静かに扉が開き、足音をたてずに忍び込む人の気配に、眠っていたルキアの「死神」の感覚が反応し、はっと目を覚ました。
 何者か、と誰何する前にその霊圧に気付き緊張を解く。
「どうした、こんな夜半に……」
 緊張が解けた途端に再び眠くなる瞼をこすりながら、ルキアは寝室に入ってきた……というより戻ってきた夫を見上げ……絶句した。
「……何の酔狂だ、それは」
 ルキアの眠気が吹っ飛んだ恋次のその姿は、赤と白の派手な衣装に身を包み、顔の殆どを白い髭で覆われた怪しいものだった。貼り付けた白い眉毛の下から覗く紅い瞳が、かろうじて恋次の原型を留めている。
 もちろん、現世に長く降りていたルキアには、その格好が何を模しているのかわかったが、何故恋次がそんな格好をしているのかがわからない。
 そう寝起きの頭で考えたルキアは、日付が変わった今日が12月25日だということを思い出した。
 昨日の夕食の席で、娘の煌に請われるままに現世の話をした。その時に「そういえば」と思い出し、明日はクリスマスだなと煌に教えたのだ。
「くりしゅましゅってなあに?」
「んー……イエス・キリストが生まれた日で……」
「いえしゅきりしゅと?」
「うーん……母さまもよくわからないのだが……この日の朝には、いい子はサンタからプレゼントを貰えると……」
 そこでルキアは慌てて口を閉じたが、煌が大好きなお母しゃまの話を聞き逃す筈もなかった。途端に目を輝かせ、「ぷれぜんと!」とはしゃぎだす。
「きら、しゃんたしゃんにもらえるよね?きら、いいこだよね?」
「いや、サンタは現世にいるから、煌の所には遠すぎて来られないと思……」
「しゃんたしゃん!しゃんたしゃん!」
 大喜びで走り回る煌にどうしようとルキアは内心焦り、明日の朝、煌が起きる前に枕元に何かお菓子を置いておくか、とルキアは考えていたのだが……
「煌の枕元にプレゼントをな」
「プレゼント?買ってきたのか?」
「遅くまでやってる店、知ってたからな」
「そんな店あったか?」
「ドン・○ホーテ」
「現世まで行ってきたのか!」
 呆れるルキアにはどこ吹く風で、恋次は「そこにサンタの衣装も売ってたからついでに買ってきた」と恋次は胸を張る。
「それでプレゼントは?」
「置いてきたぜ、枕元に」
「すまなかったな、私が不用意な一言を言ったせいで」
 しかもルキアは恋次の外出に気付かずに一人で先に眠ってしまったのだ。それは前日に恋次が寝かせてくれなかったせいなのだが、やはり一人何もせずに寝ていたのは恋次に申し訳ない。
「本当に悪かったな。寒かっただろう、今熱いお茶を淹れよう」
 布団から抜け出そうとするルキアより一瞬速く、恋次がルキアの上に覆い被さった。ルキアの両肩をシーツに押し付けるようにのし掛かる頭上の恋次を、ルキアは「……何をしている」と冷たい目で睨む。
「いや、お前にもプレゼントを」
「いらん」
「心にもないこと言うなよ?」
「私がお前から欲しいプレゼントは、せめて週に3日は熟睡できる環境だ!」
「そうか、じゃあ週に4日は今まで通りで、週に3日は気絶したまま眠れるよう更に激しくするからな」
「違う!根本的に違ってる!!」
「さあ、いい子のルキアにはサンタの俺からいい『モノ』をプレゼントしよう」
 にやりと笑い、恋次はルキアの夜着の襟元を押し開いた。そのまま胸元に顔を埋める恋次に、流されそうになっていたルキアははっと我に返る。
「お前、その格好のまま……」
「興奮するだろ?」
「そんな変態はお前だけだ、莫迦者!やめろ、こら!脱がすな!やめろってば変態!」
