その場に足を踏み入れた瞬間、一斉に複数の目が自分に注がれたのを感じて、恋次は自然、険しい表情になったのを自覚した。
自分の一挙手一行動を、その場にいるそれら全ての視線が追っている。飛び掛ってくる様子はない―――恐らく、恋次の出方を見ているのだろう。
背中を汗が伝わり落ちていく。喉は引き攣れたように渇いて、我知らず恋次は唇を舐めた。身体中の筋肉が緊張している。
出来得るならば、この様な恐ろしい場所に来たくはなかった―――そう、六番隊副隊長である恋次が、この場の雰囲気に怯えていると言っていい。はっきりとした恐怖を感じていた。―――が。
ここを通り過ぎなければならない。ここを通り抜けなければ、目的の物は手に入らない。
―――仕方ねえ。
恋次は小さく息を吸い込んだ。腹に力を入れ、ぎっと前を見据える。霊圧が急激に上がったのが、自分でも解った。
「―――行くぜっ！」
恋次は気合を込めて呟くと、萎えそうになる気を奥歯を噛み締め振り切って、大きく一歩を踏み出した。
「―――何だ、これは？」
終業式が終わって、いつものように恋次がルキアの自宅まで送り（勝手に付いて来ている、とも言う）突然差し出された包みに、ルキアは首を傾げた。
その包みは３０ｃｍ程の、赤と緑にラッピングされた軽いもの。
ルキアは自宅であるマンションの前で、―――破面との闘いの中、現世に斥候としてやって来たルキアは、当初黒崎家に居候していたのだが、それを知ったどこぞの妹大事の過保護な兄がマンションを現世に用意し、そこにルキアを住まわせた。現世に再びやって来てから３ヶ月、現世と尸魂界に繋がりがあった方が良かろうとの上の判断で、ルキアと恋次はまだ現世に残っている。
その、俗に言うシスコンな兄の用意したマンションの前で、突然ルキアは恋次に包みを渡されて不思議そうにそれを受け取った。
赤と緑、どちらも原色バリバリだ。派手好き、もとい悪趣味の恋次のセンスらしいと言えば納得できるそのラッピングに目を落として、ルキアは「何だ、これは？」と恋次に尋ねた。
「『くりすますぷれぜんと』だ」
「『くりすますぷれぜんと』？」
「現世では、１２月２５日にこうやって贈り物をするんだと」
「ふうん、現世は色々訳のわからぬ事が多いな。何故１２月２５日なのだろうな」
「なんか大昔に誰かが生まれた日らしいぜ」
「そりゃ毎日誰かしら生まれているだろうに……よく解らんな」
「まあいいじゃねえか。とにかく、それはお前にやる」
そっぽを向く恋次に「開けてもいいか？」と尋ねると、妙な唸り声が聞こえた。良いのか悪いのか不明だったが、気にせずルキアは自分の鞄を恋次に渡すと赤いリボンを解き始める。
かさかさ、という紙の音の後に現れたのは、白いうさぎのぬいぐるみだった。
ふわふわの抱き心地、ちいさなその白いうさぎは、赤い目をルキアに向けてちょこんと座っている。
「う、わ……！」
「な、何だその声」
「……可愛いっ！」
ぎゅ、とうさぎを抱きしめるルキアに、恋次はほっと安堵の溜息を吐いた。女がどんなものを可愛いと思い、どんなものを嫌うのか良くわからない故に、ルキアの反応を見るまで不安だった。ルキアは恋次が選んで身に着ける服や小物は、大抵「最悪だ！」と一刀両断していたので、とてつもなく不安だったのだ。
「……ん？これ、お前が買ったのか？」
「当たり前だろうが」
「……店で？お前が？」
呆然と恋次を見上げ、その視線の先の恋次の仏頂面に、ルキアの表情は変わっていく。
「………くく」
「………何だよ」
返事はなく、ルキアは地面に視線を落とし肩を震わせている。
「ああそうだよ、女だらけの店に行って買ってきたんだよ、笑いたきゃ笑え！」
「あははははははははは！！！」
「本気で笑いやがったな、手前ぇ！」
「み、見たかったぞ……！ピンクとフリルと少女の世界に、赤毛の面白眉毛の大男が居るシュールなその場面を！」
「俺がどれだけ勇気を振り絞ってそこに入ったか、お前わかってんだろーな！？」
ぴたり、と笑いを収めると、ルキアは真面目な顔に戻って「ああ」と頷いた。
