落紅の蝶 紫苑の蜘蛛  サンプル



前田胃薬





司城さくら

 恋次の舌がルキアの首筋を舐める。同時に着物の裾を割って入る恋次の手に、思わずルキアは小さく制止の声を溢した。それを無視して恋次はルキアの滑らかな太股に触れる。下から上へと撫で上げられ、何度か往復するその手の動きに、徐々にルキアの身体の強張りが解けて行く。
 暖かいと思っていた恋次の手は、あの日以来その温もりを感じることはない。いつも冷たく凍っている。それはあれ以来何度も繰り返されたこの行為の最中の恋次の瞳も同じに。
 ――初めて身体を重ねたあの日から、何度恋次に抱かれただろうかと、既に見慣れた恋次の寝室の天井をぼんやりと眺めながらルキアは考えた。
 優しさの欠片もなく、恋次はルキアを貫いた。一気に突き入れられ、身体を引き裂かれた激痛に喘ぐルキアの耳元に、恋次は低く笑って「ほら、入ったぜ」と囁いた。
「この事実はこの先決して消えねえよな――初めてお前の中に入れたのは、俺だ」
 身体など――そう言い放ったルキアへの、それは報復なのかもしれない。
 初めて故の痛みに逃れようとするルキアの身体を容赦なく捩じ伏せ、恋次は何度も突き入れた。紅い血がルキアの白い内股を蛇のように流れても、表情を変えずにルキアの身体を貪った。まるで生きながら捕食されるようなその痛みに、ルキアは庭に見た大きな蜘蛛の巣を思い出す。極細の光る糸に絡まった名前も知らない蝶。もがけばもがく程に光る糸は絡み付き、蝶の身体を捕縛する。そして黒く大きな蜘蛛がその足で蝶の身体を抑え付け、感情のない瞳でゆっくりと蝶を捕食した。
 ――自分は今、その蜘蛛に喰われている。為す術なくただ貪り食われるしかない無力な獲物。けれどそれを望んだのは自分なのだ。進んで蜘蛛の巣に身を投げた。
 週に一度、休日の前の夜にルキアは恋次の家を訪れる。無言で部屋に入るルキアを迎える恋次も無言だ。言葉もなく迎えられ、言葉もなく暗闇で抱かれる身体。
 知識では知っていたことと実際に体験する事ではあまりに違う。いつかと夢見ていたその行為は、優しく穏やかな、愛し愛され、幸福の中で営むものだと思っていた。けれど自分が今しているものはそれとはかけ離れている。冷たく荒々しく、そして相手は自分を愛していると同時に激しく憎んでいる。そして、夢見ていたものと違うこの状況は、全て自分が招いた事だとルキアには解っていた。