瀞霊廷で四本の指に入る名門貴族の朽木白哉は、その無表情からは想像もつかないほど上機嫌だった。
その理由は彼の左手にある。―――しっかりと握り締め、それと同じ程に握り締められ繋がれた小さな手。その手の持ち主は、楽しさを満面に浮かべてにこにことご機嫌で歩いている。
小さな身体、黒い髪、母親よりもやや紅みがかった赤紫の瞳。
名を阿散井 煌(きら)と言う。
恋次の名前から付けた長男煉、それと同じように長女の煌も光をあらわすルキアの名前から付けられた。
まだ4歳…身体は小さいが元気一杯の少女である。
煉が恋次に瓜二つなのと同じように、煌はルキアにそっくりだった。ルキアの幼い頃はまさにこうだっただろうと誰もが思う容姿。その愛らしさに父親である恋次は勿論、伯父の白哉も目に入れても痛くないほど、煌を溺愛していた。
その煌と白哉は、今日は二人きりで街へと足を伸ばしている。来月朽木邸で行われる、朽木一族が出席する会に、結婚して朽木家を出たとはいえ本家養女のルキアも出席するため、恋次と煉、煌も共に参加することが決まっていた故に、今日は会に着ていく煌の着物を作りに生地を見にきたのだ。
無論、朽木邸に店から生地を運び込ませることは容易だ。けれど白哉がそれをしなかったのは、可愛い姪と一緒にいたかったせいで、それを承知していた恋次とルキアは煌を白哉に任せ、こうして伯父と姪、二人きりのお買い物が実現したのだった。
煌の興味のままにあちこち寄り道をしながらようやく辿り着いた生地屋で、白哉は店内を見渡した。普段白哉が使う店ではないが、それなりの生地も揃っている。早速、煌に似合う生地をとその確かな目で吟味していると、「おじしゃま!」と元気よく飛びつかれた。
「どうした、煌」
白哉の目が優しく煌を見下ろす。その視線の中で、煌は興奮した表情で「あのねあのね!」と勢い込んで話し出す。
「しゅごいしゅてきなのみつけたの!しゅごいの!きら、あのぬのでおきものつくりたい!」
一生懸命話す煌の愛らしさに白哉の表情がほころんだ。純真で無垢なその煌の行動すべてが白哉はたまらなく愛しい。
「そうか。そんなに素敵な生地か」
「うん!もうしゅごおいしゅてき!」
すてき、という言葉を覚えたばかりの煌は、何度も「すてき」と繰り返す。小さな手を握り締めて「しゅごいのしゅてきなの!」と力説する煌に、白哉は「では私もその素敵な生地を見せてもらおうか」と煌の頭を撫でた。
「うん!こっち!」
煌の手が白哉の手を掴み、こっちこっちと奥へ導く。穏やかに微笑みながら煌の連れ行くままに歩いていた白哉の顔が、「これなの!」と煌が指差した生地を見て引き攣った。
山吹色の生地に染め抜かれた、絢爛豪華…というよりも、ケバケバしいという言葉がしっくりくる昇り龍。同時に煌が指し示したのは、色も彩な西陣織りの極彩色の帯。色という色すべて使ったようなその色彩。
「このぬのでおきものつくって、このおびをしめるの!しゅてきなの!しゅごいの!」
「ならん」
「……え?」
「この生地は買わぬ」
「だってこんなにしゅてき……」
「素敵ではない」
「でも、きら……」
「他のを選びなさい。この生地だけは買わぬ」
びしりと言い付けた白哉を、煌は茫然と見上げていた。大好きな白哉おじしゃまが、こんなにはっきり煌の言葉を否定したのは初めてだったのだ。最初は信じられずに茫然と白哉を見上げていた煌も、それが現実に起きていることと理解したのだろう、白哉が見下ろす中でみるみるその大きな瞳に涙を浮かべた。
「煌……」
慌てる白哉の目の前で。
「うわああああああん!」
棒立ちになったまま白哉を仰ぎ、両目をつぶって全力で泣き始める煌に、あの白哉が慌てふためいた。
「煌、悪かった、私が悪かった」
「うわああああああん!うわああああああん!うわああああああん!」
「煌、すまなかった、私の言い方が悪かった」
「うあああああああああああああああああああん!」
号泣する煌と宥める白哉。
店中はもとより、店の外を歩く人々の視線さえ集めていることに気付き、白哉は溜め息を吐き……
「……買ってこられたのですか」
「泣きやまぬのでは仕方ない」
ルキアは申し訳なさそうに疲れきった白哉を見、次いで隣りの部屋で生地を広げている恋次と煌に目を向ける。
「すげぇいいの選んだな煌!さすが俺の娘!」
「しゅごいよね!しゅてきだよね!」
この龍が最高だぜ、と頷く恋次と、きらきらしてしゅてきなの、と興奮する煌、生地を前に大喜びをしている二人を見、ルキアは深い溜め息を吐いた。
「……どうなさいますか。さすがにあの生地で作った着物では、道成さまの前には出られませぬ」