「大変だったろう、お前はそんな世界とは相容れぬ風貌故……そうまでして手に入れてくれたのだな、私の為に。ありがとう、恋次。嬉しいぞ。嬉しい……の、だが……！お前が女性達の中でこれを取って、これを持って店内を歩きこれを買ったと考えると、おもしろくて、わ、笑いが止まらな……！」
あとはルキアは笑い続けて言葉にならない。
涙を流し、最後には笑いすぎて咳き込むルキアを、恋次は憮然とした表情で見下ろしていた。
次の日。
学校は昨日で終了した。つまり、口実なくてはルキアには会えない。会う理由が無くては会えないがルキアに会いたい。故に口実を無理矢理作る。
恋次は「昨日渡したうさぎ」の様子を見に行く、という普段の恋次の思考を知るルキアには「はあ？」といわれる事間違いない口実を引っさげて、ルキアのマンションへとやって来た。
未だ恋次はこのマンションに入った事はない。
ルキアは頑として中へは入れてくれないのだ。それが哀しくもあり、「もしかしてようやく俺を男として見てくれてんのか？」とやや嬉しくもある。
今までルキアにそれとなく気持ちを告げても、ルキアは全く気付く様子も無く、それどころか真央霊術院時代には、平気で同じ布団で寝ようとまでしていたのだ。
全く男として見られていないことを痛感して、恋次は何度涙を流した事か。
それが今では家に上げてもらえない。
これはいい傾向じゃねえか、と恋次はほくそ笑む。
俺を男として意識している＝俺の魅力に気付くのは時間の問題＝ルキアの姓は阿散井に。
「ふっふっふっ」
思わず声を出して笑ってしまった恋次は、マンションの中から出てきた会社員にぎょっとした顔で見られて、慌てて表情を取り繕った。
「さて、今日は部屋に入れてもらうぞ、ルキア！」
意気揚々と、恋次はエレベーターに乗り込み最上階のボタンを押す。金持ちのお兄様は、一番上の日当たりのいい角部屋をルキアのために購入していた。
エレベーターは滑らかに最上階へと恋次を運び、開いたドアから恋次は鼻歌交じりに一歩を踏み出した瞬間、ばっと壁に身を隠した。
混乱した頭を何とか静め、そっと目だけを覗かせる。
「―――すまなかったな、休みだというのに」
「別に構わないけど」
最初の声は、ルキアの声だ。間違えるはずもない。
そして、次に聞こえた声。
幾分冷たく聞こえる、その声も恋次は聞き覚えがあった。
「来てくれてありがとう。―――それと、この事は誰にも―――」
「言わないよ」
「特に恋次には言わないでくれ。こんな事を知られたら―――」
「解っている。君の立場もね。僕だって知られたくないよ、阿散井にも他の誰にも。今日のことは君だけ―――君と僕だけが知っていればいいことだろう」
「そうだな―――感謝する、石田」
「また学校で―――朽木」
カツカツ、と靴音が冬の空気に反射して近付いてくる。
恋次は霊圧を消したまま、非常階段へと身を隠した。
慎重に顔を出した恋次の視界に、衣服を整えている雨竜が居た。上着だけでなく、中のシャツの、上のボタンをはめている。
―――服を、脱いだのか？ルキアの部屋で？
血の気が引く恋次の、驚愕の視線に気付かず、雨竜はエレベーターに乗り込み、ぱたりと扉が閉まった。
動く事も出来ずに、恋次はただ雨竜の姿を見送った。
光が地球を２０周ほどした後、恋次は呆然と、今はもう１階へと辿り着いたエレベーターの表示を見る。
―――石田？
石田が何故、俺ですら入った事のないルキアの部屋に？
しかもルキアが石田を呼んで―――誰にも秘密に、特に俺に秘密にしてくれ、と。
石田とルキアだけの秘密。
まさか、ルキアと石田は秘密の関係―――？
「ななな何だとお！？」
がしっ、と頭を抱え込み、髪を掻き毟って恋次は悶絶した。
「何でだ！一護ならともかく、いやともかくじゃねえけど、一護ならまだしも、ってまだしもじゃねえけど、何故石田！？何でだ、なんでここであの眼鏡が出てくるんだ！？」
非常階段でひとしきり叫んでみても、勿論答えが出るわけも無い。まさかルキアに限って、とも思うがそれは自分の「そんな事はあって欲しくない」という願望なのかもしれない。
こうなったら、確かめるしかない。
