かみさまはじぶんがつくった『しそ』が
とてもだいすきでした
ですがかみさまはこのほしをやがてさらねばなりませんでした
ばんのうであるじぶんがいつまでもここにいてまもっていれば
せかいはなにもはってんしないとしっていたからです
ですからかみさまはとてもなやんだすえに
『ひと』をたくさんつくりました
≪管理人≫
ノアとドウトウはその後この場を去った。正確に言うとキトラーによって他の場に転送されたのだが、彼女の事だから場所指定などしてはいないだろう。きっと未だこの迷路のなかだ。しかし、どんな確信があろうとも鼻を利かせてその後を追おうと、また、キトラ―のその行為を止め様とするものなど誰一人、いなかった。誰一人として――。
夜来、この空には西に傾く月が今更のように浮んでいた。壁に囲まれた塔内を抜け出て、ヴツカは1人その月を見上げる。
「月が見えるのかしら?」
『・・風を感じているのだ』
いきなりの問い掛けであった。突如気配もなく背後に現れたのだが、ヴツカはもの動じずにキトラーを顧みた。
『・・ココに居てもよいのか?』
――また囚われるぞ。
いいのよ、疲れちゃう。そういって彼女はフフと笑った。
「風を感じに来たのよ。あの中に居るの嫌なの」
ヴツカの言葉を借りて無邪気に振舞う。
「エルクちゃん、ノアちゃんのこと好きなのねぇ」
あの後、一行はキトラーに連れられて1件の宿に泊まることにした。キトラーの家は政府に抑えられていて何かと危ないしく、彼女本人がオススメしなかったからだ。それに、共に皆疲れていた。宿の主人はキトラーの馴染みの人らしく温かく迎えてくれていたが、そんな事に頭を下げる力も気にかけるほどの余裕もなかった。いっぱいいっぱいだった。エルクは――部屋に入るなり出てこなくなった。
『・・ゲームとは如何云う意味だ?』
「そのままの意味よ」
『・・・』
ヴツカ自身もあれからまったく意気消沈してしまっている。
『我は・・何をしているのだ?』
投げやりさがにふと言葉になった。辛かった。ドウトウを消すことを、憎むことだけをこの旅の目的にして来た。しかし、それを果たす事なく今、終ろうとしている。いや、諦めに近いのか・・。
「真実、それは人の相関図の相関図に潜む基本形。生か死か、白か黒か、善か悪か、dead
or alive、all or nothing・・。全ては劇場化しなければ実感できない病よ」
『それは哲学か何かか?』
「いいえ。哀れで楽しい人間の選択肢よ」
『・・我は哀れであったか?』
「ええ。そうね」
花びらを散して風が吹いた。何もない空に舞って行く。
「でも、美しくはあったわ」
『我がか?』
「ええ、醜いものも高じれば美しいものへと変わるわ。人間の感情ってそういうものじゃないかしら?」
『・・お主の云う事は良く解らぬ』
生きていることはあまりに空虚なものである。目の前の目的意識も何もその手になければ道を失う――。端から作られた意味などないのだから。
『我は人間でもない』
そう作られただけ。一体なんの為に作られたのだ?苦しいだけではないか。
『実験は成功した。我の生きる必要など何処にも無い・・』
もう、何も無い。
「人形は生きないから魅力的なものよ」
ヴツカはその赤く潤う目から一筋の涙を流した。キトラーは未だ妖艶な笑みを絶やさない。
「贅沢な玩具ね」
≪メケ太≫
キトラーは対峙したヴツカの手を取ってそっと甲をなぞった。
『っつ!』
しかし、その後には一筋の切り傷ができる。痛みが神経を刺激した。
「痛い?フフ、それが貴方の存在よ」
――そして証。
そう云って甲に薄っすらと浮ぶ血を優しく舐めた。
「私が傷付けてあげる。そうすれば貴方は私のモノになるかしら」
『お前のモノに・・』
そう口を開き掛けたヴツカをキトラーは咄嗟に手の平で抑えた。
「喋っちゃ駄目。動かないで・・私の言葉を全て存在理由にするのよ」
――そして生き続けるの。私のモノで有り続けるの。
「もし死んだら殺すから・・」
キトラーはそっとヴツカと唇を重ねる。涙さえ拭わせぬまま。
時は静間に過ぎて行く。
朝が来た。それでも時間は止まっていた。夜が来て、朝が来て、もう何回繰り返した事か。窓辺からそれらを眺めて僕はだんだん影を好むようになっていった。僕の好きになる事、生きるための術は汚かった。中々自分を捨てきれず他人への裏切りが絶えなくて・・。意思をおいて糧を見つけて、傲慢さを肥して行く。でも――、そんな事を嘆いても綺麗事なのだと気付いている。そんな自分に・・そんな人間になど、なれっこない。しかし、それに涙を流すのは我侭なだけのエゴであろうか?
