背後の人数は十二番隊総出と言っていいだろう。背後から迫る足音は地鳴りのような音となって俺たちの耳を打つ。
ルキアを抱えたまま会場を飛び出し、瀞霊廷を走り回る俺の背後に、十二番隊の連中はしっかり追いすがっていた。
この程度の相手、副隊長の俺の敵ではない。いくら数を集めても、霊圧が低ければ意味は無いのだ。蛇尾丸一振りで半数、もう一振りで全滅。
……これが敵だったのならば。
流石に同じ職場の連中を殺すわけにもいかないだろう、傷付けるのもヤバい。なんせ相手が十二番隊だというのも恐ろしい。一番上に控えているのがあの隊長なので、なるべくなら係わり合いになりたくない。
というわけで必死に逃げているのだが、背後の隊員たちは諦める様子も見せずに追いかけてくる。しかも向こうは妙な道具を平気で使ってきやがる。投網みてーなものを発射したり、更に別の何かを発射したと思ったら、運悪く一番俺たちに肉薄していた隊員の背中にそれが当たっちまい、その隊員はもんどりうって倒れた後、電気に痺れたように痙攣していた。
こいつら、俺に対して容赦ねえ。
ルキアを傷付ける気は毛頭無いのだろうが、俺に対しては全く無頓着だ。一体こんな開発何時していた、と叫びたくなるような奇態で奇怪な道具を使って俺たちを追ってくる。びっくりどっきりメカ大放出だ。
「恋次……待ってくれにゃん」
ルキアが俺を見上げてそう言った。負担にならないようにという配慮からだろう、ずっと今まで黙って俺の首に両手を回していたが、その瞳に浮かぶ決意の色に、俺はルキアが何を考えているのか容易に想像する。
「私が……」
「黙ってろって言った筈だぜ」
「でも、私が我慢すればいいことにゃん……このままじゃお前が怪我をするにゃ」
「誰が放すかよ、莫迦野郎が……!」
俺の言葉に目を見張り、きゅ、と俺にしがみつくルキアの可愛らしさ。
あーもうたまんねえ。
絶対誰にも渡さん。
「あいつらの手にお前が渡ったら、一体どんな目に合わされるかわかったもんじゃねーぞ。既に理性をなくしてるからな、あいつら」
にゃ?とルキアが甘えるように俺の胸にもたれていた頭を起こし、そのまま身体を反らせて俺の身体越しに顔を出し、背後の連中の顔を見た。
今まで俺の身体に隠れていたルキアがちらりと見えた所為だろう、背後の連中の霊圧が一気に上がった。
「見えたぞ!」
「猫耳だ!」
「捕まえろ!」
「頭撫でさせろおおお」
「触らせろおおお」
「喉をごろごろさせてくれええ」
「にゃんって言ってくれえええ」
一斉に色めき立つ背後の集団に、ルキアは「にゃあ!」と叫び、ぶわわっと一気にルキアの耳の毛が逆立った。
「にゃ、にゃんだあれは……!」
「お前の猫耳に理性を奪われた輩の成れの果てだ」
「怖いにゃ……いやだ、あんにゃのに捕まりたくにゃい……捕まったらにゃにされるかわからにゃい!怖い、怖いにゃ恋次……っ!」
ぷるぷると仔猫のように震えるルキアの背中を安心させるようにぽんぽんと叩くと、俺は「絶対お前は俺が護る」と猫耳に囁いた。
「あんな奴らにお前は渡さない。お前は俺のものだからな」(意訳:あんな奴らにルキアは渡さねえ。ルキアの猫耳は俺のもんだ!)
「恋次……恋次……」
感極まって、ふにゃあんと泣き出すルキアを胸に、俺は走り続ける。テンションが上がった所為か、後ろの魑魅魍魎共はスピードまで上がった。その恐怖に俺は、現世の浦原商店で丁稚奉公していた際にジン太と一緒に見た某映画のシーンを思い出す。ゾンビ映画と言われてるらしいその映画の中で、一度死んだ死体が甦り生きている者を襲うため追いかけてくる―――死体の癖にえらい速さで主人公を追ってきたそのゾンビに背後のやつらはそっくりだ。腐った死体がスプリンターの様に腕を振り足を上げ見事なフォームで何百人と連なってハイスピードで追いかけてくる。それにそっくりの奴らは怖え。はっきり言って怖え。
怪我させたくないとか考えてる場合じゃねえ、こうなったら仕方ねえ、せめて殺さねえ程度に力を落として蛇尾丸で―――そう考えた俺の前に一人の男の姿があった。
身構える俺の目に映ったその人は、両手に斬魄刀を持っている。その意図は明白―――!
