[75] エヌジアズ17。
08/24(Sun) 14:05:16 えせばんくる

 水蛍はいつ見てもキレイだねぇ…。
   まだ森が生きてるって証拠だよ。

『あ、でも水蛍が出るって事は…』
『…事は?』
『やばいねぇ…あれがでるよ、あれが』
 キシシと全然にやばそうでない笑顔を浮べる子どもリズ。
―――あれ…?
 自分の記憶の綱を辿ってみるが水蛍と“あれ”とが結びつく紐がみつからない。というか水蛍を見たのもこれが初めてだったのだが。
「何かやばいのがいんのか?」
『いるいる、あ、丁度ほら、その茂みの辺りにいらっしゃる』
『ぇえっ』
 するとリズはすくっと立ちあがり紫闇に手をかす。
『立てる?そろそろ3バカ君たち迎えにいかないとね。多分あれを相手にするの、無理だろうから』

 ガササっ

『きたきた。ほれ逃げるよっ』
 サプリは先を行くリズを追いかけながらも一度後ろを振り返った。
 想像とは裏腹に、そこにいたのは小さな生物がひい・・ふう・・みい。計3匹ほど。自分達を追いかけてきているようにも見える。
 両手で支えられそうな大きさのそれ。毛並みはふわふわとしていて目もつぶらで可愛い…。
『あれ、危険なんですの?』
 どうみたって天使のような生物なのだが…。
『ぁー、ちなみにあれ、肉食』
『はぁっ!?』
 リズいわく、“あれ”は水蛍を主食としているらしい。
 この時期になるまでしばらくの間冬眠し、水蛍の羽化と同時に目覚め、土からエサを求めはい出すのだそうだ。
『この暗闇だからね、水蛍を見つけるのなんてたやすいんだよ。でも水蛍も食べるけど、人間も大好きだから』
――気をつけないと頭からバリバリ食べられちゃうよ。なんせ相手は獣だからね。



[76] Re:エヌジアズ17。



 その頃の3バカ君たちはというと。
『バカ野郎やめろっ』
『あー坊動くんやないっ!!メーさんしっかり押さえとってやぁっ』
――なんでこんな事をしているんだろう。
『あーぁ、逃げてもうた。ハル坊が暴れるからやでぇ』
『うっせぇ!!てめぇが人様の頭に水蛍大量にとまらせっからわりぃんだろっ!!』
 もうメーさんと呼ばれている事すらなんとも思わないや。
 疲れた。
『せやかて坊の頭、暗闇によぉ映えとんのやもん。つい“でこれーしょん”しとーなったんよ』
『“せやかて”じゃ、ねぇーっ!!』
――なんでこんな…。

 ザザザザザっ

『『『!!』』』
 辺り一帯にはまた静寂が戻る。水蛍はまだあちらこちらを悠々と飛びまわっている。
『なぁ、なんかいるか?』
――さっきまで無かった匂い。
『さぁ?わて、魔力あらへんからなんとも・・』
 そうやって3人が話ているとふいに草むらがざわめき、その中から一匹の何かがハル目掛けて飛びかかった。
 
 バキャっ
『ぃぃっ・・・っ!!!?』

 どさぁっ
『・・・ってぇぇぇぇっ!!!』

 急に後頭部に走る痛み。足元に落ちた何か。
『なんだぁっ?』
 拾い上げるとそれは脇差。刀が鞘に収まったまま飛んできた。
『オイっハルっ。なんやけったいなもんがおるでっ!!!』
『ぁ゛あ゛っ!?』
 その指差す方を辿って行くとそこには一匹の小さな獣。
 つぶらな瞳に生え揃った牙、爪。
「おまえら大丈夫かっ!!?」
 脇差の飛んできた方からも何か出てきた。どうも見覚えがある。聞き覚えがある。
『紫闇っ!!!いてぇよっ!!』
「すまんそれしか手頃なものが・・・」
――てか助かっただろっ!?
『だからって・・・』
 抗議しようとした矢先、リズが珍しく間にわって入った。
『ちょっとストップ、まずは逃げるが勝ちだよ』
――て行ってもホントに逃げきれるかどうか。
『何?あれ』
 今まで疲れきった顔で一言として洩らさなかったメルシーが、その奇妙な生物に興味を示す。
『後で説明するっ、今は逃げるよっ。こっちっ!!』
 目指すは我等の休息の地――ディスポリス。



