『にー』
 “龍猫虫”と呼ばれるその生き物は突然何を思ったかわしゃわしゃわしゃと短い手足を動かしながら生まれたばかりとは思えない速度で前進してゆく。
『あぁっ!!!待って!』
 リゲルは慌てて後を追う。その後をキトラーも『待ちなさいっ子猫ちゃん!!』などと言いながら鞭を片手に駆け出す。
『お前等ちょーっと待てーっ;』
 だがリグの叫びは空を舞う鳥に嘲笑われるだけであった。

『ふにぃ〜』
 わしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃ………。
『待ってー!』
『待ちなさいっ!』
 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ………。
 リゲルはどんどんと距離を離される。が、一方キトラーは相手との距離を保ったまま追いかけてゆく。
『キトさーーーーん!そのコ捕まえてもいじめちゃ駄目だよ〜っ』
 はたして彼女の耳には届いたのかどうか…。そうおもいつつ走っていると突然ぴたっと動きが止まったではないか。
(『チャーンス!』)
 そう感じたキトラーは一気に間合いをつめる。そして鞭でヤツを絡めとろうとしたその時。
<ぶ〜〜〜〜〜〜〜〜ん>
『はぁっ!?』
 彼女の鞭は風を切る。だが打ったのは地面のみ。ヤツは――――飛んでいた。地表から約50cmくらいの位置をフヨフヨと飛行しているではないか。
『かっわいー☆』
『やっぱり嗜虐心をそそられるわっ!お待ちなさい!!!』
『ふにー』
 飛んでいるとはいえやはりスピードは速い。まだ一直線に進んで行く。すると前に人影が。ふたりくらいか。
『あっ!!!??』
『?』
「えっ?」
『にゃーっ』
<どかっ>




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うさぎばやし
(修正:1) 『いで…て…』
『…ぁ…』
『にー』

・ ・ ・

『…あ?あれ?あら??…ぇえぇ!?』
『な、なんで…』
リゲルは一瞬我が目を疑った。目の前で龍猫虫を抱え、わたわたと慌てている少女は―――紛れも無く。
後ろから追いついてきたリグとヴツカも同様のようで、ぴた、とわずかに動きを止め、目を丸くする。
『エルク!?』
『リゲル!あとリグにヴツカに謎のお姉さんに謎の…生物…』
エルクはそう言いながら、体当たりされ結果的に抱きかかえる事になってしまった、その珍妙な生物を見つめた。
『それは龍猫虫っていって―――ってそうじゃなくて!どうしてエルクが…エルクと、ノアが…こんな所に。』
思わず一人突っ込みを交えつつ、リゲルがおずおずと聞く。上目遣いで見つめる先には、何故か青ざめたノア。
『ぇぇえと…僕たちは、あんまりここが綺麗なもんだから、ちょっと寄ったんだけど…リゲルたちは』
言いかけて、エルクは口をつぐむ。如何して此処にいるのか、なんて。そんなことは愚問だ。自分たちを追って――もしくは自分たちが来るであろう場所を予測して、此処まで来たのだろう。

少しの間、沈黙。

『…あ、こちらはキトラー…キトラー・アリスさん。例のクロウリーさんのお友達だよ。』
リゲルは斜め後ろに立っているキトラーのほうを示す。キトラーの方はというと、右手の人差し指を唇にあて、何か考えるような…品定めするような目つきで、エルクとノアを見つめていた。
『あ、初めまして!僕、エルクです。こっちは…ノア。』
持ち前の明るさで、エルクはばっと後ろを振り返る。よくよく考えたら、ほんの数日前に彼らに危害を加えた人物――ノアがいるというのに、なんと和やかに会話が進むものだろう。それはもう、エルクとリゲルの天性の才能というものなのか。
しかし、エルクが振り向いた先には、何故かこちらに背を向けて、何かに耐えるように小さく震えているノアの姿があった。
02/11/05 22:53 『修正』

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メケ太
(修正:2) 『光ちゃん?』
「ッ!!」
エルクの声にノアは大袈裟に肩をびくつかせる。その姿は余りにも不自然且つ、異様である。エルクはそろそろとノアに近付いた。
「なぁッ!」
やはり可笑しい。
『光ちゃん?』
「ち、ちち・・」
『一体如何したのさ?』
同様で言葉が上手く出ないようだ。目を大きく見開くなり拙くその場で口をパクパクとさせた。
「はぁ〜ん」
しかし、それを傍観していたキトラーが何かを思いついたように指をくわえると、ツカツカとエルクに歩み寄り龍猫虫を没収した。そして
「わぁああああッ!!」
ノアの目の前に翳すが如く差し出したのだ。それを見るなりノアは断末魔を上げる。それには誰もが唖然とみるのみだった。どうみてもキトラーにいじめられているようにしか見えない黒龍の姿。陰を操り血を浴びていたノアの姿。それが今、目前でいじめられているのだ。しかもかなりマヌケに。
『お前・・もしかして』
ノアは頭を抱えてうずくまる。それに対し、キトラーはかなり楽しそうである。
『怖いの?龍猫虫・・』
ノアからの答えは無い。しかし、その姿はどうみても・・。
『怖いんだ・・』
「怖くねぇ―――ッ!!」
ノアはそう聞くなり勢いよく立ち上がった。
『じゃぁ、なんなのだ?先ほどの様子は』
すかさずヴツカから厳しい指摘が入る。ノアはうっと一瞬怯むが
「き、気持ち悪ィだけ、だ・・」
と途切れ途切れに云った。
「そんなことないわよ?とても魅力的じゃない」
どのような意味で魅力的だといっているのかは知れないが、キトラーはそういうなり持っていた龍猫虫を合わせた両手の平に乗せてずいっとノアに差し出した。やはりノアは尻込みしてしまうがどうやらばっちりとその龍猫虫と目が合ってしまったらしい。瞬時、二人は見つめ合う。
「・・・」
『・・・』
「・・・」
ワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャ
「わー―――――ッ!!?」
「なぁに?大袈裟な子ねぇ」
「全然まったく大袈裟な事あるかッ!!」
ノアは今にも泣き出しそうな顔である。
『え〜、でも可愛いよねぇ』
「エ、エルク?」
『うんうん。この目のあたりとか』
「この形がイイわん」
すぐにも龍猫虫の周りにはきゃいきゃいと黄色い声が飛ぶ。その様子をノアとリグは呆然と、ヴツカは平然と見据えていた。
――有り得ない。
「お前等・・有り得ねぇよ」
ノアはそう吐き捨てるように云うのだった。

