ベルの独り言。
その1:目覚めと出会い
『目をお開けなさい』
頭に突然そんな声が響いた。
その声が誰かと思った直後に、自分が誰かを考えてしまった。
頭の中には、とにかくたくさんの情報がつめこまれている。
自分はまだ目を開けた事さえないというのに。
喋ったことも無いのに言葉を理解している。
『あなたは、護人』
知ってる。
だってそれは頭の中に入っていたから。
『始祖を守り、ともにあることを運命とする者』
それも知ってる。
だってそれも頭の中に入っていたから。
経験ではなく情報としてだったが、魔法を始め、とにかく大量の知識と情報があった。
『目覚めなさい』
わかったよ。
神サマさんよ。
目を開けると、目の前に1人の女が居た。
真っ赤な長い髪と血のような瞳を持った、美しい女だ。その赤い髪は背中の中頃まであって、さらりと流れた。
少し目つきが悪い。
一瞬『神サマ』かとも思ったが、こちらを不思議そうに見ている点でそうでないことが知れる。
とりあえず俺の好みの顔だ。
「…起きた」
そいつは小さくそう言って、俺の顔をじろじろと見てくる。
こいつは誰かと思って頭の中にある膨大な量の情報を探ると、答えはすぐに見つかった。
赤い髪に瞳の女――とは言ってもまだまだ少女のような雰囲気だが――で、この俺が眠っていた『聖域』にいるとなれば、それは神とあともう1人可能性がある。
始祖だ。
この女が神でないとするならば、始祖しか有り得ない。
その始祖はしばらく俺を見ていると、おもむろに手を伸ばしてきた。
向かった先は、俺の顔。その白くて華奢な手が、そっと頬に触れてくる。少しひんやりとしている。
「…ねぇ、あなたはわたしのもの?」
呟くように、そいつは鈴を転がすような、それでいてしっとりとした声――陳腐な表現だが、そうとしか表現できなかった――で言った。
一瞬意味が掴めずに唖然としたが、俺はすぐに次の言葉を考えた。
俺が、『始祖』のもの?
そんな一方的なのは、気に食わなかった。
「……ならばお前は俺のもんだな」
それなら平等。
そういう意味を込めて言ったのだが、そいつは不思議そうに首を傾げた。
「? なんで? あなたは『カミ』がわたしにわたしがさびしくないようにってくれたのよ? だからあなたはわたしのもおんでしょ? でもなんでわたしがあなたのものになるの?」
ある意味正論だった。
確かに俺は神に『彼女がさびしくないように』と作られたモノであるし、それを変える気もない。
ただ、関係の有り方ぐらいは選びたい。
主従関係はまっぴらだ。
「…俺にだってお前と同じ様に意志があんだよ。俺がお前のもんなら、お前が俺のもんじゃねーと不平等だろ」
言っては見たが、案の定、『始祖』は首を傾げて疑問符を生産するばかりだった。
「…?? なんで?」
「どっちか片方が偉いとかじゃなくて、同じ立場にいたいんだよ」
誰かに使役されるのも御免だしな。
だが、『始祖』にはよくわからなかったらしい。中身がまだ幼いようである。
「……むずかしいのね。でもわたしがあなたのものになればあなたはわたしのものになるんでしょう?」
「……そういう事になるな」
どこがどう難しいのかはさっぱりわからなかtったが、取りあえずそう答えた。どうやらこの『始祖』は幼いと言うより、感情をよく理解していないのかもしれない。
「ならいいわ。きょうからあなたはわたしのもの。そしてわたしはあなたのものよ」
それは、待っていた言葉。
自然、笑みが零れた。その笑みはどちらかと言うと意地悪いものであっただろうが、気にしなかった。
そして、俺はこう答えるのだ。
「…いいぜ。でも後悔したって知らねーからな」
契約であって、それは同時に『約束』だった。