――強くなるってどいう事?
今はそれさえも見出せなくなっている。解らない事ばかりだ。
『エルク・・?』
ドアをノックする音と共にリゲルの声がした。
『今日は、火の国だって』
一昨日は水の国だった。あれからのノアの動きをリゲルは新聞を読んでこまめに知らせてくれるようになった。ノアは今、取り損ねた宝玉を集め回っている。
『明日は、風の国だよ』
全て揃えば天と地の国が開かれる。この世界に異変が起こる。エルクは日の沈み掛ける青に染まった世界を眺めた。空を仰ぐと海に浮ぶ海月が見えた。もうすぐで――世界は滅ぶ。エルクの涙は未だ絶えない。
≪メケ太≫
ノアの腕の中、未だドウトウは眠り続けている。あれから4日、ドウトウの衰弱は半端なものではなかった。多大なストレスと外部からの汚染された環境と圧力。今までにはない数多くの衝撃が彼女の体を戒めた。生まれつき、この様な体質を持ち合わせた彼女に対処法もなく、治癒法も出来ないノアはただ悪化しないようにと状態を整えたり、見守るしかなかった。死ぬなと、ただ心だけが叫び続ける。
――願いが叶うよ。
ドウトウのいった言葉が胸につかえる。それは思い出すたびに罪悪感へと変わっていった。違うんだ・・ドウトウ。それは俺が叶えたかった願いに過ぎない。自分の軽率すぎるその言葉のせいで、その為にドウトウを危険な目に曝す結果となった。
「悪い・・」
目の覚めない君にそう云ってみた。それはなんとなく出た言葉だけれども・・。君はどんな願いを叶えたかったのだろうな。やはりこの身体であろうか。
――こんなの美しくないわ。
あの女の云った事はきっと俺に向けての事だろう。こんなのは美しくなどない。本当に俺はドウトウを・・護ろうとは思っていない。
雨の日だった、森の中で君を見つけた俺は素直な戸惑いとちょっとした興味本意で君を拾った。でも、俺は怖くなった。それは君の身体そのものに感じたといっても過言ではない。拉げた身体は見た事も無い形を生み出していた。人間なのか、または亜種かと思ったが、その頃は人間の実験が頻繁に行われていたことを知っていたから実験代なのだと・・もしくはその研究対称なのだと勘付いた。その時だ、俺の偽善心が満たされたのは・・。俺は君を可愛そうだと思いつづけていたに過ぎなかったのかもしれない。自分の為に、優しく振舞っていた。君の哀しみを知った振りをしていただけ・・。だからこの国に俺は隠すように君の部屋を置いたんだ。俺も人間のように隠していた事には変わらない。あの女はその事を知ったのだろう。人の苦しみを想う心など耽溺し過ぎればそれは偽物になるのだ。エルクの、泣き顔が浮んだ。ドウトウへの想いとエルクへの気持ちを有象無象しながら何を惑っているのか、俺は。俺は全くの偽善者だよ。しかし――それももう終る。
「ドウトウ、今までありがとうな」
今の君なら俺がいなくても・・いや、俺がいない方が良い。強く生きていけるから。ただ、目が覚めるまでここにいよう。"さよなら"と聞かせよう。君に教えてあげたい言葉を最後に全て教えようか。"ありがとう"とか"ごめんなさい"とか・・。全ての感情を知った君に。愛する人が出来た日の為、"愛している"と教えよう。
≪メケ太≫
「 …。」
『な〜。』
龍猫虫――にゃ助はエルクの傍でもぞもぞと動き回っていた。ベッドはなかなか狭く途中で直進していたにゃ助は落っこちる。
『ふにゃっ』
「 …。」
いつもならこんなにゃ助を抱き起こしていたであろうエルクも今は無表情にただただ外を見つめるばかり。いつもなら光であふれているその瞳も今はどこを見ているのかわからないくらい虚ろだった。
いつどこにノアが現れるのか。そんなのはリゲルが毎日教えてくれる。でも今はそんなの知らなくてもいい。今自分の中の問題は見えない疑問に歯止めがきかない事。自問自答していてもどんどんと疑問の方が増してくる。その中で溺れそう。
<ぱたっ>
僕はベッドにあお向けに横たわった。何も考えたくない。何も感じたくない。何も知りたくない。何考えたってどうせ同じような結論に辿り着く。それなら何も考えない方がいい。何も…何も。
『なー。』
にゃ助がパタパタと低空飛行で僕の枕もとに下りてきた。いつもは何を考えてるのかわからない行動をとるにゃ助も、今はどことなくエルクの事を心配しているようだった。にゃ助はエルクの顔の傍までよると彼女の涙跡をその小さな舌で舐めた。
「――っ」
にゃ助は心配してくれてるのかな。こんな僕の事。
そんな事を思うとなんだかまた涙がこみあげる。別に感動したからとかそんなんじゃないけど、この小さな優しさのようなものが嬉しかった。
―――あんな事言ったけど。