今の一幕を。
恋次は顔を上げると、ずかずかと一番奥の部屋に突進した。壁についているチャイムを鳴らす。軽やかな音が、室内で響いているのが微かに聞こえた。
「何だ、石田？忘れ物か……」
あ、と息を呑むルキアの身体を擦り抜けるように、恋次は玄関に足を踏み入れようとした。が、我に返ったルキアが必死で恋次を入れさせまいと抵抗する。
「な、何故お前が……」
「煩い、中に入れろ！」
「な、何を言っている！無礼だぞ、許可も無く入るなんて……！」
「何でそうまでして俺を中に入れないんだよ？何か？俺に見られたくねえ物でもあんのか？あ？」
「とにかく今日は帰ってくれ、今は……ああっ！！」
恋次はルキアの身体を押し退けると、ずかずかと室内に上がりこんだ。
初めて見るルキアの部屋は、温かみのある白木の家具で揃えられた、上品な部屋だった。壁際の小さな、けれど手の込んだ作りの台の上には花が活けてある。恋次は部屋中を見渡すと、ダイニングテーブルの上に置かれた二組のティーカップに目を留め、それに触れた。
「……冷てえな。大分時間が経ってる」
「……恋次！いい加減にしないと怒るぞ！」
「石田は何しにここに来てたんだ？」
「―――お前に言う必要はない」
ふい、と視線を逸らすルキアに、恋次の胸の中が熱くなる。何か、熱い塊を飲み込んだように息苦しく眩暈がする。
「ああそうかよ、じゃあ勝手に石田がここに来た理由を探させてもらうぜ」
「―――貴様！」
静止するルキアの手を振り切って、恋次は奥の部屋へと向かった。恐らくルキアの寝室だろう―――嫉妬に狂いながら、恋次は扉に手をかけた。背後でルキアの、悲鳴のような「―――開けるな！」という叫び声がする。
構わず、恋次は扉を大きく開け放った。
「―――あれ？」
想像していたような、乱れたベッドはなかった。
きちんと整えられている、ピンクとレースのかなりな少女趣味の天蓋付き（！）ベッドが、中央に置かれている。
そして、そのベッドの真ん中に。
「あ？これ、昨日の―――？」
クリスマスプレゼントの、白いうさぎ。
ただ、昨日と違っている点がひとつ。
「俺―――？」
うさぎの目に上に、恋次には見慣れた幾何学模様―――それは、恋次の刺青と同じ形。
それが、丁寧に刺繍されていた。
「見るな、莫迦！」
ルキアの手が、恋次の手からうさぎを取り戻してそのまま自分の胸に押し付けた。ぎゅ、とうさぎを抱きしめながら、ルキアは恋次を睨みつける。その顔は赤い。
「べべべ別に意味は無いぞ！えーと、そうだ、このうさぎをお前にして、腹が立ったときに殴りつけてやろうと思ってな、このうさぎをお前らしくするために、石田に刺繍を頼んだだけだ！それだけのことだ、別に他に意味は無いぞ―――何を笑ってる、莫迦恋次！」
「お前がうさぎを殴りつけるなんてある筈ねえよ。―――な？あんなにうさぎグッズ大事にしてるお前が」
「あるぞ、殴るぞ蹴るぞ噛み付くぞ！」
「へー、じゃあやってみろよ、今ここで。コイツを殴って叩きつけてみろ」
「う……」
「ほら出来ねえだろ？つまり……」
じり、と恋次はルキアににじり寄った。それに押されてルキアは後ろに下がる。じりじりと後退するルキアの足が、ベッドに当たってぐらりとよろめいた。
「！」
体制を整えようとバランスを取る身体をそのまま恋次に押し倒されて、二人の身体は柔らかなベッドの上に重なり合って横になった。呆然と見上げるルキアの目の前に、じっと見下ろす恋次の顔がある。その、久しぶりに間近にある恋次の顔に、ルキアの顔は更に赤くなった。「やめ……！」と制止する声も弱々しい。
そのルキアの反応を見て、恋次は俄然自信を持った。以前の、尸魂界で真央霊術院に在籍していた頃―――つまり、男として全く意識されていなかったあの頃なら、恋次がルキアを押し倒した時点で、容赦ない蹴りが電光石火で恋次の腹部に決まっているだろう。実際、学生時代に、星空を見上げるルキアの横顔に我を忘れて思わず押し倒した時は、深刻なダメージを某所に受けたのだ。
それが―――今は。
恋次は自分の下にあるルキアを見詰めながら考える。
