「素直に運命を受け入れるピョン」
「そんな運命なんざ知らねえ!俺の運命はルキアだ――っ!!」
 その恋次の一言を聞いてチャッピールキアは、む、と眉を顰めた。
「そんな筈は無いピョン。恋次が私の運命の人だピョン」
「何を根拠にそんな自信たっぷりに言いやがる!」
「だって私の胸はこんなにどきどきしてるピョン」
 チャッピールキアは恋次の手を取ると、つ、と自分の胸に押し当てた。
「う……」
 やわらかい。
 視線を落とせば、精巧に創られたルキアと同じ顔と身体の義骸。
 ルキアの顔で、少し哀しそうに、チャッピールキアは恋次を見上げている。
「こんなにどきどきしてるピョン。私は恋次が好きなんだピョン」
 その声も、ルキアと同じ。
「……今の台詞、もう一回“ピョン”抜きで言ってみ?」
「私は恋次が好きなんだ」
 恋次の声が微妙に変わったことをチャッピールキアは気付いたのだろう、即座にそう応えて、うるうると潤んだ瞳で恋次を見上げた。
 それに対峙した恋次はすっかり夢見心地で、今のチャッピールキアの言葉を噛み締めている。
「ルキアが俺を……ルキアが俺の事を……!」
 拳を握り締め天を仰ぎ、星 飛雄○のように滝のような涙をその目から溢れさせ、男泣きに泣いた。
「お前がいないとだめなんだ、って言ってみ?」
「お前がいないとだめなんだ。……私にはお前が必要だ」
 心得たもので、チャッピールキアはアドリブまでかました。もう一押し、とチャピールキアはぎゅっと恋次を抱きしめる。
「どうだピョン?私が運命の相手だピョン?それを認めればこの身体は恋次の思うがままだピョン」
「はう……っ!」
 瞬時に脳内に展開したピンク色のワンダーランドに、思わず恋次は鼻を押さえた。
「じゃ、『イタズラしてv』って言って……」

「いい加減にしろこのド阿呆ゥ!!」

 ルキアの身体が円を描いた。
 その遠心力を利用し高く振り上げられた足は、綺麗な弧を描き。
 それは空を切り裂き、唸りを上げ―――
 恋次の脇腹に見事にヒットした。
 みし、と骨の軋む音がこだまする。
「……ローリングソバット……!」
 一護の口から感嘆の溜息が漏れた。
 恋次は天国から一転、地獄へと吹っ飛んでいく。
 比喩の通り身体は遥か遠くへ飛んでいき、派手な音を立てて地面へと叩きつけられる。
「この変態!何を考えているのだ莫迦者!!」
 憤るルキアの横を、チャッピールキアが走り抜けていく。「恋次!」と名前を呼び、白目を剥いている恋次の身体をかかえると、「しっかりするんだピョン!」と、ぎゅうと抱きしめた。意識は無いものの、チャッピールキアの抱き寄せるままに、その胸に顔を埋める恋次を見てルキアの表情が凶悪なものへと変わっていく。
「こら、お前も莫迦な事を言ってないで恋次を放せ」
「莫迦とは聞き捨てならないピョン。恋次は放さないピョン!」
「……お前……」
「いくらルキア様のお言葉でも聞けないピョン!私は恋次が大好きなんだピョン、愛してるピョン。運命の相手だピョン、離れるなんて出来ないピョン……!!」
「恋次はそんな事思ってない!……、と思うぞ」
「思ってるピョン!恋次だって私のこと好きだピョン!恋次の運命の相手は私だピョン!恋次が好きなのは私だピョン!」
「違うぞ、恋次が好きなのはわた……っ……ほ、他の誰かだと思うぞっ、だから恋次を放せ!」
「大体ルキア様がそんな風に言うのはおかしいピョン。私が恋次と一緒にいるのがイヤみたいだピョン」
「そ、そんな事はないぞ」
「なら何の問題もないピョン」
「……ダメなものはダメだ!理由なんてどうでもいいだろう、とにかく恋次を放せ!」
「……もしかしてルキア様は恋次が好きなんだピョン?」
「そ、そんな事ある訳無いだろうっ!」
「ふーん?」
 チャッピールキアは疑いの眼でルキアの顔をじっと見る。その視線を避けるようにあらぬ方を見遣るルキアは、次の瞬間「あ―――――っ!!!」と絶叫した。
 チャッピールキアの唇が、恋次のそれへと近付き重なろうとしている。
 瞬歩もかくや、というスピードでルキアは一気にチャッピールキアと恋次に近付くと、ばっ、と二人の唇の間に手を入れる。
 同じ顔の女同士が睨みあう。
「……やっぱりルキア様は恋次が好きなんだピョン?」
「ち、違うぞ!私と同じ顔の義骸でこんな奴と、せ、接吻して欲しくないだけだっ!!」
「なら、私が違う義骸に入れば問題ないんだピョン?」
「ダメだ!」
 睨みあう二人の下で、「うううん」という苦しげな声がして、チャッピールキアは「仕方ないピョン」と呟いた。
「こうなったら恋次に決めてもらうピョン。恋次が選んだ方が、恋次の運命の相手だピョン」
「……う」
 ルキアは唇を噛み締めた。
 先程の恋次の様子からすると、チャッピールキアに分があるような気がする。
 今まで何の想いも伝えず、それどころか照れから来るものとはいえ冷たい態度を取り続けたルキアと。
 身体を自由にしてもいい、とまで言い切った、ルキアと同じ顔、同じ身体の義魂。
 恋次が選ぶとしたら……。
 先程はチャッピールキアの提案に乗りそうになっていた事だし。
「恋次、起きるピョン!」
 チャッピールキアも自信があるのだろう、起こす声も揺ぎ無い。
「んん……?」
「恋次、私がわかるピョン?」
 ぎゅ、と抱きしめると、恋次の瞳が陶然となっている。自分がルキアの胸に埋もれているこの現実に、再びピンク色の極楽へと舞い戻ったようだ。その恋次を見て、ルキアは視線を逸らす。
 恋次は未だ意識が朦朧としているようだ。そんな状況の中、チャッピールキアは恋次の耳元に甘く囁く。
「恋次はどっちが好きだピョン?」
 ルキアは思わず目を伏せ、
 チャッピールキアは勝利を確信して笑みを浮かべた。


「ルキア」


「……え?」
 間髪入れずに返された返事に、チャッピールキアは思わず呆けた。
「ちょっと待つピョン!私の間違いだピョン?私を選んだら、この身体だって恋次の思う通りに……っ!」
「いや別に身体だけが好きなわけじゃねーし」
「顔だってルキア様と同じだピョン!」
「いやだから顔で好きになったわけじゃねーし」
「ルキア様は恋次の事好きじゃないピョン、なんとも思ってないピョン!」
「知ってるっつーの、傷つくからはっきり言うな」
「…………あんまりだピョ――――ン!!!」
 うわああああん、と手放しで泣き始めるチャッピールキアに、恋次は何事かと飛び起きた。
「な、何だ一体」
 ようやく頭がすっきりしてきたのか、首を左右に振りながらそう尋ねる恋次の目の前の二人、ルキアが何となく赤くなったままそっぽを向いてる理由と、犬も食わない何とやらな恋次とルキアの今の一幕を見せられて少し脱力している一護の理由がわからなくて、恋次は再び首を傾げた。





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