突然背後から伸びた手に口を塞がれ、何が起きたか判らないまま混乱した次の瞬間、身体を引き摺り倒されて背中を強打し、息が詰まった。
そのまま口を押さえつけられ、暴れる間もなく身体がずるずると引き摺られ、道路から植え込みの中に引きずり込まれたとルキアが気付いたのは、何者かの手が死覇装の襟元を押し開いた時だった。
「う、うぅっ!!」
塞がれた手で、声が出ない。叫び声も上げられない。まだ、自分に何が起きたのか認識できない。必死で手を上げ、死覇装に手をかける何者かの手から逃れようと暴れる。
次の瞬間、髪をつかまれ、頭を地面に叩きつけられた。
衝撃が走る―――痛みに気が遠くなり、ルキアの動きが止まった。
「暴れるんじゃねえよ!」
もう一度、頭を地に叩きつけられた。
脳震盪を起こしたのか、ぐるぐると視界が回る。言葉を発する事もできずに、覆い被る何者かの身体から逃れようと前に突き出していた手が、力なく地面へ垂れた。
そのぐったりとしたルキアに安心したのか、その男―――声に全く聞き覚えのないその男は、ルキアの死覇装を掴み、自分へと持ち上げた。抵抗する力はなく、ルキアの身体は男の意のままに引き寄せられる。霞む目を必死で開けると、男の手がルキアの頬を掴んで挟み込み、ぎりぎりと締め付けた。
あまりにも憎しみのこもったその行為に、ルキアは朦朧とした頭で、これは一体誰なのか、と考える。
「……けやがってふざけやがってふざけやがってふざけやがってふざけやがって」
激しく呟かれる言葉の羅列に、必死で男の顔に目を向ける。
怒りか、恐怖か、怯えか、興奮故か、……引き攣った男の顔。
ルキアよりも年上の、黒い死覇装を着た……ルキアの見覚えのない、男。
ルキアの胸元を掴み、荒い呼吸が掛かるほどの近くに引き寄せ、男は狂気に彩られた血走った目を向け、激しく言葉を叩きつける。
「何で俺じゃねえんだよ?今度こそ、と思ってたんだぞ俺は!前回も前々回もその前も!何で俺じゃねーんだよふざけやがって!!」
「なんの……ことだ」
数語口にしただけで、激しく口の中が痛んだ。それで、自分の口の中に広がる血の味に気付き、ルキアは口の中を切っている事に思い至る。
「お前は何を言っている……莫迦な真似はよせ」
「莫迦、だと?」
既に冷静さは欠片もなく、興奮したその瞳で男はルキアを睨みつけた。
「莫迦、だと!?莫迦だと!?手前もか!手前も俺を莫迦にすんのか!!」
容赦ない平手打ちを受けて、ルキアは苦痛の声を上げた。朦朧としていた意識が、痛みで逆にはっきりと覚醒する。
「手前も!ふざけんな!何が人望がねえだ!!俺は強い、強けりゃいいだろうが!!何で俺が無席であいつが五席なんだよ!!あの席は俺が座るべき席なのによ!ふざけんな!どいつもこいつも!!莫迦にしやがって、畜生、畜生畜生畜生っ!!!」
掴んでいた胸元を、男が一気に押し開いた。
死覇装が音を立てて切り裂かれる。
「―――っ!?」
「壊してやる、ぶっ壊してやる!あいつらの一番大切なものをぶっ壊してやる!!散々俺を莫迦にした報いだ、ざまあみろ!!」
狂ったように笑いながら、男はルキアの死覇装を引き裂いていく。
闇夜に白く浮き上がるルキアの身体に興奮したのか、男の手がルキアの露わになった胸をきつく掴み捏ね上げた。
ようやく―――自分の身に襲い掛かっている現実を、ルキアは認識した。
男が何をしようとしているのか。
男が何を言っているのかはわからない。けれど―――これから何をしようとしているのか、それだけは―――わかった。
「や―――っ!!」
引き裂かれた着物の切れ端を口に詰め込まれた。
悲鳴を封じられ、身を護るものは何もない、必死で爪を立て、足で蹴り上げ暴れたが、もう一度平手で頬を殴られ力が抜けた。
動けない。
眩暈で目が開けてられない。
閉じた瞼に、浮かぶのは―――今日の朝、現世へと降りる前の恋次の笑顔。
『直ぐ帰って来るからよ』
白哉の、見送りの隊員達の目を掠めて一瞬、ルキアの頬に唇で触れ。
赤くなって怒るルキアに、『じゃあな』と手を振って門をくぐって行った後姿。
「――――っ!」
下半身に触れるその感触に、一瞬で現実に引き戻された。間違いないその―――男の猛りに、ルキアは身を強張らせる。
必死で身を捩る。それから逃げ出そうともがいた。両手で男の身体を引き離そうと、押し返した両手は手首を掴まれて地面に縫い付けられる。
両膝に割って入る男の身体に、もう足を動かす事もできない。
―――助けて、恋次!!