ほんとは離れたくなんてなかった。いられるのなら一緒にいたかった。光ちゃんとノアは今はもう一緒だよ。別物なんかじゃない。ノアはノアであって、そして光ちゃんなの。だから光ちゃんを呼び戻そうなんてもうしない。だって光ちゃんならもういるから。ノアという形で。ノア=光ちゃんだから。
<コンコン…>
『エルク』
リグが部屋に入ってくる。手には一人分の食事と一匹分の餌をのせたトレイを持っている。
『飯。ここに置いておくから食えそうなら食え』
「 …。」
返事は返って来ない。彼女は壁の方を向いて縮こまっている。そんな彼女の心境はわかっているがリグはため息混じりに口を開いた。
『あのなぁ。そんなに塞ぎ込んでてもしかたねーぞ。食うときは食わねーとお前が宣言したように追う事なんてできねーんだぞ』
そんな事わかってる。でも食べたくないんだから。
『いつまでもグジグジしてんなっ。いつもの破天荒はどうしたんだよ。いい加減割りきれよな』
≪えせばんくる≫
僕はその言葉に苛立ちを覚えた。僕はリグの方を向いて口を開く。
「そんなに簡単じゃないんだよっ!!そんなに簡単な事なら今頃僕は皆と一緒に旅を再開してるっ!!でもできないのは―――」
―――できないのは。
できないのはこの気持ちの整理がついてないからだ。前にいっかい整理がついたと思ってたけど実際には現在進行形で乱れたままだったんだ。今まとめてこの気持ちに蹴りをつけたい。でも乱れたモノを直そうとしてもまたさらにぐちゃぐちゃにしてるだけで片付けになってないんだよ。
「リグみたいにそんな風に気楽に考えられたら苦労なんかしないよっ!!」
気付くと僕はリグに掴み掛かっていた。掴んだまま僕はリグをにらみすえていた。彼の服の継ぎ目がギチギチと破れそうな音をたてている。
『誰が気楽そうだって!!?お前がそんなになって皆どれだけ気遣ってると思ってんだっ!!』
「別に気遣ってなんて言った覚えな――っ!?」
<バシィッッ!>
リグは無言でエルクの横っ面をはたいた。エルクは横を向いたまま呆然としている。
『お前今自分が何言ったかわかってんのか。今までまわりがどれだけ振りまわされてきたと思ってんだ。それをあだで返そうってのか?ぇえ!?なんか返事したらどうなんだっ!?』
彼はエルクの肩を怒りに任せて揺さぶる。彼女の身体からは力が抜けておりその振動のままに揺れる。
―――ゴメンナサイ。
「…ご……さぃ」
『ぁあ!?』
「ごめんなさぃっ!!」
僕はリグと目を合わせると力の限り謝った。
「ごめんなさいっ。皆がいままでどれだけ苦労したかは知ってるの。今までの事、すごく皆には感謝してるの。でもっ、でも……」
<ック…ヒック…ック>
最後の語尾は嗚咽へと変わった。謝る言葉なら一杯ある。逆にありすぎてどれを言ったらいいのかなんてわからないくらい。
リグはエルクの頭をポンポンと撫でる。
『今すぐ元気になれなんて誰も言っちゃいねぇ。でもまわりの事も考えろ』
エルクは無言のまま何回もうなずく。そしてそのままリグにしがみついて暫く離れなかった。
≪えせばんくる≫
日は昇りそしてまた沈む。何日間この繰り返しを窓辺から見つめてきたか。
エルクはリグに苛立ちをぶつけた。だがあれだけではやはりたいした解決にはならずやはりあの後も部屋に篭り続けていた。
外は秋の夜。気温もぐっと冷えてきている。だが木々はそんな冷たい暗闇の中でもその色彩を殺してはいなかった。
手元を照らす月明かり。そしてそれと解け合うような影。その影のなかに身を置き月明かりを全身で感じた。
影の中にいると多少落ちつく。もう大分この暗さにも馴れ、不自由さは感じなくなった。特にする事もなくぼんやりと外を見つめるだけ。あのときのリグのおかげなのかエルクは部屋の外にも出るようにはなったがそれは必要最低限の事をする時のみ。それが終わればすぐに部屋に戻ってしまうし、その間も口を開こうとはしなかった。
≪えせばんくる≫
――エルク。
『光ちゃん?!』
『おおうッ!!?』
はとして目を開いた。が、そこにいたのは期待していたのもとは違うクロウリーの姿があった。
『あ・・クロウリーさん』
『な、なんやねん。あたしじゃ嫌かい』
エルクは薄く笑った。
『なんや、驚かそう思ったんにこっちがやられてもうたわ。やっぱ窓からじゃぁ甘かったんかな?』
クロウリーは悔しそうにそういってベットの上に腰掛けた。前とは違う和の服装で手には蛇の目傘を持っている。エルクはそれをじっと見据えた。
『何?そない珍しいか?』
幽かに首を横に振る。本当は――その姿を光だと思っていた。確かに声は聞こえたのだ。聞こえたはずだった。クロウリーはそんな未だ視線を逸らさないエルクの目を見るとふと溜め息をついた。
『随分こけたなぁ。まぁこんな中にずっと居たら当たり前か』
――苦しくないんかいな?
