何度も来訪し、既に見慣れた白い部屋の扉の前で、ルキアはいつもの様に扉を開けようとし―――伸ばした手を止めた。
「……?」
扉の向こうから、ざわめき……いや、そんな言葉では表せない。扉を閉めていてこの喧騒、扉を開けたら一体どうなっているのか、何が中で行われているのか……ルキアは予想が出来て即座にこのまま帰ることに決めた。
くるりと踵を返し、出口に向かう……だが、それは一瞬だけ遅かった。扉が内側から開かれ、この病室の現在の主の顔が覗く。
「何だよ、何で帰るんだ手前ェ」
その恋次の背後から、複数の男達の声がする。しかもどの声もかなり大きい。
黙って帰ろうとしたことを見咎められ、ばつが悪そうにルキアは取り繕うように言う。
「すっかり元気ではないか、この分ならば明日にでも退院だな」
「ああ、お前に絞められた首の跡も消えた事だしな」
「…………む」
「とにかく入れって、折角来たんだしよ」
「いや、私は……」
「おお!噂の彼女だ!」
突然、恋次の背後から黒い死覇装の体格のいい男が現れて、ルキアを見てそう声を張り上げる。その大声に思わずびくっと身を竦めるルキアの耳に、「何!?」「見せろ見せろ!」「押すな、コラ!」と、騒がしい事この上ない、まさに「騒音」が津波のようにルキアに襲い掛かった。
「コラ手前等、ルキアが吃驚してんじゃねーか!」
怒鳴る恋次の背後から、複数の顔がルキアの顔を覗き込んでいる。
「うわ、阿散井にゃあ勿体ねえなあ……」
「しかも朽木隊長の妹だろ?絶対阿散井にゃ吊り合わねー!」
「だーっ、うるせえっ!!」
背後を一喝すると、恋次はルキアの腕を掴んで部屋の中へと入るよう促す。
「しかし……私は場違いだろう?」
「何言ってんだよ、いいから入れって。あいつらはもう追い出すからよ」
お前と二人でいたいからな、と耳元で小さく囁かれて、ルキアの顔は赤くなった。
部屋の中に入ってまず目に付いたのは、
「……いいのか?病室でこんなことして」
「……止めたんだぜ?俺」
空いた酒瓶の、山、山、山。
その病室には、十一番隊、つまりは恋次の元同僚たちが6人、床に直に座り込んで酒を飲んでいる。つまみまでしっかり持参している所を見ると、最初から見舞いという名の酒盛りをしに来たとしか思えない。
「お前らもう帰れ、俺が四番隊連中に怒られるだろーが」
「そんな事言って、俺らを追い出したいだけなんだろーが。そうは行くか、お前だけいい思いなんざさせねーぞ」
既に相当酔いが回っているらしい男が、へらへらと笑って言う。
「俺らを帰して何するつもりだ?………(伏せ字)とか、……(伏せ字)とか?羨ましいね、色男!」
ひゅーひゅー、と口笛を吹かれ囃し立てられ、ルキアは純粋にただ恥ずかしさで、恋次はまさにそう目論んでいた為にその顔は赤くなった。
「黙れ、うるせえ!」
殺す、と叫んでその男へと突進していく恋次を見詰めて、やはり今日は帰るか、と溜息をついたルキアに、「朽木さん」と聞き覚えのある声が掛けられる。
振り返ると、男臭い十一番隊の中では異色の、整った顔立ちの線の細い男がルキアに手招きをしていた。
「あんな下品な男は放って置いて、こっちに来なよ」
「はい……綾瀬川、殿?」
「そう、正解」
恋次がこの病室に運び込まれた時に、今、弓親の隣に座っている「斑目」という男と共に、いち早く見舞いに来ていた。十一番隊に恋次が在籍していた時に、恋次は「綾瀬川弓親」と「斑目一角」、この二人と特に気が合ったらしい。この数日間の間に恋次と話した会話の中で、度々その名前は出てきていた。
「君もどう?これなら甘いから、君にも飲めると思うよ?」
「あ、ありがとうございます」
見れば恋次は先程の男に鉄拳を食らわしている。しかし相手も精鋭十一番隊の隊員だ、酒に酔ってはいても闘争本能は消えないようだ。激しい取っ組み合いになっているのを眺めやって、どうやら先は長そうだ、とルキアは再び内心溜息をつく。このまま一人帰るのも十一番隊の皆に失礼だと思い―――ただでさえ、数日前に自分の所為で十一番隊の人間にも迷惑を掛けているのだ。弓親や一角は、中でも特に迷惑を掛けている。人の多い、しかもそれが知らない人間ばかりという場は苦手だが仕方がない。ルキアは弓親の勧められるままに杯を手に取った。