02/11/11 00:36 『修正』

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えせばんくる
 話題の龍猫虫は今エルクによって抱かれているがその周りにはリゲル、キトラーの2人が取り囲んでいる。そして話に花を咲かせていた。エルクはフニフニと龍猫虫の手(?)を触ってみる。柔らかそうに見えるそれは柔らかな毛は生えているものの案外硬い。
「えぃっ」
『ふに〜』
 今度は龍猫虫のハナの辺りをツンとやってみる。まだ生まれたてなので身体で簡単に抱え込めてしまうサイズ。それが腕の中でわしゃわしゃと懸命にじたばたしている。
―――かっ…かわいい。(女性陣+リゲ談)
『ねぇエルク、次かしてかして?』
 その愛くるしさに魅せられたうちの一人のリゲルは堪り兼ねたようにそう問い掛ける。
「はいっ」
『っわぁあ〜〜〜☆』
 エルクから受け渡された瞬間リゲルのタダでさえタレ目な瞳が更にタレた。溶けそうなくらいに潤んだ瞳がその嬉しさを嫌と言う程あらわしていた。
『かわいー♪』
『ふにゅっ』
 すりすりすり……。
 リゲルはおもわず頬ずりをしてしまう。だがあまり龍猫虫はご機嫌がよろしくない様子。心なしか眉間にしわがよっている気がする。
『リゲルちゃん、そろそろお姉さんにかしてくれないかしら?』
 彼女は後ろに手をまわしている状態で問いかける。その後手には鈍く光る鞭が握られているのだが…。
『ん♪いいよ。はいっ』
 機嫌の良いリゲルはそんな事に全く気付かずに手渡してしまう。それをキトラーは受け取ろうと鞭を持っていない方の手をのばす。だが―――。
『うぁっ!?』
 突然これ以上付合ってらんないといった感じで龍猫虫はもがきだした。そしてそんな動物を片手で受け取ろうとしていたキトラーはうまくキャッチできるはずもなく…。
<ぼてっ。>
 がしゃがしゃがしゃがしゃがしゃがしゃがしゃがしゃがしゃがしゃがしゃがしゃがしゃがしゃ……。
 な、なんと龍猫虫は後向きで全力疾走(?)していたのだった。向った先は――――――。
『来るな触るな近寄るなぁああああぁ!!!!』
 黒龍の絶叫がとどろいた。
02/11/07 20:39 『修正』

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メケ太
外の光りが張ったガラス窓を越えて部屋のなかまで照らしている。それでもここは光りがたりない。まだまだ光りが届かずに暗く影を落す部屋の隅々。私は影に埋もれて、その光りの数々を傍観している。影の中にいるはずなのに何故、目は眩しいと感じるのだろうか?私は――護られているはずなのに。その影が私を包んで、それらから伸びてくる数多の触手が引きずり込もうとするのを止めてくれているはずなのに。温かさに目を奪われる私は―――。温かい?私は今なんて云った?確かに温かいと云ったの?そんなはずないじゃない。そうよ。温かくなんてないもの。
―――ウザったい。
ウザったいだけよ。いつかそれらに勾引かされて目なんて潰されてしまう。この肌を焼かれてしまうわ。だから駄目よ。行っては駄目なの。私は貴方の優しさを知ってるわ。貴方はあの光りのようにそんな事はしないもの。いつだって抱きしめてくれるでしょ?だから――、そんな所に居ては駄目。貴方が飲み込まれてく。光の中で貴方は生きていけないのよ。だって、貴方は闇でしょう?
『・・ノア?』
―――月が来るわ。
貴方の追い求めている物、私が手にしてあげたい。貴方はどんな顔をするのかな?良い事を思いついたよ。
02/11/07 23:58 『修正』

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えせばんくる
(修正:1) <ぞわっ>
「!?」
 一瞬背筋を何かが這う。別に物理的なモノではないのだが…。だがそれは確かに念のような…そんな感情のような、言い様の無い気配をかすかではあるが感じた。
「……」
『あらどうしたのエルクちゃん』
 僕が無表情で考え込んでいたからだろうか。お姉さん(?)――キトラーが僕の顔を覗きこんでいた。手には龍猫虫。それを僕の顔のまん前にずいっと近づける。よって龍猫虫の顔も自然とズームになる。
『に〜』
「…えぃ」
『にゅ〜』
 さっきの気配ははたしてなんだったのか。悪い事でないと祈りたい。


「ねぇ、それにしてもさ、いちいち“龍猫虫”“龍猫虫”って言ってたらキリ無いよ?ちゃんと名前つけてあげようよ〜」
『えっ…エルク!?まさかお前飼う気でいるんじゃないだろうな…』
 するとノアがこの後の展開をなんとなく察したらしくたじろぐ。
「え。飼わないの?」
『なぁっ!?』
『ボクもキトラーも賛成だしヴツカからも了解とれたんだよ〜』
『私はいつでもいいわよ?だってこんなに愛くるしいんですものね』
 はたしてどういう意味で愛くるしいなどと言ったものだろうか。
『リゲル、エルク…。なんでもかんでも拾いましょうじゃねーんだぞ?少しは我慢て事も知れよ』
 突然に反対意見をもらしたのはリグだった。ノアもそれに便乗する。
『エルク。それ飼うってならもうここでペアは解散だ』
「ノアっ!!」『リグっ!!』
 そう言うとエルクとリゲルはふたりで龍猫虫を手に取るとずいずいずいとふたりの眼前まで近づける。
『「かわいいでしょっ!?」』
『わかったからしまえしまえ;』
『ふにぃ〜』
 

『で、どうするのだ?』
「ボク的には“にゃ助”がいいと思うんだけどなぁ。どお?」
 エルクは一同に同意の声を求める。だが他のメンバーの口から出たのは正反対の言葉だった。
『私はそのまま“猫ちゃん”と呼ばせてもらうわ。そんな名前でなんて呼べないわ』
「えぇ〜っ」
『あんなおぞましい生き物に名前なんかいらねーよ。あんなもん“あの物体”でも呼んどきゃいいんだ』
 あぁ名を呼ぶだけでも鳥肌がたつ。
『ボクは“キクル”がいいな☆』
「きくる?なんでまたそんな名前に?」

 
02/11/08 19:44 『修正』

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メケ太
時刻はもうそろそろ陽が沈む夕闇の時に差し掛かるころだった。この塔を通りすぎ、今や陽は山間に見える。元々、直に陽の光りが当たらない塔の中心部には少し早めの明かりがスパイラル状に点点と灯っていった。ノアはただ、草原に座りそれを上から見下ろしていた。
『にゃ助!』
『猫ちゃぁ〜んvV』
『おいで、キルクッ』
そしてあの3人は未だバラバラの名であの忌々しい物体を文字通り猫っ可愛がりしている。ノアはそれを見るたびにため息が耐えない。
――どこがいいのかねぇ。
エルクは約束の事も忘れて、楽しそうである。月はもう薄っすらとこの空に見えているというのに・・。南天を指すにはあとどれくらいなのだろうか?水の国にはあとどれくらいで付けるか・・。
――まぁ、問題ないか。
エルクは自力でいこうとするが、自分には転移する力もあるわけでそんな時間の事は難点の内に入らない。ノアはその場で寝そべった。草の感触がふわりと柔らかく身を支える。土の匂いがした。
「・・・」
雑踏のように何人もの声が重なり合い、この耳に届く。しかしそれが決して不快なわけではない。寧ろ、落ち着く気持ちが安堵に近付ける。それは聞きなれた声だからであろうか?このまま、寝てしまったら気付いた時には朝になっているかもしれない、そうふと思った。月を逃してしまう。そしたら次は1週間後か?1週間後・・。1週間後にはまた来るのか。そうか、また来るんだったな。いや、月なら何時だって――。
「・・・はぁ」
――何を考えてるんだか。
ノアは自分を自分で微笑しつつ、間を置いて、そんな心と裏腹に薄っすらと目を閉じてみた。

