自分の中のどす黒い感情が暴走する。
必ずそいつを見つけ出して殺す。
一欠片も残さずに塵すらも残さずに芥さえ残さずに、記憶も現在も過去も未来も存在を全て完璧に完全に消去する。
何の弁解も許さずに、何の弁明も許さずに、何も問わず何も訊かず何も言わず何もせず。
ただ殺す。
一瞬で殺す。
刹那で殺す。
一呼吸すら許さない。
一挙手すら許さない。
一行動すら許さない。
同じ言葉を喋る事が耐え難い。
同じ空気を吸う事が耐え難い。
同じ世界に居る事が耐え難い。
その怒りの源、それが―――自分の浅ましさから来ていると知っている。
勿論、ルキアを傷つけられたのがその原因。
何よりも大切な存在を傷つけられ、ルキアは身体にも心にも傷を負い、正気を手放した。
それに対する怒り、それは間違いない。
ルキアの為の怒り。
ルキアを傷つけた故の怒り。
けれど、自分の怒りの奥底に―――確実に。
ルキアを抱いたという、その男への怒り―――自分以外の男がルキアに触れたという、身勝手な独占欲、それ故の―――怒り。
嫉妬と言ってもいい―――その感情。
自分以外の男がルキアに触れ、ルキアの肌を辿り、ルキアの声を聞き、ルキアの中に這入り―――ルキアの中に欲望を放った。
燃えるほどの痛み、焼けつくような激しい感情―――自分のもの、それを蹂躙された激しい怒り。
自分だけのものを、他人に奪われた怒り。
何と言う勝手な―――利己的な、怒りだろう。
それはルキアのための怒りではなく―――自分の為。
自分のものに勝手に触れたという―――怒り。
その怒りが、自分の浅ましさだと知っている。
そして更に―――身勝手な、慾。
心から欲しいと―――熱望するこの想いは、慾望。
ルキアが欲しい、という身勝手な想い。
その身体に触れ……その肌を辿り……その声を聞き……その中へ這入り……その中に慾望を放つ。
愛しいから、抱きたいと―――そう想うことは身勝手だと知っている。
ルキアは今、普通ではないのだ―――何も知らない子供。
それでも、自分の隣で健やかな寝息を溢すのは―――自分の記憶のルキアと寸分違わない、身体。
何度この身体を抱いただろう―――何度抱きしめたことだろう。やわらかな唇が、何度自分の名前を呼んだだろう。白い細い腕が、何度自分をかき抱いたことだろう。
吐息を重ね、熱い身体を重ね、見交わした瞳と甘い睦言―――絡めた指先、ふたり共に堕ちる瞬間。
そのルキアが隣にいる―――無防備に、しどけなくその腕を投げ出して。
触れたい。
声を聞きたい。
手を―――伸ばした。
そう、伸ばせば直ぐに触れられる距離―――隣に眠るルキアの頬に、手を触れる。
陶磁のような白い滑らかな肌。その感触を確かめ、指を―――横に滑らせる。
唇に……触れた。
ルキアの吐息が掛かる。暖かなその吐息。
……指だけでは足りない。
仰向いたルキアの唇に顔を寄せ―――近付く、距離。
その動きが、止まった。
あと僅か―――ほんの僅かの距離。
眠るルキアは気付かない。
そう、例え唇を重ねたとしても―――触れるだけならば、ルキアは恐らく目覚めない。
やがて―――恋次はそのままルキアから身を離した。
届かない―――僅かの距離が、果てしなく遠かった。
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