「君も大変だったね」
「いえ、私より皆さんの方が―――ご迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした」
「君の所為じゃないでしょ?君が謝る事なんてないよ」
美味しそうに酒を流し込みながら―――その銘柄は、ルキアですら知っている、度数の高いことで有名な酒だった―――弓親はルキアに笑いかける。
「まあそんな話はよそうよ、そうだな―――君に興味のある話をしたほうがいいよね?……うん、僕の使っている美容液はね……」
「……興味ねえだろ、そんな話は」
横から一角が突っ込むのに、「そうかな?」と弓親は首を傾げる。
「こんなにお肌つるつるなのは、尸魂界広しと言えど、僕だけだと思うけど」
「……まあそりゃ置いといてだな、彼女には恋次の話とかのがいいんじゃねーか?」
見た目によらず、女性の心理に詳しい一角だった。
ルキアは学院で恋次と別れてから、恋次が一体どのように過ごしていたか、一体どんな事があったのか全く知らない。知りたいとは思っているが、恋次と昔のように会える様になった僅かの時間―――あの尸魂界を巻き込んだ大事件から一週間も経っていないこの僅かな時間では、まだ欠片すら知る事ができていない状況だ。
「十一番隊の頃の恋次の話とか、聞きたい?」
そう尋ねると、「聞きたいです!」と即座に答えるルキアに、弓親は笑う。
「うん、じゃあその話をしよう」
はい、と目を輝かせるルキアに弓親は言う。
「それはもう、逸話だらけだよ―――」
弓親は話し上手で、一角も弓親の話に突っ込みを入れたり補足をしたり、二人の話すルキアの知らない恋次の話はとても面白かった。いつしか3人の周りに他の十一番隊の連中も集まり、恋次の様々な過去の話をルキアに語る。恋次も自分が話のだしに使われていることに憮然としつつも、人見知りの激しいルキアが、楽しそうに皆と、自分の友人達と打ち解けているのを見るのは嬉しかった。皆は笑い、時に暴露されるルキアには秘密にしておきたかった過去の失敗談をばらされて恋次だけが怒り、空の酒の瓶は更に増えていく。
ふと気付けば、太陽は沈んで窓の外はすっかり暗くなっている。四番隊の隊員も、諦めているのか呆れているのか、病室に注意に来る事はなかった。今日我慢すれば明日には退院してしまうから、という投げやりな気分だったのかもしれない。
今日はもう二人きりにはなれそうにねえな、と内心がっかりしながらも、ルキアの楽しそうな表情を見られた事には満足し、恋次は「今日はもう帰れ、な?」とルキアを促した。
その言葉に、客人たちは「もうこんな時間か」と驚き伸びをする。ここに居る連中は、十一番隊の中でも酒豪の集まりらしい。これだけの時間、これだけの量を飲んだ後とは誰も信じないだろう。勿論酔ってはいるが、それは普通の人間が普通の量を飲んだ後と同じ程度の酔い方だ。
「じゃ、そろそろ帰るか」
一角が立ち上がり、弓親が「そうだね」と頷き立ち上がる。
隣に座っていたルキアの頭をくしゃっと撫でると、恋次は弓親に向かって、
「悪いけど弓親、こいつ家まで送ってくれ―――ん?」
言葉が止まったのは、恋次の着物の裾を掴んで首を振るルキアがいたからだ。
「どうした?」
「私は帰らないぞ」
「は?」
真顔でルキアは恋次を見上げて言う。
「如何して帰らなければいけないのだ?」
「如何してってお前、もう夜じゃねーか、お前ンちで心配してるだろ」
「……うそつき!」
脈絡もなく涙を浮かべるルキアに、恋次は、ハッと気がつく。
ついつい、自分たちの酒量で考えていたが……ルキアはこんなに酒が飲めただろうか?いや、もう何十年も一緒にいなかったから、ルキアの酒量の限度がどの程度かは恋次にはわからない。ただ、何の抵抗もなく、美味しそうに、自然に杯を口に持っていくルキアに恋次は安心していたのだ。実際ルキアの顔には酔いと言うものはさっぱり見られなかったし、言葉もしっかりしていた。表立って酔っている、という兆候は何もなかったから、恋次もつい止めるのを忘れてルキアの呑むがままに任せていたのだが。
……しまった。
恋次はほぞを噛む。
ルキアはしっかりと酔っていたのだ。