しかし、その途端に街から思いも寄らない爆音の音が鳴り響いた。一行はそれに素早く反応して、身を固まらせる。
『な、何?!』
リグははとして空を見上げる。
『ノア、お前』
「俺じゃないッ!俺は何も・・」
――していない。それに、今日は金の国の日ではない。水の国だ。そんな意味のないこと態々するわけがない。今までもそうやって機会を狙ってきたのだ。
『なら誰が?』
解らない。しかし――
「嫌な予感がするわね」
悲鳴を上げる街を見下ろし、一同は息を呑んだ。
02/11/09 01:25 『修正』

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えせばんくる
『とりあえず行ってみよう』
 リゲルは荒れ狂う町並みを見下ろしながら焦る。だがそれをヴツカが抑える。
『待てリゲル。下手に行ってみろ、キトラーが追っ手に見つかったりしたらそこでまた一騒ぎ起きる。慎重に行った方がいい』
 それには皆同感だった。キトラーは本人が言っている通り“捕らわれの身”悪く言えば“お尋ね者”だ。見つかり次第即捕らわれに逆戻りだな。
『キトラー。お前変化かなんかできねーのか』
 彼女は“そんな事簡単よ”と微笑をたたえる。“私を誰だと思ってるの”とも言っていたか。
『じゃあそれ使ったらいいんじゃねーのか』
『あらでもさっきのもなかなかのスリルがあったでしょう?』
『アホかっ』
「そうと決まれば行こう?あの煙、賢所の方からだよ。絶対何かあったとしか考えられない」
―――今日の月は違うはずだけど。

 皆一斉に草むらを駆け出す。月の傾きは…あまりよくはわからない。でもまだそんなに真夜中に近くないはずだから傾いていない筈。僕はノアの服の裾を引っ張って彼を呼ぶ。
『なんだ』
 彼は走りながら僕の呼びかけに答えてくれる。
「僕、君の傍にいるから」
 僕はそう言うと自分の言いたい事だけ言って前にいる皆の方へ駆けて行った。
――――嫌な予感がする。今彼と絶対に離れちゃ駄目だ。
 なんとなくそう思ったから僕は一方的にそう告げた。“虫の知らせ”とはこんな事をいうのか。でもこの“虫の知らせ”は当たらないでほしい。そんな事を祈った。
02/11/10 00:56 『修正』

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メケ太
人間が騒ぎ立て溢れるように戸を抜けてこの場を去って行く。私はその後を見据える事なく国神の傍に向かった。あの中には彼の手に入れたかった物がある。何時もそう呟いていた。願いが叶う――と。
『動くなッ!!』
一般の人々の群れからそれらを掻き分けこの国の特殊警備隊が押し寄せる。ステッキを振り上げて身構えている。私はすっかりと包囲された。しかし――。
『願いが・・』
『大人しく此方に来い!』
――これで願いが叶うの。
『それを引き渡すんだッ』
確かにあの中には丸い宝玉が隠されていた。私はそれを尚も大事に抱え込む。その様子を確認すると警備隊は一斉にステッキを振り下げた――。

それから数分後の事、その場にまた新たな者が入り込んできた。それは当然エルク達のことである。反対方向に押し寄せる人の流れに逆らって来たせいで余計に時間が掛かってしまった。
『・・なんだ?』
リグは肩で息をしつつ、賢所内を見渡す。あの爆音は賢所の中であったらしく、建物自体はまったく損傷を起こしていなかった。しかし、国神といえばやはり粉々に砕け散っていた。元々、大きな像であるが今はそのものの見る影も無いのだ。爆音となったのも頷ける。しかし、次はその国神をどうすればあんなにも粉々にできるかの疑問が浮ぶ。ノアの影であってもそんな多くの損傷を与える事は出来ていないのだ。
『あ、あれ』
リゲルが何かに気付いて指を刺す。それはリグの見ていたそのまた奥の物であった。
『何・・?』
数人の人垣。その奥には――。
「ドウトウ・・?」
ノアは目を見開き、ふと呟いた。皆はそのドウトウと呼ばれた女の子の影に思わず絶句した。確かにあの人垣は特殊警備隊のものである。さっきのキトラーの件があるのでそれは一目瞭然だ。しかし、それ等に四方八方から鎖で四肢を捕らわれた少女は――人なのであろうか。焼けたようにあらゆる個所が爛れ、肌の下を伝う血管が浮き出、骨が凹凸を繰り返す。まるであの形態で生を止めていることが不思議である。警備隊はステッキを彼女に向けて振りかざした。床に当たったその先から前に見た影のような犬の浮び、彼女に向けて全速力で走りゆく。
「ちぃっ・・」
クロウリーの姿に変化したキトラーはそのままの彼女の顔で舌打ちをした。
「やめろぉおおおおッ!!」
ノアが突如少女に向け、飛躍した。



02/11/10 16:41 『修正』

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えせばんくる
「ノアっ!?」
 時既に遅し。彼はすでに影を駆使し警備隊と同等に渡り合っていた。いや、状態を見るにノアの方が優勢の位置にいるのは一目瞭然だろう。
『――っ!?』
 リゲルは息を呑む。目の前にまたあの血の海が広がる。陰とすれ違うと傍にいた人が次々に崩れ落ちる。あれだけ警備隊はいたのにもう既に息があるのは数人―――つまり数えられる程にまで。
「ノア―――――っ!!!」
『エルク行くでないっ!!』
 エルクは飛び出していこうとするがそれを―――ヴツカが止める。
「ヴツカっ」
『汝が自我を失ってどうする』
―――でも。
 でもこうしている間にもどんどん人の命は尽きてゆく。やらねばやられる。それはこの状況下しかたの無い事かもしれない。でもそんな事が…。
―――そんな事が許されるの?
 声を失ったまま僕はヴツカを見つめる。
―――長い時をへてようやくここまできたか。
 眼球に光が入らずとも奴の気配など手にとるようにわかる。体の方が嫌でも覚えておるわ。
『我もようやく長い年月待ちに待った輩に遭えそうだ』
―――奥から湧き出でる怒りではらわたが煮えくり返りそうだ。自我を失わないよう気をつけねばならぬのは我の方やも知れぬ。どれだけの歳月我を待たせたか。まぁよい。目的の一段階に辿り着けたのだから。
02/11/10 19:28 『修正』

