[52] エヌジアズ14
07/12(Sat) 21:12:19 闇空鴉擁躬
くつくつと、不気味に喉を鳴らしてアークは笑った。
突然誰にも気付かれずに現れた、謎の男。
彼の言う“あいつ”が誰かなど、皆一様に感づいていた。
同じ、耳飾。
似たように――まるであつらえたかのように――創物のニ神からとられた名前。
『――貴様、一体何者だ?』
疑問の全ては言わないで、端的に紫闇がそう言った。
だが相手は相変わらずな態度のまま。
ただし彼は疑問の真意を理解している。
たまには、素直に答えてやってもいい
「俺か? そうだな。お前等が“リズ”とか呼んでる奴の片割れ……まぁ、双子ってやつだろうな。あと、そこの白髪のガキと赤髪の男」
ぼーっとしていたハルとメルシーは、指をさされてはっと反射的に身体を強張らせた。
あからさまに、憎しみのこもった視線。
「…特に、赤髪のだな。お前等から、特に“におって”やがる」
ぎらり、とその黒い瞳が憎悪の光に輝いた。
背筋の凍るような、凶悪な視線。
ぞっとして何も言えない一行になど目もくれず、アークはそのまま颯爽と背を向け歩き出す。
それから思い出したようにふと止まり、声をあげた。
「そうだ。貴様等、俺を不機嫌にさせついでだ、いい事を教えてやる。この沼は底無しだから、回りこまないとあそこには辿り着けねぇ。それと行くまでに罠もけっこうある。それがどうにかできなきゃぁ、到着する前に命神グィディランにご面会だぜ?」
また合う時がありゃぁ、またな。
捨て台詞ととみに手をひらひらとさせて、彼は気配さえ残さずあっと言う間に森の中へ消えてしまった。
[53] Re:エヌジアズ14
『…っだよアイツは!気分悪ぃなぁ…』
ざく、ざく、ざく
『私は…』
『あーもう!いちいち気にすんなよな、メルシー』
『………』
がさ、がさ、がさ
『にしても、何者やったんやろな。
リズと知り合い…っちぅか双子とか言うてたけど』
『もしも双子だとしたならば、まず間違いなく二卵性だな。
見た目が似てなさすぎる。』
ぐちゅ、ぐちゃ、げちょ
―――――確かに。
その瞬間、一同の心はまさにひとつだった。
肌の色、髪の色、体格、何から何までリズと“似ている”とは言い難かったあの男。
『てか、あいつ俺らがどこに向かってるか、知ってるっぽくなかったか?』
黄灰色の沼の岸を難儀しつつも進みながら、ハルが誰ともなく問うた。
“この沼は底無しだから、回りこまないとあそこには…”
『…そういえば、そうだね』
メルシーが静かに同意を示す。
『行くまでに罠がある、とも言っていたし…
そもそもこの地図もリズがくれたものだ、やっぱり彼はリズと何か関係があるんだろうね』
手の中の古ぼけた地図。
わざわざ魔力で隠してあったようなモノだ、記されている場所もそれなりの場所のはず。
その場所のことを知っていたのだから―――アークは。
『…しかし酷いな…』
紫闇が顔をしかめて辺りを見回す。
樹木と沼と、異様な臭気。
アークが去って再び歩き始めた辺りから、何やら嫌な匂いが立ち込めているのだ。
『なーんか出そうやな〜』
『馬鹿言うなよ…』
あっけらかんと言ってのけるユネに、少々呆れ気味に紫闇がため息をついた。
『これ以上何か出てきたら、いつまで経ってもリズのところには―――
――――――……?』
ふと紫闇が空を仰ぐ。
神経の先に何かを感じ取った―――周囲、どこかに…
何か、いる?
