――光ちゃん。
空耳だと思った。それなのに奇跡のように目の前に愛しい人がいる。
「・・エルク」

『エルク、行っちゃうの?』
多少風貌が変わったエルクにリゲルは心配そうに覗き込む。エルクは脂汗を拭い、向き直る。その顔は真剣だ。
『だめだよッ』
駄目ッ!行っちゃ駄目ッ
『そんなの危険だよッ!そんな事僕が許さない―――』
エルクにしがみ付き、そう訴えるがそれを見てリゲルが抑えこむ。
『リゲル、でも僕――』
『行けよ』
『リグッ』
『そうだ・・早く行けよエルク』
そこにジェドまで加勢する。リゲルは焦るように目を丸くして二人の顔を見つめた。
『行って、あいつを殴って来い。俺の分まで』
――いつも心配ばかりかけやがって、って言って来い。
リゲルはそういうとにっと笑った。リゲル以外の者――ヴツカやイン、ヨウ、ジェドなどもそう呆れたように頷く。
『・・うん』
エルクの小さな背中からは音を立てて大きな翼が広がる。そして空気をうねらせて大きく飛躍する。エルクは夜の大空へ羽ばたいた。
『リグッ!なんで行かせたのさ』
その後の廃墟の中ではただ、掴んでいたリグの手を払い激怒するリゲルの言葉が響いた。――最低、リグなんて嫌い嫌い大嫌いッ
『うっせぇ。餓鬼』
『・・・ッ』
リゲルはリグの一言で下唇を噛締め黙りこくる。
『エルクが好きならあいつの事、考えてやれ』
―――だって。
リゲルは肩を震わせて泣いた。
『だって嫌だよ。エルクが居なくなるの。エルクが危険な目にあうの嫌だよ』
横に居たジェドがはとした顔でリゲルを見る。
『安心しとけ。あいつは強ェから、そう簡単にくたばる女じゃねぇよ』
リグはそういってリゲルの頭に手を置くと白い月が浮んだ夜空を仰ぎ見た。

居る場所はすぐにわかった。光自身の放つ強い力の波動を今はビンビンと体全体で感じる。元いた場所からどれくらいかは解らないが、その場所は廃墟だった。ガレキの上で光はただ一人うつむいていた。
『光ちゃんッ!』
エルクは光の姿を確認すると即座に一喝した。しかし光はそれでも少し寂しげな――無表情なままでエルクを見据える。
―――なんでいきなり消えちゃうのッ!何があったのさ、なんであんな事したの、なんで、なんで――
『――なんで僕に言ってくれなかったのさ』
エルクは息を切らす。しかしその顔は一瞬にして苦痛のそれに変わる。光の目をまっすぐとみたまま、涙を流した。うつむかない。溢れる涙も拭わない。ただ――光をじっと見る。
「ごめんな」
――悪い。
そういう彼女独特の言い回しが響く。
「来てくれるとは思わなかった」
エルクの目からは再度大粒の涙がこぼれた。なんだか安心した。きっと変わってしまったんじゃないかと思っていたから。しかし、ここに居るのはいつもの光だ。
『何で?僕は、僕は光ちゃんが好きだから』
「お別れだ。エルク」
『――え?』

--------------------------------------------------------------------------------

管理人
 世界が不幸にならないために
 死なせた者がたくさんあった
 その者たちが罵ろうが憎もうが
 その謗り
 甘んじてこの身に受けよう
 人殺しの汚名も
 甘んじて受けよう
 それは汚名であり
 また
 真実でもあるからだ
02/10/07 16:31 『修正』

--------------------------------------------------------------------------------

メケ太
『何言ってるの?』
時が止まった。廃墟にはまた、もとあるべきの静寂が生まれる。
光は穏やかな、それでいて悲痛の顔でたんたんと告げる。
「俺はエルクのいう光じゃない」
―――向こうの世界の者でも、人間でもない。
「龍族なんだ。黒龍で名はノア。そして――死んだ」
『死ん・・だ?』
「俺は光の体で転生した、ノアなんだ」
――全てを思い出したんだ。
光はそういうとまるで苦痛であるかのように益々影を落す。
「だから――」
――解ってくれ。
『・・解らないよ』
その言葉に間はなかった。
『ちゃんと説明してくれないと、そんなんじゃ、そんな曖昧なままで光ちゃんと離れられるわけがないじゃないッ!!』
気が乱れる。受けとめられない、理解できない辛い気持ちがエルクを惑した。
『嫌ッ!僕、解らないッ!!』
説明するまでここにいて。目を離さないで。消えないで。エルクは駆け寄り光を捕まえるように抱きしめた。――しかし
『?』
いつもと違う感触。固い胸。たくましい腕。そしてどこか背まで高くなったように思える。エルクは違和感に顔を上げ、光に目で訴え掛けた。光はただ、微笑する。そしてその重い口を開いた。
「今の俺はノア自身なんだ」

それは昔の話。随分と過去の事。人間は龍を悪魔として狩り始めた時だった。龍の内、白龍は人間の信仰する神に契約を結ぶが、黒龍は人間の行為が許せなかった。そこで人間と黒龍の戦争が始まったのだ。最初は龍の勝利が圧倒的だった。しかし、とある時にベルが――あの護人がやってきたのだ。多くの血を浴びて龍の谷に下りて来た。そして――
「そして親も仲間も殺された」
今でも覚えている。その血の色が焼き付いている。
「俺も」
最後の奴の顔。胸を指され、臓物をえぐられて、それでも笑っていた。
だから俺は――
「俺は奴等に復讐をするんだ」
光の顔は一瞬にして強張る。握っていた拳がギリと音をたてた。
――次は俺の番だ。
02/10/07 20:28 『修正』

--------------------------------------------------------------------------------

えせばんくる
 僕は光ちゃん――ノアから黒竜と人間との戦争の話を聞いたとき一つの失っていた記憶が戻った。
―――そうだ。あの出来事…。
 父と母の命を奪った戦い。僕の父も竜族で戦争に狩り出されたんだ。そしてそのまま帰らぬ人となった。その事は…誰だろうか。でも誰かから聞いた。今僕が思い出したのはその両親のことだった。
 黒竜と人間の大戦争…。たくさんの竜族、人、そして古代竜使いの命を奪ったあの…。
 母は父と共に戦場に赴き、そして父をかばって死んだんだ。ふたりはただ戦争を止めようとしただけだったのに…っ。
 その戦争は僕が生まれた頃だった。でも僕はその時何処にいた?両親の顔を思い出せない。それは戦争ですぐに僕のもとを去ったからだろう。でも…。僕は何処で生まれ、そして育ったの?
―――頭が痛い。
 記憶の破片が見つからない。まだその時期じゃないの?僕が僕―記憶―を見つける時期じゃ……。
『奴等は黒竜の命をないがしろにした。たかが人間ごときの……あの泥人形のためにっ!』
 そう言い捨てると彼は床に置いていた剣を蹴り上げ手にした。
「どこに行くの!!?」
 もうノアは僕の方を見ていない。その瞳は遠く彼方を鋭い目つきで見つめていた。
『俺はもうお前の言う光じゃない。エルク。もうこれ以上ついて来ちゃいけない。これは光からの言葉だとおもってくれ。』
 だがエルクは首を横ぶんぶんと振りノアの腕にしがみつく。
「いやだよっ。もぅこれ以上大切な人を失いたくないよぉ…。」
『エルク。放せ。』
 腕に力をこめ強引に振りほどく。そう言うノアをエルクは呆然と見つめ返す。
「い…やだ。ノアっ!ぅうん光ちゃん!!僕一緒に行くよ。なんて言おうと」
『頼むから言う事を聞いてくれ。黒檜光からの最後の願いだ。』
「やだやだやだっ!!僕はもう決めたんだ。たとえこの身が滅び様と君を助けるって!君と一緒にまた笑い会えるようにって!いつも助けられてばかりじゃないかっ!僕も君をっ…救いたい…よ」
 エルクの目からは絶え間無く涙がこぼれおちる。彼女の涙にぬれた瞳はそれでもノアの瞳を逃さないようしっかりと見つめていた。 
 