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*** この記事は削除されています
02/11/10 23:32

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メケ太
(修正:3) ノアは出きる限り全速力で警備隊の間を抜ける。影が届く前に、あの犬に追いつくだろうか?
『の・あ』
「っぐ・・」
紙一重で差し出した腕からはしたしたと鮮血が零れ落ちる。それでもノアは口元をニヤリと歪ませ、犬をなぎ倒した。それは影に解け込み形を失う。ノアは肩で息をし、ふと警備員と目が合うが、怯んだ様子を一瞥するとドウトウに向き直った。
「何故・・ココに居る」
『ノアの・・為』
「何?」
『願いが叶うの。私はあなたと――』
ドウトウはそう云いつつよそよそと手中にある玉をノアに見せた。ノアはいっきに青ざめる。
『危ないッ!』
ドウトウの台詞を聞き終わる前にノアはその玉を振り払う。ドウトウは突然のことに目を見開いた。玉は床にあたり、コロコロと転がった。
『大人しく・・彼女を引き渡すんだッ!!』
その様子を見て、警備隊が再度挑む。
『そいつはもはや神への冒涜を犯した。刑により裁かれる義務があるのだ』
「義務だと?」
聞き流していたノアはふと警備隊に向き直った。胸糞悪そうに顔を歪める。
『そ、そうだ。それが我等の役目である』
それは国の治安を守る為。神を信じて止まない信者に不評な思いを抱かせないために築かれた国営組織。それが――特殊警備隊と名を馳せた異端諮問管である。
「貴様等のような泥人形が神の啓示を受けただと?笑わせるな」
ノアは嘲笑する。
『我等を侮辱するかッ!』
「侮辱よりも生きる事さえ絶望の意味そのものだと知る恥辱を受けさせてやろうかッ!?」
怒りを宿す眼光がその者を捕える。血に満ちた場がまた狂気に染まる、そんな空気が全員に伝う。警備員同様、エルク達は思わず動きを止めてしまった。
「皮を剥ぎ、爪を抜き・・その目を潰すか?」
あの時の――、火の国のときのノアそのものである。薄く笑いを浮かべる口元と見下して眉を顰めるその目元。エルクの目からは自然に涙がこぼれた。ああ――ノアの感情に殺されて光がまた居なくなる。
『光ちゃん・・光ちゃん』
こんな真実など有り得ない。エルクはその場で頭を抱え込んでそう呟きを繰り返す。リゲルはその姿を痛々しそうな目で見据え、何も云わず手を握った。リゲルもエルク同様、その場から目を離したい思いでいっぱいだった事は確かなのだ。あまりに――辛い光景すぎる。あの昔浮べた優しい笑顔は、今は嘲笑しか映し出さないのだろうか。
――エルク、君にはやっぱり無理だよ。
リゲルは内心、エルクにそう語り掛けた。ノアについて行くなんて、いつか君が壊れてしまう。あの狂気について行けずに君自身が抜け殻になる。リゲルもまた一筋の涙を流した。

残酷なのは現実か?それとも夢を見る自分そのものか?押し付けるようにそう願いを託し、自虐を繰り返しているだけか・・。それならば、いっそこんな願いなど、忘れさせてくれれば良いのに。
02/11/11 00:26 『修正』

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うさぎばやし

ノアの感情とは裏腹に、ドウトウはなんともいえない幸福感に満ち溢れていた。幸福感―――違うかもしれない、ドウトウが持っている言葉の中で、その感情にぴったり当てはまるものはないのだから。
いる。

ノアがいるのだ。ここに。自分の目の前に。

ノアの言うコトは少し難しい。
ゆっくりと頭をもたげ、彼女は再び嬉しそうに目を細める。
ドウトウは彼の言葉を完全に理解することは出来なかったが、その言葉を“うれしい”と感じたらしかった。同時に彼が“おこっている”ことも理解したが、それ以上の事は彼女にはわからなかった。

ふと。
彼女は自ら首を動かした…ノア以外の人物の方へ。
何故そこでそうしたのかは、彼女にもよくわからなかった。ただ、その先にいる人物に見覚えがあることは“理解した”。


頬をつたった涙が、床に真っ直ぐ落ちていく。
『光ちゃん』
うわ言のように、口から漏れるのはその名前ばかり。駄目だ。駄目だ。駄目だ。これでは…だめ。いなくなる。いなくなって、消えてしまう。そうなると――――どうなる?わからない、わからないけれど。
『いやだ』
嫌だ。悲しい。寂しい。それ以上に、何かが…壊れる。何かが変わる。ダメだ。駄目。
『光ちゃん』
『エルク!』
今度はリグが、エルクの肩を掴んだ。がく、と彼女の身体はひと揺れして、一応止まる。そのままエルクはうな垂れ、床を見つめた。
『こんなのって…』
『エルク』
『こんなのは嫌だ…っ…』
02/11/10 23:49 『修正』

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えせばんくる
胸が刺す様に痛む、息を吸うのが苦しい。胸が詰まる。この今にも壊れそうな何かが何か。それがわからない。これ以上自分に話しかけ続けたらいずれ何かが壊れるというのはわかる。でもそれが何か―――今の僕にはわからなかった。
「光ちゃん…っ…光ちゃん」
嗚咽まじりで少女は鬼人と化した少年の後世の名を呼ぶ。呼びかける。彼は自分の知らない少女を守る為に警備隊と対峙している。桜色のふわふわとした髪の少女――人とかろうじてわかるくらいの原形だが――を背にかばって。自らは血を流して。
「光…ちゃん。ノアっ」
光ちゃん。ノア。ノアでもいい。ベルに仕返しがしたいかもしれない。一族の敵をうちたいかもしれない。でも貴方は優しいのを知ってるから。僕に返事を頂戴…。
だがエルクの呼びかけなどこの緊迫した状況下では虫の囁き程度のものでしかなかった。

―――っ。

今わかった。

壊れそうなもの。

自分のこの弱いちっぽけな心だったんだ。

君の事を大切に思う気持ちが大きすぎてそれを受けとめられずにいた。口ではそんな事一言もいってなかった。それに自分でもそんな風におもってなかった。

でも何時の間にか大きくなりすぎた気持ちに気付いてなかったんだ。

今それが目の前で一瞬にして失われそうになっている。

なんて弱い心なんだろう。

02/11/11 02:13 『修正』

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えせばんくる
「強くなる…て…言ってたのに…ね」

なんでこうなんだろう。

表だけは強そうに見えても中がこんなに脆いんじゃいつまでたっても駄目な事に変わりはないのにね。

いつも君に言ってたっけ。

――強クナラナキャ――

って。

言ってたにも関わらず何また考え込んでるの?

「…バカみたい」

自分がバカみたい。

いつまでたっても成長しない。

いつまでたっても幼いまま。

何いつまでウジウジ一つの場所に留まってるの?