08/24(Sun) 17:12:16 えせばんくる
[77] Re:エヌジアズ17。

―――蒼き龍。
それが奴の名である。
本当は違うかもしれない。
しかし、皆はそう呼ぶ。
優雅に流れる髪、それをなびかせ
凛ととして佇む。
しかしトウジはそれが“消える”のを見た。
何時の事であったか。
たぶん、あれは逢って2回目の頃。
その場を、見た。
それは偶然、目標が同じ奴に当てられていた時。
俺はその頃、興味本意でとある奴を殺そうとしていた。
―――興味本意で。
首を取ってやろうと思っていた。
その一歩手前で。

奴と出逢った。

笑みを薄く浮かべた口元。飄々とした足取りである。しかし
目標を目の前にした時、奴の動きは相反するものだった。
抵抗がいとも簡単にかわされる。
陽炎。
トウジは一瞬そうとも思った。
しかし、違う。
あれは残像である。
気配がその動きについて行けていないのだ。
相手を押さえ、首に一撃。
相手は一度呻くように手先をひくひくと動かしたが
それ以降、血泡を吐いて息絶えた。
――殺すのは俺の方が上だ。
しかし、あの動きは・・。
トウジの興味はその瞬間から奴へ変わった。

蒼き龍

空を切る蒼い龍の如く―――か。
そう一つ思いながらも目前に視線をやる。
あの気配である。
『と、いう訳なんだが聴いていたかい?トウジ君』
これで3回目の遭遇。
『君の得意分野じゃないかい?』
殺しだよ、そう蒼龍は云う。
「トウジ君、そんな所に居ないでこちらにおいで」
蒼龍と言葉を交わしていたシキが手招きをして闇を見据えた。街灯の光の届かぬ道の闇に隠れるようにしていたトウジは二人の居る場へと抜け出た。

――名は“雨月”。

「しゃれたもんだね」
雨夜の月かいとシキは云う。
また、彼はくすりと笑みを残すとふと
消えてしまった。
空を切る。風を裂く。
闇に解けるのでもなく、忽然と。
トウジの前にはうねり騒がしく対流する風と
気配だけがその場に残った。



08/25(Mon) 15:01:18 メケ太
[78] Re:エヌジアズ17。

 惨殺劇、と呼ばれるような風景が有る。
 そこはまさにその言葉がピッタリと当てはまるような状態であった。
 場所はアデューク大陸のクレイン。小王国イーザに近い街で、勿論海も近い。転移陣が置かれている街の一つであった。
 しかしそこにはつい先日まであった小さいながらも華やかな商業都市としての面影はない。
 人々の血と人そのものの体が無残に散らばっていた。
 転がる死体の傷はどれも、一発で致命傷になるようなものではない。
 じわじわと身体の力を奪っていくような、それ。
 腹部に腕の太さほどの穴が開いていたり、顔を刻まれ足を切り落とされていたり。
 どれもこれも残酷に、滅茶苦茶にされている。
 その街の中心に、一人の男が立っている。
 長い黒い髪は風に踊る。
 青年は自分の血に濡れた両手を見つめ、不気味に笑い出す。
 顔についた返り血もまるで気にしていない。


 その瞳に光るのは、狂喜の光。

 彼は小さく呟く。



 ――――早く来いよ


 声は空気に溶け、彼自身もまた霞のようにその場から消えた。



08/25(Mon) 21:00:05 闇空鴉擁躬
[79] Re:エヌジアズ17。
『あれァ、見れたもんじゃあねぇな』
何か深刻そうに顔を歪めて馬喰の親爺はヘェと息を付いた。
『世も末だねぇ』
それに受け答えたのは無地の萌黄色の小袖に同色の絽を羽織った、やや年長じて年季奉公に入ったかとも思われる流れ興行である。
この男、名を弥太郎という。
『だとよぅ。どうするね』
リズとやら、と云い弥太郎は馬車の奥方を除いた。
木の安っぽい馬車の奥にハル達はぐったりともたれ座っていた。あの後、ハル達は走り出したは良いがすぐにも紫闇が酷い苦痛を訴え倒れこんでしまい、森を抜けてからは立ち往生となっていたのだ。そこを街移動していた弥太郎の馬車に拾われたのだった。運が良いとしか、言いようがない。皆はほっと胸を撫で下ろした。ユネは紫闇を抱え森を走っていたから息も絶え絶え足をガクガクとさせて歩くのもやっとであったし、ハルもメルシーも同様で手を付いて肩を揺らしていた。リズは持ち前の体力でどうにかまだ大丈夫で、サプリも軽く空中浮遊で移動していた為に平気であったのだが、この状況では一度足止めすることは明白であった。夜は危険である。しかも何もない道端で疲労を抱えては先がなかった。馬車に乗ってからは場が安定したお蔭か紫闇の様態も段々と良くなっていくようだった。話をするとこれでイーザまで送ってくれるという話であるし後はそこから転移陣のある街まで渡れば良い。やっと、全ては落ち着いたのである。
―――しかし。
例によって問題が生じた。
例によってというところが悲しいものである。一同が塚の間の休息とうつらうつらとし始めた頃だった。
長途の道であったため一時の休憩に入り、道交許の端に馬を止めていた時の頃、2頭の馬を引き連れた一人の馬喰が話しかけてきたのだ。どうやら街帰りらしいが、様子が怪しかった。
――襲われたんだよぅ、と関を切る。
ハル達は訝しげのその話を聞いていた。
――街一帯がやられちまった。
街全体、民達が虐殺にあった。
ハル達は耳を疑った。そしてリズはさらに目を見開いた。
そこは彼の云う商業地、クライン。
ハル達が目的としていた地だったのだ。
『街の・・街の状況はどうなんですか?』
リズは馬方に近寄り馬喰の話を聞いた。
どうやら被害を受けたのは街の民達であるだけで建物の破壊などはなかったという。
『なら・・移転陣は使えるんじゃないかな・・』
メルシーがそう首を傾げるが、もう騒ぎが大きくなっているため立ち入りすら困難であるだろうと可能性は薄かった。