02/10/07 23:02 『修正』

--------------------------------------------------------------------------------

メケ太
(修正:3) 己の命のしぶとさを恨み。暗き闇夜の赤月に解き放たれる自由を望む。赤月の写るが如し、光りがあれば地獄が見える。赤い赤い、底溜まり。その泉は同じ血か。多く高く積み上がり、項垂れて、その数はいくらだろうか?数えても数えてもあなたの形が解らない。腕はどこか。頭はこれか。その声は――誰のものだ。

「エルクッ!」
ノアは未だエルクの手を振り解くことに難儀し、ついに手を振り上げる――が。エルクは怯む所か、まだ睨むように固意地に目を見る。その視線を離さない。離れられない。ノアは思わず手を上げた状態で固まってしまった。
――勘弁してくれ。
ノアは振り下げる事が出来ないまま、手を引き下げる。いや、振り下げることなど出来ない事は端から解っていた事だ。しかし、無性に気持ちが空回る。無言のままエルクの涙の溜まる眼を見つめた。
「俺は人を殺すんだよ」
――だから
『・・付いてく』
「アルやベルにだって立ち向かう」
『僕だって』
――だから
「エルクに何があっても俺はもう」
『自分の事は、自分でするもん』
涙ながら頭を振る。言葉に詰まる。
「俺はエルクなんて」
言葉に詰まる。エルクが此方を向いた。その目が・・。

その声は誰のものだ――?そこに立つ者。生きている者。あなたは天使か?向かえに来たか?泣かなくて良い。言葉をおくれ。楽にしてみよ。
そこに立つ者。角のありし栗毛の天使。

「俺は」
――だから。だから。
『僕は、好きだよ』
――だから。だから。だから。
「俺だって」
――だから。
「俺だって好きだよッ」
見透かされて、思わず怒鳴った。言いたくなかった。こんな事。まだ君を好きだなんて事――。
「でも、駄目なんだよッ!お願いだ」
もう惑わさないでくれ。俺の決意を。
『なんでよッ何でも“そんな事”にしていこうっていったじゃない』
「こればかりはどうにもならないんだよッ」
ああ、嘘になる。今までの君に告げた言葉の数々。本当の気持ちだったはずなのに。
『そんなことないよッ』
――もう、止めてくれ。
『僕は付いていくからッ』
――そんな
「そんなこといったら俺の決心はどうなるんだッ!君を諦めきれるわけがないと思ってるのは」
――俺のほうだ。
そういって苦痛の顔でエルクを抱きしめた。失っていたモノのように、腕に力を入れて抱いた。わかっていた。なんだって運命で託けておきながら何よりも自分が躊躇していたこと。馴れすぎていたのだ。与えられる優しさに。愛しすぎたのだ。求められるこの人が。頭の中ではつねにこの戸惑いが渦を巻いた。ジェドを思わず助けたのはそういう自分なのだ。だから――振りきろうと思った。幸せを選んでも常に瞼の裏にある死体の光景から逃れられる自信がなかった。
02/10/08 18:49 『修正』

--------------------------------------------------------------------------------

メケ太
(修正:1) 「エルク・・」
『光ちゃん』
安らかにみえたエルクにノアはふいを付き、腰をよせた。
『!?』
――ごめんな。
そして手を押さえ口付けた。エルクは脱力したようにノアの腕のなかで
倒れこむ。ティアの力を全て奪い取ってやった。
「悪い。でも、君だけは俺に護らせてくれ」
普通に生きていければ良い。国に帰ればジェドが居る。旅仲間も待っていてくれているだろう。いつも笑って、平和に、そして・・。
――君だけはどうか幸せに。
「君に逢えてよかった」
エルクの瞼にふれて閉じてやる。もう、意識もなくなりかけているのか
抵抗もしない。この声さえ聞こえているか解らない。しかし――。
「愛してるよ」
言葉を続けた。最も、もっとはやく伝えておけば良かったかもしれないけれど。ノアはそう言うと人形のように動かなくなったエルクを力強く抱いた。

角のありし栗毛の天使よ。
どうか俺を助けておくれ。
02/10/08 18:58 『修正』

--------------------------------------------------------------------------------

管理人
「あわれなあわれな神唄の子」
 ノアの前に突然、風が舞った。
『!?』
 風は渦巻きながら、その中心に人影を現す。
 そこに現れたのは少年少女の2人組。
 アルとベルに作られた意志を持つ人形――ヨウと、イン。
「アル様とベル様が作った私達さえ壊せぬ者が」
「始祖と護人を殺せるわけがなかろうに」
 唄うような声で、舞うような仕種で、2人は優雅にそう言った。
 ノアの前に、立ち塞がった。
『…お前等』
「先に進むと言うのなら、まず私達を壊しなさい。言っておくけれど、これは私達自身の意思。命令なんかじゃないわ」
 静かな静かな物言いに、ノアは無言で頭を振った。
 余計な犠牲は面倒だった。
 彼等程度なら、陰を使えば止められると思った。
「…陰はわし等にはもう効かぬ」
 ノアの思考を読んだのか、ヨウが静かに事実を告げた。
(『あぁ』)
 もう、道はない。
 進む道は一つだけ。
 目の前の2人を壊す――殺す。

 たった、それだけだった。
02/10/08 20:07 『修正』

--------------------------------------------------------------------------------

えせばんくる
(修正:1) 「!?」
 僕はノア―光ちゃん―に口付けされた時一瞬何が起きたのか判らなかったけど、でもジェドに抱かれた時のようにこわばりはしなかった。
 僕自身もうノアから離れられなかった。離れたくなかった。離れたらもう最後のような気がして。霧で閉ざされた世界へ一人旅立とうとするノアを放したくなくて。
 ノアの腕はやはり光ちゃんとは違ってたくましいものがあったけど、伝わってくる優しさは全く一緒だった。表はノアでも心の底までは変わってない。少なくとも僕はそう願って彼に身をゆだねる事にした。
―――ノア…ぅうん。光ちゃん。愛してるよ…。心の奥底から―――
 僕は意識が遠のく中そう呟いた。多分虫の吐息ほどの声しか出てなかったから聞こえてないと思う。でももう身体が自由に動かない。指一本、まぶたすら持ち上がらない。
『悪い。でも、君だけは俺に護らせてくれ』
 僕だって君を護りたいよ…。もぅこれ以上離れていかないで。
『君に逢えてよかった』
 僕の方こそ。君に逢えていろいろな事を学んだよ。そんなに優しげで淋しげな眼をしないでよ。
『愛してるよ』
 そう言うとノアは僕を強く抱いた。彼は気づいたかな。僕がこのとき一筋の涙を流したって。身体に力が入らない。僕のこの腕が自由に動いたのなら彼を抱きしめるとこができるのに。でも身体に力が入らないんだよ。僕もこんなに愛してるのにその想いすら口にする事ができないよ。
 しばらくすると彼は僕を安全そうな場所に移動させ、また口付けた。甘く切なく暖かく。また逢えるよね?僕等今は一度離れるけどまた逢えるよね?また一緒に笑いあえるよね?
 そのままの君でいい。だから無事に帰ってきてね………。



『はぁっっ!!!』
 ノアは剣に魔力を込める。その剣は一瞬にして魔力をもった剣へと性質が変わる。触れただけで、いや、側を通っただけでその魔力によって傷つけられるだろう。
『うぬはここで我等が倒す。二度と起き上がれぬように…』
『これ以上アル様とベル様に立てつけぬように…』
 
02/10/08 21:54 『修正』

--------------------------------------------------------------------------------

メケ太
(修正:2) それは気であるのか、黒い幕がノアを覆った。取り巻く邪気が満ちて行く。ガレキが次第にカタカタと音をたてた。インとヨウもそれを感じ共に戦闘体型を取り、空間がねじれるのを感じる。インは高く飛躍した。