しかもあまり性質の良くない酔い方で。
後悔している恋次の頬を、いきなり「ぐー」で張り飛ばすと、ルキアは憤然と立ち上がる。
「何しやがる!」
つられて立ち上がる恋次を見上げて、ルキアは叫ぶ。
「あの時私に言ったのに!私を抱き締めて言ったあの言葉は全て嘘だったというのか!お前はあの時、私に向かって放さないぞって言っ……むぐ」
慌ててルキアの口に大きな手を回して塞いだが、それは「時既に遅し」だったのは周りの目を見れば明らかだった。
「ふーん」
「へー」
「そーかそーか」
「成る程ねえ」
にやにやと笑う男たちの中、恋次は「なななな何だ手前等!」と虚勢を張ったが、返ってきたのは一層の妖しい笑みばかりだった。
「じゃ、俺たち帰るわ」
「じゃあな、今度は隊舎で会おうぜ」
「結婚式には呼べよな」
「四番隊には、ここに見回りはいらねーって言っとくからよ、安心して励めよな」
「励むって何をだ!」
けけけ、と笑ってそれには答えず、男は恋次の手にそっと四角い包み、5センチ四方の「男の責任」を渡す。
「がんばれよー」
「バカか手前は!」
団結力の高い十一番隊の彼らは、一斉に「男になれよー」と唱和して部屋から出て行く。
急にがらんとなった病室に、恋次はルキアの口を押さえたまま、ただ呆然と立っていた。
「……むぐ!」
「あ、悪ぃ」
塞いでいた手を慌てて離すと、ルキアはこほこほと咳き込んだ。その涙目で恋次をぎろりと睨みつける。
「殺す気か、莫迦!」
「悪かったって……でもお前が妙な事言い出すからだぜ?」
「妙!?」
途端、ルキアの眉が跳ね上がる。それは恋次でさえ硬直するほどの鋭い視線だった。
「妙!妙だと言うのか、それは即ちお前が言った『放さないぞ』というのはいい加減な言葉だという事だな!何の気持ちも想いも無い、ただただその場限りの口からでまかせか!」
「いやそれは……」
「だから私に帰れと言うのだな!そうか、お前がその気なら私も考えがあるぞ、後から後悔するなよ!」
後にするから後悔だろ、などという突っ込みはとても入れられる状況ではない。ルキアは本気で、火の様に激しく怒っている。
「……考えって何だよ?」
恐る恐る聞いてみると、「まだ考えてない!」ときっぱり言われた。流石に酔っ払いである。
「……如何して帰れなんていうんだ、私はまだお前と一緒にいたいのに……」
一転、今度はぽろぽろと涙をこぼしてルキアは肩を震わせて泣き出す。
すっかり振り回されている。
けれど、あまり普段感情を見せないルキアが、こうも素直に自分に我儘を言う姿が、恋次にはたまらなく愛しかった。
思わず恋次はルキアの肩に手を伸ばす。
「ルキア……」
そっと触れると、
「気安く触れるな、嘘つき!」
どつかれた。
しかも、的確に鳩尾に拳を叩き込んでいる。
痛みに悶絶しつつ、恋次は反論を試みる。
「嘘なんか吐いてねーぞ!」
「放さないって言ったのに帰れって言ったじゃないか、嘘つき、嘘つき、嘘つき!!」
「それとこれとは違うだろーが、じゃあ何か、お前今夜一晩俺と一緒にここに居る気か!」
「そんな訳あるか、莫迦!」という怒声を浴びる準備をしていた恋次は、意に反して目の前のルキアがぴくんと身を竦ませ、今の勢いが急に立ち消え、俯いて頷いたのに驚いた。
「………え?」
「………ここに居る」
「は?」
「だから、今夜はここに居る」
「へ?」
「今日はお前と一緒に寝る」
「…………な、何ィ!?」
驚天動地だった。
「お前、何言ってんだ?何言ってんのか自分で解ってるのか?」
激しく動揺する恋次とは対照的に、ルキアは至極冷静だ。少なくとも表面上は。その内側はかなり酔っ払っている筈なのだが。
「勿論解っている」
「いや、お前酔ってるし!酔った勢いでそんな事言ったら後悔するぞ?っていうか、明日になったらお前みんな忘れてて、それで俺をどつくに違いねえ!」
「後悔なんかしないぞ」
憮然と言うルキアに、「いやほら、やっぱ酒の勢いを借りてっていうのは邪道だし」とあとずさる恋次の腕を、ルキアは掴んで引き止める。
「酒の勢いでも借りねばこんな事は言えないだろう、お前も私も」
恋次の背中に手を回し、ルキアは言う。
ぎゅ、としがみつくように、ルキアは恋次を抱き締める。
