私を左手一本で抱えながら、恋次は前を見据えて走る。
 まだ現実に思考がついて行かない。
 混乱した頭の中、ただ一護の最後の言葉が妙にくっきりと、鮮やかに残っていた。
 頬を切る風。
 頭上に広がる青い空。
 ぼんやりと私はそれを感じている。
 ああ、本当に……これは現実なのだろうか。
「……先程の、一護の言葉……」
 茫、とした頭のまま何も考えずに言葉が零れた。恋次が視線を私に落とす。
「あ?」
「死んでも離すな、という……」
 私は何を言っているのだろう。それよりもまず言わなければならない事は他に山とあると言うのに。
 自然に小さくなってしまった私の声に、恋次は躊躇わずに答えた。はっきりと、強く。
「ああ、絶対に。今度こそ、絶対だ。俺は死んでもお前を離さねえ」
 私はその言葉を噛み締める。
 これは夢か。
 私はあの時、本当は死んでいるのではないだろうか。
 夢かもしれない。
 ぎゅう、と頬をつねってみる。途端に「いててて」と恋次が言った。
「……夢ではない、のか」
「てめーの頬で調べろ、莫迦野郎っ!」
 懐かしい怒鳴り声。昔のままの温かい声。
 ……もう二度と還らないと思っていた、もの。
「……おい、泣くなよ」
「……泣いてないぞ、戯けた事を言うな。それに大体私はお断りだ」
「何がだよ?」
「お前が死んだ後も私にくっついていられるのは迷惑だ。お前が死んだら私はきっぱり独りで生きていくぞ。だから」
 恋次の襟元を掴む。襟から見える肌は何処も傷だらけだ。
「……だから、死ぬな。生きて私を離すな。わかったな?」
「……さっきまであっさり死のうとしていた奴の台詞とは思えねーな」
「煩い。あれは気の迷いだ」
 なんだそりゃ、と恋次は毒吐いた。
 その、前を見据える瞳。
「絶対死なねえ。お前も絶対離さねえ。―――どーだ、これで満足か?」
 私は返事の代わりに、恋次の首に手を回した。
 叶う事はないと思っていた夢。
 諦めていた現実。
 私はもう隠す事も出来ずに、恋次の首筋に顔を埋めてただ泣いた。
 恋次は黙ってただ走り続ける。
 ―――どのくらい時が過ぎただろう。恋次が突然ぽつりと「やばい」と呟いた。
「追手か!?」
 一瞬にして私の身体に緊張が走った。何人だろうと気配を探る。
 何も感じない。
 ―――私の力はそこまで落ちているのか。
 愕然とした。これでは私はただのお荷物だ。戦う事も出来ず、護られるだけの存在にはなりたくないのに。このままでは私は恋次の足手纏いだ―――それだけは厭だ。恋次の命が危うくなる―――私のせいで。
 それだけは、絶対に厭だ。
「いや、俺の理性が」
「………………………………………は?」
「あ――――っ、さっさと全て片付けてヤルぞ、ルキア!」
 ………………………………………此奴は。
「大莫迦者!!」
「うわ、本気で殴るな、落とすだろーがあ!」



 願う事、それは意味ある事なのだろうか。
 私の罪は深い。
 まだ、何も解決してはいない。
 一護はあの場に留まり、石田達の無事もまだ解らない。
 それでも、もう大丈夫だと――――この気配が傍にあれば、何もかもが上手く行くと、そう安堵しているこの胸は―――
 だから。
 私は夢を見る。
 


 また、逢えると。
 皆で笑い合えると、そう願う。





  


 この者の、傍らで。









大変お世話になっております、「総欠片」の宗さまのリクエスト、「恋次の気持ちを受け止めているルキア」「恋次の幸せな姿」でございます。
受けている恩に、あまりにも比例しない内容で……大変申し訳ない結果です。すみません…。

リクエストを頂きまして、2ページ目の恋次とルキアの会話シーンはすぐに思いついたのですが、そこに行くまでの前振りがなかなかうまく書けなくて…。
自分の腕の未熟さを痛感いたしました。


恋次がかっこいいまま終われないのは、私が照れているせいでしょうか(笑)


2004.11.19  司城さくら