はとドアを叩く音がした。何かと思って出てみるとドアを開けた瞬間に何かが此方側に倒れてきた事が解った。
『――エルクッ!!』
それは紛れもない、エルクだった。ジェドがそう声を上げると食卓に座っていた一同は慌てて玄関へと走った。
『エルク!エルクッ、エルクが』
まったく動かないエルクを見てリゲルはその場で口を押さた。
『大丈夫だ、息はしている。外傷は――』
『見たところ、なさそうだな』
ヴツカとリグは颯爽と息を確かめ脈をとった。ジェドもリゲルと同様、何をしたら良いか判断に迷いつつエルクを支える。
『ねぇ、どうしちゃったの?』
リゲルは座りこみ、しばし慟哭する。
『知らねぇよッ』
『しかし、誰かに運び込まれた事は確かだな』
『おいお前、誰かみてねぇのかよ』
『い、いや』
ジェドは確かに誰も見ていない。ただ――エルクが前に来て、何も見えなかっただけなのかもしれないが。しかし、見ていたとしたら大体の予想はついている。光だ。そう考えていると、ジェドの母は即座に毛布を上から運びだし寝室へ移動させた。やはりこの様な事態に一番適用しているのは母なのかもしれない。食卓へと戻ると暫しの沈黙が続いた。
『あの、エルクって』
『ったく、ティアの力を使い果たしたんだろうな。無理すんなっていわれていやがったのに』
それを始めに破ったのはリゲルだった。しかし、台詞はリグによって断たれる。
『時間がたてば回復するだろうな。一応の事、体に支障はない』
そしてまた沈黙。リゲルは口を紡いだ。誰もが光の事について触れていない。いや、考えてはいるだろう。しかし――避けているのだ。あえて口にしない。だからリグはさっきのリゲルの話しをわざと脱線させたのだ。言葉を選ぶ時間は刻々と流れた。
02/10/09 01:00 『修正』

--------------------------------------------------------------------------------


*** この記事は削除されています
02/10/09 00:50

--------------------------------------------------------------------------------

管理人
(修正:1)  冷たい陰だった。


《ベル、この子、目、開けたわ》
 最初に見たのは、赤い髪と瞳を持った美しいヒトだった。見た目も美しければ、声も美しい。
《開けなきゃ失敗ってことだろ》
 横から、別の声が聞こえた。赤い美しいヒトよりも、ずっと低い声。
《…そうね》
《ヨウの方も出来あがりだ。もうじき目が開く》
 視線を巡らせれば、そこには赤いヒトと対になるかのような青いヒトだった。赤いヒトよりもずっと大きくて、逞しいように見える。
 赤いヒトは私にゆっくりと微笑んで、そっと頭をなでた。その感触がとても柔らかくて、とても優しくて、とても暖かい気持ちになった。
《あなたの名前は、イン》
 唄うような声で、赤いヒトは私に名前をくださった。
《陰と陽、対になる二つの一つの名前よ》
 それはまるで、赤いヒトと青いヒトが対であり、それを模したかのような事実。
 こんな人達に模してもらった事は、とても幸せな事に感じられた。
 それからはヨウと言う少年と一緒だった。赤いヒトと青いヒトはたくさんの愛情でもって可愛がってくれた。色々な事を、教えてくださった。

 たくさんの恩義。
 あの人達はお返しなんていらないと言ったけれど。
 私は。
 私達は。
 何かをしたかった。


『はぁ!!』
 冷たい陰に隠れて、光であったはずの者が、襲いかかってきた。
 逃げる事はしなかった。
 別に意味はなかったのかもしれない。
 この体に。
 この心に。
 ただ一番大切だったのは、あの人達にいただいた『愛情』と、ヨウと一緒にいることで知った『幸せ』。
 あぁ。
 この体を抱く腕がある。
 たった1人の、自分と同じ少年。
(一緒にいよう)
 2人でそう約束した。


 そうして、砕けるのだ。この偽りであり真実の体は。
 戻る事は、2度とない。


 ノアの目の前には、ただキラキラと。
 砕けた欠片が舞うだけだった。
 ヨウとインの、欠片だった。
02/10/09 16:47 『修正』

--------------------------------------------------------------------------------

メケ太
酷く熱かった。立ち尽すその足元に赤く、手にはドロドロとした液体がこびり付く。インが最後に付けた傷―――。ヨウが死んだ。罅割れて砕け散る。インが忍ばせてあったナイフでこの腹に飛び込んだ。そしてインも死んだ。欠片になった。

――人形。
その身体は血も通わず、肉もない。ただの傀儡。
「あ・・ぁ」
木の飛び出た折れた腕。罅の入った身体。無造作にゴロゴロと――。
「ああぁ・・」
―――ごめん。ごめん。
砕け散ってしまった。この腕の中でまさにインが人形に戻る。

ノアはなにかの熱に促されたように戦っていた。気持ち良かった。確実に傷付いて行く者達が目の前にいる。
――死ね。死ね。死ね。
熱は次第に冷めていく。この腹を刺す痛みとインの微笑む顔が現に戻した。なのに何故、あの時迷わなかったのだろう。その状態でインの頭に手を置いて中に力を送って崩壊させた。頬が削げ落ち、腕がもげる。なのに未だに微笑んでいた。
――これは私達の意思。
苦しい。腹でなく、この胸が。インの欠片がこの手の平から零れ落ちて行く。膝を付き座りこみ情けなく掻き集めてみるが戻るわけがない。木の飛び出たインの腕。ヨウの欠片は何処だろう?
月明かり、キラキラと光る欠片達のなかでノアは声も出さずはらはらと泣いた。あの頃の、ヨウとインの声が木霊する。
02/10/09 18:15 『修正』

--------------------------------------------------------------------------------

管理人
「……あぁ」
 そう呟いて、彼女は顔を隠してその場に崩れた。
 アノコタチガ、シンデシマッタ
 顔を覆う、細く長い優美な指の間から、ぽろぽろと透明の雫が零れでる。
「な、ぜ」
 死に急いでしまったのか。
 しなくてもいいことをわざわざしたのか。
 私が望む事は。
「……ただ、生きていてくれれば、よかったのに」
 小さな小さな、掠れるような声。
 慰める様に後ろから抱きしめる腕に、体を預けた。
「なぜ…」
 繰り返す言葉は、儚い。
 殺された、可愛い可愛いインとヨウ。
 だからと言って、誰のことも恨めない。
 憎めない。
 昔から、何があっても恨めなかったし憎めなかった。
 何者も。
 あの時、勝手に誤解して勝手に争いをして、敵意を自分達にまで向けてきた、愚かで悲しい龍達さえも。
 その争いを生んだ、愚かで小さな人間さえも。
 この心に空いた空虚な穴はなんだろう?
 この紅の瞳から零れる涙は何のため?
「……っち」
 後ろで、煩わしそうな舌打ちの音。
「ダメよ、ベル…もう少し、待たなくちゃ……」
 あの子はやがてやってくるから。
 待たなくちゃいけないから。
 そう言う声はとても儚く、とても小さく、ただひたすらに悲しいものだった。
02/10/09 20:59 『修正』