そっとその顔に触れた。
『あいつん事、思い出すやろ』
四六時中、研ぎ澄まされた虚無的な空間に居、前もなく後ろもない、無限の広がりと見渡しのない閉鎖に絶えずその黒に抱かれて・・抱かれて。犯される事なく有り続ける。誰にも触れさせない彼の懐の様に。光はまさしくそんな存在で―――
『すまへんけど、あんたには似合わんよ』
――決して一つにはなれない。
『こない寒いとこなんて抜け出ようや。月が綺麗やで』
窓を大きく明けてクロウリーはエルクの手を引っ張った。
≪メケ太≫
ひやりと冷たい空気が頬を撫でてゆく。一瞬肩が震えたけれど、それもすぐにおさまった。嫌な冷たさではない。まさに冬になろうとする―――そのほんの少し前の、晩秋の夜。逆に心地良い冷たさ。突き刺すような寒さは無いが、しかし包む暖かさも無い。ただ冷たい。
『月?』
『そ。見てみ。』
大きく開けた窓からは、静かに微風が入り込んでくる。エルクは思わず目を細めた。本当に微かな風であったのだけど、目にしみる。
『…』
晧々と輝く白い月だ。その輪郭までもがはっきりと、可笑しなほど夜空から浮いて見える。だが、美しい。
『綺麗だね』
『やろ?こーんな綺麗なモン放っておく手は無いで。』
クロウリーはそう言って手に力を込める。
『………エルク?誰かいる…――――!!!??』
かちゃり、と音を立ててドアの隙間から室内を覗き込んだりゲルは、思わず絶句した。何故彼女がこんなところに。
『クロウリーさん!?』
『ありゃ、見つかってしもた。』
にか、とクロウリーはひとつ笑う。
『…ちょぉこのコ借りてくわ♪すぐ返すから安心してぇや。ほなな〜』
『ちょ…クロウリーさんッ!』
ばさ。
大きく開け放たれた窓から、二つの人影が飛び出した。
≪うさぎばやし≫
彼女は確かに月を綺麗だと思った。だがそう言う表情には力無く、表情というものが彼女から消えていた。かろうじて気配で笑っているのがわかるくらいで。
『眩しいんか?』
彼女はエルクの横を歩きながらその顔を見る。彼女は目を細めながら「大丈夫」とだけ言うとまた口を閉ざした。
あれだけ長い間あの暗闇に身を置いていたから目が自然とそちらに馴れてしまっていた。外のやわらかな月の光でも少し眩しいと感じた。今日は満月か。
それにしても何故自分はあの時、クロウリーが部屋に入ってくる直前に彼女の――光の声が聞こえたのか。いや、ただの錯覚かもしれない。でも本当に聞き間違いなのだろうか。そんな疑問が浮かんではすぐに消えた。
≪えせばんくる≫
『もう離してもええよ』
そう云いながらクロウリーはエルクの腰に回していた手を振り解く。あの頂上にある花畑の――人工的に敷き詰められた土の感触が軟らかい。エルクは支えを解かれ、そのままの拍子でその場にへたり込んだ。
『美しいなぁ』
何よりも誰よりも神に近付こうとした混乱の街のココは渦巻く人間感情から抜け出した、たった一つのエデン。薫る花。吹き抜ける風。足をなでる青草。人間の理想郷。
『この世最後の月夜空や』
何故――何を求めてきたのだろう。この世界のようにいつか壊れることを・・。死んでいく事を、留める事など出来ないという事を知っておきながら何という理想をたたえて生きてきたことか。それはこの場と同じでやはり、作りものにしか過ぎなかった・・。