「―――やべ……っ!」
「波悉く朽木の盾となれ!―――双魚の理!!」
「うおおおおっ!」
「にゃあああっ!?」
浮竹隊長の言葉と共に大量の海水が突如現れ―――俺たちの頭上を通り越し、背後のゾンビ集団に向かって一気に襲い掛かった!!
ぎゃあああ、という絶叫空しく、押し寄せる波に流され、あっという間に俺たちの背後には誰もいなくなった。
ただ目の前に―――白髪の。
「浮竹隊長!」
嬉しそうに俺の中で叫ぶルキアを見つめ、浮竹隊長は目を細めた。穏やかな微笑を浮かべ、「無事だったか、朽木」と歩み寄る。
「お前に懸想する邪まな連中は俺が排除したからな、もう安心だぞ。流石に雷で攻撃するのは不味いから、盾の波だけ発動させたが―――これでひとまず大丈夫だろう」
「ありがとうございますにゃ、助かりましたにゃん。やっぱり浮竹隊長はすごいにゃん!」
無邪気に笑い、ルキアは俺の腕の中から降りようと身を捩った。放す素振りを見せない俺に、ルキアは不思議そうに首をかしげ、「どうしたのにゃ恋次?」と大きな目で俺を見上げる。
「や、この後の展開が予想できるからな」
「にゃ?」
「もうちょっと待ってみ?」
話す俺らへにこやかな笑みを浮かべ、浮竹隊長は俺の前で―――ルキアの前で歩みを止めた。
「いや、お前が無事で何よりだ朽木。さっき会場でお前の頭に耳が生えてるのを見てな、もういてもたってもいられず俺は……」
「心配おかけして申し訳ございませんにゃ。またこんにゃことになってしまって恥ずかしい……うにゃ?」
「それでだな朽木。すまんがおおお俺に触らせてくれないか、みみみ耳」
「浮竹隊長……?」
「いや!違う!俺はあいつらとは違うぞ!いや、お前の耳はどんな風に生えてるのか気になってだな、やはり部下の身に起きたことはきちんと把握しないと隊長として不味いからな、だから別に変な意味は無いぞ朽木!安心して俺の腕に来い!大丈夫、何もしないぞ、ただちょっと頭を撫でさせてくれて、よかったら尻尾を見せてくれて、それで俺に『にゃ』って言ってくれて一緒に話してくれれば俺は満足―――うわっっ!!!」
「う、浮竹隊長―――っ!!」
突如現れた多量の海水に飲み込まれ、浮竹隊長は「何故だあああああ」と絶叫しながら遥か彼方へと押し流されていく。
「何でだ!俺はただ朽木と、猫な朽木と一緒に……一緒にいたい、ただそれだけなのにっ!!」
悲痛な叫びを残し、十三番隊隊長・浮竹十四郎は、自ら発動した「朽木ルキアに邪まな感情を持つ者の盾となる」のを命とした双魚の理によって流されていった。
全ての水が引いた後、この場に残ったのは俺とルキア二人だけ。
しんと静まり返った空気に、俺の腕の中でルキアは茫然と浮竹隊長が流されていった方向を見ている。
「ど、如何してにゃ、浮竹隊長……」
「あの人もあいつらと同じお前に懸想して邪まな想像してたってことだろ。ほら行くぞ!」
面倒くせえ追手は消えた。ありがとうございます浮竹隊長。貴方の身をもって示してくれた生き様、無駄にはしません。
あとは残り二時間半、ルキアの耳が消えるまで何処かで隠れていればこの騒動は治まるだろう。誰にもこのルキアを見せてやるつもりは俺にはねえ。
俺は数時間誰にも邪魔される恐れの無い隠れ場所に見当をつけ、腕の中のルキアを抱え直し走り出す。
―――が。
突然立ち止まった俺に、ルキアは不安そうに「如何したのにゃ、恋次?」と俺の顔を見上げた―――のだろう。俺は目の前のそいつから目を放せず、きつく睨みつけていたのでわからないが。
俺の行く手を遮るように突然現れたその男。
そいつの手にも斬魄刀。
切先は真直ぐに俺へと向かっている。
俺の視線を追ってルキアも前方に視線を移す―――にゃ、と小さな声がルキアの唇から洩れた。
「何であんたがここにいるんです?」
刺々しい俺の声に、―――その男はにやりと笑った。
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