--------------------------------------------------------------------------------

えせばんくる
 眼を覚ますと見覚えのある天井がとびこんでくる。そして開けたときしずくがポタリと落ちベッドに小さなシミをつくった。
 なんでかな。もうふっきれたのに。何か…他の大切なものの気配が消えた気がしてならなかった。こんな状況なのだ。何があっても不思議ではない。でも無性に不安になった。
『眼ぇ…覚めたか?』
「じぇ…ど?」
 身体はまだ持ちあがらない。首だけそちらに向けて見る。やはりそこにはジェドが立っていた。
 彼は僕のほうに歩み寄り椅子に腰掛けた。
「皆…大丈夫?皆いるよね…?」
『あ…ぁ。まぁな』
「インとヨウもいるよね…?」
 気配がさっきから感じられない。いつも近くにいれば彼等特有の雰囲気が伝わってきて気持ちが和んだのに…。今はその気配がしない。
『彼等はお前が入なくなった時と同じ頃すでにいなかった』
「!?」
 ぎゅっと胸が締め付けられた。判らない。苦しい。ただ不安が僕の胸を締め付ける。
『エルク。なんでこんなになってまでお前は戦場に行こうとするんだ』
 ジェドの顔を見つめると彼は眉をしかめて、辛そうな顔でこちらを見ていた。
「だって…ね。皆でまた笑い合いたかったから…ね。誰も欠けちゃいけないんだよ」
『エルクっ』
 ジェドは僕の名を呼ぶと僕に抱きついた。でも前のように乱暴にではなく優しく包むように、まるで兄のように僕を抱いていた。
『前にも言ったが俺はお前を愛している。もうこれ以上お前が傷つき倒れるのを見たくないよ。もう側から離れないでくれ』
―――ジェド?泣いてるの?
 彼の肩が少し震えているのが彼の身体を通じてわかった。でも僕は…僕は―――。
「ごめんね…」
『!?』
「僕は…僕はノアが…」
 まただ。なんでこんなに泣き虫なのかな。前はこんなことなかったのにな。ははは。
「ノアの事を愛しているから。だから彼を向えに行かなきゃならない。たとえこの身体が朽ちようと…」
 彼の最後見せた優しげな顔。忘れられない。忘れたくない。彼の瞳に映った僕の顔はあのときかすかに滲んでた。彼はきっと自らの意思で殺めたいとはおもっていない。でもそうせざるえない意思がどこかにあるんだ。
「アルにも会わなくちゃならない。まだ真実をすべて聞いていないから。だから僕はまだひとつの場所にとどまっていることはできないんだ」
『それがなんだ!?そんなもの知らなくていい。これ以上危険をおかしてまで何をしようというんだ!?死に急ぐ真似はしないでくれっ!!』
 僕は必死に首を横に振った。
「死に急いでなんていないよ。僕は僕の意思を貫き通すだけ。僕はジェドにも生きててもらいたいし、それはリゲルやリグ、ヴツカ達にも言えることなんだよ。だから僕は―――」
 腕に力を込める。ギチギチと嫌な音が関節から聞こえてくる気がする。痛みに耐えながらも僕はさらに力を込め…そして起きあがった。
『エルク!!』
「ごめん。君の忠告は絶対に守る」
―――皆に挨拶してこなきゃ…だ。
 僕は身体を引きずるようにして階段へと向った………。
02/10/09 23:20 『修正』

--------------------------------------------------------------------------------

メケ太
手摺りに掴まりながら持ち上がらない足を引きずり、膝を支え様と努力するが、それで精一杯だ。前に進まない。なんとか廊下に出るが階段が妙に高く見える。
『エルクお姉ちゃんッ!!』
それを下から目撃したのはジャムだった。慌てて階段を上ってくるが、その声を聞き、ジャムだけではない、皆が此方に来た。
『ったく、何やってんだエルク!』
そう一喝したのはリグ。
『エヘへ』
額に脂汗を掻きながらも懸命に笑って見せる。そうするとリゲルはいよいよ辛い顔をした。ヴツカも目を細める。
『だから、だからいったじゃない。危ないって』
『ごめん。でももう大丈夫だから』
『どこがだよ』
出来るだけ元気に答えたつもりだった。しかしそれも無理があるのか。どうも見透かされる。ただ笑うしかない。
『よかった・・』
『え?』
ふいにこぼれたこの一言が皆を怪訝な顔にさせた。
『皆が居てくれて良かった』
心からの言葉。なんだか本当すぎて恥かしくも思わなかった。ただ、皆はふざけて赤面するのを誤魔化していたれけど・・。きっとこんな感じったのだろうか。ふと光を思う。思った事を口にする彼女の苦くも素敵な癖。ノアになっても今も残っていた彼の癖は転生してそうなったのものか、それとも転生しても直らなかったのか、どちらにしてもほんのりと今のエルクを穏やかにさせた。
――なんだか、もう思い出みたい。
皆居る。ここに居る。でも前とは違う。過去ではない、たった一日の出来事なのにこんなにも消失感が付き纏う。
『エルク・・?』
曇り掛かるエルクの心をリゲルはしっかりと受けとめた。
『ベットに戻ろ?』
――ずっと傍に居るから。

『僕達も寝ようか?』
エルクの寝ているベットの傍らでリゲルは静にそういった。
『ああ』
しかし、生返事である。後何時間で明日が来るだろう。今日が終るのだろうか。窓の外を見据えるが、未だにあるのは闇ばかりである。明日が来たら――。
『さて、どうなるかな?』
『わからないけどね』
明日が来れば不安も癒える。そしたら答えが見つかるだろう。エルクが答えを出すだろう。
『そうなれば汝等はどうする?』
『さぁ・・』
リゲルはそっと横目でリグを見る。そっけない感じで宙を睨んでいた。
『わからないけどね』
それでも明日はくるだろう。リゲルはそっとエルクを見守った。
02/10/10 00:49 『修正』

--------------------------------------------------------------------------------

えせばんくる
『じゃあ僕はエルクと一緒に寝るけど…リグ達はどうするの?』
『我もこの部屋に残るつもりではいるが…。万が一エルクがまた無理を言い出したときリゲルだけではどうにもならなくなるかもしれないしな』
『そうだな。じゃあ俺とヴツカは床に布敷いて寝るわ。そんなに寒くないしな』
『ふたりとも…ありがとう』
『こんなときだしな。かたまってないとこんっの馬鹿またなにしでかすか判ったもんじゃないからな』
 そういうとリグは人形のように眠っていて、生きているのか死んでいるのか判りにくいエルクの額をかるくこつく。
『そうだな。エルクはこのパーティーいちの破天荒娘だからな』
『ふふっ。同感同感』
 早く眼を覚まして。でもそれは同時に答えを出すとき。でも早くまた元気になって平和な旅をしようよ。また皆一緒に歩み出そうよ。また一緒に新しいもの探ししようよ。ねぇお願い。また元気であふれてる君の笑顔を見せてよ…。

―――モウ迷ウ事ハナイ。モウ気持チニケリハツケテキタ。モウエルクモ戻ッテクル事ハナイダロウ。
 インとヨウの破片を小高い丘の上に葬る。ここは見晴らしもよく風も心地良く吹く。彼等がよく夕方になると散歩にきていた丘。彼等が向う先を目で追うといつもココに来ていた。
 彼等は風に帰るのだろうか。自由気まま、捕らわれる事の無い風に。
 インの欠片の中、彼女が身につけていたと思われる花の髪飾りが見つかった。それはジャムと同じモノ。ノアはそれをふたりの欠片の上に置いておいた。
 ふたりの鈴が転がるような笑い声。あの邪気のない笑顔の少年。無表情でも汚れ無き心をもった少女。ふたりの笑顔が思い出された。
―――行コウ…。奴トノケリヲツケル為ニ。彼等ノ死ヲ無駄ニシナイ為ニモ。
 
『ぁあ〜っ!』
『もうジャムは!エルクちゃんが寝てるんだからもう少し静かになさい!』
 だがジャムのうろたえはおさまらない。
『インお姉ちゃんに買ってもらった髪どめにヒビ入ってるよぉ〜。アタシどっかにぶつけたのかなぁ…』
 大きな眼に大粒の涙を浮かべながら、手のひらの上にのった欠けた花飾りを見つめていた。
02/10/10 22:01 『修正』