同じ場所に居たって何が変わるわけでもない。

閉じ篭ってるのは僕の方。

この暖かい場所に一番包まれ甘やかされてきたのは僕だったのかもしれない。

いつもどこかで皆に支えてもらってた。

「…だめじゃん」

甘ったれ。

歩きださなきゃ何も―――何ひとつとして生まれないんだから。変わる事なんてないんだから。

「光ちゃんっ!!!!!」

連れ戻したいなら自分がしっかりしてなきゃ彼女が戻ってくるにこれないよ。

02/11/11 02:26 『修正』

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管理人
《……うるさいな》
 混乱に包まれたその場所に、突如として新たな声が生まれた。
 驚いて皆その声の主を探した。
 その人物は、まさに光り輝いていた。
 若い青年だった。
 少なくとも、見た目は。
 黄金の髪は流れるように長く、瞳は爛々と輝く砂金色。眉はよせられ、青年が不機嫌であることを如実に物語っている。
 ゆったりと布を体に巻きつけているその姿は、あまりにも神々しかった。
《貴様等か? 俺の聖域を荒らしているのは》
 その言葉は、ノアやドウトウはもちろんのこと、警備兵達にまで向けられていた。
《煩くてたまんねぇ。こんなんじゃ昼寝もできねーだろ》
 そのまま青年――金の国神メルーは無造作に腕をあげた。すると、床に転がっていた宝玉がすぅっと彼の手に戻る。ドウトウが小さな悲鳴を上げたが、メルーは気にした様子もなかった。
《……やっぱ人間に管理させるのはよくねぇのかもなぁ?》
 横柄な口調、尊大な態度。
 そんな国神を見て、エルク達は誰かに似ていると思った。
 そう。この国神たる青年は、明らかに。
 ベルと似ていた。
 そんな衝撃を受けている一同に反し、場違いなまでに呑気なのがいた。
「なー」
 龍猫虫のキクルである。キクルは迷う事なくメルーの肩にとまる。
 それをみた国神は、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
《お、龍猫虫じゃねぇか。久しぶりに見たなぁ》
 なぜか、そこだけ和やかになった。
02/11/11 16:50 『修正』

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メケ太
――いけない。
ノアは咄嗟に影を呼び起こすとドウトウの鎖を断ち切る。ドウトウはその場に倒れ込むようにノアに身を寄せた。
「悪い、ドウトウ。ここは1人で逃げるんだ」
しかし、そんなドウトウにノアは肩をもってそう云い聞かせた。ドウトウは暫し動きを止めたがノアのいう事を把握すると頭を横に振る。
「ドウトウッ!」
『まったく、チンケな野郎達だな。どっちにしろこの有様だ。いっそのことお前等も散らばるか?』
メルーはその手の平に力を込める。
「――くッ」
――やはり。
時が悪すぎる。今日の月は金の力にとって有効に働く時・・。元から多大な力を秘めているモノが今やその力は何倍にも膨れ上がっているのだろう。今のノアであっても太刀打ちは出来ない。しかも――ドウトウがいるのだ。それは確実に大きなハンデを示していた。ノアはドウトウを1人で逃がす事を諦め、右腕で彼女を担いだ。そのまま大きく飛躍して後退する。
『ははっ、遊んでけって』
メルーは力を込めたその平から幾つもの閃光を放出させた。ノアは着地すると同時に陰で自らを被うようにし、それらをなんとか回避する――が。どれか一つが大きくうねり、横から接近してきた。
「――がぁッ!!」
ノアは寸のところでそれを陰で受けるが、衝撃で吹っ飛んでしまう。しかし、その血を吹く腕をついて、なんとか腕の中のドウトウを庇う。
ザザザザッ
―――はぁ、はぁ。
『ノア・・』
「・・大丈夫か?」
彼女にはこの腕に掴まれる事さえ苦痛であろう。出来る事なら少しでも衝撃が和らげば良い。しかし――
「後もう少し、我慢だ」
そんなわけにもいかない。兎に角、この場から立ち去らなければ・・。
―――?
ドゴゥッ!!
ノアはあらぬ殺気に本能的に回避した。元居た場所から石床の砕け散る音がした。
『くくく・・』
メルーではない。この石を砕く力は――。
「・・ヴツカ」
ゆっくりと、笑みを浮べるその顔を上げながら此方を見据える彼、その者の所業である。まさに床にクレーターを残した拳。それを開いては閉じ、パキパキと骨を鳴らした。
『逃がしはせぞ。その者を我に渡すのだ』
赤い目は確実にドウトウへを向けられたモノである。ノアはたじろぎ、ドウトウを抱えるその腕に、一層の力を込めた。
02/11/11 23:56 『修正』

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うさぎばやし
おろかなことだと思う。
馬鹿げていると、意味の無いことだと、…頭ではわかっているようだ。しかし止まらない。止めるつもりも毛頭無いが。
眠りの中で見つけたのは、決して希望溢れる素晴らしいものなどではなかった。しかし、自分にはそれしか残されていないことくらい知っている。それが何万年、…ひょっとしたらもっと永い時間を過ごし、はじき出した結論。まったく、馬鹿げている。愚かなのはあやつだけではない。
もっと愚かなのは…

「…まったく、馬鹿げている。」
何が可笑しいのか、ヴツカはくすくす笑う。それを見て、ドウトウは小さく肩を震わせた。恐ろしいわけではない。しかし。
「その者を、渡せ。」
『…何を』
「其れは我をさまたげた者。」
妨げた。人成る者を、人成らざる者が。完成と完璧と完全。どれも手に入れたいなどと、今更望みはしないのに、我は如何して求めているのか?

『…おめーら、まぁ見事に無視してくれちゃって…』
突如、更に不機嫌そうな青年の声が響く。見るとメルーは、肩に止まった龍猫虫キクルとともにこちらを眺めていた。なー、と妙に可愛らしいキクルの声が多少場違いではある。
そちらを一瞥し、ヴツカはぼそりと呟いた。
「黒龍に用はない。我が求めるは唯一人。他は好きにするが良い」
『ほぉ?』
ヴツカの言葉が終わるか終わらないか、その瞬間に再び閃光が煌めく。今度はヴツカ目掛けて、光は直進した。避ける―――しかし避けきれるはずも無く、光の一つが左足に直撃した。
『馬鹿言ってんじゃねぇよ、俺は俺のしたいよーにするに決まってんだろうが。』
「…っ…」
メルーの言葉を聞いているのかいないのか、ヴツカはただただドウトウを見据える。見えるはずも無いのに、目をこらす。

