一護が恋次の病室に見舞いに……というより暇潰しに来たのは、あの長かった一日、あの日から二日後の事だった。
 既に一護が全快しているのは、織姫がつきっきりで治療を続けたせいと、その織姫の治癒能力の高さの所為だろう。一護の身体にはもう何処にもあの大きな怪我の名残りは無い。
 対して恋次は、動けるようにはなっているものの、その上半身にはまだ包帯が残っている。特に右腕右肩の怪我は酷かったらしく、まだなるべく動かさないようにと四番隊隊員から言われていた。
「まだ退院できねーのかよ、軟弱な奴」
「黙れテメー。一体何しに来やがった、来るなら手土産くらい持って来い!」
 憎まれ口の応酬を暫く続けている二人の耳に、遠慮がちにノックの音が聞こえて、一護とのバトルで熱が上がっていた恋次は「勝手に入れ!」と怒鳴った。
 その声に、躊躇いがちに扉が開かれる。穏やかな光が病室に差し込み、そしてその陽の光の中に、俯き加減のルキアが立っていた。
「ルキア?」
 一護の声にルキアは驚いたように顔を上げる。ここに一護が入るとは思っていなかったのだろう、ルキアは僅かに気まずそうな表情を浮かべて「一護、もう動いて大丈夫なのか?」と返した。
「ああ、どっかの軟弱野郎とは違うからな」
「その軟弱野郎ってのは誰の事言ってんだ?」
「お前だお前」
「んだと、今ここできっちり勝負つけてやるぞコラ」
 いきり立つ恋次を流して、一護はルキアに「恋次に見舞いか?」と問いかける。
「あ、ああ……」
 ルキアは暫く出直すかどうか悩む様子を見せつつ、暫くして思い切ったように「すまなかった」と深々と頭を下げた。
 あ?と呆ける二人に、ルキアは頭を下げたまま、
「私の所為で、お前に……お前達に、こんな怪我を……本当に、どう詫びていいのか……すまない、本当にすまない……」
 重い表情で、思い詰めた表情でルキアは頭を下げる。その目は泣きそうに潤んで、今にも涙が零れ落ちそうだ。
「ル……」
「莫迦か、お前ぇは」
 一護が何か言うよりも早く、恋次がぶっきら棒に答えた。
「俺が怪我したのは誰の所為でもなくて俺自身の力が足りなかった所為だし、大体お前何か勘違いしてねーか?別に俺はお前を助けになんか行ってねーぞ。一護の野郎と決着をつけに双極に行ったら、こいつがお前を放り投げてくるもんだから、仕方なく受け止めてよ、それからなし崩し的にお前と一緒にいただけでだな……」
 恋次はそこで言葉を切ると、意地悪そうに笑った。
「ん?何だお前、もしかして自惚れてねーか?俺が全てを投げ打ってお前を助けに行ったとかよ?」
「だ、誰が自惚れてるか、莫迦者!」
「そおかあ?全部自分の責任、みてーに思ってるって事はよ、怪我人全てがお前を助けるために命掛けたって思ってんだろ?私は皆に愛されるお姫様よーとか思ってんだろ、うわ、すげえ自惚れ!最悪!自意識過剰!世界中の男は自分に惚れる、とか思って……」
 ぱあん!と甲高い音が響いて、同時に恋次の頬が熱くなり恋次は口を閉じた。目の前に唇を噛み締めたルキアが居る。
 容赦ない平手打ちを恋次の頬にお見舞したルキアは「黙れ、この莫迦!」と怒鳴った。対して恋次も「何しやがる、手前!」と怒鳴り返す。
 怒りに全身を震わせながら、ルキアは恋次を睨みつける。何度か口を開いて何かを言いかけたが、ルキアは両手をぎゅっと握り締めてその言葉を封じ込めた。
「お前はずっと入院してろ、莫迦!もうお前なんか知るか、二度と来ないからな!いやもう二度とお前なんかに会うもんか!莫迦阿呆間抜け変態面白眉毛!」
 ばんっ!と入ってきた時とは正反対に乱暴に扉を叩きつけて病室を出て行ったルキアを見送って、一護は「お前なあ……」と呆れたように呟いた。
「ルキアに責任を感じさせないように気ィ使うのは解るけどよ……もうちょっと言い方があるだろーが」
「あ?何寝言言ってやがる手前。そんな気なんざ使っちゃいねーよ」
 ふん、とふんぞり返る恋次を、一護は再び呆れた顔で見遣る。
「素直じゃねえなあ」
「うるせー」
「ルキア、泣きそうだったぜ」
「……うるせー」
 暫く恋次は黙り込むと、「……そういやさっき、検査があるとかで呼ばれてんだ、俺」と唐突に言い出した。
「いーか、お前はここで待ってろ。この部屋から一歩たりとも外へ出るな」
「解ったよ、さっさと行って来い」
 ひらひらと手を振る一護に、何か言いたそうに恋次は睨みつけたが、「早く行けって、検査遅れるぞ」という一護の言葉に何も言わずに外へ出る。
「本当、素直じゃねえなあ」
 開け放した窓から広い庭が見える。病人の心を慰めるためだろうか、綺麗に整えられた庭園の木々の間を、すごい勢いで歩いていくルキアが見える。
 そして、その後を追う赤い髪の素直じゃない男が一人。
 追いついた恋次は、ルキアの腕を掴んで引き止めて、何かを言っている。ルキアはまだ怒っているようだ、ここからでも恋次に向かって何かを言い募っているのが解る。
 意地っ張りなルキアと強情な恋次。
 この二人が互いの想いを素直に伝え合うことなど出来るのだろうか。
 ……それはかなり難しいと思う。
 奇跡でも起きない限り。
「……そうでもないか」
 いつの間にか二つの影が一つに重なり、見下ろす景色の中、大きな木の下で、穏やかに風が吹き抜ける木々の間で、恋次がルキアを引き寄せ抱きしめている。
 一護は「やれやれ」と呟いて、見ていることを照れ屋な二人に気付かれぬよう、病室の窓を静かに閉めた。
 






この話は次の「Classic」に続いてますので、そちらもぜひお読みください!




白と黒の狭間」のRINKOさまが、続きの創作を書いてくださいました!

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