--------------------------------------------------------------------------------

メケ太
ふと目が覚めた。目の前にある天井がほんのりと明るく照らされ白く、その色を主張している。しかし音という音は途切れ、何も聞こえない。
早朝だろうか。エルクはおもむろに上体を起こした。昨日は確かに動かなかったはずの腕が今はちゃんと機能している。ふと横を見るとリゲルがベットによりかかったまま寝ていた。その後ろにはリグとヴツカ。いつもの身構えた顔を解き、この時ばかりは皆、今まで見せた事のないような安らかな顔をしている。そう思えば、共に旅をしているのに関わらずエルクは皆の寝顔というものを一度も見た事がない事に気付く。エルクは思わず微笑した。

『おいッ起きろ!』
リゲルは思いっきりたたき起こされると云う形で目覚めた。
『エルクが居ねぇんだよッ』
リグの焦る顔が目に写る。しかし寝ぼけたリゲルにはどうも実感がわかず思わず宙を見るが、エルクが居るはずのベットが物けのからになっていることが解るといっきにその事態の深刻さを痛感した。
『え、エルクは?』
『知らねぇよッ!!』
肩から一枚の毛布が滑り落ちた。たぶんエルクが掛けてくれたものだろう。リゲルは益々血の気が引くのを感じた。
――行っちゃったの?
リゲルの頭に良からぬ事が思い浮かんだ。エルクは自分達を置いていってしまったのではないか。きっと――。
『エルクッ!!』
突如、リゲルの思考を裂くように下からジェドの声が響いた。そして駆け付けて見るとそこには案の定、エルクの姿があった。
『あ、おはよ〜』
そしてこちらの慌てぶりを気にもせずエルクはそういった。
『おおお前!何処に居やがったッ』
リグは思わずどもる。それもそうだ。いきなり居なくなった事に付け加えその時のエルクの格好といったら上には汗で濡れたタンクトップ、下にはズボンで片手には愛用のロッドタイプのスピアを持っているのだ。
『ん?ちょっと下の海岸で修行してたの。この頃、動いてなかったし身体なまっちゃうといけないし』
そう、たんたんと云うエルクにリグはいっきに頭を垂れてた。落胆というやつである。しかし、そうしていたのも束の間。リグの怒りのボルテージはリバウンドしていっきに急上昇。穏やかなはずの朝の空気にリグの怒涛が木霊した。
02/10/11 16:41 『修正』

--------------------------------------------------------------------------------

えせばんくる
「せいっ!!!!」
『腕の返しが甘い!もっとしっかり返せ!』
「おっす!せいっ!!」
『今度は蹴りのかたが曖昧になっておるぞ!しっかり膝からあげてこい!』
「おっす!!せいっ!!」
 リグとヴツカを講師に招いて僕は早朝稽古をしていた。だがふたりの指摘はなかなか厳しいものがある。ヴツカは目が見えないはずなのだが気配で蹴りの大体のかたちは判るらしい。経験てすごいってのがよくわかった。
 上段蹴り・下段ばらい・右ストレート・下突き……。どれも久しぶりにやったので少しやっただけで息が上がる。
『よしっ。少し休憩!』
「ひゃあ〜」
 ヴツカから休憩をもらえる事になると僕は即座にその場に座りこんだ。肩で息をしながら東の方角を見てみると太陽がキラキラと爽やかな色でこちらを見ていた。昨日のあの血のような月に比べたらどれだけ爽やかなことか…。
『3人とも〜!ご飯できたよー!!』
 リゲルが此方に向って叫ぶ。僕等は勢いよく返事を返すと家の方へ戻った。

 カチャカチャと食器が動く音。あぁ朝なんだなぁっていうのがよくわかる皆の話し声。皆いつもと変わらない。
 でも目の前と自分の横には計3つの空席。それがなければ本当にいつもと変わらない朝なんだ…。
「あとで僕、少し丘の方まで行ってみるけど…」
 あそこはよくイン・ヨウが行ってたからなぁ。ひょっとしたらいるかもしれないという希望がわいてくる。
『またひとりで光のとこ行こうとしてるんじゃねーだろうな』
 リグが僕の言葉を遮った。今朝のこともあったのだろうか。かなり疑い深い性格になってる。
「行かないよ。(でもどうだかねぇ…)それと…今は“光ちゃん”じゃないよ」
『?』
 これには一同疑問の顔を浮かべた。今のところ最後に見たのは光以外の何者でもなかったのだから。
『ノアって…言うんだろ?』
 ジェドは少し吐き捨てるように口にしその直後大口で目玉焼きトーストを口にほおばった。
「うん。光ちゃんの前世の姿なんだって。でも光ちゃんには変わりなかったよ」
『お前言ってること矛盾してっぞ』
「あうぅ…」
『はははははっ!』
 そんな彼女の困った顔を見るといつもの彼女に戻ったという事がなんとなく感じられて皆顔がゆるんだ。
02/10/11 20:03 『修正』

--------------------------------------------------------------------------------

メケ太
(修正:1) 幾分、人影が見えてきた街並みをくぐり、エルクはリゲルやリグ、ヴツカと共に丘に向かった。そろそろと登って行くと頂上にはキラキラ光る雄大な海原が続く。その崖の先にはいつも寄り添うようにインとヨウの影があった。しかし、今はない。その代わり風に吹かれてキラキラと音を立てながら揺れる髪飾りが、置かれるようにして多少、山になった土の上にあった。それはまさしく見慣れたインの髪飾り。一同は察するまま口を閉ざし、ただそれを見据えていた。エルクはそっとしゃがみ込む。髪飾りを指で触れて昨日の事を思った。何故だろうか。何も解らない、ただの憶測までが現実の物と思える。きっとインとヨウはノアにやられたのだ。そんな事が当然のように浮ぶのだ。
『ここに・・来たんだね』
悲観ではない。だからといって達観しているわけでもない。ただ、涙が溢れて溜まらない。
――泣きたい時は泣けば良い。
そう許してもらった言葉を思い出す。泣くことは逃げる事と違うのだという事を教えてもらった。逃げはしない。だからこの涙をいつか自分の糧にしていければ良い。そんな自分でありたい。
『僕、光ちゃんを迎えに行く』
そう、皆に聞こえるか聞こえないかぐらいの声で呟いた。この時、皆はどんな顔をしただろう。エルクは皆に背を向けながらふと思った。
『何処にいるかなんて今は解らないけど』
朝からずっと考えていた。だから酷く胸の中のわだかまりが絶えなくて一人で修行に出た。一時、自分を忘れたかった。でもいつかは現に戻らなくてはいけない事に気付く。わだかまりは絶えない。
『ああ』
そうリグの声が返ってきた。道も解らない、道さえあるのか解らない。
そんな旅が今始まった。丘には一陣の風が吹き荒れる。


02/10/12 01:06 『修正』

--------------------------------------------------------------------------------

えせばんくる
―――とは言ったものの…
 居場所なんか本当にわからな……くはなかった。考えてると途中でひとつの心当たりにぶつかった。

―――アルとベルだ―――

 そうとしか思えない。こんな朝っぱらから人を切りつけていたらきっと大騒ぎになってるはずで。でも今は暴れた痕跡のみで穏やかな朝で。それと―――。
 光ちゃんの…ノアのベルの話をするときのあの瞳。憎悪と憤りの念が渦巻いていて本当に赤く光っているような錯覚さえうけた。絶対に彼は復讐を実行に移そうとするはずだ…。
「くそっ!!」
 僕は一気に駆け出した。目的地は賢所。ティアに会わなくては。
『あんの馬鹿っ!!!また唐突に行動しやがって!』
 彼女の破天荒極まりない行動に呆れつつ後を追った。