「うーん、何か抵抗されると興奮するぜ」
「この莫迦!いい加減に……あっ……んっ!」
 恋次の指と舌に翻弄され、ルキアが甘い声を上げ恋次を受け入れそうになった―――その、時。
「おかあしゃま!しゃんたしゃんがきたの!いまおきたら、しゃんたしゃんがぷれぜんとくれてたの!」
 何の前触れもなく勢い良く開かれた扉に、恋次とルキアは硬直した。二人同時に茫然と―――恋次がルキアの上に覆い被さったその状態で、扉の前に立つ煌を見る―――その煌も茫然と寝台の上の二人を見詰めていた。乱れた夜着のルキアと、そのルキアを抑え付ける恋次を交互に見詰めている。
 サンタがママにキッスしたどころではない状態。
 サンタがママに×××し……ようとしている、その状況。
「き、煌、あの、これはね、その……」
「わるものめ!おかあしゃまからはなれろ!!」
 茫然としていた煌は、一瞬で態勢を立て直した。手にしていた包みを廊下に放り投げると、右手を宙に一閃する。その次の瞬間、その手に現れた小振りの刀に、更に二人は仰天した。
「おい、あれ斬魄刀じゃねえか?」
「ま、まさか……煌はまだ4歳だぞ!?」
「しかし如何見てもありゃ斬魄刀……」
「……にしか見えぬが……」
「さすが俺の娘!ってうわ!」
「おかあしゃまをいじめるな、わるものめ!!」
 斬魄刀を構え、真直ぐ恋次に切先を向けて走り寄る煌に、恋次とルキアは狼狽した。娘に攻撃するなど言語道断、けれどこのままでは恋次がさっくり刺されてしまう。歴戦の勇者である恋次とルキアも次の動きが思い付かずに硬直しているしかない状態で、突然「縛道の九、撃!」と背後から声が聞こえ、煌の動きはぴたりと止まった。
「れ、煉?」
「縛道、詠唱破棄……?」
 今度は呆然とする恋次とルキアの前で、煉は動けない煌を背後から抱きしめて「違うよ、煌」と右手の斬魄刀を押さえる。
「あれがサンタさんだよ。心配しないで大丈夫。悪い人じゃないから……ええと、お母さんにもプレゼントあげようとしてるんじゃないかな……多分」
 煌の目が納得の色を浮かべたのを確認し、煉は煌の拘束を解く。すると右手の斬魄刀は消え、煌は満面の笑顔で「しゃんたしゃん、ぷれぜんとありがとうございましゅ!」と深々と頭を下げた。
「いや……こ、これからもいい子に、お父さんとお母さんお兄ちゃんを大切にしろよ」
「はい!きら、ずっといいこにしましゅ!」
 ありがとうございましゅ、ともう一度頭を下げる煌の手を引いて、煉は部屋を出て行く。扉を閉め際、いまだ寝台の上で硬直している恋次とルキアに向い「ええと……邪魔してごめんなさい」とぺこりと頭を下げた。
「ごめん、煌。びっくりしただろう、動けなくなって」「だいじょうぶー。でもじゃあ、きらといっしょにねてくれたらゆるしたげるー」「うん、じゃあ枕持ってくるからね」「うわあい!」と煉と煌の声が遠ざかり、やがて聞こえなくなった頃―――
「恋次の莫迦!こ、子供たちに見られたではないか!!」
「いや、それは俺の所為じゃないだろう!不可抗力だ!!」
「もう、どうするんだ莫迦莫迦莫迦!煉と明日どんな顔をして会えば……!全部お前の所為だ、莫迦ぁっ!」
「な、泣くなよ……悪かったって」
「うわあああん!恋次の莫迦!」
「痛!ちょっ、本気で殴んな……痛ぇっ!」



 その後、サンタがルキアにプレゼントを渡すことが出来たかどうかは、皆さんのご想像にお任せいたします。





 

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