃ、大嫌いにゃあ……っ」
ふにゃあああああああん、と号泣するルキアに、俺たちは斬魄刀を放り投げ、慌ててルキアの両脇で「いや、本気じゃないって!」「そうだぞルキア、これはちょっとした、その、」「俺と隊長の、なんつーか、」「そう、議論だぞルキア?喧嘩ではない、闘っていたわけではないぞ」「そうだぜルキア、俺が隊長と闘う理由なんてないだろう!誤解だ誤解!」「その証拠にほら、もう刀は収めただろう」
必死で顔を覆って泣いているルキアにそういい募ると、ルキアは、
「……本当にゃ?」
涙の溜まった大きな瞳で見上げられ、俺と隊長は硬直した。
か。
可愛い……っ!!
俺は今までずっと腕の中でその猫耳と顔を見てたからまだ耐性があるが、それでも瞬間動きが止まってしまうほどの可愛さだ。そして隊長はと言えば、至近距離で見たそのつぶらな瞳と小刻みに震える身体、そして猫耳に無表情で魂を飛ばしている。
「さ、じゃ、行くぞルキア」
「え?でも兄様は……」
「いやさっきもう俺がお前を連れて行くって決まったからな。隊長はここで追っ手が来ないか見張ってくれるとよ」
俺の言葉に、ルキアの瞳から涙が消えていく。雲が流れたあとに覗いた太陽のように、輝くばかりの笑顔で隊長に「ありがとうございますにゃ、兄様」と言いじっと見つめられ、隊長はまだ魂を飛ばしながら「ああ」と無意識に頷いていた。
「じゃ、そういうことで」
ルキアの手を引いて歩き出そうとした俺の肩に、隊長の手が乗せられた。そのままぐいと引き寄せられ、俺の耳に、「ルキアに手を出したら―――」と、ルキアに聞こえないように小さく低く、まるで地の底から聞こえるような恐ろしい声で―――
殺 す 。
そう囁いて、隊長はふらふらと歩き去っていった。
「兄様、歩き方おかしくにゃいか?」
心配そうに見送るルキアに、俺は「いやいや、あの人いつもあんな感じだぜ?」と受け流し、俺はルキアを抱き上げた。
「さ、行くぞ」
うん、と頷いて再び両腕を俺の首に回すルキアに感動しながら、俺は歩き出す。
俺たちの前に邪魔者はいない。
最強の敵「朽木白哉」を倒したのはルキアで―――つまり本当に最強なのは今俺の腕の中にいる仔猫な訳だ。
そんな称号を得られたことを知らず、仔猫は変わらず可愛らしく愛らしく、猫耳をぴんと立てたまま俺の胸に頭をもたせかけている。
手を出したら殺す、と言われたことは気にしねえ。
何故なら、なんたってもう俺は手ぇ出しちまってるし。
「最後、兄様はにゃんて言ってたのにゃ?」
無邪気にそう尋ねるルキアに、俺は「『ルキアを頼む』だってよ」と笑顔で答えた。
薬が切れるまで、あと2時間弱。
二人きりになれる場所を求めて、俺は一歩を踏み出した。
お待たせして申し訳ございません、いや待ってないとの突っ込みも聞こえますが猫話最終話「Final
Fantasy」です。
タイトルに合わせ、章タイトルをロープレ的に。
でも浮竹隊長を雑魚キャラ扱い!(笑)す、すみません…っ!
浮竹隊長の斬魄刀の始解の言葉、それを勝手にアレンジしてしまいました。本当はこんな力じゃないと思います。ごめんなさい。
ええと、このあと大人な方向けの裏話がありますので、18歳以上の方は裏ページへどうぞ(笑)
それ以外の方はここでストップです。
読んでくださってありがとうございましたv
2007.7.8 司城さくら