「ティア――――!!!!」
 勢いよく賢所のドアをバタンと大きな音とともに開け放った。中から聖職者の中年男がこちらをどんぐり眼で口をぽかんと開けている。こんな形の訪問者、たぶん初めてだろう。でもそんなこと言ってる場合じゃない!
「ティア!返事して!」
 賢所の中をきょろきょろと見まわす。まだ修復工事が終わってないらしく昨晩のあの無残な痕跡がある。ふと思い出すあのこと。たしかあのへんに宝珠あったんだよね…?
 そちらに大きな歩幅で近づく。だがそんなことを司祭がゆるすはずもなく僕を止めにくる。
『昨日のお嬢さんではないですか。なにをそんなに焦っていらっしゃるのですか。それに国神の名を名指しで叫ぶとはあまりよろしくない事ですよ。改めなさい』
「ごめんなさい。でも時間ないから!ティア――――!!!」
『こっ…こらっ!改めなさいと言ったところでしょう!?』
『すまぬが少しの間彼女を見逃してやってくれ』
 ヴツカは司祭の腰をとると即座に頭上に掲げ上げた。
『ばっ…馬鹿な事はやめなさい!はやく下ろしなさい!!』
 有無言わせず、だ。そのまま司祭の意思を無視しスタスタと賢所の外までつれていった。ヴツカの怪力をもってすればこのくらいの動作朝飯前だ。だが一体ヴツカの細い腕の何処にそんな馬鹿力が隠されているのか不思議なものだった。

02/10/12 10:05 『修正』

--------------------------------------------------------------------------------

メケ太
(修正:2) 突如、光りが舞った。その瞬間、エルク達は大きな何かに包まれるような錯覚を覚える。そして――その光りが収まり始めた頃、何もかもが止まっていた。人の動きが、音が、時間が。エルクやリグ、リゲル、ヴツカ以外のモノ全て。そして宝珠は光りの中で現像を映し出す。
『我を呼ぶ者。エルク、その胸の内を我に告げよ』
『ティアッ!!』
それはまさしく水の国神、ティアである。
『教えて欲しいのッ』
『ノアの居場所をですか・・』
ティアはエルクが言い終わる前にそれを察し、目を細める。何もかもがお見通しのようだ。
『我には運命を変える力はありません』
そしてそう呟いた。しかし再度、視線を上げると見守るように優しげな目をして微笑む。
『しかし、我は貴方がたの可能性を信じています。己でそのドアに触れなさい。我は鍵を渡しましょう』
『ティア!ありがとうッ』
『我等の力は月にあり。しかしそれは平等ではない。とある時は火の力を込め、とある時には風の力を込める。そしてそれを循環させることがこの世のサイクル。ノアはこれを断ち切り、天と地を再生させようとしているのでしょう』
『天と・・地?』
『それって御伽噺じゃねぇのか?』
『全ては真実。いつか我等が閉ざした大陸。しかし再度集まる時にはそれはまた浮び上がる』
ティアは手の平の上で丸い発光体を作り出した。
『我の力は上弦にありし。今宵の月は寝待ち月・・』
そしてそれは月のように欠けて行く。
『森の国に行きなさい。下弦の月になる前に』
『そこに光ちゃんはいるの?』
『国神を手に納めるならば力の弱くなる時期を狙うはずです』
月は完全に欠けてなくなる。エルクは拳を強く握った。
『僕に、出来るでしょうか?』
――光ちゃんを止める事が。
『云ったでしょう。我に運命を変える力はないと。しかし貴方は竜を集わせ、共にある者。その力が目覚めれば望むべき運命はその手の中に見つかるでしょう』
――貴方は強い。
『―貴方がたに生命の泉の加護を』
ティアはそう云い、光りに消えた。
02/10/12 15:02 『修正』

--------------------------------------------------------------------------------

えせばんくる
(修正:2)  がちゃりと音をたてて扉が開く。そこで一行の意識はふと遠のく。必然的に、だ。淡いここちよい光に包まれながら次まぶたを開けるとまた見なれぬ世界が広がっている。ティアの力だろう。彼は最後に『森の国に行け』との言葉を残していたから行き先はおそらく【森の国・シェイ】。そう直接的に言われずとも辺り一帯を見渡せばなんとなくそんな感じが伝わってくる。緑・緑・緑…。そう。あたりがほぼ森林に近いのだった。かろうじて森とはいわないのはちゃんとした並木林があるからで、人が通れるよう舗装してある。
 今僕等が立っているのはどうやら賢所の前。空を見上げるとなんとも晴れ澄みきった蒼が広がっている。水のようにながれるそれを見ているとなんだかさっきまでいた水の国を思い出す。そしてジェド。ごめんね、君の気持ちにこたえられなくて。でも僕まだ自分の旅に結論だしてないから。まだ大きな越えなくてはならないハードルがあるから。
 リグはあたりをざっと確認すると即座に決断を声に出した。それに僕等3人も答える。
『それじゃあ行くか!』
「うん!!」
 そう威勢良く返事したときエルクが前のめりに倒れかかる。
『エルク!?』
 彼女はぐらついたものの足を前に出し自分で体勢を立て直すと平気平気と助けの手を断った。
「ただつまずいただけだから。大丈夫だよ」
 本当はたぶん魔力の消耗。あれだけMAXの状態だったものを一気に消失したのだからそれなりの反動があってもおかしくはない。休んだとはいえかなり危険な状態に変わりはないだろうということは自分自身わかっていた。頭がぐらぐらする。気持ち悪い。朝起きてから治るきざしが見えない。でもそれがリグ達にばれてはいけない。ばれたら強制的にでも止められる。顔色にもださないようにしないと。
「絶対ノアを捕まえなきゃ」
『あぁ』
 
 僕は意識を集中させた。全身あたたかくなる。魔力を今できるかぎり集中し高めた。また眩暈がする。でも耐えなきゃ。僕は唇を噛み締めた。範囲はこの森一帯。ノアの気配をこの森林中探ってみる。
―――ノア。僕の気配感じる?この声聞こえる?返事して…っ!!
02/10/13 17:42 『修正』

--------------------------------------------------------------------------------

管理人
 しかしさいしょのひと――『しそ』はしあわせではありませんでした
 じぶんとおなじすがたのいきものがかみさまいがいにいなかったからです
 『しそ』はひじょうにかしこいものでしたが
 いえ
 だからこそ
 『さびしさ』をかんじていたのです
02/10/13 19:12 『修正』

--------------------------------------------------------------------------------

メケ太
エルク達は夜になるまで待つ事にした。月は夜になってから出る物であり、南中天に察しなければその効力はない。だから少なくともノアが出る時間は予測できる。この2つを抑えておけば問題はないのだ。丸太作りの家々を抜けて、賢所に一番近い宿をとった。しかし――。
『月、出ないね』
皆は昨日とほぼ、同じ時間に賢所の前に集まったがいくら待っても月は出ない。南中どころか、この空にすらありはしないのだ。新月であるはずはない。星のある空が雲で覆われているとも考えにくい。時間だけが刻々と過ぎた。
――光ちゃん。
いくら集中しても彼の居場所が掴めない。きっと気配を隠しきっているのだ。あの状態なら解ったかもしれないのに・・。エルクはじっとしながら酷い苛立ちを覚えていた。それに付け加え、その反動が今の状態をむしろ悪くしてしまっていることも腹立たしい。
――答えて。
しかし彼は現れなかった。月も一向に出る様子がなく、これ以上待ったとしても、もう陽も上がって来そうなので見込みもないと2時頃エルク達は宿へと帰ったのだった。

しかし突如、爆音を聞いたのはそれから5時間後のことだった。場所は賢所。話しによると朝方、忍び込んだ者が国神を崩壊したらしく、その反動でそのまま建物も崩壊したということだった。エルク達はただ、ガレキの山と化したその場に呆然と佇んだ。
『そんな・・』
――なんで?
その時、リゲルが早朝の空に何かを見つけた。それは確かに左半分が輝く月だった。
『月?』
――こんな時間に。
するとリゲルはそれを見据えながらふと呟いた。
『しもつゆみはり・・』
『え?』
リゲルが此方に向き直る。酷く後悔の色を見せながら。
『下弦・・“しもつゆみはり”だ。満月から次の新月に至る間の半月で月の入りに当ってその弦が下方になる。そして――』
――そしてその時刻。
『日の出の時に南中する』
02/10/13 22:22 『修正』