『悲しいか?』
泣明かして、今や乾ききった目が再び滲みはじめ溢れ出す。
『クロウリーさん・・』
『悲しいな』
自分で作り上げてきたものに混乱し、疑問を抱き、そして言葉を投げかけるなど全くの愚行で、理想に明確な答えなどないということに、それさえも不安で・・。僕の作り上げた世界に穴が・・。僕はどんどんと深みにはまって抜け出せなくなっていた。本当に世界が壊れようとも明日が、未来がなくなろうとも―――
『僕は、光ちゃんが』
僕の世界に空いた"光"という存在の穴が深い。溢れ出す闇で埋め尽くされてしまう。いつか息ができなくなるその前に、どうか――
『ノアが』
――助けて。
『もうええ』
エルクの目を指でさすってクロウリーはなんとかエルクの涙が流れ出すのをせき止める。
『もうええで。そんな苦しさに囚われる事ない』
――優しい子や。
クロウリーは母のようにエルクを優しく包み込んだ。その瞬間である。閃光のような激しい光が辺りを照らす。その中心はこの国を越えて、海の向こう側から天に向けて放たれた一本の柱である。
『まったく・・薄情な奴やで。あいつは』
目を細め、尚その光を見据えながらもそう呟いた。
≪メケ太≫
いつか君と出会えた奇跡は僕の中の夢へと変わる――。
『エルク、光のとこ行ってこいや』
まばゆい光はあの一瞬で消え、再び夜の暗さが取り戻される。
『え・・?』
『行って、そんで逢ってきたれ』
『でも』
『でもも糞もあるかいッ!』
――お前にしか出来んことさかいに。
どもるエルクにクロウリーは一喝した。
『僕にしか・・?』
『そや、自分あいつのこと好きなんやろ?愛されてるんやろ?』
あまりにもはっきりとした問いにエルクは紅潮する。
『照れとる場合かいッ!自分の使命きちっと果しや』
『で、でも』
『まだ何かあるんかいな』
『だって何処に行ったらいいか解んないもん』
『おっ前、アホか!風の国や風の国ッ今、天地が開いたんて!!』
『え?!もうッ!!?』
『アホぉ―――――ッ!!!』
『どどどどうやって行こう?あ、賢所ッ』
『ちょい待ちぃ』
焦って走り出そうとせんエルクの肩をつかみ、クロウリーは振り向きざまに口付けを交わす。
『・・・ッ!!?』
驚いて後退るが時すでに遅し。
『あんな中途半端な魔法文明にたよんな』
『で、でも僕はその、女だし・・』
『違うて!何を変な気ィ起こしてんねやッ』
クロウリーは流石と云わんばかりに円滑にエルクにチョップを繰り出した。
『あたしの力、ちぃと貸したるからその立派についとる羽で風の国までいって来いゆうてんの』
『え?』
力を全て解いているからか大きな反動は来なかったのか。それでもなんとなく溢れ出す力を感じることが出来た。
『なにせあたしは人間やからな。そない力はあらへんけど足しにはなったはずやで』
『うん!全然平気だよッ!!』
エルクは自然にいつもの笑顔を取り戻す。そして嬉嬉として抱きついた。
『こらこらッこんな事しとる暇やないで。はや行ってきいや』
『うんッ!』
差し伸べられた方向にはただ純粋な道があった。やはり答えなどない。それでも今は不安ではないのは、ただ進もうとする気持ちのせいか?