08/29(Fri) 10:21:22 メケ太
[80] Re:エヌジアズ17。

「どうするったってなぁ・・」
ハルはそう独り言ち溜め息を吐いた。
どうしようもあるまい。
『まぁ、目的あっていくわけやなしに。しゃあないと思っとくしかあらへんな』
そうユネは切り捨てるようにいった。手を頭の後ろに組み、壁にもたれ掛かるが、その表情は胸糞悪そうに眉間に機嫌の悪いそのものだった。
――住民虐殺。
確かに良い話題ではない。
金品が盗まれたわけでなく、女、子供が浚われたわけでなく、ただ、惨殺だけという犯行。
何とも悪趣味な話である。
『可哀想にねぇ。何人かはこう、それこそベットの下にでも隠れてたんだろうなぁ。生き残っていたらしいよ。子供が何人かみつかったらしいぜ。けど、あれはもう親も何もあったもんじゃぁないよ。あんだけ殺されて血ィ見てんだい。生きてたって頭、可笑しくなっちまうよぅ』
馬喰と馬方の話は続く。
リズももう奥に引き下がり、一同は静としてその洩れた話を聞いていた。
『星はついてんのかい』
『いんや、そこまでは聞いてねぇ。然し見当はつく――』
―――あれは夜行だ。
『あぁ、夜行一味かい。そういやぁ、数ヶ月前から音沙汰なかったもんなぁ』
また現れやがったかい、と馬方は舌打ちをした。
『夜行・・?』
サプリは訝しげに顔を歪めた。
『なんだ。お嬢ちゃん知らねぇのかい?まぁ所詮、風聞で色んな風に呼ばれてるらしいがねぇ。羅刹団やらサイコパスやら・・確か都では〈地球虐殺〉――』
――ジオサイドっていうねぇ
「はぁッ!?」
いきなり裏で項垂れるように待機していたハルは声を張り上げた。サプリは不覚にも大きく肩を張り上げてしまった。
『な・・大きな声だすんじゃありませんわよッ』
『おぉ、そっちのは知ってるかい。今じゃぁ名高いものねぇ。もっとも如何わしいもんだが・・』
そういって弥太郎は懐から煙管を取り出した。
その様を見ながら、または何処を見ているか知れない状態でハルは前のめりになりつつ硬直していた。
『ハル・・?』
メルシーが気を使うがハルは生半可な言葉で答えるだけだった。
『・・なんだっていうのよ』
サプリは馬車の中に漂う伊草の煙をしかめた顔で見ながらそう言葉を吐いた。



08/29(Fri) 10:47:35 メケ太
[81] Re:エヌジアズ17。
―――ジオサイド。
主にそう呼ばれているが正式な名もおろか、その正体すら詳しい所は知られていない世界的な犯罪グループである。否、グループであることも予測でしかない。ただ、その大規模で巧妙な技術の為に複数犯だと思われているだけであるのだ。活動は賊からメディア面のクラッシュなど様々であり、今回のような虐殺も多々あった。世界的に希少価値の高いとされるルセンの民を滅した話は有名である。
奴等ならやりかねんわい、と馬喰はしわくちゃの顔に更に皺を寄せる。
犯意など、はなっから判りはしない。
口々に云う声もやがて途絶えると馬車はまた静かに動きだした。



08/29(Fri) 10:54:20 メケ太