以前ならば猛反撃があっただろう、でも今は、ルキアは顔を赤らめ、視線を逸らしてなすがままになっている。
そしてこの、自分に模したうさぎ。
これはもう、既成事実を作る念願のビッグチャンス到来なのではないだろうか？
事に至った場合、尸魂界にいる兄上殿は勿論白い炎を吹き上げてお怒りになることだろう。
けれど、シスコン兄貴が何を言おうと関係ない。
俺はルキアが好きで、ルキアは俺が好きなんだから。
二人の間にシスコン兄貴が入る隙間など0.000000001mmもないのだ。
決めた。
今日こそ想いを遂げる。昔から夢見ていた唯一つの願いを叶えてやる。
恋次はそう決意すると、ルキアの耳元に唇を寄せた。とっておきの低く甘い声でルキアの耳に囁きかける。
「つまり―――お前、俺の事が好きなんだろ？」
「…………っ」
耳に響く恋次の低い声に、ルキアはびくんと身を竦ませた。
「そ、そんな訳あるか、莫迦っ！！！」
「いーや、そんな訳ある。お前は俺が好きなんだ」
呪文のように唱えられ、反論しようと見上げた先の恋次の真剣な顔を見て、ルキアは思わず目を瞑った。
そんな事、とうの昔から気付いてる。
いつだって自分が求めていたのは、この口の悪い赤い色の幼馴染だと。
離れて痛感した。目が、意識が、無意識に恋次を探す。話すことが出来なかった日々、それでも遠くから恋次の姿を見られた時は、嬉しくて仕方なかった。
そして、気付いた。自分は恋次が好きなのだと。家族としてではなく、異性として、心惹かれていると。
だけど、自分に何が出来るだろう？
こうして幼い時と同じように、自然に会って話すことの出来るようになってからも、関係は子供の頃と何も変わらなかった。
色恋沙汰など無縁なのだ、男と女の駆け引きなど出来るはずがない。
自分に出来る事は、自分の気持ちを隠すことだけだ。
一度認めてしまったら、少しでも恋次にこの気持ちを気付かれたら、自分はもう、急激な流れにただ流されていくだけだろう。
求められたら、拒めない。
それが良い事か、悪い事か解らない。
ただ、一度流されてしまったら、もう自分は―――引き返せない。
恋次の全てを独占したくなるだろう、何もかもを独り占めしたくて―――そんな女は鬱陶しいと、嫌われてしまうかもしれない。
だから、冷たい態度を取っていたのに。
だから、好きなんて素振りは見せなかったのに。
「私は―――」
「いいよ、言わなくてもよ。もう充分解ったから」
恋次の大きな手が、ルキアの髪に触れた。そのまま、優しく、でも不器用に、そっと瞼に触れ、頬に触れ、唇に触れた。
ぴくん、とルキアの身体が震える。
「私、は―――駄目だ、私は―――お前を離さなくなる。何もかもを独占したくて、お前に自由がなくなってしまう。だから、私に触れるな」
「上等。がんじがらめに束縛してくれ。お前自身が鎖になって俺を縛り付けろ、それこそ本望だ」
恋次の身体が、唇が近付くのが気配でわかる。
ルキアの手が、恋次の胸に触れたのは、止めようとしてではなく。
ようやく遂げられる。幼い頃から夢見た事。
―――唇は、想いを言葉にして伝えるだけではなく、言葉よりも甘く熱く伝えるもう一つの方法があるということを、二人は知っていた。
だからルキアはそっと目を閉じ、だから恋次はルキアの頬に手を触れ―――
「開けてください！大丈夫ですか！！」
ガンガンガン、と激しく扉が叩かれる音がして、二人は文字通り飛び上がった。
「な、何―――」
「無事ですか！警察です、開けてください！この部屋に男が無理矢理侵入したと通報がありました！大丈夫ですか！！」
―――マンションの廊下は、音が響く。
この部屋に入る前に、廊下であれだけ大声で問答したのだ。それを聞いてここの住人の誰かが通報していた―――そして、警察が駆けつけた。
「無事ですか！誰かいますか！！」
ガンガンガン、と扉が叩かれる音は続く。
「………」
「………」
折り重なったまま、二人は途方に暮れていた。硬直している、と言ってもいい。
「お巡りさん、管理人室に合鍵ありますから！取ってきます！」
「急いでください！」
その後も、呼びかけとガンガンと扉を叩く音がする。