07/12(Sat) 22:00:27 うさぎばやし [Mail]
[54] Re:エヌジアズ14
“人”なのか“動物”なのか“生物以外の何か”なのか…。
臭気が蔓延している事が原因なのか、それともこの森自体が神経を鈍らせる効力を持つのか分からないが、近づきつつあるモノの識別がうまくいかない。
黙ったまま視線を巡らす。第六感で分からぬのならば五感をフル活用すればいいだけの話だ。
その紫闇の行動に気付いたのか、メルシー、ユネ、共に身を強張らせた。
ハルは自然と野生の本能とやらで既に感づいていたようだが…。
『何かいるな…』
「ぁあ…」
ハルの独り言に近い呟きに紫闇が返答する。
――同感だ。
丁度臭気に顔を歪めた二人の意見が一致した瞬間の事だった。奴が姿を現したのは。
ガサッ
そこに姿を現したのは…人の形をした…何か。
“何か”、このような表現を使ったのには理由があった。
何せまだ“姿”自体が見えてないのだ。断定はできない。
だが人形(ひとがた)と思えたのはその“影”からだった。
藪(やぶ)…よりは高めの、人が丁度隠れる事の出来る高さのそれから一本の薄い陰がのぞいていた…。
『罠なのか、迷い人なのか…』
「来るなら来やがれ」
『返り討ちにしてやらぁっ』
『……いや、まだ敵って決まったわけやないから…』
07/12(Sat) 23:04:44 えせばんくる
[55] Re:エヌジアズ14
――構え。
物理攻撃でも魔法攻撃でも、最小限のダメージで済むように。
各々、出来る限りの戦闘態勢をとる。
しばらくの間、影もハルたちも動かなかった。
『…――!魔力の…』
突然、紫闇が小さく呟いた。
流れが。
普段から大気中に存在する、微弱な魔力の流れが ぐい と捻じ曲げられた。
そして、力任せに変えられた魔力の流れに、更に違う魔力――おそらく術者のもの――が加えられ、一気にハルたちに襲い掛かる。
『―――散れ!』
紫闇の怒鳴り声を合図に、ハル、紫闇、メルシー、ユネはばっと四方に散った。
そして彼らがいた場所に、塊と化した魔力の流れが勢いよくぶつかって―――
ぽむ☆
ピンク色の煙を出現させた。
『はっ…?』
てっきり爆発でも起こるかと身構えていた紫闇は、思わず間抜けな声を出した。
ちらと周りを見ると、似たような表情をしている者もいる。
『何やこれ』
『俺が知るか』
ユネがハルにたずねるものの、一蹴されている。
『魔法で出したモンだってコトはわかるぞ』
『そないなこと、今ここにおったモンやったら誰でもわかっとるわ…』
ピンク色の煙はゆっくりと薄れていき、やがてかつての静寂が辺りに戻ってきた。
ハルがんんん?と目をこらす。
例の影は未だ動かず――――否、微弱に震えている…?
次の瞬間ガササッと乾いた音をさせて、藪が揺れた。
「何っっ…で避けるのよ、このアンポンタ――ン!!」
今となっては懐かしい言葉と共に飛び出してきたのは、一人の少女。
黒基調のレースまみれのワンピースに身を包み、小脇にうさぎのぬいぐるみを抱えた…少女だ。
おおよそこのような場所には似つかわしくない。
呆気にとられている一同の中から、ハルが大股で歩き出た。
『さっきの魔法やったのお前か? ガ キ 。』
『ガッ…!?…だったら何だっていうの、 白 ア タ マ 。』
『白あたッ…!?』
確かに、少女の年齢はハルより幼く見え、ハルの髪の毛は白を基調とした不思議な色合いをしている。
『俺様はなァ、そんな名前じゃないっ!俺様は…』
ばたばたと、手近にあった大きめの石の上に登るハル。
『世界で一番知られている超〜大人気ボーイ、ハ〜ル様だぁ―――――ッ!!』
『…久々に聞いたな、アレ』
『そうだね…』
『そうやな…』
遠巻きに見つめる紫闇、メルシー、ユネ。
彼らは最早、呆気にとられている・というよりは…呆れ返っている。
そんな彼らをよそに、少女はハァ!?とハルを睨みつけた。
「何言ってんのアンタ…馬鹿じゃない?」
『何だと!?このハル様を馬鹿にしやがったなっ』
「えぇしましたわよ〜
本当は男なんて馬鹿にするにも値しないほど可愛くない存在なんだけどねぇ?
―――と、隙ありぃぃッ!」
ぽひゅん。
うりゃあ、とばかりに唐突に、少女が魔法を発動させた。
何も準備をしていなかったハルは、ゲッとした表情で固まる。
(『やべ…!』)
…。
………。
『あれ?何にも起こんねーぞ…』
「起こってるわよ」
少女がフン、とそっぽを向いた。
と同時に、背後から押し殺したような笑い声が聞こえる。
『ぷ…』
『くく…』
『あーっはっはっはー!何やアレ!』
約一名は押し殺すつもりもないらしい。
『一体何だってんだ!』
その笑い声にムッときたハルは、ぐりんと振り返って仲間に問う。
紫闇がくすくす笑いながら、ハルの頭を示した。
『ハル、頭…頭の、うえ』
『…?