--------------------------------------------------------------------------------

えせばんくる
「そんなっ…」
 僕は愕然とする。もうちょっと待ってたら彼は現れてたんだ。もうちょっと、もうちょっとってがんばって待ってれば…。
『ちきしょう!!』
 リグが拳を壁に叩きつける。ほとんどが瓦礫と化した賢所。救護班の人達が瓦礫の下敷きになった人々の救助にあたってる。
『今我々にできる事を、下敷きになった人々を助けよう。その事については今は後回しだ』
「うん」
 ヴツカが瓦礫をその怪力でどかし、リグが運び出し、リゲルが症状を診て、僕が外傷の回復呪文をかけた。壊滅した賢所からはどんどん人が運び出されてくる。ひとりでも助ける人が多ければ多いほど負担も減るだろう。僕等は次々と運ばれてくる患者の手当てに悪戦苦闘した。
「はぁ…はぁ…」
『少し休んだ方がいいよ。さっきから呪文唱えっぱなしでしょ?』
 初めに自然と肩で息をしているエルクに気付いたのはリゲルだった。大丈夫?と顔を覗きこむその瞳にははっきり【不安】の2文字が浮かび上がっていた。
「ぅん、だいじょーぶだよ。まだいける」
 でも頭痛い。グラグラする。眩暈も吐き気も。
『エルク。まだノア追う事残ってんだからお前向こう行ってろ』
『もうほとんど救援活動はおわっている。あとは我々だけでも十分足りる』
「ごめん。じゃあ僕お言葉に甘えて向こう行ってるね」
 にこっと笑うと彼女は救護テントのある方向とは別の方の丘に向った。一本の大きな木がそびえたつその丘なら多少遠くに居ても木が目に付くので判りやすい。テントの傍にいたらそれこそただの足手まといにしかならない。
『絶対エルクの奴無理してるな』
『同感』
 笑ったとき一見元気そうには見えたものの額には脂汗がにじみ出ていた。まだ疲れが残っているのか…。
『ボク等は彼女の分まで人々助けなきゃだよ』
02/10/14 12:04 『修正』

--------------------------------------------------------------------------------

メケ太
(修正:1) 『ふぉふぉふぉ。お嬢さん大丈夫かね?』
――?
見た事のない老人が木の麓に座るエルクに話しかけてきた。きっとこの地元の人なのだろう。エルクはにっと笑顔を返した。
『無理をしてはいかんよ。唯でさえこの国は今衰えてる』
『国神さまですか?』
佇んでいた老人はそろそろと動く。まるで意図したかのように逆光で良く見えなくなりエルクは目を細めた。
『然様。この国にはもうエネルギーが循環せん。お主は魔導師に見えるが、それならばもう魔力はこの国にはありゃせんよ。別のところに移るべきじゃて』
『でも、僕は』
――光ちゃんを見つけなくては。
そう口を開くが老人は気にもかけず言葉を続けた。
『そうじゃのう。次は火の国あたりがいいか・・』
――月が待っておるぞ。
『え?』
確かにそう聞こえた。しかし――。
日の光に目を奪われ、本の一瞬の瞬きで老人の姿はふと目の前から居なくなった。

『リゲルッ』
エルクはそう声を上げてリゲルに走りよった。
『ったぁ〜〜ッお前は休んでろっていっただろうが!』
それに気付いてリグは呆れと怒りの混ざった妙な顔をした。しかしエルクは如何してもリゲルに聞きたいことがあったのだ。きっとリゲルには解るはず――。
『リゲル、月が待ってるって?』
『え?』
老人が云っていた言葉。これには必ず意味がある。下弦の月のように、きっと月に意味があるのだ。そう思った。
『月が待つってどう云う意味だと思う?』
『月が待つ・・?』
リゲルはその場でいくらかその言葉を繰り返した後、何かの結論にたどり着いたようだった。
『月待、二十六夜だ。夜半に月の出を待って拝する事をいうけど』
――やっぱり。
『おい。だからなんなんだよ』
『解った』
『あ?』
全て謎が解けた。この世のサイクルも月の関係も。そしてノアのあわられる場所も時間も。
『月は毎日その形を変える。だから名前も出る時刻も変わんるだよ。月は今、左が明るいから右から左に向けて暗くなる。つまり――』
エルクはその場で持ってきた地図を広げた
『この円を描いてる国の配置のように左に移動すればいいんだよ。ほら、水の国から森の国も左に移動している』
そして次は火の国だ。
『と、いうことはだぞ。森は下弦で次は月待で火、その次は上弦で水に戻って・・』
『十三夜で金。きっと新月は飛ばしているから満月も飛ばすのかな?そうすると最後は十六夜で風だね』
『まるで天文学だな』
ヴツカはうむと唸った。
『月待っていつなの?』
『えっと、普段は細かく入れて計14で半月分を指すけど、この数え方だと1週間単位で考えるんだったかな』
『じゃぁ』
『明日の6時だな』
時間がない。
02/10/15 01:57 『修正』

--------------------------------------------------------------------------------

管理人
 早速とエルク達が移動した頃、廃墟と化した賢所に2人の人影が現れた。美しい薄物を幾重にも纏った女性と、騎士装束の男性。
 それに気づいた先ほどの老人――シェイはゆっくりと振り返る。
《…おや、お久しぶりでございます、護人殿に始祖の姫君》
「お久しぶりです、シェイ」
「久しいな、ジジィ」
 2人の挨拶に、シェイはふぉっふぉっふぉと笑う。
《相変わらず護人はお口が悪い》
 言ってから、再び視線を元に戻した。
 風がどこか無造作に吹きすさぶ。
《すっかりやられてしもうたよ。かの黒の龍の子、そなたらに会いたいようであったが?》
「…かの地の国と天の国に自由に行き来できるのは私達だけ。しかしあの子には、こうなったからには真実を見せねばならない。勝手なことだけれど、地上の国には協力をしてもらいたいの。地の国と天の国からはもう了承を得ているわ」
 アルの静かな物言いに、シェイはまた笑った。
 後ろでベルが何かの袋を取り出してアルに渡した。
 彼女は静かにそれを受け取ると、中に手をいれて、不可思議に輝く粉を撒き始めた。
 国神であるシェイは、それを不思議そうに見守る。

 輝きたまえ緑の地
 戻りたまえあるべき姿に

 唄うようにそうアルが言った瞬間、彼女を中心にして一斉に、放射線状に草が生え広がっていく。
 そこからは、常人からでは計り知れないような、魔力の息吹があった。
 賢所にはまるで緑でできた祭壇のようなものが出来ていて、以前より神々しいようにさえ見える。
 また、祭壇の上に緑色の柔らかい光が集まり出す。
 やがて光は凝縮し、一つの珠となった。
 まさに『宝玉』、それであった。
《……奇跡じゃな》
02/10/15 11:10 『修正』

--------------------------------------------------------------------------------

管理人
 ぽつりと、シェイが呟いた。
 そして、それを見ていたのはベルやシェイだけではなかった。
 彼等の周りには遠巻きながらも、たくさんの森の国の民達がいた。
『あのお方が始祖…!』
 誰かが感嘆の溜め息とともにそう言った。
 森の国は他の国々と違い、国神と接することが多い奇妙な国だった。自然と始祖の存在も知るような、変わった国なのである。
 それに水の国で起きた『事件』はすでに世界中に伝わっていた。
【始祖なる者が現れた】
 己の国の国神がかしずいたせいもあって、アルとベルの存在は広く伝わったのだ。
 その時の教会の慌てようと言ったら、本当にどうしようもなくらいだったと言う。
 いくら教会がその事実を隠蔽しようにも、もやはそれは無理だった。