「一応、私の選んだ生地も買ってはきたが……しかしあの生地でなければ煌が納得しないだろう」
白哉が選んだのは、さすがと言っていい、煌によく似合う生地だった。薄桃色の生地に、紫と落ち着いた金色の線が数本走る。上品な上に子供らしさも損なわず、愛らしい煌が身に付ければ、その場にいるすべての者がにっこりと微笑むだろう。
その生地は今、ルキアの前にある。煌は何の興味もないようだ。何度も説得したが無理だった、と疲労を滲ませる白哉を見やり、ルキアは「煌!」と声をかける。
「なあに?おかあしゃま」
とととと、と駆け寄る煌に、ルキアは「お着物のことだが」と煌の頭を優しく撫でた。
「お母さんはこっちの生地で作る着物の方が、煌にはとてもよく似合うと思うのだ」
「でもきらはあっちのがしゅきなの」
「だがな、煌が行く場所にこの着物はあまり合わないのだ……」
「心配すんな、何だったら俺も同じ生地で作るぜ?親子お揃いで最高」
「黙れド阿呆」
恋次の言葉を氷点下の視線と声で黙らせて、ルキアは煌に向き直った。
「お母さんは、この着物を着た煌が見たいな」
「うん、じゃあこんどねっ!」
無邪気に笑顔を向けられ、ルキアは困ったように首を傾げたが、それでも煌が不安に思わないように笑みを作る。
さてどうしよう、と内心頭を抱えたルキアの背後から、「その生地も素敵だけど」と優しい声が煌に向かってかけられた。
「おにいしゃま」
途端、煌の顔は輝いた。声の方へと飛んでいく。
「おかえりなしゃい、おにいしゃま!」
「ただいま、煌」
飛び付く煌を抱きとめて煉はその頭を撫でる。
煉は今年十歳になり、今は瀞霊廷の中の学校に通っている。品行方正、学力優秀な煌の自慢の兄だ。
煉はじゃれつく煌に微笑みながら、「その生地も素敵だけどね、煌」と途切れた言葉を繰り返す。
「僕はこの生地で作った着物を着た煌が見たいな。きっとすごく可愛いよ」
「……ほんとう?」
「うん。あっちの生地は、お父さんみたいな大きな男の人が着るとかっこいいんだ。煌は小さくて可愛いから、この薄桃色の着物の方が似合うよ」
「ほんとう?きら、かわいい?」
「うん。この着物きたらきっともっと可愛くなるよ」
「……こっちにしゅる」
驚くルキアと白哉の前で、煌は「きら、これにしゅる」と白哉が選んだ生地を手に取った。
「なっ……煌、お父さんとの約束はどうした?!」
「だっておにいしゃまが、こっちをきたきらがかわいいって」
ね、と抱きついたまま見上げる煌に、煉は「絶対可愛いよ」と笑う。
「ぜったいこれにしゅる!」
ほっと胸を撫で下ろすルキアと白哉、嬉しそうに煉に抱き付く煌、優しく煌の頭を撫でる煉、その中で一人恋次は「いいと思うんだけどなあ」と未練がましく昇り龍の生地を触り続けた。
おまけ。
「俺もこの生地買ってきて仕立てようかなあ」
「……そんな着物着たお前とは絶対一緒に歩かないぞ」
「何でだよ?最高じゃねえか、この色この柄」
「お前はその刺青だけで派手なのだから、着物まで派手にする必要はない」
「そうか?」
「そうだ。私が用意したものだけを着ていろ」
「まあ確かにお前が選んだやつ着てくと、周りに受けはいいんだよな」
「……周り?」
「ああ。六番隊の隊員」
「……女か?」
「ああ。……って何だよ妬いてんのか?」
「や、妬くわけないだろう!」
「だいじょーぶだいじょーぶ、俺はお前しか見てないから」
「な、何言ってるんだ!私は別に……!」
「はいはい」
「そのしてやったり顔はなんだ!」
「いや別に?俺は奥さんに愛されてるなー、と」
「ばばばば莫迦者!そんな訳……」
「ないのか?」
「………………………………………………ある」
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あとがきですー。
長女の名前は「煌」になりましたー。
煌は煉が大好きです。
白哉=恋次=ルキア<煉
という図式になっております。
いちゃいちゃ兄妹です。
元ネタ提供、MAKIさんです!ありがとうございますー!
「白哉伯父様と着物を買いに出かけるチビルキアたん。
ルキアと揃いも良かろうと上品な友禅を喜々と選ぶ白哉伯父様。
ちょいと目を離した隙にチビルキアたんの選んだ着物とは・・・!?
「昇り龍・・・・・・だと?」
西陣織の煌びやか、もとい、超ど派手な帯もセットです。
白哉伯父様の眉間には深い皺がっ!
「・・・・ならぬ!」
大好きな白哉伯父様に否定され、
ウワァァ-----。゜(゜´Д`゜)゜。-----ン!!!!なチビルキアたん。
結局、イイヨイイイヨ、ゴメンネと買ってしまう白哉伯父様なのでした」
このチビルキアがめちゃくちゃ可愛くて……その可愛さが書けなかった私……完敗……