今更、望みはしないのに。
………しかし、投げ捨てるには時が経ちすぎた。
我の出来ることなど限られている。手に入れろ。完全なる身体を。

そうして、自らの使命を終えるのだ。
02/11/12 00:54 『修正』

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えせばんくる
「ヴツカっ」
エルクは片膝をつきながらドウトウと呼ばれる少女を見据える彼の傍へ駆け寄る。傷は…たいした事はなさそうだ。決して浅い訳ではない、だが命に別状はなさそうだった。
『おいそこの角』
「?」
エルクはキョロキョロとあたりを見渡す。大半の兵士は床に倒れ付しており、残りは耐えず警戒している。だがその誰一人として角などはえてないしそのようなものを持っている気配はない。仲間の方にも目をやるがそんな心当たりはなかった。
『おめーだよ古竜』
「…ぼ、く?」
エルクの瞳に不安の色があらわれた。自分が呼ばれるのかなど予想もしなかったし、何故かなどそれ以前の問題だった。
『お前に揺るぎ無いモノはあるのか』
それを聞いたエルクはからだがひきつるような感覚に襲われた。思い出したのだ、あの時のノアを。
――コレガ揺ルギ無イモノダヨ――
「あ…」
『あ?どうなんだ』
彼に―――メルーにあのときのノアが重なる。この状況が。この風景が。

血の池。倒れる人達。傷つく仲間。不敵に笑う人物――メルー。

怖いというのか、この感情は。
逃げたいと思うのか、弱い自分。
いや、そうは思っていない。
じゃあどういう気持ちだというのか。
わからない。

僕は目の前に立つメルーと目が合ったまま離せなかった。


02/11/12 23:07 『修正』

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うさぎばやし
(修正:2) きらりきらりと、光が鱗粉のように舞い降りる。
『……僕、は…』
ゆるぎないもの。
『それは…』
心が乱れるのは何故。唐突な質問、唐突な言葉。消え去らない消え失せない、いつも滲み出てくる…
こんとん。混沌…闇で無く。
迷い。

“俺をどう思う?”
“エルク”
“憎いだろ?”
“これが揺るぎ無いモノだよ”

“エルク”

『……』
エルクはメルーを見つめた。メルーも小さな笑みを浮かべたまま、こちらを見やる。
時間が一瞬、止まった気がした。

ガシャァァァンっ!!!

『っ!』
耳をつんざく高い音が、その場にいる者の耳を刺した。月とメルーの纏う光が硝子の破片に乱反射する。美しい硝子窓は粉々に砕け散り、床に叩きつけられた。そこから一つの黒い影が飛び立つ。
『ノア!!』
「っ…逃がすものか…!」
ほぼ同時に、エルクとヴツカがその後を追う。その後ろを、困惑の表情を隠さぬままリグとリゲル。クロウリーの姿をしたキトラーは、呆れたように眉を寄せ、一つ小さな溜め息をついた。
『若いわ…』
軽い足取りで、そのまま硝子窓を飛び越える。振り返って、メルー相手に妖しげな微笑みを贈るのも忘れずに。

『まったく。』
キトラーの言に同意したわけではないようだが、メルーは肩をすくめて見せた。表情は未だ微笑。ただし何とも感じの悪い微笑みだが。
『ンな事でいちいち起こされちゃたまんねぇよ。なぁ?』
『にー』
肩に止まっている龍猫虫に同意を求めると、まるでそれに答えるように龍猫虫が一鳴きした。と、何を思ったのか急に彼より離れて、エルクたちの後を追うようにかなりの低空飛行で飛んでいく。少し残念そうにメルーはそれを見送った。達者でな、などと言いつつ。
『―――――――――――…さてと。』
彼は嘆息し、辺りを見回す。血、血、血…死体。全く、これが聖域というのなら人間の世界とは一体如何様なものか。メルーは生き残った人間たちをぎろりと横目で睨んだ。
『お前等、如何する?』
02/11/13 21:32 『修正』

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えせばんくる
メルーの睨みを浴びた若い兵達は畏縮する。だがその内の一人が口を開いた。彼が言うにはひとまず殉死した警備隊員の亡骸を葬ってやるのが先という意見を述べた。この隊はどうやら11番隊らしいが隊長は既に事切れていた。副長は大怪我をしていたようだがかろうじて生きている。彼もその一兵の意見を取り入れる事にしたようで生き残った者達に撤収を呼びかけた。
『国神・メルー様、彼奴等は我等が必ず引っ捕らえて参ります。この度の騒ぎ申し訳無く思っております。』
兵をすべて後に立たせ並ばせると副長はメルーに向って深々と頭を垂れた。メルーは龍猫虫までも行ってしまったのでさらに少々不機嫌さが増しているようで腕を前で組みながらその話を聞いていた。
『奴等を捕まえるよかこの神殿の修復作業。どーにかしてくんねぇ?ここまで粉砕されてちゃ居るに居らんねぇよ』
確かに。外装にあまり破損は見られないが、中は悲惨だった。地の海に崩れ落ちる台座。瓦礫の塊。埃。死体。見るに堪えないその現場は流石に嫌なものがあった。メルーにしてみれば全然なんともないのだが彼が言いたいのはおさまっている場所が無くなるということらしい。

振動が露出した彼女の皮膚にはかなりきついかもしれない。だがコレ以上速度を落としているわけにはいかない。追いつかれる。
『ドウトウ大丈夫か』
塔の内部を駆け、ドウトウを追う追っ手から逃げながら黒龍は腕の中にいる少女の心配をする。真っ直ぐ前を見据えながら問いかけると彼女は彼女なりに理解しうなずく。
――の、あ。
彼がいてくれる。彼が自分を助けてくれた。なんというのだろうか、この気持ちは。
ドウトウは今の自分の心をあらわす言葉を知らなかった。だがそんな事はどうだっていいと、どこかで感じていた。


――――“嬉シイ”――――
02/11/13 23:35 『修正』

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メケ太
(修正:1) 背後にはヴツカとエルクの姿があった。
――如何する。
今は走る事しかない。もし、ドウトウの砦に戻ったとしても、今の状態ならば返って場所を教えるようなものだ。視覚に囚われない並外れた潜在感覚を持ち合わせるヴツカがいる事こそ運が悪かったか――。ノアは考える事なく、おのずと迷路に迷い込んで行った。これで撒くことができれば良いと薄い期待を持っての行動だ。しかし、それも時間の問題だろう。この距離でいけば、撒くという保身行為というよりも体力勝負といったほうが妥当だ。――逃げつづけなければ。話しなど、通じるものか。そう、今犯そうと思っている事がどんなに愚かしいことか、お前等には解るまい。お前等にこの傷など――。

人目を避けるように闇に潜んで、その場で死んで行くように冷たくなっていた君。それは生前の記憶だ。今も二人はまったく変わることなどないが、解らない所でそんな個所もどこか一つはあるかもしれない。だって君も人間なんだから、生きて――いるんだろ?だから笑うじゃないか。初めてその顔を綻ばせた時だって、それは確かな証拠になるんだ。だから、だから――人間だよ。君は確かに・・。ドウトウ。

――ドガァアアアッ!!

「ッ!?」
人間なんだ。妬みもするだろ。悲しくも、思うだろう。
『はぁあああッ!』
「くぅッ!」
誰だってそれは共通する事ではないのか?何人も、それを悪だと云う権利などないはず――。

―――バキィイッ!