「……拙いな」
「……拙いぞ」
「記憶置換、持ってるか？」
「生憎この部屋には置いていない」
「……拙いな」
「……拙いぞ」
「このままじゃ俺は痴漢野郎として現世の警察に捕まるわけだな？」
「今合鍵を取りに行っているようだからな、あと数分後には」
眩暈。
何が一番嫌だって、猥褻系の罪で捕まる事だけは一番嫌だ。
「……とりあえず、行くわ」
「ああ、気をつけてな」
恋次は名残惜しそうに身体を起こすと、部屋にある窓を開けた。人間ならその高さに目が眩むだろうが、死神である恋次にはこの高さは全く意味を持たない。
がちゃがちゃと玄関から鍵のまわる音が聞こえて、外へ飛び出そうと身を乗り出した恋次は、見送りに窓際に来た律儀なルキアをちらりと振り返った。
「続きは今度な」
「二度と部屋に入れぬ、この莫迦……っ！！」
照れ隠しのルキアの言葉が途切れたのは、自分の唇に触れた、恋次の唇の暖かさ故。
「次は、ちゃんとしてやるからな」
「―――っ！！！」
真っ赤になって思わず目の前の恋次を突き飛ばすと、「うわ、いきなり押すな―――」と悲鳴を上げて、恋次は地上へと落ちて行った。
「―――大丈夫ですか！！」
ばたん、と激しく扉が開いて、ルキアはびくんと身を竦めた。未だ先程の動悸が治まらない。胸を押さえて窓際に立つルキアに駆け寄って、警官は「ここから逃げたんですか！」とルキアに尋ねた。
「は、はい―――ここから、飛び降りて」
それを聞いて、警官は胸のトランシーバーを口元に寄せ、「犯人逃亡！追跡してくれ！」と指示を出した。そのままルキアに視線を戻し、「どんな風貌の男ですか？」と聞いてくる。
「え―――？」
「見ましたか、犯人を？」
恋次を逃がすためには、ここでまったく別の犯人を仕立て上げなければならない。けれど架空の人物を咄嗟に作り上げる事が出来るほどルキアは要領は良くなかった。
「ええと、その」
警官はルキアの言葉を待っている。恋次が人間に捕まるとも思えないが、さっきの能天気な、舞い上がった状態の今の恋次なら、万一、と言う事も在り得る。
「―――眼鏡をかけて、髪は茶色くて柔らかな感じ。背は高いです。一見人が良く見えるんですが、実は相当腹黒い男です」
「―――知ってる男なんですか？」
具体的なその描写に、警官は身を乗り出す。
ルキアは、はい、と頷いた。
「藍染惣右介、と言います」
本人の知らないところで、藍染は痴漢の犯人に仕立てられていた。
藍染がそれを知ったら、憤激して地上に降りてくるかもしれないが、幸いな事に藍染の耳に入る事もないだろう。
犯人藍染惣右介を追うために、部屋から飛び出していく警官を見送って、ルキアはほっ、と溜息を吐いた。
何となく見渡したベッドの上に、ころんと横になっているうさぎ恋次の姿が目に入る。
そのうさぎ恋次をぎゅっと抱きしめながら、ルキアは小さく呟いた。
「―――莫迦者」
結局何も出来ずに、騒ぐだけ騒いで帰っていった大莫迦者。
警官をやり過ごす事だって、この場からルキアを連れて出て行く事だって出来たはずなのに。
結局、自分達は何か、何処かが変わったのだろうか……。
考えてみるけれど、何だか今までと変わったようにも思えない。
まあ、それが恋次らしいと言えば恋次らしい。私達らしいといえば私達らしい。
―――けれど。
溜息を吐くルキアを慰めるように、ぬいぐるみはじっとルキアの腕に抱かれていた。
Ｘｍａｓっぽくないですが、一応Ｘｍａｓ創作ということで。
表の割りに恋次が積極的です、でも結局邪魔が入り何も出来ずは表の宿命。でもちゅーしてるし、少しは進歩したでしょう！（笑）
この話を書いたきっかけは、宗さんから頂いたアナログのお手紙の便箋が可愛くて…。宗さん自作だったんですよ。あまりにも可愛くてお話思いついて、それで私の得意技「宗さんお願い！」が発動し、そのイラストで壁紙作ってもらったのでした。
本当に私、いつも宗さんにお願いしてばっかりです…。ありがとうございます！いつもごめんなさい。
藍染をこんな使い方していいのでしょうか（笑）
２００５．１２．２５ 司城さくら