「弓親殿や一角殿に聞いたお前を私は知らない。この数十年の時を戻す事は出来ないのが悔しい。私の知らないお前が居るというのはとても悲しい。だから、この先の時間全て、私はお前と共に居る。失くした時間を取り戻す」
抱き締める力は、覚悟の表れ。
「……本当にいいんだな」
「何度も言わせるな、莫迦」
顔を埋めるルキアの肩に手を乗せ、そっと自分の身体から引き離す。見上げるルキアの瞳は潤んでいて、その瞳はゆっくりと瞼が隠す。目を閉じて恋次を待つルキアに、恋次は自らの唇を近づける。
初めて近づく唇に、ルキアの肩に乗せた恋次の手が、恋次の手が乗せられたルキアの肩が、微かに震えているのを互いは知る。
あと1p、という距離で不意に恋次の動きが止まった。
戸惑うルキアに向かって静かに、と指を立てて黙らせると、恋次はそのまま扉へと向かい、一気に扉を開ける。
「うわわわわわわ」
どどどどど、と部屋に雪崩れ込んできたのは、
「手前等…………」
「いやお前がちゃんと出来るか心配でよ?俺たちって友達思いだから!」
な、と顔を見合わせて「あはははは!」と息を揃えて笑う十一番隊の面々に向かい、恋次は蛇尾丸を取り出した。
「そういや俺卍解出来るようになったんだぜ、いい機会だからお前等に見せてやる」
「いやいや遠慮します、ほら彼女が待ってるぞ!」
「いや今ここでお前等の息の根を止めねーと、この先安心して事が進められん」
その一言に、「おお!」とどよめきが走る。
「恋次がやる気だぞ!!」
「やる気だ!」
「いよいよだ!」
「男になる気だぞ!」
「長い童貞生活とお別れする気だ!」
「見ろ、あの目を!」
「本気だ!」
「獣の目だ!」
「獲物を捕らえた野獣の目だ!」
「うるっせええええええええっっっ!!!!」
うわああああ、と間抜けた声を上げて散っていく元同僚たちの姿を確認し、恋次はきっちりと病室の扉を閉める。部屋に備え付けてあった机を持ち上げて扉の前へ置き、誰も入れないようにするとルキアに向き直った。
「今のは幻だ、俺たちの行く手を邪魔するものは何もねぇ」
こくりと小さく頷くと、ルキアは壁のスイッチに手を伸ばす。
ぱちん、と言う音と共に、部屋は闇に包まれた。
ルキアの手が恋次の腕に触れて、導くように歩を進める。行き着く先は、寝台。ルキアは自分から寝台の上に横たわり、恋次を待つ。
寝台が二人分の重さを乗せて、ぎしりと軋んだ。恋次はルキアの顔の横に両手をつき、真上からルキアを見下ろす。
この腕の中の、ルキア。
求めていたもの、幼い頃から見詰め続けた唯一の愛しい存在。
ようやく、真実手に入れる。今夜、此処で。心も身体も、ひとつに。
放さない、という言葉を、真実に。
今夜はもう―――放さない。
ルキアの唇が、誘うように開き、「恋次」と囁いた。
その頬を撫でる。愛しさを言葉に代えて、恋次は囁く。
「ルキア―――」
「なにをしておるのだ?」
不思議そうなルキアの声に、恋次は暫く思考が止まる。
「……………は?」
呆けた声に、ルキアは「寝ないのか?」と恋次を見上げ、言う。
嫌な予感が、する。
激しくする。
「そんな格好では眠れないだろう、腕立てして眠れるのか、お前?すごい技だが、ここは広いのだから普通に眠ればいいだろう」
「る、るきあ?」
「何だ?」
「質問していいか?」
「なんだ、急に」
「さっき、俺と一緒に寝るって言ったよな?」
「ああ、言ったが?」
「……寝るって?」
「戌吊以来だな!子供の頃に戻ったようで楽しいな」
ふふふ、と楽しそうに笑って、ルキアは「ほら早くしろ」と恋次の胸元を引き寄せて自分の隣に引き倒した。脱力している恋次の身体は、ルキアのか弱い力でもあっさりと意のままになる。
「おやすみ、恋次」
幸せそうに囁いて、ルキアは恋次の胸に顔を埋め、両手を恋次の背中へ回し、しっかりと離れないように抱きついて―――酔いの力で、すぐに寝息をたて始めた。
「―――何を言っているか、自分で解ってるって言ったじゃねえか……」
全然わかってない。
解ってない。
「解ってないじゃねーか!!!」
すやすやと眠るルキアの寝顔に、思わず泣き言を言ってしまう恋次だった。