「うっ・・」
ノアはその場に倒れ込んだ。後ろでただ、追っていたと思われたヴツカがいきなり壁から抜けてきたのだ。いや、正確に云えばぶち壊して通ってきたのだ。こちらの気配を読んで上手く計算したのだろう。それは目出度くもぴしゃりと当たった。油断していたせいもあってか衝撃でノアは案の定、頭を酷く打ってしまった。薄っすらと遠のいて行きそうな意識をなんとか取り留めて宙を見る。視点がうまく合わない。霞む視線の向こうにヴツカが見下すように佇む姿が見えた。
02/11/14 05:35 『修正』

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えせばんくる
モウ君ハ、
昔ノ君トダイブ変ワッテシマッタネ。
遅イカモシレナイ。
デモ最近少シソウ思エルヨウニナッタヨ。
デモサ、変ワッテシマッタノッテ
外見<ソトミ>ダケデショウ?
内ハ変ワッテナイヨネ。
ダッテ見テテソウ思ッタンダモン。
タダ僕ノ知ラナイ何カガ
彼方ニアッタンダヨネ。
現ニ僕ハソノ少女ヲ知ラナイシネ。
知ラナイ何カガ
変ワッテシマッタカモシレナイ。
デモ彼方ノ彼女ヲ見テイル時ノ瞳ハ
何処カ優シゲダッタヨ。
ヤッパリ内ハ変ワッテナインダヨネ。
ソノ感情、残ッテテクレテヨカッタ。
残忍ナダケノ人間ニ
―――龍ニナッテルノダッタラ
モウナンニモ言イ様ガ無カッタケド
………違ウネ。

―――内の何処かにいるんでしょ?
「………光ちゃん」
聞こえてるのかな、ないのかな。
別になくてもいいや。
ただ今はこう呼んでみたかっただけだから。
僕は倒れこんでいる彼の事をあえて“ノア”とは呼ばなかった。
02/11/14 22:03 『修正』

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うさぎばやし
(修正:1) 『げほっ…っく…』
「のあ」
ドウトウが、震える手でゆっくりとノアの頬をなぞる。腕の痛みなど、無い。そんなものは此処に降りて、とうに感じなくなってしまった。そんなものより、もっともっと痛いものがあるはずなのだから。
「ノア…わた し、私は」
『……ドウトウ、』
ノアは小さく首を横に振る。そのままドウトウの言葉を遮り、き、と前方を見据えた。
ヴツカも肩で息をしている状態で、決して万全ではない。先ほどのメルーの攻撃で傷付いた足を酷使してノアを追ってきたのだから。当然だがその足からは大量の出血が確認できる。
「―――――…今更逃げるか、ドウトウ」
低い声で、ヴツカが問う。ドウトウはずる、とノアの頬に当てた手をすべり落とした。のろのろと、緩慢な動きで彼―――ヴツカのほうを見やる。
「…あ、なたに は 、わからないのよ」
初めてかもしれない。ドウトウはこの、唯一の肉親に口を開いた。愛された、愛された、自分より美しいもの。愛されなかったわたし。
「わからない。 なにも 。」
それ以上の言葉を彼女は知らなかった。もどかしい、と思うこともできない。そんな感情も言葉も彼女は知らない。ドウトウは口をつぐみ、俯いた。
「……ノアは 優しか、た…もの。」
その言葉にエルクが小さく反応する。軽く髪の毛が揺れる。それを視界の端に捉えて、ノアは少し顔を歪めた。

彼女の動く理由などひとつしかない。少なくとも今は一つだけ。
優しい。いや、それ以前に話し掛けてくれる。彼女に触れてくれる。汚い、と彼女の手を跳ね除ける事も無い。優しく接してくれる。笑いかけてくれる。話してくれる。
一緒にいてくれる。
そんな存在。とてもとてもたいせつ。
だから彼女は動くのだ。ただそれだけのために。ただそれだけではあるけれども、彼女にしてみればこの上なく大切なもののために。
02/11/14 23:21 『修正』

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メケ太
『解らないだと?』
その額に脂汗を浮ばせながらヴツカはふと、顔を無理矢理にも引きつらせる。笑っているのだ。嘲笑している。
『何を云うかと思ったがな・・』
ドウトウはすくりと立ち上がった。ヴツカと真正面から対峙する。
『それは気持ちというやつか?』
―――ふざけるなッ!!
幽かに、叫び上げた声が閉鎖的な通路に反響し、一段と大きく聞こえた。しかし、誰として顔色を変えない。ただ、その情景を見据えた。空間はいっきに研ぎ澄まされる。気持ちだけが空気に雑じって対流を起こすかのようだった。少し熱い。
『それがどうしたというのだッ!貴様がどう感じてどう思ったかなど、それがなんだと・・ッ!!』
足が益々痛むのかヴツカは息を途切れ途切れに言葉をぶつける。あまりにも気が高くなる、口元を歪ませて、長い髪を振り乱すそんな様は発狂しているかのように思えた。実際――、乱れているのは確かだが。
『我は奪われたのだッ!貴様にこの視力をッ!!』
恨み、怒り、蔑みに厭ましさを含めて見えない目を見開く。ドウトウはその目を逸らす事なく見つめていたが、その視線とならない目線からどれほどの感情を見出す事が出来ただろう。ヴツカは今、この時に全ての感情を傾けているのだ。
『貴様が、浅はかで愚かで不完全な・・』
―――不完全な。
これが、本音だ。

お前など嫌いだ。
消えろ。
消えてなくなれ。
お前さえいなければ・・。
お前さえこの世に居なければ。
居なければ。

『わからな い』
――あなたになんて。

ヴツカはその場で大きく踏み込んだ。
―――パァアアンッ!!
「!?」
ノアがその様子に気付いて動き出す前に、何かがそれを阻止した。ヴツカが繰り出した拳は見えない壁に当たったかのように跳ね返される。
『なッ・・!』
「おいたはしちゃ駄目よ。坊や」
『キトラー・・貴様』
焦り、そして怒りを含み、感情に歪むその顔を一瞥し、キトラーはため息を付いた。
『何故に止めたッ!?そこを退くが良いッ我はこの者を・・!!』
「美しくないのよ」
『何を・・ッ』
「抵抗のない者を落し入れるのは人形を相手にしているのと同じよ。そこに美学や美観などはないわ」
――つまらない。
そう云うと彼女は不適に笑ってみせた。
02/11/15 19:51 『修正』