動けない、逃げられない。
首を、拒絶するように横に振ることしか出来ない。口の中の布に塞がれて悲鳴も上げられない。圧倒的な力、霊力とは無関係の純粋な「力」の差にルキアは為す術もない。
―――助けて、助けて、助けて恋次!怖い、怖い……助けて、恋次……怖い、恋次!
「助けを呼んでもあいつらは今現世だぜ―――助けになんざ来やしねえよ」
容赦なくルキアの白い胸に歯を立て、男はルキアの身体を痛めつける。
「ほらよ―――入れるぞ!」
ルキアの恐怖の顔を見る為だろう、男はそう宣言し、組み伏せたルキアの顔が恐怖で強張るのを充分に堪能し、
一気に己を突き刺した。
「…………っ!!!」
引き裂かれる痛みに―――ルキアは仰け反った。
身体が逃れようと上に動くのを、肩を掴まれ更に奥へと―――突き刺された。
「ははははははっ!!ざまあみろ朽木白哉阿散井恋次!!お前らの大切な大事なお姫様は穢されたぜ、ぎゃははははっ」
哄笑―――嘲笑。
次いで、激しく動き出した男のそれに、ルキアは呻き声を上げる。
無理矢理挿入されたその部分は出血し、そしてそれを潤いとして男はルキアの内部を犯す。
哂いながら―――何度も、何度も。
押さえつけ、乱暴に胸をいたぶり、その身体を汚すようにべたべたとあらゆる場所に触れ、舌で唾液でルキアの白い身体を汚していく。
恋次が触れた、恋次だけが触れた身体を―――恋次が優しく、熱く、激しく触れた全ての場所を―――全て、男が汚していく。
荒い息が顔に、首に、耳に、胸に掛かる。
「おら、もっと動けよ!足開け!」
男は抵抗する力の既にないルキアの身体を蹂躙し、征服し、犯した。
やがて、男の腰の動きが更に速さを増し、獣のような声を上げ、
動きが―――止まった。
嗤いながら男のそれが、ずるりと引き出される―――どろりと自分の中から溢れる大量の生暖かい液体に、ルキアの瞳から光が消えた。
穢された。
穢れて―――しまった。
「可哀相になあお嬢様。犯されて穢されて汚されて堕とされて」
悪意を滴らせて男は―――言う。
その身勝手な全ての鬱憤を、全ての憎しみを、全ての怒りをルキアひとりに押し付ける。
「朽木白哉と阿散井恋次が大切に大事にしてたのになあ。真白だったのになあ、土にまみれて―――汚れてよぉ」
ぎゃはははは、と狂ったように男は―――嗤う。
「朽木白哉も阿散井恋次も、これを知ったらどうなるかねえ?ああ、口では綺麗事を言うさ、けれどなお嬢様―――男って奴は、そう簡単に他の男に抱かれた女を許しゃしねーよ?何で隙を見せたのか、何で黙ってヤられたのか……心の奥ではそう考えるはずだぜ、つまりあんたはもう二度と朽木白哉にも阿散井恋次にも許されねーって訳だよ。可哀相だねえ、全く酷い話だよ、誰がこんな酷いことをあんたにしたんだろうねえ?」
男がルキアを見下ろし嗤いながら言葉を続ける間、ルキアは僅かも身動きはしなかった。ただ、白い肌を凍るような空気にさらし、光の失った目を宙に向け、まるで壊れた人形のように地に横たわっている。
「あんたにこんな酷い事をした奴は―――酷い事をしたやつらは、あんたの兄さんと恋人だよ。朽木白哉と阿散井恋次が、俺を散々莫迦にした所為だからな―――ふざけやがって―――ふざけやがって!!」
再び激昂し、男は傍らの樹の幹を蹴りつける。それを目にしても、ルキアが動く事はなかった。ただ無表情に空を見上げている。
「楽しみだぜ、あいつ等がどんな顔をすんのかよ……大事にしてるあんたが汚されて、あの澄ましたツラが、あのクソ生意気なツラが、どんな風に歪むのか想像しただけで笑いが止まらねえよ……なあ?お嬢さん」
―――雪が、降ってる?
ルキアはぼんやりと宙を見る。
ひらひらと舞い落ちる白い―――雪。
暗い闇に、一片。
闇を縫うようにまた、ひとひら。
『雪は好きだよ』
手を差し伸べて受け取った瞬間、手の熱で直ぐに消えて行く儚い形。
『とても綺麗だ。そう思わないか、恋次?』
振り返った身体を抱きしめる恋次の腕―――強くて暖かくて安心できた。
『雪より白くて綺麗なもの、知ってるぜ俺』
照れもせずにそう言った恋次の手が自分に触れ―――恋次の言うその白さはすぐに薄紅色に変化して、吐息は甘く、雪の結晶を溶かし、けれどあとからあとから降り積もるその雪の白。
―――違う。
雪なんて降ってない。
私は、もう、雪よりも白くない―――雪より綺麗じゃない。
男が立ち去りひとり地に打ち捨てられ。
ルキアは身を切る空気の下―――
正気を、手放した。
next