――――――っいぃ!?何だこれっ!?』
そこには、それはそれは可愛らしいウサ耳がついていたのである。
少女は得・br>
07/13(Sun) 23:05:51 うさぎばやし [Mail]
[56] Re:エヌジアズ14
少女は得意万面といった様子で、ハルに向かって穏やかーに微笑んでみせた。
「それで少しは可愛らしくなったわよ、白ウサギさん」
『この…っ…早く戻せ!』
「イヤよ。何であたしが男の言うことなんか―――」
言いかけて、はた、と少女はハルの背後に目をやった。
じぃぃぃぃぃぃー…
(…あれって…)
少女が見つめているのは――――夜の色の髪を持つ、…紫闇。紫闇は誰の目からも見て取れるほど困惑している。まあ、当然だが。
「―――嘘っ!?あたしともあろう者が、こんな初歩的なミスを犯すなんて!!」
がーん。そんな効果音が聞こえてきそうなほどショックを受けた様子で少女が叫んだ。もうハルなど視界に入ってもいない。
そして叫んだ途端、紫闇の元に走りこんだ。
「お姉さまっ♪」
『――――は?』
「申し訳ございませんお姉さま、見苦しいところをお見せしてしまって……それにごめんなさい、あたしとんでもない勘違いをしていたようです…まさかお姉さまをあのよーな汚らわしい生物・オトコと間違えるだなんてっ!ああお許しくださらないでしょうね、お姉さま…」
『………。』
「あたし、名をサプリと申します。よろしければお姉さまのお名前をお聞かせ願いませんか…?」
うるうると瞳を潤ませながら見あげられ、紫闇は背中に何やらおぞましいモノが走りまくっている気がした。
―――この少女、徹底した男嫌いだ。しかもかなり偏った女好きでもあるらしい―――
『…あー…わ、私は紫闇という。
サプリとやら、許すからハルを元に戻してやってくれ』
「はい、わかりました紫闇お姉さまv」
ぱひゅん。
すぐに、ハルの頭からウサ耳が消えうせた。
「…紫闇お姉さまに感謝することね、白アタマ。」
へっ、と吐き捨てるように言いながら、サプリがにやりと笑う。
『…このガキ…』
『ハル、落ち着いてね?』
『うっせーやい!お前も笑ってただろーがメルシー!』
メルシーの頭にハルの拳が決まるのは2秒後のことで、
その5秒後には『うるさいっ』と紫闇の鉄拳がハルの脳天に直撃するのだった。
07/13(Sun) 23:07:08 うさぎばやし [Mail]
[57] Re:エヌジアズ14
あぁ。
懐かしい、場所だ。
何でこんなにも懐かしくてたまらないんだろう。
アレはもう、歪んで変わってしまったのに。
アレの考えなど、すでに解らないと言うのに。
(いや、もしかしたら昔から解ってなかったのかもしれない)
いつまで逃げ続けようか。
本当は、逃げてても仕方ないって、知ってるし解ってる。
ただ、まだ恐くて怖くてたまらないのだ。
今はまだ、最近になって見つけた“彼等”と一緒にいさせて。
ほら、側まで来てる。
声がする。随分楽しそうで、羨ましい。
何か一人増えてるみたい。
あ、知ってる子だ。昔に、一回声かけたこと、ある子だ。
今すぐ起きて、あの白髪の坊を殴ってやりたい。(あの馬鹿の事だ、何するんだよとか言って怒るに違いない。)
あの情に厚くて、逃げ出していった少女に、声をかけたい。(だって、少しくらいは助けになりたい。全部治しちゃ、怪しまれるし目立ちすぎるから出来ないけど。)
あの赤髪の少し気弱な青年にカツを入れてあげたい。(もっと自分に自信持ってもさ、バチ当らないんだからさ。)
あの変な言葉使いの自称吟遊詩人に、故郷の歌を聞かせてもらいたい。(彼の故郷の歌は、本当に好きだったから。)
そしたらあの少女に、今度はどうしたのか訊いてみようか。(どうせ、皆と同じでボクのことなんて覚えてないだろうけど。あぁ、ボクを見て何て思うか楽しみだ。)
でも今はこのまま焚き火の側で目を閉じて、横たわって。月と星の輝く空を向いていよう。
死んだふりをしたままでいよう。
少し驚いてくれたら、ボクは少し楽しいから。
今は、まだ。
“ボク”の一人称も板についてきたな、などと思いながら、リズは紫闇達に渡した地図のゴール地点手前の、少し開けた土地でただ横たわっていた。
07/14(Mon) 09:38:36 闇空鴉擁躬