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うさぎばやし
(修正:1) 「貴様の美学など知ったことかッ!」
『あら』
キトラーはくすりと笑むと、するりとその白い指をヴツカの目の前に立てた。
『大切なことよ、坊や。』
「な…」
『私、美しいモノが好きなの。』
くるくると、ヴツカの顔に円を描くように、キトラーは指を廻す。
『其れが何であれ』
「そこを退け」
『美しいに越したことは無いでしょう?』
「退けと言っているッ」
異様なまでの圧迫感。ヴツカの息が一層上がる。ち、と彼は小さく舌打ちした。この魔女は、決して容易に相手が出来る相手ではない。どこかでそう叫ぶ自分が、踏み出す足をとどめている。まだ。
今はまだ、消えてはいない彼の理性が。
暫し、一同は沈黙した。口を出せない者、思案に耽る者、返答を待つ者、何も考えていない者。
(『……重い、…これは』)
リグは苦々しげに眉を寄せた。
プレッシャー。…キトラーからの。
(『…キツイな。』)
特に負傷しているノアとヴツカ、それに…なんといったか、ドウトウという少女。彼女に至ってはヴツカと対峙するように立っているため、負荷は更に増しているはず。
この対峙、長くは続かない。
02/11/15 21:35 『修正』

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えせばんくる
『ふにゅー』
どこからともなく間抜けな鳴き声とともに現れた龍猫虫。おそらく一行の後をノロノロと低空飛行で追いかけてきたのだろう。そんなことをするのならいつものあの速度で直線移動すればはやいものを。まぁこの入り組んだ迷宮の中、龍猫虫が歩行すれば曲がれるとは思えないが。
だがこの緊迫した空気の中、完全に場違いな声だった。
02/11/15 22:02 『修正』

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管理人
「なー」
 龍猫虫は何を思ったかそのまま地面に降りて、歩行を始めた。
 擬音はまさに「わしゃわしゃ」。はっきり言って気持ち悪い。さらに速度がそこそこにあるので、なおさら気持ち悪い。
 ごつ
 ヴツカが壊した壁の残骸に、当たった。
 ごつ
 だが龍猫虫はそのまま突っ切ろうとしているのか、何度も頭を押し付ける。
 ごつ ごつ ごつ ごつ ごつ ごつ ごつ ごつ ごつ ごつ ごつ ごつ ごつ ごつ ごつ ごつ
 まさにエンドレス。終りがない。
02/11/16 14:57 『修正』

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メケ太
「あら、猫ちゃん」
キトラ―はその作り出した冷めた空気を壊すかのように龍猫虫そのものに視線を向けた。他の者は未だ沈黙を保ち続ける。重い威圧感はもう失われたかに等しいが、まだその余韻が身を固まらせているのだ。
「兎も角、もうGAMEは終わりよ。止めましょう?作り上げられたエンディングなんて見たくないわ」
―――ねぇ?ノアちゃん。
キトラーは龍猫虫に駆け寄り、拾い上げるとそのままノアに振り帰る。ノアは何も云わずキトラーから目を逸らした。
「エルクちゃん?貴方はどうしたいの?」
『えッ!?』
エルクは突拍子のない質問に焦りながらも、伏せていた顔をキトラ―に向けた。
「貴方はノアについて行くつもりかしら?」
それにドウトウは少し反応したかに見えた。今まで虚ろにヴツカの顔だけを見つめていたが、その眼球をゆっくりとエルクに移す。
『僕は・・』
十分に反応したのはドウトウだけではない。当然、エルクは更に焦りの色を見せた。焦る必要などない。しかし・・ドウトウと目が合った。
『貴様、何を・・』
「貴方には聞いてないわ」
ヴツカの問いを軽く流し、キトラ―はだた、エルクの返答を待っていた。
「僕は・・」
――僕は。
何故かドウトウからの視線が離せなかった。
02/11/16 16:35 『修正』

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えせばんくる
(修正:1) 僕はドウトウとしばらくの間無言の視線を合わせていた。お互い目を離すこともなく。
―――僕は。
僕はどうしたい。キトラーが折角機会を作ってくれたのだ。ちゃんと決断を下さねばならない。きっともうこんな機会滅多に来ない。
―――どうしたい?

―――ノ、あ?
カノ女――キトラー――は何ヲ言ってイルの?
―――あ ノ少女、ガ来る?

――ノあ ガ トラれル?――

――僕は……。――

ガッ!!

「っ!?」
急に動き出したのは目の前に立っていた――正確にはノアに支えられていた――ドウトウだった。自分の考えをまとめようと意識をそちらにほとんど集中させ、油断していた彼女はその突然のドウトウの行動に反応しきれなかった。エルクの肩に歯――と言っていいものか。人間のモノよりも少々牙のように尖っている――が食い込む。ノアの方もまさかドウトウがいきなり自分から行動に出るなどこの状況で考えられなかったため力を抜いていた。必要以上の力は彼女を苦しめるだけだから。

ずるっ…。

ポタポタとなにか…赤黒い液体が肩からしたたる音。その直後受けた彼女の顔が苦痛に歪む。

――来なイで。

お前ミタいナ、オ前等みタいな奴がアたしノ苦しミ分かる筈無イ。ノあの近クに寄らナいで。
そんな言葉がドウトウの奥で響く。彼女はその言葉の波動からその行動にでただけ。意味などわかるわけはない。だがその奥からでたモノが彼女をそのように動かしたのだった。
02/11/17 01:12 『修正』

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えせばんくる
(修正:1) 『ドウトウっ!』
ノアは反射的に弾き出る。そしてドウトウをエルクから引き離す。彼女は珍しく肩で息をしていた。それだけ興奮していたのか。
――どうして…。
ノアにはその理由があまりわからなかった。このときの行動理由に気付いていなかった。ドウトウの彼を思う言葉の無い深い気持ちに…。
「ノア…」
エルクは肩を押さえながらノアに近づく。肩口からは堪えず液が服にシミをつくる。リゲルはそんな彼女に肩を貸そうとするが彼女はあえてそれを断り自力でノアに近づく。

ずるっ…ずるっ…ずるっ…。

一歩一歩引きずるような動きでノアに近づく。目の前までくると彼女は足を止め彼を仰ぐ。
血のついていない方の手――肩に傷のある方の腕――を上げノアの首にかけ抱きついた。だが今までのように力いっぱい抱きしめるのではなかった。
彼ノ温モリヲ覚エテイラレルヨウニ。
「ノア…、僕ね」
一旦彼から離れ目を合わせる。
「君とは行けないよ」
大粒の涙が自然と零れ落ちる。これは人間のなんという感情からきた涙なのか。悲しみ?淋しさ?
「君と行きたいっ。でも今はその時じゃないかもしれない。また君に遭いたいっ。でも今は距離を置いた方がいいと思う」
カナシイ、サミシイ。
でも君と今一緒に居ちゃいけないよ。僕といたらお互いどんどん壊れる。
「また僕は君を追いかける。こいつまだやるつもりかっ、て思われてもっ、やるからっ!僕君に遭う為また追うからっ。」
嗚咽で声が滲む。しゃっくりが出そうになるのを堪えつつエルクはノアに言う。有無を言わせずに。
「だから逃げてよ。嫌なら。僕に捕まらないように」
――デモイツカ僕ハ君ニ追イツクカラ。
今度は彼の頭に手を回すと自分から背伸びし彼の唇に触れた。これがきっとしばらくの間最後の口付になるのだろう。エルクは無言で涙を流し続けた。