『これは貸しやからな』
世界護って、光に逢って、また笑顔で帰って来い。
風がうねり、エルクは高く高く飛び立った。
『ハッ、きっついなぁ・・』
クロウリーはその場に倒れこんだ。
『空が広いで、全く』
≪メケ太≫
「あら、こんな所で居眠り?」
『月光浴、云うてくれや』
「まぁ、オシャレね」
転がっていたクロウリーの視界にキトラーの顔が覗きこむ。
「でも随分とお疲れのように見えるけど?」
『魔力あげよ思ったら逆に吸い取られてもうたわ。危うく死ぬところやで』
「馬鹿」
フフと笑ってキトラーもその場に座り込んだ。
『汚れんで』
「それもまた良いじゃない」
『・・変わったなぁ。お前』
「ええ」
――そうかも知れないわ。
暫し、風が流れた。
『あいつらはどうしたん?』
「ちゃんと風の国まで送ったわよ」
『ヴツカもか?』
「何故?」
『お気に入りなんやろ?』
へっ、と鼻で笑いながらクロウリーは身を起こした。
『手放すんかい』
「世界の終末には関係ないわ」
何処を見ているのか、その目は遠くを見据えるが口元はいつもの如く薄く笑みをたたえている。
「死んでまで束縛することはできないわ。もっとも・・」
――生きている時さえ無理だったけど。
『なんや、失恋でもしたか』
「フフ、そんなところよ」
彼は確かに贅沢な玩具に変わりはなかった。人がは神が作り出したという真理を見出し、そして死しても変わりはしない神の子というレッテルを自分でも作り出せないものかと考えた。ヴツカは化学の探求でも、人の向上心から生まれ出たものではない。おそらく、それは神の独占欲である。いつまでも"自分のもので在り続ける"というモノを。完璧な力。完全な存在。欠落のない彼という"盾"。しかし彼も人間であった。意識があり感情があった。彼も今、この世界と同じ最後の決着を果そうとしている。ドウトウを探してまたこの混濁の直中へ――。
「帰ってくるかしら?」
『だとええな』
今、何億との命が光りだすのが見える。それは消滅への一瞬か。それとも明日を照らす輝きか。それでもこの今の状況を知る者はただ何十人としているわけではない。しかし生きる目的はその数少ない勇者たちと変わらないだろう。各々の想いが微々なる力さえも無限に近付けている。それは世界など小さなモノを救う力ではない。自分と大切なものを護ろうとする大きな力。
――たとえ、世界が壊れても。
各々は護り続けるだろう。夢、理想、希望。自分の作り上げた世界を。
『あたし、あーいう奴ら大好きやねん』
「あら、私もよ」
だから終わらないで欲しい。そう想いは募る。
≪メケ太≫
しかしそのひとびとは『しそ』とはちがって
ほかのいきものたちとおなじように
やがてしぬいきものでした
『しそ』はさいしょ
とてもよろこびました
かみさまからいただいたちえをひとびとにおしえたり
はなしたりしました
しかしかれらには『しそ』とけっていてきにちがうことがありました
それは『おいること』と
『だんせい』と『じょせい』があることと
『はんしょくすること』と
そして『しぬこと』でした
≪管理人≫
風の国の変わりようは酷かった。もうあの頃のような穏やかさの欠片もなくあたりは死の国と化していた。世に言う"地獄絵"のような。地は凸凹をつくり、一部は極端に飛び出していたり亀裂が入っていたり。
『ひど…っ』
リゲルはそのあまりにも酷い現場に唖然とした。空だけ見ればいつも通りの綺麗な月夜。だがこの国にもう精気はない。人の気配も殆ど感じられない。
『行こう、エルクもこちらに向っている筈だ』
せめて彼女がくるまで奴の足止めができればいいが。
『ぁあそうだな。今までの借りも返さねーとな』
――目的地ハ元・賢所。
もう迷わない。
ううん。少なくとも今、は。
クロウリーの後押しも、
皆が支えてくれてた事も、
今までの心も何もかも
無駄にはしない。
たとえこの先
困難にぶち当たったとしても。
後悔だけはしないように
生きていこう。
そのためだったら
自分は傷つこうが
倒れようが
どうって事ない。
自分の信念を貫く。
ただそれだけの事。
まだ僕のちっぽけな世界に空いた空白は埋まってないけど今それを取りに行く。否、捕まえに行く。追って、抱きしめて、また追って。追って追って追って、際限無しに繰り返してた僕等。でももう終止符打とう。もうその刻だから―――。
≪えせばんくる≫
『しそ』はたいへんかなしみました
じぶんをおいてみんないなくなってしまうと
こんな景色を見た事がある。ただそこにあるのは絶望と云う名の相応しい荒地。転がる屍。死という吹き溜まり。俺の――最後に見た景色だ。
