小さなベッドに腕の中の温もりをそっと下ろし、ルキアはそっとその身体に布団を掛けた。一瞬、今まで包まれていた温もりを取り戻すように紅葉のような手が一度開いたが、ルキアが安心させるように布団越しに優しくたたくとそのまま手の動きは止まり、規則正しい寝息が聞こえてくる。
 暫くルキアは暗い部屋の中でベッドの中を見つめていた。その瞳に浮かんでいるのは、暗闇の中でもはっきりとわかる、優しく穏やかな光。
 その暗い室内を、金色の光が細く一直線に切り取った。
 扉から差し込む眩しい光にルキアは目を細める―――その光の中に立つ姿を見、出逢ってもう遥かな時が流れたというのに、未だに胸がときめく自分に気付きルキアは苦笑した。
「―――煉は?」
「今寝た。今日は昼間たくさん遊んだから、朝までぐっすりだと思う」
 ベッドの中を見遣ってルキアは微笑む。
 そこには紅い髪の小さな男の子がすやすやと眠っていた。髪だけではなく今閉じているその瞳も、開けば目の前の愛しい男と同じ色だ。
 恋次とルキアの愛の結晶。
 ルキア似の女の子を、という白哉の思いとは裏腹に、恋次とルキアの一人目の子どもは紅い髪と紅い瞳を持つ、見た目は恋次そっくりの男の子だった。
 自分と同じ色を纏った眠る息子を見下ろしながら、煉がこの世界に生まれ出た日を思い出して恋次は笑う。
 初産ということ、そして身体の小さなルキアはやはり陣痛が始まってから出産まで時間がかかった。けれどもその間中ずっと恋次がそばで付きっきりせいた所為か、ルキアは怖がることなく、陣痛と陣痛の間の痛みを感じない時間には、恋次に向かって気丈に笑って見せた。大丈夫、心配しないで―――そう微笑み再び等間隔で襲う陣痛の痛みに顔をゆがめ、きゅっと恋次の手を握り締めた小さな手。
 やがて小さな悲鳴と共に取り上げられた小さな身体、次いで元気よく泣き出した声―――その声を聞いてほっとしたのか涙を流したルキアは、今まで見てきたルキアの笑顔の中で一番美しかったと恋次は思う。
 そして小さな赤子を二人で抱きしめ、産室から普通病室に移ったルキアの元へ駆けつけた白哉が、ルキアのその腕に抱かれた煉を見て、恋次だけが気付く僅かな変化―――微かに顔が引き攣った、その白哉の顔を思い出し、恋次は小さく笑う。
「如何した?」
 笑う恋次に気が付き、ルキアは不思議そうに恋次を見上げた。それに「いや、煉は俺によく似てるな、って思ってよ」と返し、恋次は眠る煉の頬をつつく。
「姿はな。―――性格はどうやらあまり似ていぬようだが」
「ああ、それは言える」
 煉は大人しく全く手がかからない。同時期に母親になった他の者達に聞いて比べてみても、やはり煉は夜泣きも無く癇癪も無く、いつもにこにこと笑う大人しい子どもだ。もし性格までも恋次に似ているというのなら、とてもこんな大人しい赤子ではないだろう。
「煉はお前を待っていたぞ。ぱー、ぱー、ってずっと言ってたからな」
「そうか。煉、ありがとな。明日は1日ずっと一緒にいるからな」
 眠る煉の頭を撫でながら言った恋次の言葉に、ルキアが「休めたのか?」と嬉しそうに尋ねた。ここ最近六番隊はずっと忙しく、二週間ずっと休みがないままだったのだ。夜遅く帰って朝早く出勤する恋次の身体の調子を心配していたルキアはほっと安堵の溜息を吐いた。
 眠る煉の髪を優しく撫でながら、ルキアは小さく「夢見てたんだ……」と呟いた。
「こんな風に、お前と子供と暮らすこと。暖かい家族。毎日が幸せで、毎日が夢みたいだ……」
 ルキアに子供の頃の記憶はない。思い返せる最初の記憶に、家族というものはなかった。父も母も記憶の中には残っておらず、自分の両親を知っていただろう姉も既に鬼籍に入り、それを知る術はない。
「緋真さま―――姉さまの記憶もあればよかったのだが。ずっと私と離れたことを後悔していたと聞いた。最後まで、息を引き取る直前まで―――兄様に頼むほど」
 そうしてその遺志を継ぎ、白哉が自分を見つけ出し、朽木家に引き取られ、恋次と離れ、長い時が流れ、現世に赴き、捉えられ、恋次が総てを捨て、自分だけを選び手を差し伸べ―――想いを告げられ、想いを告げ。朽木から阿散井に姓が変わり、こうして二人の血を引く新しい家族が出来―――
「―――おかしいな。幸せすぎて……」
 浮かんだ涙を慌てて拭ってルキアは笑った。
 天涯孤独だった自分が、今はこんなにも幸せだ。
 親に抱きしめてもらった記憶はなくても、自分はこうして煉を抱きしめることが出来る。こうして心から煉を愛しいと思う。
 両親や姉、その家族の記憶はなくても、こうして恋次と煉と、新しい家族の記憶が出来る。
「ああ、何時までも座っていてすまなかったな。食事の支度をする間、風呂に入っていてくれ」
 帰宅したばかりの恋次は、真直ぐこの部屋へと来てくれたのだ。まだ食事も着替えも済ませていない。慌てて立ち上がるルキアを、恋次は優しく抱きしめた。
「恋次?」
 問いかけるルキアに応えず、恋次はただ静かに抱きしめる。暖かい胸、強い腕―――総てから護るように優しく力強く。
 その腕の中に身を任せながら、ルキアは微笑んで眼を閉じる。
 まるで父親のように、ルキアを包み込む大きな手。
 父親のように、兄のように、ルキアを抱きしめる強い腕。
 恋次にはきっと自分の考える事は筒抜けなのだろう―――そう考えると、ルキアは再び溢れる涙を、今度は隠そうとはしなかった。じっと恋次の腕の中でその温もりを感じている。
 そうしてしばらく恋次の胸に顔を埋め、やがてルキアはゆっくりと身を起こした。照れくさそうに微笑み、「ありがとう」と小さく呟く。
 言葉の変わりに返ってきたのは、頭を撫でる恋次の手だった。







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「すっかり遅くなってしまったな。すぐ食事を―――」
「食事は後でいい。一緒に風呂入ろうぜ。お前もまだだろ?」
「え?あ、まあまだだが……」
「という訳でここからは恋人モードで」
「…………」
「この二週間分。朝まで眠らせねえから」
「……いや、それをされると……煉の世話もあるし」
「大丈夫大丈夫。俺がきっちり世話するから、お前は安心して体力を使い切れ」
「いやほら、お前も疲れているだろうし」
「心配すんなって、大丈夫だから」
「いや心配してるのは私の体力っ……ん!」
「さ、二週間分の愛を語るには夜は短いぞ。急げルキア」
「………本当にお前は……」
「あ?」
「心底私を愛してるんだな」
「当たり前だろうが」
「……私も愛してるぞ」
「愛してるぜ、ルキア」





 

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