せめてキスだけでもしてやる、と思っても、ルキアは恋次の胸に顔を埋めてくぅくぅ寝ている。しがみつくルキアの力は結構なもので、とても引き離せるものではなかった。
密着する互いの身体。
暖かいルキアの肌。
艶めかしいルキアの吐息。
ちらりと覗く、ルキアの胸元。
仄かに漂う、ルキアの髪の香り。
自分の足に絡みつく、ルキアの足。
血液が一点に集中しても、誰も恋次を責められまい。
その変化にルキアが気付いて目覚め起き上がれば、それはそれでその先へと進んでしまえるのだが、
………ルキアの眠りは深かった。
本当に、深かった。
身動ぎもせず、力が緩むことなく、それは恋次の身体の自由を奪う拘束具と化し―――
夜は静かに更けていった。
目が覚めると、目の前に恋次の顔があった。
「うわ!」
ルキアが驚いたのは、そこに恋次がいたからではなく、その恋次の目が「くわっ!」と見開かれていたからだ。
「ど、どうした恋次!なんか目が血走ってるぞ!」
「……いや眠れなくてよ」
「そうか、私はよく眠れたぞ!」
「そうだな、全然起きなかったしな……」
「どうした?泣いてるのか、恋次?」
「いや、朝日が眩しいだけだぜ、気にすんな」
「そうか?」
とても眠れる状態ではなかった恋次とは逆に、満ち足りた睡眠を手にしたルキアは幸せそうに伸びをして、
「おはよう」と恋次の頬にキスをする。
派手な音をたてて寝台から転げ落ちる恋次に、「うわあ!」とルキアは驚いて悲鳴を上げた。
「よお!」
退院の挨拶がてら十一番隊へ顔を出すと、昨日恋次の病室に居た一角たちは、はっと顔を上げた。
「昨日は見舞いありがとーよ!」
そこで恋次は一角たちの態度が、視線が不自然な事に気がついて眉を寄せた。
誰も恋次と視線を合わせない。
「……なんだ、どうしたんだよ?」
「……いや、何でもないよ」
弓親がそう言って首を振るが、その目に浮かぶ哀れみの色に、恋次の眉は一層寄せられる。見れば、一角や他の隊員たちの目の色も同じ様なものだ。
「なんだ、どうしたんだよ?」
「だからなんでもねーって」
一角も答える。背後で他の男達が頷き、再び視線を恋次から逸らす。
俺が来る前に何かあったのか、と首をかしげ、挨拶回りは他にもあるためにそれ以上の追求はせずに「じゃあな、また飲もうぜ」と踵を返したその時、背後から明るい声が掛けられた。
「あ、れんれん!退院できたんだ、おめでとー」
十一番隊副隊長の登場に、恋次は「あ、ども」と頭を下げる。現在は同じ階級だが、かつての上司には相応の態度を取る律儀な恋次だった。
「れんれん、昨日大変だったんだって?」
「は?」
「だめだよ、もっと強引にいかなくちゃあ。そんなんじゃいつまでたってもオトナになれないよ?」
「……ちょっと待って下さい、何の話ですか?」
「ん?だから昨日の話。いくらなんでも情けなさ過ぎるよ、れんれん」
「…………」
「パチンコ玉たちが朝から皆に言ってたよ、れんれんのこと。具体的には乙女なやちるの口からは言えないけどね!」
恋次は、ぎぎぎ、と軋む音をたてて後ろを振り返る。
あの哀れみの視線が解った。
あの逸らされた視線が解った。
「手前等、覗いてやがったな……」
「ほら、俺たち友達思いだからな!」
「お前が心配だったからよ、つい、な!」
「心配してたらそこに窓があってな!」
「大丈夫かなー、ってな!」
な、そうだよな、と声を揃えていう十一番隊の連中に、恋次は今度こそ卍解を披露してやった。
こんにちは、司城です(って知ってるって)
最近頭の中は、恋次入院中〜現世組が帰るまで、この一週間に妄想が偏っております。
私の中では、ルキアが朽木家に入ってからは「恋次はルキアと一言も会話を交わさなかった」「恋次は遠くからルキアを見ているしか出来なかった」という完全な別離状態な解釈なので、無事兄様にお許しが出た現在(出てんのか?)のふたりは、もういちゃいちゃしまくりです(笑)
結局またもや恋次はキスすら出来ず。
そう!なんと表の恋次はキスすらしていない!!いい雰囲気になっても邪魔が現れ、あと1pが遠い。先は長いです、がんばれ恋次!(笑)
それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました!
2005.6.26 司城 さくら