ノアの足元にはお互いに力を反発し合い光り輝く宝玉が並んでいた。どれも各国ごとにあるエレメントの源。それがこの一つに集まっているということは世界のサイクルが完全に断たれた事を指す。世界が破壊されゆくのも時間の問題か――。しかし、本当に望んでいる事はそんな事ではない。ノアはぽっかりと開いた賢所の天井から空を見据えた。
―――開け。
俺の願いを・・。
「開け。天地よ」
俺の本当の願いを叶えて見せろ。
『やってくれたじゃねぇーか。糞餓鬼』
悪意と逸楽、愚かさを積み重ねて
何千年と広げてきた傷口。
足掻き、掻き毟るごとに
流した血を含み
その滴りに身を赤々と染めた月が
笑う。
じゃりと砂を踏み鳴らす。風が冷たい。エルクは街の中心街から辺りを見渡した。目に写る光景が胸を締めつける。しかし今は――。ばさ、と大きな音を立てて再び空へ飛び立つ。賢所へ――。
≪メケ太≫
そこでかみさまは『もりびと』をつくりました
『もりびと』はやはりひとのすがたをしていましたが
じぶんがいなくなっても『しそ』をまもれるようにと
つよいからだとちからとちしきをあたえました
また『しそ』のついになり
いつまでもともにあれるようにと
『だんせい』のからだと
けっしてしなないからだをあたえました
「…っは、とうとうやりやがったか、あの糞餓鬼」
青い瞳が、その色そのものが持つ落ち着いたイメージなどまるで無視して、ギラリと獰猛な光を宿す。
自然と、彼の手が腰の剣へと添えられる。
「まだ、よ」
小さな小さな中性的な声が、制止を訴える。青年はその声の主を見やると、獰猛な瞳の色をサッと変える。
「わかってる。俺はお前に害がなけりゃぁ、動かねぇよ」
最初に出会った時より短くなった彼女の赤い髪を、さらりと掻き揚げる。赤い瞳が、彼をじっと見つめる。それはどこか不安を残した、揺れる瞳だ。
「……大丈夫だって」
いにやりと不敵に笑って、唇を重ねる。それからしっかりと抱きしめてやる。
「大丈夫だよ」
もう一度そう言って、しっかりとその細い体を抱きしめた。
≪管理人≫
風が耳障りな程のうねりをみせる。その疾風がその眼で見える程だ。
角の少女は全力で、自分の力の出る限りの速度で飛行していた。彼女は下を見下ろすがやはり何度見ても酷いありさまに変わりは無い。こんな所にまで被害が及んでいるのかと思うと胸が痛かった。
彼女はキッと前方を見据えた。これ以上他の国にまで被害など及ばせない。そう思うと自分の翼の速度に苛立ちを覚えた。はたから見ればこれ以上ないという速度なのだが、今の彼女にしてみればこれくらいの速度どうって事ない。もどかしい。もっと――もっと速く飛べっ。
思えば僕等はこの国から旅をはじめたんだ。風が気持ち良くそよぎ、鳥も飛び交い、街も活気に溢れていて。そうだ、温泉事件もあったっけ。光ちゃんが男に間違えられて、湯桶投げられて、僕の魔力が暴発しちゃって。そんで僕、泣いたっけ。光ちゃんがそんな事言われる筋合いないって。彼女『平気だよ、馴れてるから』なんて笑いながら答えてくれたっけ。
あの頃はインとヨウもいたっけ。ヨウとはよく喧嘩したな。いっつも彼はインにつきっきりで、べったりで。見てるこっちの方が赤面しちゃいそうだったな。彼等がいなくなった時も僕、泣いてたな。
はは。僕って思い返せばしょっちゅう泣いてたんだ。
今度は、今はせめて泣かないでいよう。
彼に最高の笑顔を見せよう。
たとえこの世界が崩れ滅んだとしても。
それだけは絶対に。
ノアはゆっくりと闇と光の混じった夜空を仰ぐ。もうすぐ。もうすぐ願いはかなうのだ。いや、聞き入れろ。そこで見ているのであろう。崩れゆく地上を。のうのうと、天界から。そうだろう?神よ。
風が急に流れを変えた。否、変えられたという方が正しいか。何かが後方から迫ってきているのがその流れから読めた。おそらく彼女だろう―――エルク・イーファ。
≪えせばんくる≫
その影に気付いた者が1人。彼女の名を叫んだ。
『―――エルクッ!!』
その声によって全員の視点が揃う。しかし、ただエルクはそのスピ―ドを弱めず、またそのリグの声さえも聞き入れぬまま、一直線に走りきる。彼女にとって目的地はたった一つらしい。その唯一の目的地・・唯一の彼は、ゆるりと非常に遅く、彼女に向き直ろうと身体を捻るが――。顔が合う前に彼女の手が触れた。
『――光ちゃんッ!!』
その瞬間だった。空間のよじれを感じるや否や、その場に居合わせたものは跡形も無く消え失せた。今まで聞こえていた声も、確かにあった気配すら何も、無くなった。生きる者全てを失った国の後には冷たく風が吹きぬけた。