 …基本的に私達は人間達に干渉はしないけれど、事が大きくなりすぎた。

 そう、小さくアルは国神に言った。
《ふぉっふぉふぉ、確かにそうじゃのう。この地の魔力を回復させていただき真に感謝いたすぞ。協力は惜しみませんぞ?》
 どこか悪戯っぽくシェイは言った。
 周りの森の民達は息を呑んでその光景を見つめている。
「…別に、これは感謝される事ではないわ。事後処理はしなくはならないし、もうそろそろ巡礼しなくてはならない時期だったもの」
 アルはそう言ったが、シェイは笑って《それでも感謝はしなくれはならん》と言った。
「…アル、そろそろ行くぞ」
 そんなベルの声にアルはそうね、とだけ答える。
 それから彼女はシェイに一礼すると、周りに集まった者達にも一つ礼をした。
「…では」
 国神がそれに一つ頭を垂れると、2人は風のように掻き消えた。
02/10/15 11:15 『修正』

--------------------------------------------------------------------------------

メケ太
爛れた肌が指の先に触れる。クッションのような弾力性のある壁に寄り掛かりながら、ずっとこのような作業を繰り返している。髪を撫でて、肩を抱いて指を絡めて。言葉数は少なく、たまにクスクスと笑い、そして質問をしたり答えたり。ただ、この繰り返し。
――君は醜いだけじゃない。
最初に吐いた台詞である。あの時からいくらたったのだろうか。随分と間を空けてしまっていた。しかし、君はこの場所に未だ居たのだ。老いるという変化もせずそのままで。この玩具箱の中で。それは檻や鎖とどう違うのか。閉鎖的には変わりはなくて隔離といえばその通りの場所であるけど、君には幾分気が楽そうだ。見られるのが苦手だから。
――私は、何なの?
何回も問い、何回も答えた質問。しかし君はそれを何回も繰り返す。忘れているのか、いや、飽き足らないのか。
――君はドウトウ。それ以上それ以下でもない。
なら何度でも呟いて見せよう。
――ああ、目が綺麗だね。
君の聞きたいその言葉。満足かい?なら笑うんだ。それが一番人間らしい。そう、君も人間だろう?ドウトウはこの身に寄り掛かりクスクスと笑った。いつの間に自然に笑えるようになったのか。君の表情が4つに増えた。怒り、戸惑い、恐怖に喜び。次は何を学ぶだろうね。あの牢獄を飛び出した君は俺と偶然に出会って、今も偶然にココに居るけど、あの時から何も変わってはいない。時間など感じられない。けどね――ドウトウ、俺は何処か変わりそうだよ。不思議な子に出会ったんだ。笑顔が眩しい、元気な子。栗毛の髪の――。
――何を、考えてるの?
「いや、なんでもないよ」
そうノアは微笑んだ。
02/10/15 16:54 『修正』

--------------------------------------------------------------------------------

えせばんくる
 暑い。流石【火の国・フィオロ】。岩肌が至る所に露出しており気を抜いていると簡単に足元をすくわれる。
 きっつー…。タダでさえ森の国のあのすごしやすい気候の中でも悪い体調だったのに。酷くなる一方だ。ノアのばか。いい加減出てきなさいよ。僕は心の中で悪態ついたがどうしようもない事。こちらから出向かなければ向こうが会ってくれるとは思えない。だから僕は君に会いに行くよ。いつまでも逃げてちゃいけない。いつか正面向き合って話し合わなきゃいけないんだから。

『そこに店あるけどなんか最後に揃えておく物ってある?』
『薬草やポーションなどは調達しておいた方がよいのではないか?』
 【チリンチリン】
 ドアについた鈴が可愛らしい音を奏でて僕等を迎え入れる。会計場の向こうには僕と同い年くらいの女の子がにっこりと微笑んでいた。
『いらっしゃい♪何をお求めで?』
 僕等は少し時間を貰うように言うと店内を見渡した。色々と普通に売っているような薬草やロープからなんだかマニアックな【火蜥蜴の眼球】などさまざまな物を売っていた。いわゆるなんでも屋のような…。
『じゃあとりあえずこの薬草を5枚とポーションを3本程頂こうか』
『あ。はい!えぇっと…50×5で、んでもって100×3だから…っええと、ぇえと。500ですね!』
『ねぇ…550だよ?』
『えっ!?あれ!?あ。ホントでした〜。ありがとうございました。私暗算苦手なんですよ〜』
 彼女は照れくさそうに後ろ頭をかいていた。そこへリグは遠慮無くつっこんだ。
『そんな事でよく会計任されてるな』
『はぅっ!そんなぁ。やっぱりまだまだ未熟でしょうか…。でもいつか立派な薬剤師になれる日は来るですよね!』
 コロコロと変わる表情といい。この場にいた全員どっかの誰かに似ているという錯覚を感じずにはいられなかった。“あの”破天荒少女に。「君薬剤師なんだね。みたところ僕と同じくらいなのにすごいね」
 すると彼女は全身で否定を表すかのごとく腕をぶんぶんと振る。
『そんな。まだまだ見習でして…。師の元会計を受け持ちつつ修行の毎日ですよ』
 
『じゃあありがとうね』
 リゲルが彼女に礼を言うと僕等はその店を出ていこうとした。すると彼女は慌てて何かを持って僕等の後を追ってきた。 
『なんだ?』
『こっ…これ!【火竜の鱗】です!がんばって錬金術で作ったものなんですが…。もしよければ持っていってください』
「いいの!?んな大事な物。どんな効果あんの?」
 それ以前に錬金術まで使えたんだ…。彼女は走った衝撃でずれた眼鏡を直すと口をひらいた。
『この辺最近火の魔物がよく多発するって聞いてて…。だから火の属性無効の効果を持ったこれをと思いまして。たくさん話相手になっていただいたし…』
 火の魔物。多発。最悪だ。ただでさえ時間ないのに。
「ありがとう。注意していくね!」
『あなた方にフィオロの恵みがありますように』
02/10/15 18:09 『修正』

--------------------------------------------------------------------------------

メケ太
火の国の街の構造はどこか違う。一面に広がる荒野に禿げて赤茶けた大きな山が幾つもある。その大きな山の1つが丸々火の国の街になっているのだ。森の国でなんとか機能は生きていた印門をまた手形待ちをしつつやっと通りぬけ、この国に踏み込んだと言うのに今回は何故か賢所の中からではなく、街の入り口――天門からの出発となった。それは街があまりにも大き過ぎるのと、それ故に店が疎らに立っている為だと思われる。ちなみに麓にある店はさっきのをいれて3件しかない。もう少し中腹部にいかなければ宿もないだろう。しかしその道のりは計り知れない。ただでさえ印門のところで時間を潰してしまっているのだ。付く頃には夜になっているだろう。
『っとぁあッ!?』
しかも足場が悪過ぎる。山を登るといっても側面を歩いていくわけではない。途中途中にある、まるで鉱石を採るために作られたような洞窟に入っていくのだ。エルクは湿った地面に足を取られる。
『おい、大丈夫かよ』
『う〜ん』
明かりのない洞窟の中はどうもぬめぬめしていていけない。ライトの呪文があるから光りには困らないが、これだけはどうにもならない。付いた手がしたたかに濡れてしまった。火の国の民はしょっちゅうこの道を使うはずであるのになぜ整備しないのか・・。そんな疑問がふと思い浮かぶが答えは簡単である。火の国は昔から鉱石で有名である。しかし逆をいうとそれしかないのだ。一次産品は経済効果に良い影響は与えにくい。それ故、整備するほど裕福な資金が集まらないのだ。それでも出没する魔物にはある程度の処置が出来るようにあれこれと政府に項目として取り上げてもらうように云っているようだが、それも何時実行に遷されるか妖しいところである。だからさっきの彼女のように出来る限りの資源を使い、新しい物を練成するという錬金術師は高い地位を与えられている。こんな世の中の明日を担っていくのは彼女のような者達だ。
『キャー――ッ!!』
その時、奥底から女の悲鳴が響く。エルクは火竜の鱗をぎゅっとポケットのなかで握り締めた。
02/10/15 20:53 『修正』