そして彼らは居なくなる。この世なのか、それともこれも世界の一つか、そんな場所へと今、立っているが為に。そこはガレキとは対象的な穏やかな場所だった。草に、花に、そこはとてつもなく広く――。調度金の国にある風景のような。それでも遠くに山々が見渡せる辺りで現実的な、まったくの作り物では無いことを実感させた。
『・・・?』
強い、余りにも強い花の香りに目が覚めた。瞼を開けて見たものは夜の天井。暗い闇に、月が火照って浮いていた。そんな自分と云えばいきなりの転送で身を投げ出された結果、花で敷き詰められた地面の上に寝転んでいた。空が目の前に広がるのもそのせいだ。ゆっくりと状態を起こす。すると身体に触れた花々がゆれて幽かに音が鳴り響く。
『あ・・』
鈴蘭の花だった。白いその花弁が青いその月に照らされて眩しく光る。遠くを見据えればそれはどこまでも続いていた。白く、白く――。
『――!?』
その中に影を見つけた。張り詰めた白さに引きたてられて浮んでいる黒。花びらと共に、風にその髪を揺らしていた。
≪メケ太≫
エルクは花と相反する者を見つめた。一瞬幻かと己の眼を疑った。この前も幻聴が聞こえたからである。
彼女は上半身を起こした状態で、向こうの方に立っている彼と視線を合わせた。漆黒の髪、漆黒の瞳、漆黒の衣。全てエルクの知っている者の姿に当てはまった。追って追ってしていた人物―――そう。
「……」
その人物が目の前にいる。
僕は口を閉ざしたまま立ちあがる。身体に付いていた鈴蘭の花びらのいくつかがはらはらと地に落ちる。その花びらが月明かりに照らされ薄く光、白くエルクを飾った。をれは漆黒の彼と対照的に彼女を映し出した。
立つと丁度彼の後ろから月光が差す形になり、月光自体は淡い光にもかかわらずくっきりと彼の黒を浮かび上がらせた。だが顔は見える。はっきりと。前のような強い逆光ではない。
少女は一歩一歩確かめるように踏み出す。はっきりと地の感触が足の裏を通じて分かる。嘘じゃない。ここがどこなのかは分からないが今僕はここにいる。
白の少女は漆黒の彼の元へ一歩一歩近づいていった。お互い目線を外す事もなく。また己の意思を崩す事なく。
とうとう彼女は彼の前へと辿り着いた。すると彼女は先程から一度も外さなかった視線を彼の手元にやった。そして彼の手首を両手で優しく握る。
彼は不思議そうな顔をする。ぁあいつものしかめっ面だね。本当に懐かしいよ。
「僕……言った通り君に追いついたよ。」
彼女は手元にやっていた視線を再び彼の目に合わせるとにっこりと微笑んだ。
≪えせばんくる≫
もう離れる事は無い。この手を離さなければ・・。貴方の言葉さえも今は聞き入れはしない。どんなにその顔を歪ませようとも、どんなにこの手を振り解こうとしようとも。もう、離しはしない。世の中の99%から否定されても譲れないモノ。
―――譲れないモノはココにある。
彼方自身。僕は99%の視線で永遠に客観視し続けるだろう。求める事のそれそのものを。それ故に購う醜さも愛も。
『もう、離さないから』
――永遠に。
君はただ
「ああ・・」
受けとめて、くれれば良い。
『運命など、あるのかしら』
――貴方達を見ているとそう、思うわ。
『・・・?』
彼の肩越しに見えた、赤に白の調和。纏う身軽な布が風になびく。その近くにはやはり青い存在が居た。共に並ぶ。口を空けたのは女神の方だ。今は無表情とも云える顔で此方を見据えていた。
『それともあの人はこの事さえ計算に入れていたのかしら』
しかし、その目は遠い。
『・・アル』
エルクは思わず彼女の名を口に出す。"運命"とは・・"この日"の事か。彼はいつもと違い、彼女、また彼を目の前にしておきながら平常心を保ちつづけていた。返って今、心乱れるのはエルクの方である。
「運命ほど、たいそれた事じゃないさ」
――これは、俺の宿命だ。
お前等をこの手で殺す事。俺の部族、家族、仲間・・俺自身を死に追いやった恨みを晴らす為の、前世から決まっていた復讐。
「全てはこの命の定めだ」
ノアはエルクの手を解き、腰に差した刀剣の柄に手をやった。
『可愛そうな子』
「貴方のように生きるよりましだ」
まるで神に愛でられた操り人形。
「生かされると云う事はそれほどまでにも良い事か?」
ベルはあきらかにそれに反応を示す。しかし、何かに自制を効かせてか暴言も、手も出す事はなかった。エルクは先の見えぬまま、いや、多くとも2つしかない選択肢の前でただ焦りが募る。今、この場で自分は何が出来ようか・・。まだこの身に潜む力が何を護れるだろう。護りきれるだろうか。私の力で。自ずと拳を握り締めた。
『運命を繰り返そうとする事よりも無為な事ではないわ』
「繰り返す事などしない」
≪メケ太≫